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光を求めて  作者: kotupon


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381/457

試せ?!

ホルンの街、軍宿舎。

日が沈み、スレイニ族軍とシャイン傭兵団との合同宴が催されていた。

広間の中央には大きな円卓がいくつも並べられ、肉の香ばしい匂いと、馬乳酒の芳醇な香りが空気を満たしている。


兵たちはすでに顔を赤らめ、笑い声が絶えない。

杯が打ち鳴らされ、歌が起こり、床を叩く足音が響く。


そんな喧噪のただ中で、シマとハン・スレイニは、ひとつの卓を挟んで静かに語り合っていた。

二人の周囲だけは、まるで異なる空気が流れているかのようだった。

賑やかな音が遠のき、互いの言葉だけがまっすぐに交わされていく。


「……やっぱり、お前とは話が合うな、ハン」

水の入った杯を傾けながら、シマが笑う。


「僕も同じ気持ちだよ、シマ。最初に会ったときから思ってた。」


「“共存共栄”ってやつだ。」


「そう。“共に生き、共に栄える”。それが理想だね!」

ハンの声は若いが、その言葉には年輪を感じさせる深みがあった。

彼は人々を見渡した。

そこには笑いながら杯を交わすスレイニ族の兵と、肩を並べて談笑するシャイン傭兵団の面々がいた。

「でも、それを実現するのは簡単じゃない。人の意識を変えるのは、戦うよりも難しいことだよ」


「ああ。剣じゃ変えられねぇもんな。けど、できるはずだ。飯を分け、酒を分け、仕事を分け合う……それが積み重なれば、“敵”って言葉もいずれ薄れていく」

シマの言葉に、ハンは頷いた。

「僕たちはまだその入口に立ったばかりだ。だからこそ、一緒に考えたいんだ。何を成し、何を遺すか」


「…お前、本当に若いのか?」


「君に言われたくないな」

二人が笑い合う。その笑いには、未来を信じる者だけが持つ静かな確信があった。


「このあいだサーシャ嬢が来た時に教えられた“シャイン式計算”と“牛糞燃料”——あれには本当に助けられたよ」

ハンが感慨深げに言う。

「風の炉も燃料がなければ、ただの大きな建物だからね」


「はは、そりゃよかった。どんどん広めていってくれ。燃料は命だ」


「君たちの知恵には驚かされるよ。惜しみなく共有できる姿勢……それが共栄の第一歩なんだろうな」


そのとき、少し離れた席でフレッドが大声を上げた。

「なぁシマ! 俺たちも“風の炉”ってやつ、同じようなもん作れんじゃねぇの?」


「箱だけならな」

シマは水を飲み干しながら言った。

「中身はがらんどうだ。あれは土地と物、人が揃ってこそ成り立つもんだ。山から降りる乾いた風、鉄鉱石が採れる土地、そして腕のいい鍛冶職人たち。全部が揃ってる必要がある」


「つまり、うちには……どれもねえな」と言うフレッド。


「でも、風だけはなんとかなるんじゃない?」とユキヒョウが尋ねる。


「そうだな。風はどこにでもある。何年もかけて調べれば、ああいう仕組みに向いた土地も見つかるだろう」

シマの言葉に、ユキヒョウはうなずいた。


「なぁ……シマ」

ヒル・スタインウェイが、盃を片手に口を開いた。

「お前、ホントになにもんだ? “フウリョクヨウカイロ”? “レイキャクフウ”? “サンカ”とか、何やらわからねぇこと言ってたが、一目見て“風の炉”が何であるか理解してたな」


その問いに、シマは少し困ったように笑った。

「まぁ、ちょっとした知識だ。昔、学者に教わったことがある」


「嘘つけ、絶対もっと知ってるだろ」


「まあな。でも、知ってるだけじゃ意味がねえ。使ってこその知恵だ」

その言葉に、ヒルは「ふっ」と笑い、杯を掲げた。


そのとき、サーシャが横から身を乗り出した。

「私たちの団長よ。ついでに、私の彼氏でもあるけど!」

一瞬、場が静まり返り——次の瞬間、爆発的な笑いが起きた。

「ちょっ……! なにを言わせんのよ!」

顔を真っ赤にしてシマの背中をバチンッ!と叩くサーシャ。

「お、おい痛えって!」


「ワハハハハ! いいカップルじゃねぇか!」

ヒルが笑い、酒を吹き出した。


その隣で、さらに追い打ちをかけるようにエリカが杯を掲げた。

「いずれ私の夫になる人よ!」

再び、広間が爆笑の渦に包まれる。

「お前まで何言ってんだよ!?」

シマが思わず立ち上がるが、サーシャとエリカは顔を見合わせ、勝ち誇ったように笑っている。


「団長!羨ましい限りだな!」

「モテる男は違ぇ!」

「サーシャ嬢もエリカ嬢も、美人すぎるぞ!」

周囲から冷やかしの声が飛び交う。


ハンでさえ笑いながら両手を叩いた。

「いいね、君たちは。本当に家族みたいだ」


「まぁな」

シマが肩をすくめる。

「血は繋がってねぇが、魂で繋がってる」


酒が進むにつれ、宴はさらに熱気を帯びていった。

楽士たちが弦を弾き、笛が鳴る。

スレイニ族の兵が円になって踊り、シャイン傭兵団の若者たちもそれに加わった。

笑いと歌が空間に溶けていく。


ハンはそんな光景を眺めながら、ぽつりと呟いた。

「……これが、僕の見たかった未来だ」


シマはその横顔を見て、静かに言った。

「まだ始まったばかりだ。けど、こうして笑い合えるなら、きっと間違っちゃいねぇ」


ハンはゆっくりと頷き、杯を掲げた。

「共に歩もう、シマ。君と、君の家族たちと」


「おう」

二人の杯が、夜空に澄んだ音を立ててぶつかった。


その音が、やがて夜風に溶けていく。

ホルンの街の上空には、星々が瞬き——まるで彼らの未来を祝福しているようだった。



シマは杯を置き、ハンの方へ身体を向けた。

「俺たちは今、酒を造ってる」


唐突な話題転換にハンは眉を上げたが、すぐに興味を示した。

「酒を? 君たちが?」


「そうだ。今のところはまだ町の中で消費される分しか造れてねえ。けど、いずれは大々的に売り出すつもりだ。もう下準備には取り掛かってる。農地と果樹園の拡張を進めてる。肥料も改良して実験中だ。これがうまくいけば……肥料そのものを売ることもできる。土地を豊かにすれば、人の暮らしは安定する」


「肥料を?」とハン。


「そうだ。糞、灰、炭に魚の骨。それを適度に混ぜ、寝かせる。単純だが、効果はでかい。作物の出来が変わる」


ハンは感心したように頷いた。

「本当に君は……商人か学者か、どっちなんだい?」


「ただの傭兵団の団長だ」

シマが笑うと、ハンもつられて笑った。


「僕たちの方からは、いつものように鉄鉱石、手織りの布生地、民族衣装、馬乳酒、家畜、肉を売るよ」


「助かるな。互いの足りないもんを補う。それが商いの本質だ」


シマはちらりと隣の席のサーシャに目を向けた。

「サーシャ、技術を一つ教えても構わねぇか?」


サーシャは頷き、微笑んだ。

「風の炉のことを教えてくれたんだもの。信頼には応えないとね」

彼女の声には、誇らしさと共に確かな覚悟があった。


「軍備食にもなる食い物だ。——“乾麺”と言ってな」


「かんめん?」とハンが首を傾げる。


「そうだ。作り方は難しくねぇ。小麦粉に塩と水を混ぜてこね、細く伸ばして乾かす。それだけだ。保存が利くし、軽い。湯さえ沸かせば、どこでも温かい飯が食える」


ハンの表情が一気に明るくなった。

「なるほど……乾燥させるのか! 確かにそれなら保存できる。麺料理はうちにもあるけど、日持ちしないのが難点だった」


「お湯さえ沸かせば何時でも温かい料理が食べられる。塩漬けの干し肉なんかも入れたら、うまいもんになるぞ」


「……いいね!」

ハンの声には興奮があった。

「行軍中や野営では、どうしても食が質素になりがちだ。温かい食事は士気に直結する」


「その通りだ。腹が満たされれば、人の心は穏やかになる。兵も民も同じだ」


「うん、試してみるよ。ありがとう、シマ」


そのやり取りを聞いていたヒルが、杯を揺らしながら口を挟んだ。

「なぁ、シマ。さっきから聞いてりゃ面白そうな話ばっかだが……酒の作り方は教えてくれねぇのか?」


「あるじゃねぇか」とシマが言う。


「馬乳酒だろ」


「いや、あれ以外のだよ。」


ヒルの顔は好奇心で満ちていた。


「ヨーグってのがあるじゃねぇか。昔からこの地域で食べられてたって、ダグから聞いたぞ」

シマが静かに言った。


「ヨーグ……確かにあるな。だがあれは発酵乳だろ? 酒とは違う」


「違うが、近い。あれを造る工程を見直してみろ。温度管理、時間、清潔さ。それを徹底すれば、別の発酵が生まれるかもしれねぇ」


ヒルは顎を撫でながら唸った。

「つまり、やってみろってことか」


「そうだ。試したのか? 試行錯誤を繰り返したのか?」

シマの声には叱咤の響きがあった。

「何も無い、飢えにあえぐ時ならそんな余裕はねぇ。だが今は違うだろ?だったら、考えろ。やってみろ」


ヒルは一瞬、言葉を失い、それから照れくさそうに笑った。

「なるほどな……言われてみりゃ確かにそうだ。試してもねぇのに“無理”って言っちまってたわけだ」


「そういうことだ」

シマが笑い、杯を掲げた。

「失敗してもいい。失敗したら、その理由を学べ。次に繋がる。それが“作る”ってことだ」


その言葉に、ハンも頷いた。

「……君の言葉は重いな。」


「戦場も、鍋の中も同じさ。段取りを間違えれば、すぐ焦げる」


「ははは! いい例えだ!」

場が再び笑いに包まれた。

暖炉の火の粉が舞い、夜の冷たい風が窓の隙間から流れ込む。

酒樽の中身は減り、卓上の皿はほとんど空になっていた。


「……そろそろ宴も終わるころだな」

シマが杯を置き、深く息をついた。

「同盟締結までは、まだ少しかかるな。協議して詰めていかねえと」

その声には、冷静な重みがあった。


向かいの席で椅子に身を預けていたハンが頷く。

「うん。お互いが納得できる条件で、だね。先ずは草案を作って……」

ハンはしばらく考え、視線を上げる。

「カイセイ族との同盟条文も知りたいな。参考にしたいね」


「ああ、いいさ。教えるよ」

シマが軽く笑うと、周りの団員たちもほっとしたように息を吐いた。


「数日は滞在することになるね」

ハンが言うと、護衛のヒルが静かに姿勢を正した。

「軍宿舎を自由に使っていいから」とハンが続ける。


そしてヒルに向かって言った。

「ヒル、シャイン傭兵団を賓客として扱うように、もてなして。」


「了解した」

短い返事だったが、その声には礼と敬意が滲んでいた。


「ハンさん、スレイニ族軍の皆様」

その時、サーシャが柔らかく笑って立ち上がった。

「レーアの街での宿代、滞在費を負担して頂いて……ありがとうございます」


「あっ、そうだったな!」

シマが慌てて頭をかく。

「礼を言うのを忘れてた。ありがとう」


ヒルが笑いながら手を振る。

「なぁに、礼には及ばねえよ!シャイン式計算と牛糞燃料の対価に比べりゃ、安いもんさ」


「そういうことだよ、シマ」

ハンが杯を掲げる。

「僕らの方が学ばせてもらってるくらいだからね」


「……けどよ」

シマが真顔に戻り、少し声を低めた。

「これからも長く交易を続けていくからには、とるものはしっかり取った方がいい。そうした方が、互いに健全だろ?」


「う~ん……」

ハンは唇に手を当て、しばし考えるように天井を仰いだ。

「そのことも含めて協議していこうか。明日から協議に入るってことでいいかな?」


「ああ、いいぜ」

シマが手を差し出す。


二人の掌が、しっかりと握り合わされた。

乾いた音がして、周囲に温かな空気が広がる。


「んじゃあ、俺がシャイン傭兵団を案内するわ」

ヒルが立ち上がり、声を張る。

「アンドレ! ハンから離れるなよ!」


「了解だ!」

ひときわ大きな声で応えたのは、褐色の髪を後ろで束ねた若者だった。


「……僕は子供じゃないのに」

ハンが小さくぼやくと、周りから笑いが起こった。


宴の名残を背に、シマたちは立ち上がる。

ヒルの先導で、軍宿舎の廊下を進むと、夜風が吹き抜ける中庭が見えた。

石畳を踏むたびに靴音が静かに響き、月光が白く床を照らしている。

やがてヒルが、木製の扉の前で足を止めた。

「ここが賓客の部屋だ。シマたちはここで休んでくれ」


鍵を外して扉を押し開けると、中は思いのほか広く、簡素ながらも清潔な部屋が並んでいた。

壁にはスレイニ族の刺繍布が掛けられ、暖炉の火が小さく揺れている。


ロッベンが感心したように口笛を吹いた。

「こりゃまた立派なもんだな。」


ヒルが笑う。

「兵と将が泊まる場所はきっちり分かれてる。賓客用は別棟になってるんだ」


「…アンドレ……なんか聞き覚えのある名前だな…?」とシオンが呟く。


ヒルが答える。

「アンドレ・レーアと言ってな。元レーア族族長アドルフ・レーアの次男坊だ」


ユキヒョウが腕を組んで頷いた。

「レーアの街でアドルフ・レーアに会ったよ。裏表のない人物だった。いい男だ」


「私たちの町に行きたいって、駄々をこねてたわ」

エリカが思い出し笑いを浮かべる。


「帰りに合流していくことになってるの」

マリアが続けた。


ヒルは驚いたように眉を上げた。

「……羨ましい話だ。旨い酒、冷えた酒が飲めるんだろ? はぁ~、俺もお前たちの町に行ってみてぇよ」


その言葉に、シマたちが笑う。


ヒルは笑いながらも、どこか懐かしそうな表情になった。

「……親父とお袋は元気か?」


「スタインウェイの親父は、シャイン傭兵団の相談役に就いたぞ」

フレッドが答える。


「ハンナさんには産婆として後進の育成に携わってるわ。私も教えてもらってるの」

メリンダが微笑んだ。


「そうか……いや、元気ならいい」

ヒルの声が少し掠れた。

灯りの下で見えたその横顔には、安堵と少しの寂しさが混ざっていた。


「護衛隊長だっけ?」

シオンが腕を組んで言う。

「ハンから離れるわけにもいかねえってか?」


「ああ」

ヒルは苦笑しながら頷いた。

「あいつには武力はねえからな。常に誰かが張り付いてねぇと心配でな」


部屋の扉を開け、シマたちを振り返る。

「っと、長話しちまったな。ゆっくり休んでくれ」


「助かる」

シマが軽く頭を下げた。


「じゃあ、明日な」

ヒルが去り際に笑い、手を振る。

その背中を見送りながら、団員たちはそれぞれの部屋へと散っていく。


部屋の中は、夜の静けさに包まれていた。

暖炉の火が柔らかく壁を照らし、遠くでまだ宴の名残が響いている。

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