美味いだろ。
シマとロイドは、部屋番号19の扉をノックした。
「おう、入れ」
中からダミアンの低い声が響く。
扉を開けると、そこにはテーブルに肘をつき、気だるげに椅子に腰かけるダミアンの姿があった。
「差し入れだ」
シマはそう言って、持ってきたフライドポテトとポテトチップスを机の上に置く。
そして、シマとロイドが一つずつ摘まみ、口に運んだ。
「見たことねえ料理だな……うまそうじゃねえか」
ダミアンは興味深そうに目を細める。
「美味いんだよ。手が止まらなくなるぜ」
シマがニヤリと笑いながら言う。
「どれ、俺にも食わせてみろ」
ダミアンは一つフライドポテトを手に取り、口の中へ放り込んだ。
カリッ……ホクッ
口の中に広がる、外はカリカリで中はホクホクとした絶妙な食感。
「……オホッ、こりゃあうめえ!」
ダミアンの目が大きく見開かれる。
「確かにこれは手が止まらなくなるな!」
言いながら、次から次へとフライドポテトを口の中へ放り込んでいく。
そして、今度はポテトチップスに手を伸ばし、一枚を口に運ぶ。
パリッ……パリッ……
軽快な音を立てながら咀嚼し、ダミアンの表情がふと変わった。
「……! これはもしかして……エールに合うんじゃねえか?」
シマは満足げに頷く。
「ちょっと待ってろ!」
ダミアンは急に立ち上がり、皮袋を掴むと部屋を飛び出していった。
「お前ら食うなよ! これは俺への差し入れなんだからな!」
そう言い残し、勢いよく扉を閉める。
シマとロイドは顔を見合わせる。
「……もう酒場は閉まってるはずだよ」
ロイドが呆れたように言うが、シマは肩をすくめるだけだった。
数分後。
ドタドタと階段を駆け上がる足音が聞こえ、扉が乱暴に開けられた。
ダミアンがご機嫌な様子で戻ってくる。
「もらえたのか?」
シマが尋ねると、ダミアンはニヤリと笑い、皮袋を掲げてみせた。
「商人なめんなよ!」
どうやら酒場の店主にうまく交渉し、エールを手に入れてきたらしい。
ダミアンは席に戻ると、嬉しそうにポテトチップスを口に放り込み、エールをぐいっと飲み干した。
「オホッホッ……こりゃあいい!」
差し入れたフライドポテトとポテトチップスは、あっという間にダミアンの胃袋へと消えていった。
「ふう……一体何の材料を使って作ったんだ?」
ダミアンが満足げに息をつく。
シマとロイドは、ニヤニヤと笑っている。
「……ま、まさか悪魔の実か……?」
「正解だ」
シマが真顔で頷くと、ダミアンは一瞬で青ざめた。
「お、お前……なんちゅーもん食わせるんだ……! 明日の朝、コロッと死んでたりしねえだろうな……?」
「僕たちはこの通り生きてるよ?」
ロイドが肩をすくめる。
「……美味かったろ?」
「……ああ、悔しいがな」
ダミアンは複雑そうな表情を浮かべる。
その様子を見ながら、シマはポケットからジャガイモを取り出した。
「見てくれ」
シマはジャガイモを指差す。
「ここに芽が出てるだろ? それと、この緑色の部分……これに毒がある」
ダミアンは驚いた表情でジャガイモを見つめる。
「多少大げさに切り落とせば問題ない。実が小さくなってもいい。その方が安全だ」
「……つまり、それさえ口にしなければ問題ないってことか?」
「ああ。さっき食べたものの作り方も簡単だ。実を棒状に切るか、スライスするか。あとは油で揚げて塩をお好みで振りかけるだけだ」
「そんなに簡単なのか……?」
「帰ったら試してみればいい」
「ふむ……試してみる価値はあるな。なんせ、あれだけエールに合うんだ」
ダミアンはすでに商人の顔になっていた。
シマは続ける。
「それとな、このジャガイモは素人でも比較的育てやすいんだ」
「……ほう?」
「痩せた土地や荒れた土地でも育つ。ただし、一度植えて収穫したら、一年はその土地を休ませた方がいい」
「一年……?」
「連作障害って言ったかな?…連続で同じ土地に植えると、育ちが悪くなる」
シマはジャガイモを弄びながら、ダミアンの顔を覗き込む。
「どうだ? 少しは金になりそうな匂いがしてきたろう?」
ダミアンはしばらく黙り考え込んでいた。
「……お前、本当に何者なんだ?」
シマは何も言わず、ただ笑うだけだった。
「旨いものを食わせるって約束は果たしたぞ。それじゃあな」
シマはそう言い残し、ロイドと共にダミアンの部屋を後にした。
扉が閉まると同時に、二人は顔を見合わせる。
「ダミアンのあのうろたえた顔……フフッ」
ロイドが口元を押さえながら笑い出す。
「あの青ざめた時の顔…ククッ笑えるぜ」
シマも肩をすくめ、薄く笑った。
「でもさ、ジャガイモに関してあれだけの情報を与えたんだから、対価としてブラウンクラウンの価値を教えてもらうことは考えなかったの?」
ロイドが問いかけると、シマは小さく息を吐いた。
「考えなかったわけじゃない。ただ、約束は約束だからな」
「ふーん……まあ、元手はタダだし、損してるわけじゃないしね」
ロイドが納得したように頷く。
「そうだな。それに、聞いたところではぐらかされて終わりさ……寝ようぜ」
自分たちの部屋に着いたシマはそう言い、ベッドに潜り込んだ。
ロイドも続く。
夜は静かに更けていった。
翌朝、シマたちは早めに起床し、朝食を取るとすぐに買い出しに向かった。
まず向かったのは雑貨屋。
ここでは食料品を中心に購入する。
小麦粉 10kg、砂糖 1kg、塩 9kg、胡椒 500g
甕を返却した。
次に訪れたのは道具屋。
ここで、シマの目にとまったのは小刀だった。
「これは使えそうだな……」
シマはしばらく考えた後、小刀を5本まとめて購入することにした。
さらに、蠟燭を20本、布2反、服数着も購入した。
合計で14金貨6銀貨を支払い、手持ちの金は89金貨4銀貨3銅貨となった。
買い物を終えた頃には、すでに昼近くになっていた。
「屋台でも回るか?」
「そうだね。ちょっと食べ歩きしよう」
シマとロイドは屋台を巡り、買い食いを楽しんだ。
焼き鳥、揚げパン、果物――どれも手軽に食べられるものばかりだった。
腹を満たした二人は、いよいよモレム街を出発することにした。
モレム街の門をくぐると、シマとロイドは足を速めた。
「今回は蠟燭を随分と購入したね」
ロイドが尋ねると、シマは少し考えながら答えた。
「ちょっと試したいことがあってな」
「料理に使うわけじゃないよね?」
「残念ながらな」
「そっか……」
ロイドは少し気になったが、それ以上は聞かなかった。
「でも、小刀を見つけたのはよかったよ。オスカーが喜ぶだろうね」
「そうだな。オスカーに渡せば、いろいろ作ってくれるだろう」
シマたちは道を進み続け、夕方には目的地であるチュキ村へと到着した。
シマとロイドはチュキ村の門前に到着すると、入場料として4銅貨を支払った。
門をくぐり、村の中へ入る。
二人は迷うことなく、以前泊まったライム宿へ向かった。
宿に着くと、受付の主人に素泊まりで二人部屋を頼んだ。
「一泊6銅貨だ。部屋番号は20番だ。」
主人は鍵を手渡しながら言った。
前と同じ部屋だった。シマは6銅貨を払い、ロイドと共に部屋へ向かった。
宿の二階、廊下の奥にある20号室。
鍵を開けて中に入り、荷物を置く。
ベッドが二つ、窓が一つ、小さな木製のテーブルと2脚の椅子があるだけの造り。
「よし、荷物はここに置いておこう」
「鍵、ちゃんと閉めた?」
「ああ、閉めた」
念のため確認し、二人は宿を後にした。
今夜の目的はただ一つ――屋台の串焼きだ。
「まだやっていればいいんだけど……」
ロイドが呟く。
以前、この村を訪れた際に食べた串焼きは絶品だった。
あの味をもう一度味わいたい。
そんな思いを胸に、屋台が並ぶ通りへと向かった。
しかし、目に入ったのは店じまいをしている店主の姿だった。
「……間に合わなかったか」
シマは少し落胆したが、諦めずに屋台の前まで歩いていく。
すると、店主のオヤジが二人に気づき、ニヤリと笑った。
「おっ、味のわかる兄ちゃんたちじゃねえか。残り6本だが、買っていくか?」
「6本全部くれ!」
シマが即答すると、オヤジは満足そうに頷いた。
「1本1銅貨だ」
シマは1銀貨を差し出し、4銅貨の釣りを受け取った。
「あいよ、毎度アリ!」
串焼きを手渡してくれた。
シマとロイドは、串を3本ずつ分け合い、一口かぶりつく。
「……うん、やっぱり美味しいね」
「ああ、こっちに来て正解だったな」
シマも満足そうに頷いた。
串に刺された肉は、焼き加減が絶妙で、表面が香ばしく焦げ目がついている。
かぶりつくと、程よく噛み応えのある肉とともに、間に挟まれたミントの風味が口の中に広がった。
塩と胡椒が効いていて、噛めば噛むほど旨味が広がった。
二人は黙々と串を平らげ、満足げに息をついた。
「さて、明日はノーレム街で家族と合流だね」
ロイドが呟く。
「そうだな。今日は早めに休んで、明日に備えよう」
こうして、シマとロイドのチュキ村での一夜が静かに過ぎていった。




