幹部会議15
羊皮紙に刻まれた「傘下に入る」という文言は、ただの一文にすぎなかった。
だが、その一文が持つ意味は軽くない。
集会所の空気に、再びざわめきが広がる。
真っ先に口を開いたのはクリフだった。
「……つまり、俺たちの下につくってことか。正直、居心地が悪いな。俺たちは王でも領主でもねえ。ただの傭兵団だろ」
ジトーが腕を組んで低く唸る。
「だがカイセイ族は、それを望んでんだ。強者に従うのは部族として自然な選択だろう。問題は……俺たちがそれをどう受け止めるかだ」
ノエルが小さく笑みを浮かべた。
「いいじゃないの。彼らがそう言うなら素直に受け止めれば。私たちが誰かの上に立つなんて柄じゃないけど、信頼を裏切らなければいいのよ」
「信頼ねぇ……」
ザックが頭を掻きながら呟く。
「ま、酒と飯を奢ってくれるなら大歓迎だぜ。うはは!」
「真面目に考えろよ…」
フレッドが即座に突っ込む。
「……けどまあ、ザックの言い方も一理ある。俺たちが必要とされてるんだ。なら応えるしかねえだろう」
エイラが指を組み、真剣な表情で皆を見渡した。
「ただの同盟では済まないわ。彼らの生活、未来を私たちが背負うことになる。その重さを忘れないで」
オスカーが静かに付け加える。
「僕たちはもう、剣を振るうだけの存在じゃない。人を守り、導く力を持ってしまったんだ。……その責任を受け入れるかどうかは、僕たち次第だ」
「……時代が動き始めたな」
誰に向けたわけでもなく、ギャラガが深々と息を吐きながら呟いた。
その声音には、武人としての直感から来る重みがこもっている。
グーリスがそれに応じるように、唇の端を吊り上げた。
「まさか俺たちが、その中心にいるとはな。血なまぐさい修羅場は散々潜ってきたが……こんな形で世の中を引っ張る側になるなんて、想像もしなかったぜ」
「……ただの傭兵団じゃなくなるぞ!」
ライアンが低い声で言い放った。
周囲の空気が少しだけ張り詰める。
しかし、それを打ち消すようにダグが肩をすくめて笑う。
「それは元々、わかりきってたことじゃねえか。シャイン傭兵団は一国を相手に渡り合える力を持っているってことにな」
「力がある分、背負う責任も大きくなる」
オズワルドが淡々と付け加える。
「国と国の均衡に関わる存在になれば、帝国も、他国も見過ごすまい。俺たちの一挙手一投足が、いずれは時代を左右するんだ」
その言葉に、場の数人が無意識に息を呑んだ。
自分たちがどこへ向かっているのか、改めて実感する。
「……ハァ~、やっぱりコイツら、とんでもねえわ」
ルーカスが頭を抱えたように言った。
「他人事みてえに言うな」
すぐにマルクが返す。
「俺たちはもう当事者なんだぜ。腹くくるしかねえ」
「……でもよ、実感がねえんだよな」
ブルーノがぼそりと呟く。
「大きな渦の中にいるのに、目の前の景色はまだ普段通りだ。当事者ってのは、得てしてそんなもんなのか?」
「ま、そうだろうな」
エッカルトが頷いた。
「俺たちみたいな現場の連中は、後になって歴史書を読んで初めて『あの時代を生きたんだ』って実感するもんだ」
そんな重い話をしていた空気を切り裂いたのは、マリアの甲高い声だった。
「……どうしよう! 私のことが物語として語られるかもしれないじゃない!」
全員が一瞬固まり、次の瞬間、場がざわつく。
「シャイン傭兵団のポンコツ女剣士としてか?」
にやりと笑って茶化したのは、やっぱりザックだった。
「……な、何ですってぇ~!? テメェ! もう一度言ってみろぉ!」
怒り心頭のマリアが腰の剣に手をかける。
「おっとぉ~? やるのか? 剣を抜けば俺の勝ち確定だぞ!」
ザックはわざとらしく身構え、挑発を続ける。
「待て、待て待て!」
ジトーが慌てて割って入り、ロイドやクリフ、サーシャまでもが両者をなだめる。
「はいはい、ケンカはそこまで!」
サーシャが呆れ顔で言い、マリアの肩を押さえる。
「いい加減、ザックの挑発にいちいち反応しないの。あなた、いつもいいカモになってるんだから」
「うるさい! 今回は本気で許さないんだから!」
マリアはぷんすかと頬を膨らませるが、ザックはにやにや笑っているばかり。
そんな二人を横目に、フレッドが「また始まった」とばかりに腰を下ろし、酒の入った杯を口に運んだ。
――その様子を、少し離れた場所で眺めていたユキヒョウは、ふっと目を細める。
(これだから、シマたちとは離れられない……フフッ、退屈とは無縁だよ)
内心でそう呟きながらも、彼の心は冷静に未来を見据えていた。
(これからの時代、生き延びる確率はどうなるかな? ただ一つ確かなのは……シマは負ける戦はしないってこと。危なくなれば躊躇なく退く。だが、それ以上に……そもそもシマたちに勝てる相手なんて、本当にいるのか? やはりシャイン傭兵団に加わったのは、僕たちにとって正解だった……)
一方で、スタインウェイはというと、頬を緩ませ、目を細めながら一人悦に入っていた。
(シマ……そしてハン……若い世代に傑物が現れ始めた。こやつらは間違いなく時代を動かす。いや、もう動かしておる。その中心にシャイン傭兵団がある……そしてワシは、その相談役! ぐふふ……後世に必ず語られるわい。元ホルン族族長、義に厚く、武に優れ、人徳もあり、幾十人もの孤児を立派に育て、波乱万丈の人生を送った相談役――これ以上の名誉があろうか? ぬははは!)
その顔は、まるで宝物を手にした子供のようににやけている。
「ねぇ……さっきからスタインウェイさん……ニヤニヤしてて気持ち悪いんだけど……」
シャロンが眉をひそめて言った。
「確かに」
ティアも頷く。
「悦に入ってる顔をしてるわね……何を想像してるのやら」
「む、むぅ……! 人がせっかく歴史的瞬間を味わっておるというのに!」
スタインウェイはむきになって言い返すが、シャロンとティアは肩をすくめて相手にしない。
結局、ザックとマリアのじゃれ合いは、ジトーやロイド、クリフにサーシャ、さらにはノエル、リズ、メグまで巻き込み、わいわいとした騒ぎに発展した。
しかし、その光景こそが、シャイン傭兵団の強さの象徴でもあった。
時代を動かす存在として背負うものは重い。
だが、それを忘れるほどの笑いや喧騒がここにはある。
笑い合い、叱り合い、じゃれ合う――そんな日常がある限り、この団は決して折れない。
そう信じられる雰囲気が、確かにそこにあった。
そんな中、ヤコブが「こほん」とわざとらしく咳払いをした。
「皆、深刻に考えすぎではないかの? 学問的に言えば、支配とは必ずしも一方的な強制ではないぞい。彼らは自主的にこちらに身を寄せている。つまりこれは『依存』ではなく『共生』の形じゃな。そう考えれば……まあ、肩の力も抜けるじゃろう」
その言葉に何人かが「なるほど」と頷き、空気が和らいだ。
シマはそんな仲間たちを見渡し、静かに言った。
「……お前たちに感謝する。俺は強さでしか示せないが、こうしてそれぞれの視点で支えてくれる家族、仲間がいる。だからこそ、どんな責任でも背負えるんだ」
サーシャがふっと笑みを浮かべる。
「もう……仕方ない団長ね。私たちは、最初からそういうつもりで一緒にいるんだから」
「そうだぜ!お前がいるから俺たちはやってこれたんだ!」
フレッドが大声で笑い飛ばす。
結局のところ、彼らにとって大事なのは「誰の下に立つか」ではなく、「共に生きるかどうか」だった。
カイセイ族が傘下を望むのなら、受け入れよう。
その未来がどんな困難を呼び寄せようと、自分たちなら乗り越えられる。
そう確信した瞬間、シャイン傭兵団の仲間たちは、また一つ絆を強くしたのだった。
「だけどさぁ……なんか運命を感じるわね」
エリカがぽつりと呟いた。
「シマのお父様と、カイセイ族族長が親友だったなんて。まるでずっと前から、縁で結ばれてたみたい」
彼女の言葉に、静まり返った集会所の空気が少し柔らかくなる。
長い時を経て、ふたつの血脈が再び交わる——そう思えば、確かに不思議な因果を感じずにはいられなかった。
「じゃが、その前にシマとは……力比べはしたんじゃろう?」
スタインウェイが好奇心を隠そうともせず、目を輝かせて尋ねる。
ラルグスは苦笑しながら、肩を竦めた。
「ああ、したとも。……親父が一撃で倒された」
「……一撃?ダグザ連合国一の猛将と謳われた、あのドラウデン・カイセイがか?」
カスパルが信じられないという顔で言った。
ラルグスは小さく頷く。
「そうだ。『武』を誇る我が父が、一合も交えることなく吹き飛ばされた。誰もが信じられなかった。……本人が一番驚いてたよ」
スタインウェイが「ぬほほほ……」と嬉しそうに笑う。
「俺もシマと戦ったぜ」
豪快に笑いながらゴードンが言う。
「コテンパンにされたけどな! ワハハハ!」
その豪快な笑いが響き、周囲の緊張をほぐしていく。
「……ゴードン・ハッサン、だったか?」
フィンが少し興味深げに問う。
「ああ、そうだ」
ゴードンが頷く。
「…ドラウデン・カイセイと死闘を繰り広げた豪傑……」
オリビアが感嘆の息を漏らす。
「僅差で負けたけどな。あいつは強かった。」
ゴードンは辺りを見回す。
その目に、シャイン傭兵団の猛者たちが映る。
「ところでよ……シマと同等の力を持つ十四人ってのは、どいつらのことだ?」
その問いに、ザックがにやりと笑って答えた。
「俺たちのことだぜ!」
「……だろうな。お前らみたいな大男を見たとき、たまげたぜ!。だが……嬢ちゃんたちまで同等ってのは、さすがに驚いたぜ」
「ふふ、疑うなら確かめてみる?」
ケイトが微笑みながら立ち上がり、わずかに腰の剣に手をかけた。
その一連の動きに、ピリリとした緊張が走る。
ゴードンは即座に両手を振った。
「や、やめとく……立ち居振る舞いを見ればわかる。こりゃ冗談でも相手にしちゃならねぇやつらだ」
「それが賢明だね」
ユキヒョウが口元に笑みを浮かべながら言う。
その声音には、どこか愉快そうな響きが混じっていた。
ゴードンがユキヒョウに目を向ける。
「……お前も、その十四人の中のひとりか?」
ユキヒョウは小さく首を振った。
「残念ながら、まだまだ手が届かなくてね」
ゴードンの顔に感嘆の色が浮かぶ。
「……いや、お前は俺よりもはるかに強い。そういうのは、わかるんだ」
「へえ……わかるのかい?」
ユキヒョウが少し目を細める。
「わかるとも」
ゴードンは力強く頷く。
「戦場で長く生き残ると、相手の“匂い”でわかるようになるんだ。殺気じゃねえ、もっと深い、本能みたいなもんだ。お前も……そしてここにいる連中も、そういう匂いがする」
その言葉に、場が静まり返る。
彼の言う「匂い」とは、戦いを生き抜いた者だけが持つ独特の気配だった。
「移住組のことを体力的に劣るって言ってたな」
ゴードンはゆっくりと言葉を続ける。
「だったら、俺たちカイセイ族も同じだ。今のままじゃ、到底お前たちに並べねえ」
ラルグスがうなずく。
「……そうだな。今の俺たちは、単独でならまだしも、集団戦になれば足手まといかもしれん」
「だが、そこからだろう?」
ゴードンは拳を握った。
「心してかからねえと、集団戦云々どころじゃねえ。だが、俺たちは学ぶつもりだ。お前たちのやり方、戦い方、そして……仲間を信じる力をな」
静かに、その場に拍手が起こった。
エイラが微笑み、ノエルが頷き、サーシャが穏やかに口を開く。
「……ようこそ、カイセイ族の戦士たち。あなたたちのような仲間を得られて、私たちは嬉しいわ」
「これから、たくさん学び合いましょう」
ミーナが柔らかい声で言った。
「俺たちは甘くねえけどな」
フレッドが肩を鳴らしながら笑う。
「泣き言言うなよ、ゴードン」
「泣き言は言わねえさ!」
ゴードンが大声で笑い返した。
その笑い声に、シャイン傭兵団の面々も思わず笑みをこぼす。
こうして、力と信念で結ばれた二つの集団は、確かに「仲間」になった。
血ではなく、信頼で繋がる絆。
それこそが、シマが築こうとする新しい時代の在り方の象徴だった。
ユキヒョウは、そんな光景を眺めながらふと思った。
(……やっぱり、面白いな。シマの周りには、どうしてこうも“時代”を作る奴らが集まるんだろう)