怪しい男たち
モノクローム宿の一室。
トーマスたちは市場や露店、屋台を巡り、活気ある街の雰囲気を存分に楽しんできた。
結局、何も買うことはなかったが、屋台での買い食いだけでも彼女たちにとっては十分に楽しい時間だったようだ。
「あなたたち、ちょっと警戒しすぎじゃない?」とケイトが言う。
「気を張り詰めすぎよ」
サーシャも同意する。
「少しは楽しみなさいよ」とリズ。
「逆に目立ってしまうわ」
ノエルも釘を刺した。
クリフとフレッドは人々の多さに緊張していたのか、市場を歩いている間、どこかぎこちない様子だった。
トーマスもまた、この街に来るのは今回で三度目だったが、大事な人であるノエルが一緒にいるせいか、余計に警戒を強めていた。
女性陣の言葉を受け、トーマスは苦笑いを浮かべながら言う。
「確かに警戒しすぎだったかもな。」
「昨日ここに着いて思ったんだが、街の人たちが音を立てて歩くのが不思議だった。けど、ここではそれが普通なんだよな?」とクリフ。
「今日もそうだったしな」
フレッドも頷く。
「深淵の森とはだいぶ違うだろ」
トーマスが言う。
「ロイドの話は本当だったんだなと実感したぜ。一目見てあいつは俺よりも弱い、こいつもってな」
フレッドが肩をすくめる。
「あら、ロイドの話を信じてなかったの?」
リズが意地悪く笑う。
「いやいや、お前の男の悪口を言ったわけじゃねえ」
焦るフレッド。
「冗談よ」とリズが微笑む。
そのやり取りに一同が笑い、空気が和らぐ。
市場での買い物はできなかったが、こうして仲間と過ごす時間こそが何よりの収穫だったのかもしれない。
「それにしても、本当に色んなものが売られていたわね。」
ノエルが感心したように言う。
「特にあの果物、初めて見る種類だったけど、美味そうだったな。」
クリフが思い出しながら言う。
「買わなくて後悔してるんじゃない?」
ケイトがからかうように笑う。
「ま、まあな。次にいった時は買ってみるよ。」
クリフは少し照れ臭そうに言った。
「私も、もう少しゆっくり見たかったわ。せっかくの街なのに、警戒ばかりじゃ楽しめないもの。」
リズが肩をすくめた。
「でも、気を緩めすぎるのも良くないぞ。」
フレッドが慎重な口調で言う。
「人混みにはスリもいるし、変な連中がつけ狙ってくる可能性もある。」
「それはそうだけど……」
サーシャが口を尖らせる。
「いくら何でも気にしすぎよ。そんなことばかり考えてたら、せっかくの楽しい時間が台無しになっちゃうわ。」
「まあまあ、両方の意見を取り入れて、バランスよくやろうぜ。」
トーマスが落ち着いた声で言った。
リズが声を落とし、言いずらそうに慎重に言葉を選ぶ。
「…ところで、気が付いた? 何かを探しているような男たちがいたでしょう?」
確かにいたなと一同が頷く。
各自の記憶をたどりながら、それぞれの見たものを話し始めた。
「三人組の男たちのことね。」
「俺がチラッと見たときは、子供を目で追っていたな。」
クリフが眉をひそめる。
「私が見たときは、小さな女の子に声をかけようとするところを見たわ。その子の母親らしき人が声をかけたら、男は舌打ちしてたわね。」
ケイトが慎重に言葉を選び発言する。
「特定の誰かじゃなく、子供たちを狙っている?」
「人攫いか?」
フレッドが低くつぶやく。
「この街にはスラム街らしきものはなかったな。…街中で犯行をするか?」
わからないが、怪しい動きがあったことは確かだ。
それが全員の一致した意見だった。
「ようやく街に出てきて楽しく過ごすつもりだったが……見逃すわけにはいかねえな。」
クリフが静かに言う。
一同が頷く。
だが、どう動くかは慎重に決めなければならなかった。
すぐに憲兵に知らせるべきか、それとも自分たちで調査するか。
「憲兵に知らせる?」
「だが、奴らと憲兵がグルだった場合はどうする?」
「注意喚起する?」
「そうすると俺たちの存在が公になる。」
「いっそ怪しい男たちを尾行する?」
「いや、手っ取り早く殺すか?」
フレッドが鋭く言うが、すぐに首を振る。
「……いや、さすがにそれは早すぎるな。」
「まだ何もしていないうちに手を出すのはやりすぎね。」
ノエルが冷静に意見を述べる。
しばし沈黙が続いた後、トーマスが決断した。
「動向を探ろう。」
それが最も確実であり、慎重な方法だった。
相手の正体を掴むまでは、無闇に動くべきではない。
「俺はジャンク宿に向かう。ジトーたちにもこのことを知らせる。」
ジャンク宿に到着したトーマスは、宿屋の主人に声を掛ける。
「俺と同じくらいの大男がここに泊まっているだろう、合わせてくれないか。」
主人はトーマスを値踏みするようにじっと見た後、確かめるように言った。
「…お前さん、確か前にもここに泊まってたことがあるよな。その時は一緒につるんでいたな?」
「ああ。」とトーマスは短く返事をする。
宿屋の主人は手を出す。その意図が分からず、トーマスは一瞬困惑した。
ため息をつき、主人が言う。
「俺も暇じゃないんだ。タダで動くとは思わんでくれ。」
金を寄越せということかと気付いたトーマスは、慌てて布袋を取り出し、一銀貨を渡した。
しかし、主人はまたもため息をつく。
「多過ぎる。ったく、どこの田舎者だ、お前さん。銅貨はないのか?」
指摘され、トーマスはようやく銅貨を探し、二銅貨を渡した。
「ここで待ってろ。」
主人はそう言い残し、二階へ上がっていった。
今までこういったやり取りはシマが担当していたため、トーマスはこの種の交渉に慣れていなかった。貧しい農村暮らしと深淵の森での生活が長かったため、都市での駆け引きには疎い部分があった。
しばらくすると、宿屋の主人とジトーが階段を降りてきた。
「部屋で話そうぜ。」
ジトーが誘い、一室に七人が集まった。
トーマスは今日街中で見た怪しい三人組の男たちのことを話し始める。
「市場で見かけたんだ。子供を狙ってるような視線をしていた三人組がいた。ケイトは女の子に声をかけようとしてるところを見たし、クリフは男たちが子供たちを見ていたのを確認している。」
ジトーは腕を組み、真剣な表情で聞いていた。
「それで、どうする?」
エイラは慎重な口調で言った。
「尾行するのはいいけど、一人では行動しないこと。この街の住人なのか、よそ者なのか、どこに居を構えているのか、宿に泊まっているのか。夜になる前に一旦引き上げること。それから、背後関係もできれば知りたいわね」
「まだ夕方前だし、街中を出歩いてるかもしれねえな」とザックが言う。
「さすがに夜は出歩かないでしょう。せいぜい飲み歩くくらいかしらね」とミーナ。
「そうね。子供たちだっていないし」
メグが頷いた。
「……情報屋を使うか」
ジトーがつぶやく。
トーマスは驚きの表情を浮かべた。
「お前、そんな知り合いがいたのか?」
「ちと色々あってな。詳細は後で話すよ」
ジトーは肩をすくめた。
「依頼料は平気なの?」とオスカーが尋ねる。
「奴は格安で引き受けてくれるって言ってたし、なんとかなるだろう」とジトー。
一同は少しの間考え込んだ後、尾行のチーム分けを決めた。
「よし、俺はオスカーと組む」とジトー。
「じゃあ、俺はフレッドと」とザック。
「俺とクリフがペアだな」とトーマス。
それぞれ役割を確認し合い、準備を整えた。
宿を出る時、ジトーは主人に声をかけた。
「部屋番号26は空いているか?」
主人は一瞬目を細めたが、すぐに無表情に戻ると「夜、酒場で待ってろ。席はあそこだ」と指をさした。
それを合図に、それぞれのチームは静かに行動を開始した。




