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光を求めて  作者: kotupon


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戦い終えて

 砦に沈む夕陽が、戦の終焉を静かに告げていた。

だが終わりなど、どこにもなかった。

戦が終われば、やるべきことは山のように積み上がる。

呻き声が消え、鉄の響きが止み、火の手が落ち着いたあとに訪れるのは、血と土と涙の時間だった。


まず始めに行われたのは、死者の埋葬である。

敵味方の区別なく、シャイン傭兵団、スレイニ族軍、そしてゼルヴァリア軍の合同で行われた。


戦場に残された死体の数は約、二千。

砦の外には大きな穴がいくつも掘られ、そこに静かに横たえられていく。


スレイニ族の祈祷師たちが呪文を唱え、焚かれた香の煙がゆらゆらと天へ昇っていった。

死者を悼む儀式ではあったが、誰もが心の奥で震えていた。

あの戦いは、ただの戦ではなかった。


六人の化け物——そう呼ばれた者たちの死が、それを証明していた。


ゼン・マクレガー、ベニーニョ・シャン、カルミネ・ネッツ、デルフィーノ・ケーラー、フルヴィオ・ベールンゼン、ジルド・オラフ。


ゼルヴァリアの民にとって彼らは憧れであり、誇りであり、恐怖そのものだった。

闘技会で名を馳せ、戦場で英雄と呼ばれた者たち。

子どもたちは彼らの真似をして木の剣を振るい、傭兵たちはその背を追いかけることを生涯の目標としていた。


その彼らが、たった一戦で、散った。

善戦どころか、抵抗する暇もなく。


——一瞬で終わった。


それは見ていた誰もが口をつぐむほど、異様で、恐ろしく、美しい光景だった。


ベニーニョ・シャン。

巨躯を誇る豪槍の使い手。数多の戦場で名を残した戦鬼。


その首が落ちたのは、槍を振るう前の瞬きほどの時。

フレッドの双剣『グラディウス』が空を裂いたあと、彼の身体は動かなくなっていた。

誰もフレッドの動きを見た者はいない。

人々は後にこう呼んだ——「双剣の死神」。


カルミネ・ネッツ。

熊のような風貌と、青龍刀を振るう怪力の剣士。


その豪腕を誇示する間もなく、シマの指弾が眉間と喉を撃ち抜いた。

見えぬ刃——それが彼の異名となる。

風のように現れ、雷鳴のように消えるその暗殺技。

誰も、いつ撃たれたのかを理解できなかった。


デルフィーノ・ケーラー。

斧を握る闘将。


小石が眼を穿ち、わずか数秒で命を絶たれた。

戦乙女と呼ばれた彼女の剣舞は、まるで雷の閃光のようだった。

超強弓を構え戦場に立つ彼女の姿を見た者は、後に「雷撃の戦乙女」と語り継いだ。


そしてゼン・マクレガー。

ゼルヴァリアが誇る最強の男とも謳われる。


彼の前に立ったのは、銀髪の男——ユキヒョウ。

かつての同胞にして、今は敵。

二人が再び相まみえた瞬間、戦場の空気が凍りついた。


だが、結果はあまりに一方的だった。

ゼンの戦鎚は弾き飛ばされ、ユキヒョウの蒼い刃が三度閃く。

喉、心臓、右肺——そのすべてを貫き、巨躯は崩れ落ちた。

「銀髪の悪魔」——その名は、恐怖とともに語り継がれることになる。


六人の化け物が死んだ——それはつまり、六人の英雄が消えたということでもあった。

彼らの亡骸は丁重に布で包まれ、ゼルヴァリア本国へと移送された。


運搬を命じられた傭兵たちは皆、無言だった。

馬車の車輪が軋む音だけが、乾いた風の中に響く。誰もが信じられなかった。

あの六人が敗れた? それも、ほんの数分で?


だがそれが現実だった。

戦場に立つ者たちが見た。

あの黒髪の団長。

漆黒の髪に、氷のような瞳。見えぬ刃を操り、命を奪う男——シマ。

双剣を振るい、一瞬で首を刈り取る男——フレッド。

疾風のように駆け抜け、雷鳴のように斬り裂く女——サーシャ。

銀髪を翻し、氷の如き冷徹な剣を振るう男——ユキヒョウ。


この四人の姿が、傭兵たちの脳裏に焼き付いた。

恐怖と敬意、畏怖と憧れが混じり合う、決して消えぬ光景として。


彼らが去ったあと、ゼルヴァリア軍の兵たちはひとり、またひとりと膝をついた。

勝敗はすでに決していたが、それ以上に心が折れていた。

六人の象徴を失った軍に、もはや戦う気力は残されていなかった。


埋葬の場で、スレイニ族軍の老戦士がぽつりと呟いた。

「英雄とは、死してなお戦場に立つ者のことだ」


その言葉に、誰も返すことはできなかった。

ゼルヴァリアの六英雄は確かに死んだ。

だが、その死はひとつの時代の終焉を意味していた。

そして同時に、新たな時代の幕開けを告げていた。


戦後、スレイニ族軍とシャイン傭兵団の名は、全土に轟いた。

“ヴァンの戦い”を凌ぐほどの激戦を制し、ゼルヴァリアの侵攻を退けた軍として。


中でも——「黒髪の団長」「双剣の死神」「雷撃の戦乙女」「銀髪の悪魔」

それは恐怖の象徴でもあり、救いの象徴でもあった。

戦が終わった今、誰もがその名を呟く。

畏れを込めて、敬意を込めて。


そして静かにこう思うのだった——「六人の英雄が死に、四人の怪物が現れた」と。



ドノヴァン砦の空には薄い煙がまだ漂っていた。

焦げた木の匂い、乾ききらぬ血の鉄臭さ、そして無数の呻き声。

砦の中は生と死が入り混じる混沌の坩堝だった。


 スレイニ族軍――死者二百二十七名。重軽傷者、千三百六十五名。

 結果だけを見れば“勝利”だった。

 だがその勝利は、あまりに重く、痛みを伴うものだった。


 砦のあちこちで、兵士たちが負傷者を担ぎ、薬草を刻み、水を汲み、血を拭っていた。

 叫び声、祈り、命令の声、泣き声。どれがどれだか分からぬほど入り乱れる。

 血で染まった包帯を交換し、仲間の名を呼びながら泣き崩れる者もいる。

 戦いが終わっても、地獄はまだ終わらない。


 「食料が足りません!」

 「薬草がもう底をつきます!」

 「急げ、後続の衛生部隊はまだか!」

 

 怒号と焦燥が飛び交う中、砦の中庭で指揮を執っていたのは、スレイニ族軍総司令官のハンだった。

 彼の前には負傷者の報告、物資の一覧、そして戦死者の名簿が山のように積まれている。

 額には汗、休む暇もなく指示を飛ばしていた。

 

 そんな彼のもとへ、ひとりの青年が静かに歩み寄る。

 シャイン傭兵団団長、シマ。

 「ハン、部屋を一つ貸してほしい」

 

 忙しさの中でもハンは顔を上げ、彼の目を見た。

 その表情にただならぬものを感じ取り、即座に答える。

 「空いている部屋なら好きなところを使って! どこでもいいよ!」

 

 シマは短く頷き、すぐに踵を返した。


 砦の廊下を進むシマの腕の中には、ひとりの女性の姿があった。

 エリカ・ブランゲル。

 彼女の身体は小刻みに震えていた。

 顔色は蒼白、唇は噛み締められ、視線は焦点を失っている。


 シマの後ろには、サーシャとマリアが静かに続いていた。

 部屋の扉を開ける。

 木の香りがまだ残る簡素な部屋――戦場の喧騒が届かぬ静寂の空間。

 シマはそっとエリカをベッドに下ろした。


 「……っ、うぅ……」

 かすかな声が漏れた。

 その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、エリカの身体が崩れ落ちる。


 シマは何も言わず、その肩を抱き寄せた。

 マリアも膝をつき、背を撫でる。

 サーシャはそっと彼女の手を握る。


 やがて、嗚咽が漏れた。

 押し殺すような声だった。

 最初はかすかに、だが次第にその声は涙と共に溢れ出していった。

 「う……ぁぁ……ごめんなさい……わたし……」

 

 誰に向けての謝罪なのか、彼女自身もわかっていない。

 ただ、心が悲鳴を上げていた。


 エリカ・ブランゲル――

 ブランゲル侯爵家の長女として生まれ、幼い頃から明朗快活、天真爛漫な少女だった。

 乗馬が得意で、剣の才にも恵まれ、カシウム領軍の若き騎馬隊長として周囲からも期待を寄せられていた。


 “姫騎士”――“じゃじゃ馬娘”――。

 そんな呼び名がつくほどに、彼女は明るく、誇り高く生きていた。


 だが、彼女が見てきた戦いは“訓練された戦”でしかなかった。

 血が流れ、命が絶える“真の戦場”を知らなかった。


 今回が、彼女にとって初めての“現実”だった。


 戦場での彼女は勇敢だった。

 敵を薙ぎ、仲間を守り、恐れを見せなかった。

 だがそれは、緊張と高揚――アドレナリンに支配された一時の勇気に過ぎなかった。


 戦いが終わり、音が止んだ時、

 初めて彼女は“見てしまった、感じてしまった”。


 肉が裂ける感触。

 骨が砕ける音。

 剣に伝わる“重さ”。

 

 敵の瞳が恐怖に染まり、喉を掻きむしりながら崩れていく。

 血にまみれた手が、誰かの名を呼びながら震えている。

 呻き、叫び、嘆く声。

 自分の剣が、その命を奪ったという“現実”。


 その瞬間、エリカの心の中で何かが崩れ落ちた。

 手が震え、立っていられなくなった。

 戦いが終わった後、彼女はただその場に座り込み、剣を握ったまま動けなくなっていた。


 彼女の瞳には、まだ死者の顔が焼き付いていた。

 敵の、仲間の、そして自分自身の。


 部屋の中、シマたちは何も言わなかった。

 慰めの言葉も、叱咤も、必要なかった。


 ただ、エリカを抱きしめた。

 マリアの腕が、サーシャの手が、シマの胸が――

 彼女の震える身体を包み込んだ。


 「……もういい、泣け」

 シマの低い声が静かに響く。


 エリカは嗚咽を止められなかった。

 まるで幼い少女のように、泣きじゃくった。

 肩を震わせ、声を殺して泣いた。

 

 涙は止まらない。

 だがその涙こそが、彼女が“戦士”として最初に流すべき涙だった。


 マリアが小さく呟く。

 「……エリカは優しいわね。本当は、こんな場所にいるべきじゃない」


 サーシャは静かに首を振る。

 「でも……それでもエリカは、ここにいることを選んだ。だったら、私たちが支えなきゃ」


 シマはただ黙って、エリカの頭を撫でた。

 その手は、戦場を幾度も渡ってきた男の手。

 だがその掌は不思議と温かく、柔らかかった。


 夜が更ける。

 外ではまだ呻き声と怒号が続いていたが、

 この小さな部屋の中だけは、穏やかな静寂が流れていた。


 泣き疲れたエリカは、シマの胸に顔を埋めたまま眠っていた。

 目元にはまだ涙の跡が残っている。

 サーシャはそっと毛布を掛け、マリアが灯りを少し落とす。


 「……エリカ、もう限界だったのね」

 「初めてだもの」

 マリアの囁きに、サーシャはうなずいた。


 シマは立ち上がり、窓の外を見た。

 闇の向こうで、焚き火がいくつも揺れている。

 負傷者を看取る者、夜通し働く者、誰も休んでなどいない。


 (……エリカが、この先どう生きるかは分からない。剣を捨てて、穏やかな人生を選ぶかもしれない。それでもいい。命を燃やし尽くすことだけが戦士じゃない)


 静かに振り返り、眠るエリカの横顔を見つめる。

 「……ゆっくり休め。お前はもう、十分に戦った」


 その言葉は、優しい祈りのように部屋に溶けていった。

 ドノヴァン砦の夜――

 悲しみと優しさが交差する、静かな夜であった。



ドノヴァン砦の空には、ようやく安堵の風が吹き始めていた。

戦が終わった翌日、東の地平線から長い隊列がゆっくりと近づいてくる。


荷車には食料や薬草、包帯、酒樽などが積まれ、その脇を白布を腕に巻いた衛生兵たちが歩いていた。

兵站部隊と衛生部隊の到着だ。砦に残っていた兵士たちは、その姿を見つけると口々に歓声を上げた。

「来たぞ! ようやく来た!」

「これでまともな飯が食える!」

荒れ果てた砦の中に、久しく忘れていた笑い声が戻ってきた。


彼らの疲労は極限に達していた。

二百を超える死者、千を超える負傷者。


砦の中は血と汗の匂いが入り混じり、医療器具の足りない応急治療所では、包帯の代わりに裂いた布が使われていたほどだ。

だからこそ、兵站部隊の到着は命綱のような意味を持っていた。


砦の中庭では、ハン総司令官を中心に、主要な指揮官たちが集まっていた。

ヒル、アロイス・レーア、アンドレ、そして数名の将校たち。

戦後の整理会議というよりも、互いの無事を確かめる場だった。


「ふう~……これでようやく一息つけるな。」

ヒルが腰の剣を外して深く息を吐く。

その顔には疲労と安堵が入り混じった笑みが浮かんでいた。

「にしても、よく持ちこたえたな、アロイス。」


アロイス・レーアは、古びた机に手を置いたまま、苦笑いを浮かべる。

「……初戦でかなりの被害を出したんだ。その後はただ、亀のように殻にこもって耐えていただけさ。」

低い声には悔しさが滲んでいた。


「兄貴、初戦はどんな感じだったんだ?」

隣でアンドレが問いかける。


アロイスは少し目を伏せ、淡々と語った。

「最初は千。偵察の報告でも、敵は千かそこらの小規模な部隊だと聞いていた。だが、次第に増えていった。三千、五千……どうにもならなくなって、結局は砦に籠もるしかなかったってわけだ。」

語る声に力はない。だが、言葉の一つ一つが重い。

あの地獄の夜を思い出しているのだろう。


「……情報収集はしてたはずだよ?」

ハンが口を開く。

「君たちにも報告は入ってるよね?」


「勿論だ。」

アロイスが即答した。

「ここは最前線だからな。ゼルヴァリアが怪しい動きをしていたのは掴んでいた。分かってはいたが……まさか“万”に近い軍勢が、夜襲を仕掛けてくるなんてな。あれは想定外だった。」


「僕の方にも、そんな報告は来てなかった。」

ハンの言葉には、焦りというよりも、冷たい確信があった。

誰かが意図的に情報を止めたか、あるいは誤情報を流したか——それを悟っていたのだ。


「万に近い軍勢をヴァンの街に待機させていたのか……」

アンドレが眉をひそめる。

「一気に動かしたわけじゃないだろ。徐々に増やしていったのか?」


「……あのゼルヴァリアがそんな用意周到なことをするか?」

ヒルが呟いた。

「いや、だが実際にやってきた。事実は事実だ。」


「ゼルヴァリアにとっても、今回は乾坤一擲の戦いだったのかもしれない。」

ハンがゆっくりと立ち上がり、机の上の地図を見下ろした。

戦線の跡、補給路、敵の進路が赤と青の線で記されている。

「……情報収集を厳にするよ。ゼルヴァリア国内にも潜ませて。」


その言葉に、室内の空気が張り詰めた。

官吏や参謀たちが一斉に姿勢を正し、胸に手を当てて敬礼する。

ハン総司令官の声は低く、しかしよく通る。

「戦いはまだ終わっていない。今のうちに掴むべきだ。」


短い沈黙のあと、ヒルが小さく笑いを漏らした。

「……なあ、戦勝の祝いはどうする?」


ハンは少しだけ目を細め、深く頷いた。

「やるよ。戦勝の祝いをやる。ただし——浮かれるためじゃない。」


ハンは窓の外、遠くの戦場跡を見つめながら言った。

「死者を悼むためにも、だ。」


その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。

砦を包む風が、一瞬だけ静まる。

遠くでは、兵站部隊が馬車から荷を降ろし、衛生部隊が負傷兵の治療に当たっていた。

その喧騒の中に、確かに希望があった。


戦は終わった。

だが、ここからが本当の始まりだと、誰もが理解していた。


——死者の上に築かれる「勝利」とは何か。

その問いを抱えながら、ドノヴァン砦の将たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。

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