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光を求めて  作者: kotupon


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407/455

ポジティブ?!

王都の外れ、石畳の坂道を抜けた先にある「ガタタガ宿」。

薄汚れた外観からは想像できないほど、夕餉の灯りは温かかった。

テーブルの上には、粗末ながらも心のこもった料理が並ぶ。

だが——量が、圧倒的に足りなかった。


「……酒が足りねぇな」

ザックが木の杯を傾け、あっという間に空にする。

「飯も、もっと欲しいな」

そう言いながら、皿の底をスプーンで擦るように掻き取る。


「私たちは大量に食べるもんねぇ」

ケイトが肩をすくめ、困ったように笑う。

その笑顔は確かに可愛いが、胃袋の容量まで可愛げはない。


老主人が恐縮した様子で頭を下げた。

「申し訳ございません……当宿にはもう、これ以上の食材もお酒も残っておりませんで……」

老いた声に、どこか切実な響きがあった。


——静かな間。


そして、悪魔のように軽い口調でフレッドが言った。

「……財布、じゃなくてクリフ、金出せよ」


途端に空気が変わった。

「……また俺のことを“財布”呼ばわりしたな?」

低い声でクリフが唸る。

その目は笑っていない。


「い、いやいや誤解だって!マジで!言い間違えただけだ!」

慌てて手を振るフレッド。だが汗が滲んでいる。


「そうだぜクリフ!」

ザックが助け舟を出した。

「俺たち、家族じゃねぇか!こいつがお調子者だって知ってるだろ?!」


「だっ、誰がお調子者だっ!」

「ほらな、図星突かれてキレてんじゃねえか」

「うっせぇ!」

すぐに小競り合いになる二人。


ケイトがその間に割って入り、手を叩いた。

「ハイハイそこまで!——というわけで、お金ちょうだい」


「……おい」


「知ってるのよ? もっとお金持ってるんでしょ?」

ケイトがにっこり笑う。だがその笑みは、どこか猛禽のようだった。


「そうそう! シマのことだ…100金貨は渡してるな!」とフレッド。


クリフの眉がピクリと動く。


「ドンピシャ!」

ケイトが指を鳴らした。


「……俺の勘ではな、ユキヒョウとベガにも金が渡ってるはずだ」と言うザック。


「あら? そうなの?」

ケイトが小首をかしげる。

「ザックの勘なら間違いないわね。——出して」


ニヤニヤと笑う三人。

クリフ、ユキヒョウ、ベガは青ざめた。


「け、ケイト……これはみんなの金でな、決して遊ぶための金じゃねえんだぞ?」

クリフが慎重に言葉を選ぶ。


「ケイト嬢……シャイン傭兵団から出てるお金だよ。有意義に使わないと、後で困るんじゃないかな?」

ユキヒョウがやんわりと補足する。


「……活動費が含まれていることを理解してるよな?」

ベガが冷静に言葉を重ねる。


ケイトはにっこり微笑んだ。

——その笑顔が、一番怖い。


「もちろんわかってるわ。だから——私が管理してあげる」


「ケイトにまかせときゃ問題ねぇな!」とフレッドが即答。


「適任だな」とザックも頷く。


「そうでしょ?」

ケイトが勝ち誇ったように笑う。


結局、誰も逆らえなかった。


ケイトが差し出した革袋に、クリフが重い手で金貨を落とす。

——チャリン、チャリン。

その音が妙に響いた。


クリフから六十一金貨と三銀貨。

ベガから三十金貨。

ユキヒョウから十金貨。


三人の財布は空になった。


「ふふっ、これで全部ね」

ケイトが革袋の口を締め、両腕で抱える。

ザックとフレッドが後ろでニタ~ッと笑う。


(終わった……)

クリフの顔はまるで処刑台に立つ男のようだった。


そんな中、ポカ~ンとした表情で事の成り行きを見ていた老主人に、ケイトが声をかけた。

「お爺さん、これで食材とお酒を調達してきてくれるかしら?」


そう言って、袋から金貨を取り出し、卓上に二十枚並べる。


金貨の輝きに老主人の目が丸くなった。

「そ、そんなに……よろしいんですか?」


「ええ、今夜は少し賑やかにしたいの。お願いできる?」

ケイトは柔らかく微笑みながら言った。


「は、はい!ありがたき幸せ……!」

老主人は震える手で金貨を受け取る。


それを見届けたフレッドがぽつりと呟く。

「どうせなら、宿代も先払いしときゃいんじゃね?」


「そうね、多分……これくらいかな?」

ケイトは軽く数え、さらに十金貨を卓上に置く。

「足りなくなったら言ってね」


老主人は腰を九十度に折って感謝した。

「こんなに……ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」


ケイトは優雅に頷いた。


ザックとフレッドは上機嫌で杯を掲げる。

「ケイト、お前は太っ腹だなぁ!」

「さすが俺たちのケイトだ!」


ケイトが笑って応じる。

「当然でしょ、私がいなきゃあなたたち路頭に迷うんだから」


「……ケイト嬢、完全にノッてるな」

ベガが小声で呟く。


「まぁ、ケイト嬢がご機嫌ならいいかな?」

ユキヒョウが肩をすくめる。


クリフは額を押さえながら、ため息をついた。


その夜、ガタタガ宿には笑い声と、そして香ばしい肉の匂いが満ちた。

外見はぼろぼろの宿だが、今宵ばかりは王都の高級酒場にも負けないほどの賑わいを見せた。

老主人が新たに仕入れた酒瓶を抱え、厨房から何度も往復し、息子夫婦もてんてこ舞い。


皿を片付けに来た老主人に、ザックが笑顔で声をかけた。

「爺さんたちも一杯やろうぜ! 心配すんな、ケイトの驕りだ!」


「おいおい、勝手に決めんな!」とクリフが制するも、ケイトはにっこり笑って「いいわよ」と軽く受け流す。


その一言で、宿の空気はさらに弾けた。

老主人は恐縮しながらも、妻の手を引いて隣に座る。

「こんな賑やかな夜は久しぶりです……ありがとうございます」


「感謝するのはこちらですよ。お料理、最高に美味しいわ」

ケイトが言えば、老主人の目尻がしわだらけになるほどほころんだ。


ザックとフレッドは杯を掲げ、「今宵の主役はガタタガ宿だー!」と声を揃える。

その声に誘われるように、息子夫婦も加わり、ついには全員での大宴会となった。


焼かれた肉の脂が弾け、香草の匂いが鼻をくすぐる。

卓上には果実酒、ワイン、そして地元の麦酒。


ケイトは上機嫌で歌を口ずさみ、ザックとフレッドは机を叩いて調子を合わせる。


ユキヒョウとベガは半ば呆れたようにその光景を眺めていた。

「……まぁ、こうなるよね」

「だな」

二人は小さく笑い合い、静かに杯を交わす。


老主人は感激のあまり何度も頭を下げ、老妻は「若いっていいわねぇ」と目を細めた。

息子夫婦は厨房で追加の料理を用意しながらも、楽しげな笑い声を漏らしている。


——夜が更けても、宴は終わらなかった。

王都の外れ、小さな宿の一角で、笑いが絶え間なく続く。

まるで明日が来ないかのように、誰もが今を楽しんでいた。


そして翌朝——。


差し込む朝日が、昨夜の喧騒の残り香を照らす。

テーブルの上には転がった杯、食べ残しのパン、そして床には酔いつぶれたザックとフレッドの姿。

ケイトは椅子にもたれ、満ち足りた笑顔を浮かべていた。


「ふふ……いい夜だったわ」

その声に、クリフは頭を押さえながらため息をつく。

「……任務が終わる前に破産するかもしれんな」

「同感だ」

「全くだ」

隣でユキヒョウとベガが同時に頷いた。


ケイトはすっかりご機嫌で、髪を整えながら立ち上がる。

「さて、行くわよ!」


「おっ?」

クリフが顔を上げる。

「ついにやる気を出したか?」


「王都での調査か?」とベガも続く。


だがケイトの口から出た言葉は、予想の斜め上を行った。

「へ? 今日は王都観光に行くんだけど?」


三人の頭上に「……は?」という空気が流れた。


「行くわよ、クリフ!」

「おい待て、観光って……任務は?」

「だから、観光よ。任務は明日。今日はリフレッシュの日!」

ケイトは意気揚々と荷物をまとめ始めた。


その時、背後から眠そうな声がした。

「ケイト、俺たちは娼館行ってくる。金くれ」

ザックだった。フレッドもすでに目を輝かせている。


ケイトが眉をひそめる。

「……朝からやってるの?」


「さあ? 探せばあるだろ?」

ザックが当然のように言う。


ケイトは大きくため息をつき、腰の袋から金貨を取り出す。

「そうね、王都だし……。私たちのデートの邪魔はしないでよ。夕飯までには帰ってくるのよ」

そう言って三金貨を手渡した。


「了解だ!」

ザックとフレッドは声を揃えて外へ飛び出していく。


残されたのは、ユキヒョウ、ベガの二人。

「……僕たちのこと、完全に忘れてるね」

「デートのことで頭がいっぱいだったんだろうな」


ベガはまたひとつ深いため息を漏らした。

「……なぁ、ユキヒョウ。シマにどう報告すりゃいい?」

「“元気にやってます”でいいんじゃない?」

「だな」


そして二人は顔を見合わせ、乾いた笑いをこぼした。

王都の朝は今日もにぎやかだ。



王都に到着してから三日。

その間、ケイトたちはまるで任務のことなど頭の片隅にもないかのように、同じような日々を繰り返していた。


朝はゆっくりとした朝食。

昼は王都の大通りを歩き回り、露店や市場を冷やかし、気に入った服や小物を片っ端から買い漁る。

夜は「ちょっとだけ」と言いながら宿の食堂で盛大に飲み食い。


その“ちょっとだけ”が、毎晩のように続いた。

——結果、三日目の夜には財布の中がすっからかんだった。


「……金、ねぇじゃん」

ベガが冷静に言った瞬間、ケイトはあっけらかんと笑った。

「まぁ、楽しかったからいいじゃない」


「……いや、よくないだろ」

クリフが頭を抱える。

「この三日間、何一つ任務が進んでないし、金は底を突いたし……」


「でも、楽しかったでしょ?」

ケイトのその一言に、ザックとフレッドが大きく頷く。

「だよなぁ!」

「後悔はねぇ!」


ポジティブの化身のような三人を前に、クリフ、ユキヒョウ、ベガの三人は沈黙するしかなかった。


——そして翌朝。


ガタタガ宿の前。

老主人とその家族が見送る中、ケイトたちは馬車の荷台に荷物を積み込み、笑顔で別れの挨拶をしていた。


「お世話になりました、みなさん!」

「また稼いだら来るからな!」

「そのときはもっと飲もうぜ!」


老主人は苦笑しながら手を振る。

「まったく……金の使い方を知らん連中だ」

それでもどこか嬉しそうに見えた。


悲壮感はまるでない。

彼らの表情は晴れやかで、まるで旅の目的を果たした後のように満足げだった。


一方で、クリフ、ユキヒョウ、ベガの三人の顔色は優れない。

「……やっちまったな」

「完全に」

「まさか本当に金が尽きるとは……」


どこでどう使ったのか分からないほど、消えるように金が減っていた。


馬車の荷台で、三人は現実的な問題に直面していた。

「次の拠点、どうするんだい?」とユキヒョウが問う。

「とりあえず、宿を探す。……格安のところをな」とクリフが答える。


ベガが馬の手綱を握りながらため息をつく。

「そういう場所は……大体、治安が悪い」


その言葉通り、彼らがたどり着いたのは王都の外縁部、貧民街——俗に“スラム”と呼ばれる地区だった。


二頭立ての馬車が二台。

石畳は途切れ、地面はぬかるみ、空気は埃と油と酒の臭いが入り混じっている。

建物の壁はひび割れ、窓には板が打ち付けられ、通りを歩く人々の目はどこか鋭い。


「格安の宿なら、この辺しかねぇ」とベガが言いながら進む。


だが、予想通りというべきか。


彼らが路地を進むたびに、周囲の視線が鋭くなっていった。

ひと目で「金を持っていそうな旅人」と分かる格好をしていたのだ。


そして——最初の襲撃があった。


裏路地から三人組のチンピラが飛び出す。

「よぉ、観光かい? 通行料払ってもらおうか!」


フレッドはグラディウスを抜く。

「ニ秒で終わらせてやるよ」

結果、ニ秒もかからなかった。


その後も道中で似たような連中が三度。

刃物を突きつける者、棒を振りかざす者、馬ごと馬車を奪おうとする者。


しかし、シャイン傭兵団の面々にとって、それらは「虫払い」にもならない。

ユキヒョウは無駄のない動きで一人を沈め、ベガは手綱を離さずに蹴り一発で相手を吹き飛ばす。

ザックとフレッドは笑いながら「おう、久しぶりの運動だな!」と楽しんでさえいた。


最後の一団を片付けたとき、ケイトは馬車の上で軽く髪を整えながら言った。

「……四回も襲われるなんて、ほんと人気者ね」

「違う意味でな」とクリフがぼやく。


ユキヒョウは冷ややかな目で周囲を見渡し

「これは、まともな宿は期待できないね」


「ま、屋根があって寝られりゃ十分だろ」とザックが笑う。


ベガは静かに馬の首を撫で「……何とか金を作らないとな」と呟いた。


その言葉に、クリフが頷く。

「今度こそ“仕事”に戻るんだ。——贅沢はもうおしまいだ」


けれど、ケイトの口元にはまだ楽しげな笑みが残っていた。

「いいじゃない、スラムも王都の一部よ。……ここで何か見つかるかも」


まるで苦境すら冒険の一幕のように捉えるその前向きさに、

クリフは再びため息をつくしかなかった。


泥道を進む馬車の車輪が、ゆっくりと軋んだ音を立てる。

曇った空の下、貧民街の細い路地を抜ける彼らの姿は、どこか滑稽で、そして少しだけ逞しかった。

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