ジョワイユーズ隊!
馬車の列が、秋の陽に照らされながらチョウコ町を出立した。
五台の馬車が街道を進む。
御者席で手綱を握るのはロイド、オスカー、ヤコブ、ケイト、ユキヒョウ。
五人ともそれぞれの馬に声を掛けながら、一定の間隔を保って進んでいく。
行き先は二つ――深淵の森とアンヘル王国王都。
その二日前のこと――。
ルーカス隊とキーファー隊は、ブランゲル侯爵家に物資を届ける任務を終え、メグが同行していたデシンス隊、ノーザ隊はホルダー男爵家へ荷を届け、ルーカスたちと合流。
それぞれ任務を完了してチョウコ町に帰還していた。
荷の引き渡しは順調に進み、どの隊からも問題の報告はない。
一方、本部に詰めていたのはドナルド隊、デリー隊、マックス隊。
さらに、シュリ村へ赴いていたダルソン隊も四日前に戻ってきた。
エール作りの技術を学ぶために、ダルソン隊が連れ帰ったのは、シュリ村の若者たち五名。
そのうち四名はロイドの旧友でもある。
彼らの名を呼んで笑いながら肩を叩くロイドの姿は、童心に帰ったかのようだった。
シュリ村の村長であり、ロイドの父でもあるダグラスは、未来を見据えていた。
村の自立と発展のためには、外の世界を学んだ若者が必要だと考えたのだ。
選ばれた五人はいずれも働き盛りの青年で、初めての長旅に緊張を隠せずにいた。
チョウコ町に着くや否や、その大きさと設備の整いぶりに目を見張る。
そして、その頃。シマは新たな交渉を進めていた。
ジョワイユーズ一座の団長サロモンとの会談である。
彼らは旅の「楽師集団」として長年各地を転々としてきたが、定住先も支援もなく、常に不安定な生活を強いられていた。
街に入れば人々は一時的に彼らを歓迎するが、楽曲のレパートリーは限られている。
数日もすれば飽きられ、次の土地を目指して旅立たねばならない。
移動の最中は盗賊や山賊の危険にさらされ、十分な食料も得られず、雨風をしのぐだけで精一杯の暮らし。街に着けばまた一からの営業。
劇場や酒場に売り込みに行っても、求められるのは話題性か奇抜さであり、真っ当に音楽を聴いてもらえる機会は少なかった。
わずかに契約が取れても短期で、報酬も安い。
そうした日々の繰り返しの中、サロモンの心はすり減っていた。
だが――その彼らに声を掛けたのが、シャイン傭兵団だった。
サロモンは耳を疑った。冗談かと思ったがシャイン傭兵団の名は既に国内に轟いており「シャイン傭兵団の前に敵なし」「歌姫のいる傭兵団」という噂は彼らの耳にも届いていた。
チョウコ町に招かれたジョワイユーズ一座の団員たちは、まず宿舎に案内されて驚いた。
清潔な部屋、柔らかな寝具、温かい食事。しかも「宿泊費も食費も無料」と聞いて、誰もが凍りついた。何か裏があるのでは? どんな契約をさせられるのか? 恐る恐る礼を言う彼らに、エイラが笑って金貨袋を差し出した。
「これが謝礼よ。十金貨。歓迎の印、受け取って頂戴。」
その瞬間、サロモンの手が震えた。
長い間、飢えと不安を抱え続けてきた楽師たちが、金貨の輝きに涙を流す。
翌日の夜、チョウコ町の広場では宴が開かれた。
料理が並び、酒樽が空き、灯火が揺れる。
即興で演奏を始めたジョワイユーズ一座に、やがて一人の女性が歩み出る。
リズ――“歌姫”の登場である。
静寂が広がり、リズの澄んだ声が夜気を貫いた。
初めは柔らかく、やがて強く、深く、聴く者の胸を打つ。
その声に合わせて、サロモンは慌てて指揮棒を取る。
リズの歌が導く旋律を追い、奏者たちは必死に音を重ねた。
太鼓が鳴り、弦が歌い、笛が風のように駆け抜ける。
曲が終わると同時に、広場は歓声に包まれた。サロモンはタクトを握りしめたまま、動けなかった。
胸がいっぱいで、言葉が出ない。団員たちも同じだった。
自分たちの音楽が、誰かの心を震わせ、歓声と拍手で包まれる――そんな夜が、本当に存在するとは思っていなかったのだ。
サロモンとの会談は、思いのほか静かに、しかし運命を分かつ瞬間のように熱を孕んでいた。
目の前にいる青年――シャイン傭兵団団長シマの瞳には、彼の人生で一度も見たことのない光が宿っていた。燃えるような情熱でもなく、熱狂でもない。
静かにすべてを見通すような強い確信と、仲間を包み込む温かさが同居していた。
「仲間にならないか?」
その一言を聞いた瞬間、サロモンは反射的に頷いていた。
考えるよりも先に、身体が動いていたのだ。
「こちらこそ……ぜひ、お願いします!」
それは生涯で初めて、誰かに「導かれたい」と思った瞬間だった。
こうして、『シャイン傭兵団ジョワイユーズ隊』が正式に誕生する。
その報せを聞いたジョワイユーズ一座の団員たちは歓喜の声を上げ、誰もが信じられないといった表情で仲間同士抱き合った。
流浪の芸人として、どこにも属さず生きてきた彼らにとって、「帰る場所」ができる――それがどれほどの幸福であるか、言葉では表せなかった。
シマは彼らを前に立ち、簡潔に、しかし心を込めて言葉を紡ぐ。
「一人当たりの月の給金は一金貨と五銀貨。妻帯者には家を用意する。独り者はバンガローで共同生活だ。慣れないようなら言ってくれ、家を用意する。家賃も食費も無料、酒もだ」
ざわり、とどよめきが起こる。
「ジョワイユーズ隊の仕事は、教えを乞う者には快く教えること。特に子どもたちにな。音楽、踊り、芸の楽しさを伝えてやってくれ。当面は十月の公演に向けて、リズたちと話し合って構想を練る。風呂は毎日入れ。必要なものがあれば、エイラかミーナ、もしくはシャイン商会の者に言え。楽器でも服でも食べ物でも酒でも、なんでもいい。……また後で顔を出す」
あまりにも現実離れした厚遇に、誰も言葉を失った。
サロモンでさえ信じきれず、呆然とその背中を見送る。
だが、時間が経つにつれ胸の奥に確かな実感が広がっていく。
――ここが、自分たちの新しい舞台なのだ。
やがて、扉が静かに開く。
再び現れたシマの後ろには、リズ、サーシャ、エイラ、エリカの姿があった。
「ちょっと来てくれ」
シマの一声に導かれ、彼らは町の一角に建てられた娯楽施設へ向かう。
中はまだ装飾もなく、舞台も半完成の状態。
シマは中央に立ち、靴音を鳴らす。
「こういうのは見たことがねえだろ?」
次の瞬間、彼は軽やかにステップを踏み始めた。
タップダンス。床を刻むリズムが、まるで心臓の鼓動のように響く。
続けて、体を滑らせるようにして後ろに下がる――ムーンウォーク。
そして、重力を無視するかのような動きで空を歩くような幻惑のステップ――空中ウォーク。
「……は?」
サロモンを筆頭に、ジョワイユーズの面々が呆気に取られる。
次に彼は深呼吸し、どこか懐かしげな表情で歌い出す。
前世の記憶に刻まれた名曲の数々――「残酷な天使のテーゼ」「世界が終るまでは」「ライオン」「Butter-Fly」……断片的な記憶を辿りながら、声を張る。
音程は怪しく、歌も荒削り。
だが、それを補って余りある情熱が、空気を震わせた。
「……これらに曲をつけるんだ」
息を切らしながら、シマが言う。
「またかよ……」
苦笑いを浮かべる自分に、思わず笑いながら肩をすくめた。
ポカンと口を開けたままのジョワイユーズ隊。
リズが小さく笑いながら言う。
「フフッ……仕方ないわよ。今までに見たことも聞いたことないものなんだから。」
シマは持っていた紙束をリズに手渡す。
そこには、びっしりと書かれた歌詞――記憶を手繰り寄せ、必死に思い出した前世の名曲群だった。
そして再び、彼は靴を鳴らした。
「タップダンス、ムーンウォーク、空中ウォーク……練習するぞ!できるまでな!」
リズとサーシャ、エイラ、エリカが舞台の上で四苦八苦する。
誰かが転び、誰かがリズムを外しても、そこには確かに“楽しい空気”があった。
サロモンはその光景を見て、ふと胸の奥が熱くなる。
――ああ、これだ。これこそが、俺たちが求めていた舞台なんだ。
照明も、観客も、楽譜もまだ何もない。
だが、ここにある熱と絆こそが、すべての始まりだった。
ジョワイユーズ隊の面々はその日、初めて心から笑い合いながら、未来を思い描くのだった。
「我らジョワイユーズ一座、いや……これからは“シャイン傭兵団ジョワイユーズ隊”として、あなたたちと共に生きよう!」
団員たちが歓声を上げ、シマは微笑んでうなずいた。
ジョワイユーズ隊の誕生。音楽と剣がひとつの名の下に並び立つ、新たな章の始まりだった。
出立の朝、シマはサーシャたちを呼び集め、静かに指示を出した。
「リュカ村の共同浴場の建設はバナイ班に任せる。護衛は一隊同行だ。トーマス一家を連れてくる代わりに、家と畑の管理を任せる隊を選んでおいてくれ。報酬は一人につきブラウンクラウン三株分だ」
「三株? そりゃあ殺到するわね」
サーシャがくすりと笑う。
「こぞって手を挙げる姿が目に浮かぶわ」
シマは口元をわずかに緩め
「それと、九月になったら大麦と小麦の作付けを始めてくれ。時期を逃すなよ」
と告げた。短い言葉の中に、確かな信頼と的確な采配が込められていた。
馬車の車輪が街道を刻みながら、砂塵を巻き上げて進んでいた。
出立して三日目、シャイン傭兵団の隊列はノルダラン連邦共和国・ギザ自治区のランザンの街にたどり着く。陽光を受けて淡く輝く石畳の通りを抜け、五台の馬車が一列に進むと、街の喧騒が耳に届いた。
本部へ入ると、先に滞在していたグーリスたちが出迎えた。
「おう、シマ!」
「皆、元気そうで何よりだ」
互いの無事を確かめ合い、笑顔を交わすと、シマは懐から袋を取り出した。
ずしりとした音を立てて卓上に置かれるそれには、金貨がぎっしり詰まっている。
「五十金貨だ。腕のいい大工職人を雇って浴場を建ててくれ。材料は商会経由で手配しろ」
その言葉に、グーリスたちの表情が一気に明るくなる。
「浴場だって!?」
「やっと風呂らしい風呂に入れるってわけだな!」
歓声が本部に響き渡った。
シマは次の目的地――エイト商会へと向かった。
警備に立つ団員たち。
「おう、シマ! ようこそ!」
「仕事の方は順調か?」
「ええ、泥棒一人寄りつきませんよ」
軽口を交わしながら中へ進むと、会頭ダミアンが執務室で待っていた。
「シマひと月振りか…今日はどんな用件だ?」
「カルバド帝国の情報が欲しい。売ってくれ」
短く核心を突くシマの言葉に、ダミアンの表情が一瞬引き締まった。
「……悪いが、それは無理だ。顧客の情報は売らない、漏らさない。信用こそ商いの命だ」
「だろうな」
シマはうなずきつつも、視線を逸らさずに続けた。
「カルバド帝国に交易へ行く予定はあるのか?」
「来年の四月に出立するつもりだ」
そう言ってダミアンは笑みを浮かべた。
「その時は、シャイン傭兵団に護衛を依頼したい。詳細は追って知らせる。それでいいか?」
「ああ、それでいい。悪いが、俺たちは先を急ぐ。話はまた今度だ」
「承知した。気をつけて行けよ」
握手を交わし、互いの信頼を確かめると、シマたちは再び馬車へと戻った。
それから二日後。
一行はアンヘル王国の国境を越え、城塞都市カシウムの近くへと到達した。
遠くに見える城壁が陽炎に揺れる。ここから先、彼らは二手に分かれる。
街道の脇で馬車を止め、シマは皆を見回した。
「ここから二手に分かれる。フレッド、情報収集が終わったら、すぐにキョク村に向かえよ!」
「ヘイヘイ、わかってるって…これで何回目の釘刺しだよ?ったく。」
「お前がトラブルを起こすからだ」
ジトーが低く言う。
「ザック、王都に行ったら問題起こす……いや、起こすんだろうけど、できれば起こすな!」
「何言ってんだこいつ……俺が問題起こしたことなんか一度もねぇだろ?」とザック。
「ヤコブさん、死んじゃダメよ!」
ケイトが冗談めかして言う。
「ワシャあまだまだ死なんわい!」
老学者は笑いながら言う。
「クリフ、帰ったらクリフ専用のベッドを作ってあげるよ!」
オスカーがにこにこしながら言うと
「お前……いいやつだなぁ。それなら――キングサイズにして!クリフと私がゆったり寝れるやつを!」ケイトが悪戯っぽく言って皆が噴き出した。
笑い声が絶えない中、ロイドがユキヒョウへ視線を向ける。
「ユキヒョウさん、抑止力になってくださいね」
「……僕が彼らを止められると思うかい?」
「無理ですね」
「だろ。まあ、上手く立ち回るように誘導はしてみるよ……多分、無理だけど」
苦笑するユキヒョウ。
トーマスがベガに向かって言う。
「ベガ、お前はお前のできることをやればいい。失敗しても誰も文句は言えねえ……あの三人がいるんだ、シマが指揮を執ったとしても怪しいところだ」
「わかってるさ。最低限の情報だけでも持って帰ると約束するぜ。元情報屋の意地ってやつがあるんでな」とベガが笑った。
その後、シマは馬上で軽く息を吐き、仲間たちを見渡す。
「……じゃあ行くぞ。気を抜くな。」
「了解!」
こうして、道の分岐点でシャイン傭兵団は二手に別れた。
シマ、ジトー、ロイド、トーマス、オスカー、ヤコブは深淵の森へ――
一方、クリフ、ケイト、ザック、フレッド、ユキヒョウ、ベガは王都へと進む。
そこには権謀と策謀、そして不穏な影が待ち受けている。
風が吹き抜け、草木がざわめく。二つの馬車の列が逆方向へと進んでいくその光景は、まるで運命そのものが枝分かれしていくようだった。
それぞれの行く先に待つのは、試練か、希望か――
だが確かなのは、彼らが“家族”として、互いの背を信じ合っているということだった。




