幹部会議14
集会所の空気が、妙に和やかで、それでいて笑いを含んだものへと変わっていた。
移住組のオリビア、レベッカ、カスパル、フィン。
カイセイ族のラルグス、ギーゼラ、ゴードンらが目を丸くしていたのも無理はない。
彼らの目に映っているのは、ただの団長シマではない。
スレイニ族から「軍神の一団」と畏れられ、またカイセイ族にとっては圧倒的なまでの力を示してきた存在――その象徴とも言える団長が、だ。
その人物が、今まさに女性陣に叱責され、しかも指をさして笑われている。
「……信じられない」
ギーゼラがぽつりと呟き、ラルグスも腕を組んだまま唸るように声を漏らす。
「この俺が見てきた圧倒的なまでの強さを持つ男が……叱られておる」
「しかも、あんなに堂々とな」
隣のゴードンは呆れたように言ったが、その顔には驚きよりも、むしろ安心に近い笑みが浮かんでいた。
オリビアたちにとっても、これはある意味衝撃的な光景だった。
人前で団長が咎められ、それを取り巻く団員たちが「またか」という顔でやり過ごしている。
ジトー、ロイド、クリフ、トーマス、オスカー、ヤコブまでもが、「やれやれ」といった表情を浮かべているのだから、外から見れば異様にも見える。
「……もう見慣れた光景ね」
軽く肩をすくめ、笑うように言ったのはキョウカだった。
彼女にとっては、むしろこの空気の方がシャイン傭兵団らしいとさえ思える。
「そろそろいいんじゃないかしら」
ノエルが優しく声をかける。
その声音には、叱る側から宥める側へと切り替わる絶妙な加減があった。
「まあまあ、落ち着け」
ジトーが両手を広げてエイラたちを制する。
「次の議題に進もうじゃねえか」
ロイドも頷き、クリフが「そうそう」と相槌を打つ。
「議事が止まっちまうだろう」とトーマス。
「ここで怒りを爆発させても、建設的じゃないよ」
オスカーは冷静に言葉を添え、最後にヤコブが「ティア嬢の報告を進めるべきじゃな」と結んだ。
エイラ、リズ、サーシャ、メグら女性陣は、まだ収まらぬ表情をしていたが、ジトーたちの言葉に徐々に息を整えていく。
その様子を横目で見ながら、シマは(……フゥ~、助かったぜ……)と心の底で大きく息を吐いた。
救いの手を差し伸べてくれたジトーたちに、目で感謝を伝える。
ジトーたちは小さく頷き返し、そこに言葉以上の信頼が交わされていた。
「ティアさん、報告を続けてください」
オスカーが進行役のように声を掛ける。
「はい……わかりました」
ティアは一息ついてから資料を取り出した。
「ラドウの街でポップの実や香辛料を大量に買い付けました。この時期、比較的安価に入手できるため、必要分以上を確保しております」
「収支報告書は?」
とワーレンが尋ねる前に、シャロンが軽く手を挙げる。
「まとめてエイラに渡してあります。細かい計算も済ませてあるわ」
「他にラドウの街では特に問題はなかったけれど……」
シャロンが言いかけた時、マルクが苦笑しながら口を挟む。
「何とか議員の連中がやたら接待してこようとしてな。正直、あれはうざかった」
「接待?」
シマが首をかしげる。
「受けた奴はいるのか?」
問いかけに、シャロンが肩を竦めて答える。
「ザックと一緒に、何人かの団員がね」
「たらふく飲み食いしてやったぜ!あそこはいい街だな!うははは!」
得意げに叫んだのは言うまでもなくザックだった。
「……で、議員の名前は覚えてるか?」
シマの問いかけに、ザックは少し考え込んだ。
「…おう!あいつだ……え~と……クシ何とかってやつだ!」
「……覚えてねえじゃねえか」
すかさずクリフが突っ込み、ため息をつく。
「クシツアー議員だろうが」
「ああ!それだ!」
ザックは悪びれもせず胸を張った。
シマは小さく頷き、「わかった。今度寄ったときに礼を言わねえとな」と締めくくる。
その言葉に、一同は「ああ、やっぱりシマだ」と思わせる安心感を覚えた。
力を持ちながらも、人との縁や筋を忘れない。
その姿勢こそが、シャイン傭兵団を単なる武力集団ではなく、人々に信頼される存在へと押し上げているのだと、皆が知っていた。
外から来たオリビアたち移住組や、カイセイ族の者たちは、この一連の流れを呆気にとられながらも、次第に理解し始めていた。
――軍神の一団と恐れられた彼らは、戦場だけではなく、こうした人の営みの中でも強さを発揮する。強さとは、力だけでなく、仲間の支え合い、笑い合い、そして人を尊ぶ姿勢にこそ宿るのだ、と。
集会所の空気は落ち着きを取り戻し、報告は次の段階へと進んでいく。
だがシマは、心のどこかで「次は誰に叱られるのやら」と苦笑していた。
その姿に気づいた幹部たちは、同じように口元を緩めていた。
集会所の議題が一息ついたところで、オスカーが「そういえば」と切り出した。
「シマ、まだ伝えていないことがあるんだ。チョウコ町で起きたことだよ。ダミアンさんたちはワイルジ区長と一緒に帰ったこと、シャイン傭兵団のバッジのデザインが決まったこと、それから……キョウカさんが新しい鍛冶技法に成功したこと。とりあえずは、この三つだね」
場の視線が一斉にキョウカへ向く。
彼女は腕を組み、満足げに口の端を上げた。
「フフッ……お父ちゃんの技法を理解したうえで、さらにその上をいったと自負してるわ」
その自信を裏付けるように、ユキヒョウが頷きながら口を開く。
「見せてもらったが、間違いないよ。あの剣は本物だ」
「おう、あれはすげぇ! ただし、力がねえと扱えねえがな」
ライアンが補足する。
「重さと人手不足が難点だな」
グーリスも肩を竦めた。
「なるほど……圧縮か。叩いて叩いて、叩きまくったんだな?」
シマが問うと、キョウカは嬉しそうに頷いた。
「ええ。中心には軟鉄を入れてあるわ。強度としなやかさの両立よ。でも、人手をなんとかして頂戴」
「僕たちも暇を見つけては鍛冶場に顔を出してるけどね。他の仕事もあって、常に張りついてはいられない」
ユキヒョウが言う。
「専属の鍛冶師……あるいは本気で鍛冶師になろうとする子が欲しいところだわ」
キョウカが視線を上に向けて吐息を漏らした。
「人手不足はチョウコ町全体の命題だね」
ロイドが真剣な面持ちで呟く。
「移住組とカイセイ族をうまく使っていくしかねぇか?」
シマが皆を見渡しながら言った。
しかし、ジトーが苦い顔で首を横に振る。
「それがなぁ……移住組の奴らは体力的にどうしても劣るんだ。なるべく体力を使わない仕事を、ってことでキョウカの所に行かせてるが……」
「鍛冶仕事は忍耐力が半端じゃねえからな」
フレッドが腕を組んでうなずく。
「あんな熱い窯の前で何時間も作業するんだからね」
エリカも口を挟む。
「仕方なく他の仕事をやらせてはいるんだが……如何せんなぁ」
クリフが言葉を濁す。
「お前らが普通じゃねえんだよ!」
フィンが思わず声を張った。
「どいつもこいつもバケモンみてえで……こっちは自分が弱くなった気分だ」
「ほんとよねえ……」
レベッカが頷く。
「……」オリビアも無言で頷き、ため息をついた。
そんな彼らに、オズワルドが豪快に笑う。
「お前らもここで一年も暮らせば、俺たちくらいにはなれるぞ!」
「……そうなると、カイセイ族の連中は?」
ルーカスが首をかしげる。
「余り期待しない方がいいな」
ブルーノが即答する。
「無理はさせられねえし……あの地獄みてえな筋肉痛は、なぁ?」
ギャラガも肩を竦めた。
「結局は、出来ることをやってもらうしかねえだろう」
ザックがまとめるように言う。
「そうなるな。ジトーを中心に話し合って、うまく人材を配置してくれ」
シマが頷く。
「お前はどうするんだ?」
ジトーが問い返した。
シマは、静かに答えた。
「ああ、俺はハンに会いに行く。スレイニ族と同盟を結ぶためにな」
その言葉が落ちると、場の空気は一瞬張り詰めた。
鍛冶や労働の話題から一気に、民族と民族を結ぶ重大な局面へと移ったからだ。
幹部たちは互いに目を見交わし、その決意の重さを噛みしめる。
「……なら、俺たちは町を守り、整備を進める」
ジトーが代表して言った。
「バッジも出来たし、形は整いつつある。後は中身だね」
ロイドが続ける。
「同盟が結ばれれば、さらに広がりは加速するじゃろう」
ヤコブも小声で頷いた。
集会所の空気が一段と引き締まる中、シマは深く息を吸い込み、仲間たち一人ひとりを見回した。
「お前たちに任せる。俺は俺の役目を果たしてくる」
その声は低く、だが確固たる決意を孕んでいた。
そして懐から一枚の羊皮紙を取り出し、エイラの前に差し出す。
「……それと、カイセイ族と同盟を結んだ。この羊皮紙に条文が書かれている」
エイラは受け取り、真剣な眼差しで文面を追った。
やがて眉を寄せ、小さく首を傾げる。
「……結構緩い条文ね。形式ばった制約は少ないわ。でも……」
指で最後の一文をなぞりながら目を上げる。
「最後に書かれているこの文言。『カイセイ族はシャイン傭兵団の傘下に入ることを望む』……これは、ただの同盟じゃないわね」
シマは静かに頷いた。
「まあ、仕方なしにな。俺たちが強引に迫ったわけじゃない。いずれそうなることを、頭の隅に入れておいてくれ」
そう言い、少し間を置いて言葉を続ける。
「実はな、カイセイ族とは昔からのつながりがあったんだ」
その瞬間、ラルグスが音を立てて立ち上がった。
椅子が床を擦る音が集会所に響く。
「ユーマさん……ユーマ・フォン・ロートリンゲンは、我らカイセイ族にとって大恩人だ」
その声は震えていたが、誇りと感謝に満ちていた。
「原因不明の流行り病が我々を襲った時、ユーマさんは救ってくれた。薬、薬草を惜しみなく分け与え、知識、治療法を授けてくれた。さらに食料が尽きかけた時も、彼は迷わず蓄えを分け、我々を飢えから救ったんだ。新しい漁法を教えてくれたこともある。それは、我々の暮らしを大きく変えた」
ラルグスの声はだんだんと熱を帯びていく。
「そして何より……周辺の部族に向けて、互いに手を取り合うことの大切さを説き続けた。交易を通じて心を通わせ、時に争っていた部族同士をも結び付けた。その中で、我らの族長ドラウデン・カイセイとユーマさんは、盟友であり親友となったのだ」
その言葉は場に重みをもって響き、傭兵団の幹部たちも沈黙した。
ラルグスは静かに息を整え、再び腰を下ろした。
代わって、ギーゼラが立ち上がった。
彼女はゆっくりと場を見渡し、毅然とした声で語り出す。
「そして今……我々はまた新たな学びを得ている。シャイン式計算によって物事を数値で把握する術を知り、牛糞燃料によって日々の暮らしを豊かにする知恵を授かった。さらに、これまで知らなかった新しい食文化を教えてもらったこと……それらは全て、我らの生活を変えてくれるものです」
彼女は一度言葉を切り、少し唇を噛むようにして続けた。
「だけど最も衝撃を受けたのは……あなたたちが示した『統率』です。個々が強いだけではない。集団として秩序を保ち、全体が一つの意思で動いた時……その恐ろしいほどの強さを、私たちは身をもって知りました」
ギーゼラの瞳は揺るぎなく、真剣そのものだった。
「だからこそ我々は学ばねばならない。力だけではない、知恵と結束を。あなたたちと共に歩むために」
再び場に沈黙が訪れる。
今度は尊敬と畏怖が入り混じった空気だ。
ややあって、ゴードンが重苦しい吐息とともに立ち上がった。
「……だが、喜んでばかりもいられねえ」
彼は不器用に頭を掻きながら、言葉を絞り出すように続ける。
「やがて帝国とは事を構えるだろう。正直に言う。俺たちは戦いたくねえ…帝国は不気味だ。だが……」
ゴードンの声が低くなる。
「奴らはいずれ、いやおうなしに攻めてくるだろう。力で、領土で、すべてを奪おうとしてな。今は……そう、嵐の前の静けさに過ぎねえ」
その言葉が場に重くのしかかる。
直にカイセイ族の口から語られると、その現実味は一層強まる。
シマは深く頷いた。
「わかってる。だからこそ同盟を結んだ。俺たちが先に動く必要はない。ただし、嵐が来る時に備えて、互いに力を合わせておく必要がある」
エイラが再び羊皮紙を掲げ、仲間たちに示す。
「緩い条文ではあるけれど……最後に記された一文は重いわ。彼らが自ら望んで『傘下』を選んだこと。これは無視できない事実よ」
かつて流行り病を救ったユーマの意志を、そして今、統率と知恵で道を切り開くシマたちの意志を、カイセイ族は確かに受け継ぎ始めていた。
それは、嵐に立ち向かうための確かな絆となるのだろう。