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光を求めて  作者: kotupon


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帰還3

真夏の陽光が大地を焼くように照りつけていた。

見渡すかぎりの草原は緑というよりも、太陽の光に反射して黄金色に輝き、時折吹き抜ける風がその海原をゆるやかに波立たせていく。

遠くで鳥の声が響き、蜃気楼のように揺らめく丘陵の向こうには、点々とした木立と流れる小川が見えた。


そんな中、のんびりとした足取りで進む一団があった。――シャイン傭兵団。

彼らの列の中央には牛十頭と羊三十頭が連なり、蹄の音と鈴の音が混ざり合って、どこか牧歌的な光景を作り出していた。


牛たちは堂々とした体躯で、ゆったりと尻尾を振りながら歩き、羊たちはその周りをふわふわと群れて進む。

馬車八台がその周囲を囲むように走り、団員たちが前後左右を守っていた。


馬車の御者席から、風に髪をなびかせながらサーシャが声を上げる。

「シマ! 今日はもうこの辺でいいんじゃない?」


先頭を歩くシマが、手をかざして太陽の位置を見上げる。

空はまだ明るいが、地平線には少しずつ橙色の影が差し始めていた。

「……そうだな。ここらで野営の準備を始めるぞ!」


「おうっ!」と返事が響く。

その声を合図に、列がゆっくりと止まった。

牛の鼻息、羊の鳴き声、そして馬の嘶きが入り交じり、活気があふれる。


「羊を馬車に押し込め! 馬車で牛を囲め!」

シオンが声を張り上げる。

「了解だ!」

仲間たちが一斉に動き出す。



これまでの道中——子供たちの活躍も目覚ましかった。

特に元ホルン族のザシャとヴィムの二人は、騎乗の技術だけでなく動物の扱いに長けていた。

「おいヴィム、そっちは引きすぎだ!」


「わかってる!」

彼らの声は、どこか牧童そのもののようだった。

羊たちは最初こそばらけたものの、ザシャが笛を鳴らすと不思議と列を整えて集まっていく。


ビリーもまた、非凡な騎乗の才能を見せ、牛や羊がはぐれないように立ち回っていた。

まだ少年ながら、手綱さばきは見事なものだ。

「ほら、見ててくださいよシオンさん!」


「おお、やるじゃねぇか!」

シオンも満足げに笑う。


ハイドはというと、まだぎこちない。

馬の背に揺られては時折バランスを崩し、笑いながら「うわ、うわっ」と声を上げていたが、それでもその顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。

馬に乗る少年の目は、希望と誇りに輝いている。


そしてもう一人、ジーグ――小柄な少年の手には仔馬の手綱が握られていた。

レーアの街で目が合ったというその仔馬は、淡い栗毛色の柔らかな毛並みをしている。


「欲しいのか?」

シマが問いかけたとき、ジーグは申し訳なさそうに首を振った。

「……父親や母親と離れさせるのはかわいそうです」


その言葉を聞いたシマは、ほんの一瞬だけ目を細め、そして――

「なら、三頭まとめて買うか」と笑って言った。


当然、仲間たちの突っ込みが飛んだ。

「おいおい、シマ。お前、どこまで甘いんだよ!」

「…相変わらずだな」

「ジーグ、ちゃんと世話をするんだぞ!」

笑いの渦が起こる。


ジーグは感激して仔馬の首に顔を埋めた。

「ありがとうございます……シマ団長」

小さく呟いた。


仔馬の名は「ラッセル」。

ジーグがその場で名付けると、仔馬はまるで自分の名を理解したように、小さく嘶いた。


夕日が傾くころ、野営の準備は整っていった。

炊事班班長コーチンの号令で、食事の準備が始まる。

「今日は牛肉の煮込みです! 玉ねぎと根菜を切ってください!」


「了解だ!」

手際よく包丁の音が響き、鍋の中では脂がじゅうじゅうと音を立てる。

香ばしい匂いが風に乗って漂い、牛糞燃料を使った焚き火がパチパチと音を立てていた。


組み立て式のテント群も次々と張られ、見事な陣形を描く。

中央には焚き火と大鍋、そして周囲に馬車を円形に配置して牛や羊を守る。

まるで小さな移動要塞のようだ。

夜の襲撃にも対応できる完璧な配置――それがシャイン傭兵団の流儀だった。


アドルフ・レーア街長もその様子を見て感嘆の息を漏らした。

「まるで小規模な駐屯地のようだな……」


ロッベンが笑いながら「これでも野営だぜ。」と言う。


食事の準備が進む中、アドルフはふと先ほどの話を思い出した。

「そういえば、アロイス、アンドレ、アントンに会ったそうだな?」


ロッベンがうなずく。

「ああ、みんな優秀だな。アロイスは堅実で、ドノヴァン砦司令官だろ、アントンは若いながらも冷静でドノヴァン砦守備隊長、アンドレはああ見えて情熱的だ、武もある。」


アドルフの顔が誇らしげにほころぶ

「…自慢の倅たちだからな……」


その時、背後から酒樽を降ろせ!という声が。


「ほら、ミルクもあるぞ!」

「おいおい、フレッド飲みすぎるなよ」

「それは無理な相談だぜ!」

賑やかな笑い声が草原に響き渡り、夜風がその音を優しく運んでいく。


シマは少し離れた場所で、ゆっくりと夜空を見上げていた。

満天の星、遠くの丘に沈む夕陽、そして仲間たちの笑い声。


やがて「できましたよー!」とコーチンの声。

大鍋の中には煮込まれた牛肉と根菜がとろりと光り、周囲から歓声が上がる。

焚き火を囲んでの食事が始まると、みんなの顔が一気に和んだ。


チョウコ町まで、あと少し。

その夜、風は柔らかく、草原は静かに揺れていた。 



夏の陽光が草原の地平を白く揺らし、風が吹き抜け、草の海が波打つ。

馬の蹄が土を叩くたび、土煙が淡く立ち上る。

その列の中央、馬にまたがるアドルフ・レーアは、前を行くシマたちの会話に耳を傾けていた。


 「……山が二つ無くなってるな?」

 「あっち側も低くなってるぞ?」

 「で、この匂いの正体が肥料ってわけか」

 「臭いけど成功すれば効果抜群だ。」


 アドルフは眉をひそめた。

(……山が二つ消えている? 臭い匂いの元、肥料?)

何を言っているのか、さっぱり理解できない。


(…冷えた酒、風呂、行くたびに町の様子が変わる——眉唾か? 交易隊の連中が大げさに吹聴してるだけだったか…?チョウコ町……あまり期待せんほうがいいな)

 そんな冷めた思いを胸に、アドルフは馬を進めた。


 やがて、丘陵の向こうに木柵の影が見え始めた。最初は風避けかと思った。

だが近づくにつれ、それが町全体を囲う防柵であることに気づく。


高く組まれた丸太の壁、柵の外側には深い掘りが巡らされている。


 (……これは、町の防柵じゃない!)

 アドルフは思わず息を呑んだ。


 入口の跳ね橋が下ろされると、きしむ木の音が風に混じって響く。

渡りながら見上げると、見張り台に立つ若い団員が軽く敬礼を送ってくる。

その仕草の一つひとつに訓練の痕跡が見えた。


 橋を渡りきった瞬間、アドルフの口から小さな感嘆が漏れた。

 「……なんということだ……これが町だと?…広い…!」


 その言葉どおり、町は予想をはるかに超える規模だった。


まだ道こそ整備されていないが、規則正しく、木造の家々、山小屋が整然と並び、遠くで槌の音が響き、鍛冶場の煙突から薄い煙が立ち上る。

宿と思しき大きな建物。町役場のような、いやそれ以上に立派な二階建ての建物。

倉庫群が並び、厩舎からは馬の嘶き。さらに窯場や木工所、拡張された田畑が広がる。


 「随分と頑張ったのね……」

エリカが目を細める。


 「移住組やカイセイ族の人たちが寝込んでなければいいんだけどねぇ〜」

マリアが心配そうに言う。


 「その辺はジトーたちが上手くやってるさ」

ユキヒョウが淡々と返す。


 それを聞いてアドルフは小さく首を振った。彼の中で何かが崩れ始めていた。

 噂では聞いていた「放棄された村」が、ここまでの町になるとは。

 少しでも疑っていた自分が、急にちっぽけに思えた。


 「よっしゃ! まずは風呂だ!」とフレッドが叫ぶ。

 「ひゃっほう〜!」

 「いえ〜い!」


 団員たちの歓声が上がる。

 旅の疲れを一気に吹き飛ばすように、笑い声が町の入口に響いた。

 

マリアとエリカ、メリンダが「お風呂! お風呂!」と手を取り合ってはしゃぐ。

シオンは腕を組んで満足げに町の全景を眺め

ユキヒョウは小さく笑みを浮かべながら「……悪くないね」と呟いた。


 アドルフはそんな彼らの背を見つめながら、口にする。

 「……これが、シャイン傭兵団の作った町か」


噂ではなく、現実としてこの目に見た——彼の胸中に去来するものは驚きと敬意。

(この町は、近いうちに……ダグザ連合で最も重要な拠点になる)

そんな確信めいた予感だった。

 


湯気がもうもうと立ちこめる大浴場の中、アドルフ・レーアは言葉を失っていた。

木造りの湯殿は驚くほど広く、天井の梁には乾いた薬草が吊され、湯の表面には柑橘の香りがほのかに漂う。湯船の底は簀の子を敷き詰めてあり、そこからじんわりと湯気が立ちのぼる。

壁際では笑い声が響き、シャイン傭兵団の男たちが桶を打ち鳴らしては湯を掛け合っていた。


「うぉぉ……こ、これが……風呂…?!」

アドルフは震える声で呟いた。


湯に肩まで沈めた瞬間、全身の疲れが溶けるように抜けていく。

「ひ、ひゃあぁぁぁ~~~……極楽ってのは……本当にあったんだな……」


「はははっ! 今ごろ気づいたか!」

湯気の中、男たちの笑いが響き渡る。


そして、風呂上がり。

外の涼しい風に当たりながら、樽から注がれた冷えたエールを手にしたアドルフは、金色の泡を一気に喉へ流し込んだ。


——次の瞬間。

「う、う、うまいッ!! う、旨いッッ!! 旨すぎるッッッ!!!」

その絶叫はチョウコ町全体に響き渡った。


隣で飲んでいたジトーが「おぉ、気に入ったようだな」と笑い、ザックが「だろ!? この冷え加減、最高だろ!」と肩を叩く。


アドルフは頷きながら、もう一杯、もう一杯と止まらない。


やがて宴が始まった。

長机の卓上には、湯気と香ばしい匂いが立ちこめていた。

焼き立てのパンが籠いっぱいに積まれ、外はカリッと、中はふんわりと湯気を上げている。

分厚いステーキは鉄板の上でジュウジュウと音を立て、肉汁が弾けて香ばしい匂いが鼻を刺激する。

丸く形の整ったハンバーグは肉の旨味が凝縮され、ソースがとろりと流れ落ちる。

サクサクのカツとホクホクのコロッケは噛んだ瞬間に衣が弾け、熱々の具が口の中で広がった。

山盛りのフライドポテトは塩気が絶妙で、手が止まらない。

隣には湯気の立つ麵類、スープの香りが心を和ませる。

さらに、衣が薄く軽い天ぷらが彩りを添え、サクサクと心地よい音を奏でる。

パンで挟まれたハンバーガーやホットドッグも並び、肉と野菜の香りが一層食欲をそそる。

焼き魚に、野菜たっぷりの煮込みスープ、丸ごと蒸した芋、見たこともない果物の盛り合わせ。


これほどのご馳走が並ぶ光景に、アドルフはただ圧倒される。

まるでこの町そのものが「うまい」を体現しているかのようだった。


アドルフはひと口食べては固まり、次の瞬間に大声を上げた。

「な、なんだこの味はぁぁぁ!! うますぎる! うますぎるぞぉぉぉ!!!」


それを見たゴードンが腹を抱えて笑い、「わかる…わかるぜその気持ち!!」と叫ぶ。


フィンは皿を掲げて「これでも旨い飯はほんの一部なんだぜ! ヤバイだろこの町!」と自慢げに言い、

ラルグスは「な、あんたも帰りたくなくなるぜ!」と陽気に笑った。


そして——ザックが酒樽を抱えて現れた。

「アドルフのオッサン! 特別に――ザック・ドラゴン・スペシャルを飲ませてやるッ!!」


その言葉に、場が一瞬凍りつく。


次の瞬間、団員たちが一斉に叫んだ。

「それは止めろッッ!!」

「死人が出る!!」

「昨日のライアンを忘れたのかッ!」

爆笑が爆発する。


アドルフは目を丸くしながらも、何がそんなに危険なのか分からず首を傾げる。

ザックはニヤリと笑いながら「まぁまぁ、ちょっとだけだ」と杯を差し出す。


「やめとけアドルフ!マジでヤバイ酒なんだ!」とカスパル。

「飲むなって言ってんのに!」とワーレン。

だがアドルフはすでに覚悟を決めていたように、その杯を受け取り――

「男にはな、引けねぇ時があるんだよ……!!」

ゴクリ。


……数秒後。

「ッッぐわあああああああ!! かっ…くっ……喉が、焼けるぅぅぅ!!」


「言わんこっちゃねぇ!!」

腹を抱えて転げ回る仲間たち。


アドルフの叫びと笑いが混ざり合い、宴は夜更けまで続いた。

その夜、チョウコ町の空には笑い声と歌声がいつまでも響き渡る。

アドルフ・レーア四十四歳は心の底から思った——「生きてて良かったッッ!!」

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