幹部会議12
チョウコ町の集会所。
磨き込まれた木の床と梁の下、長机が据えられ、そこにシャイン傭兵団の幹部たちが集っていた。
昼下が空気は張り詰めつつも、どこか活気を孕んでいた。
新たに移住してきた元ホルン族四十名の代表としてオリビア(29)、レベッカ(30)、カスパル(33)、フィン(32)も参加。
彼らはスタインウェイを慕い遠路はるばるこの地に来た者たちであり、その眼差しは真剣だった。
特にダグは彼らの幼馴染であり、同じく孤児として義父母であるスタインウェイとハンナに育てられた過去を共有していた。
一方、カイセイ族からはラルグス、妹ギーゼラ、そして豪胆なゴードンが代表として参加。
会議の冒頭、ロイドが立ち上がり、声を張る。
「まずはブランゲル侯爵家への輸送任務について報告します。ジトー、リズ、それに鉄の掟隊とライアン隊が中心となり、“濡れない・浸みこまないシリーズ”をはじめとした品々を無事に届けました」
「利益は?」とベガが短く問う。
「卸し分の利益は百八十金貨。」
「ふむ、悪くはないな」
ギャラガが腕を組み、満足げにうなずく。
続いて報告が続く。
「加えて――カラメルソースの作り方を侯爵夫人、エリジェ様にお伝えしたところ、大層喜ばれたとのことです。」
この一言に、場がやわらぐ。
女性陣の間から「まぁ」「うれしい話ね」と小さな囁きがあがる。
菓子や甘味はただの嗜好品ではなく、宮廷においては一つの社交の具でもある。
エリジェ夫人が喜んだという事実は、今後の関係をより盤石にするだろう。
カラメルソースに続き、牛糞燃料もブランゲル侯爵家で大きな評判を呼んでいた。
毎日欠かさず湯を張れるようになった浴場は、夫人エリジェのみならず侯爵ブランゲル、ジェイソン、エリクソン、さらに執事やメイド、使用人に至るまで大いに喜ばれているという。
この新しい燃料は革新そのものであり、徐々に街全体へと広まりつつあった。
ジトーたちが滞在したアパパ宿でも例に漏れず導入を決め、急ぎ浴場を増築しているとのことで、都市生活の快適さを一変させる新風となっていた。
次にライアンが立ち、別件の報告に移る。
「城塞都市カシウム、そしてリーガム街において、二度目の富くじを販売・実施した。その結果――運上金として三千金貨が我らのもとに支払われることとなった」
一瞬、会議室がざわめきに包まれる。
「三千だと……!」
ダルソンが思わず声を上げる。
「ふん、労せず金が転がり込むとは……羨ましい話よ」
スタインウェイがぼやくが、その口元は僅かに緩んでいた。
続いてリズが立ち、深く一礼してから口を開く。
「それから、わたし個人と、傭兵団の女性団員たちによる公演について。ブランゲル侯爵家より正式に依頼をいただきました」
シマが頷いて促すと、リズは落ち着いた声で続けた。
「劇場は前回と同じ“グレイス・ルネ劇場”。すでに一か月前から侯爵家が押さえてくださっております。リハーサル、照明器具の点検まで、侯爵家の手配で万全に整えてくださるとのこと。警備も侯爵家が全面的に行うそうです」
「なるほど……侯爵家の威信も賭けた公演というわけか」
ルーカスが低く感嘆する。
「その通りです」
リズは頷いた。
「今回は侯爵一派の貴族方も招かれる予定とのこと。最高の舞台をお見せできるよう力を尽くします」
「報酬はどうなってる?」
フレッドが尋ねる。
「前金として百金貨をいただいたわ。本公演での純利益は、四・三・三の割合で分配されることとなるわね。すなわち、シャイン傭兵団、ブランゲル侯爵家、そしてグレイス・ルネ劇場といった感じね。」
「ぬかりない契約だな」
ワーレンが唸る。
「加えて、今回の交易も滞在費は侯爵家持ち。宿泊・食費ともにすべて負担していただいたわ。」
「おぉ、それは助かるな」
ベルンハルトが笑う。
「さらに、カシウムでの物資購入に百金貨を使用したとの報告もあります」
ロイドが補足する。
そこでヤコブが、にやりと笑う。
「余談じゃが……聞いたところによれば、ブランゲル様、エリクソン殿が城を抜け出し、ジトーたちと共に酒場で夜を明かしたそうじゃな?」
「ははっ!」
ジトーが笑う。
「まぁな。グーリス、ライアン、団員たちと一緒に飲み比べなんぞ始めちまった。結局、夜明けまで一滴残さずやっちまったぜ」
「おいおい……」
オズワルドは額を押さえ、ため息を漏らす。
「侯爵様とエリクソン様を連れ出すとは……後でどんな顔されるか分かったもんじゃねぇぞ?」
ワーレンが口を挟む。
「それも悪い話じゃねえんじゃねえか?気安く飲み交わすなんて、普通はあり得ねえことだ。むしろ、侯爵家との距離を縮めるきっかけになるだろう」
「そうじゃそうじゃ」
ヤコブが愉快そうに笑う。
「エリクソン殿もまだ若い。侯爵様とて格式ばかりでは息が詰まろうて。たまには羽目を外すのも良い薬じゃ」
ジェイソンやネリなどの顔が思い浮かび、シマは苦笑するしかなかった。
とはいえ、実際のところは確かにそうだ。
侯爵家との縁が深まることは、シャイン傭兵団にとって決して無駄ではない。
次にミーナが手元の帳面をぱらぱらと捲りながら、冷静な調子で口を開く。
「ホルダー男爵家から正式に依頼があったわ。まず、オスカー作の弓を百張。加えて、スレイニ族の反物や布生地、ラドウの街から仕入れる反物や布地、さらに香辛料を定期的に運んでほしいというものよ」
一同がうなずく中、ミーナは視線を上げ、補足する。
「そこで、私からブランゲル侯爵家へは月に一度、荷を卸していることを伝えたの。すると同じように、リーガムの街にも月一で寄ってほしいと要望されたわ。こちらも了承してきたけど……異論はあるかしら?」
彼女の問いに、シマが腕を組んで答える。
「いや、ない。よく話を纏めてくれたな。ありがとう、ミーナ」
だがすぐに別の懸念を口にする。
「ところで……冬の時期はどうするんだ?」
「雪の積雪量にもよるけれど、十二月から四月までの間は交易ができない。その点はホルダー男爵家も理解を示してくれたわ」
さらりと返すミーナの声には自信があった。彼女はさらに続ける。
「ちなみに、今回持参した品々の中では、スーツや弓、それとホルダー男爵家の家紋を刻んだリバーシ盤が特にマリウス様を喜ばせたわ。男爵様自身は焼酎をすっかり気に入られた様子ね」
その報告に周囲が笑みを浮かべた。
そこでヤコブが口を挟む。
「ほほう。ところで……ホルダー男爵家との契約内容は具体的にどうなっておるのかのう?」
「仕入れ値に一割を上乗せして、輸送費用も込み。その条件で取り決めをしたわ」
「ふむ……悪くない条件じゃな」
満足げにうなずくヤコブを見て、皆も安心したように息を吐いた。
すると今度はエリカがにやりと笑みを浮かべる。
「それじゃあ次は私たちの番ね。ワイルジ区長たちの視察は成功といっていいわ。役所を置くことについても大賛成してくれた。今はオスカーを中心に役所の建設を急ピッチで進めてるところよ」
「オスカー、負担になってねえか?」
シマが気遣う。
オスカーは首を振り、懐から筒状に巻かれた設計図を広げてみせた。
「大丈夫だよ。組み立て式テントの制作は一旦止めてるからね。その分の手も回せる。あと十日もあれば完成するはずだよ」
設計図に描かれた建物は、二階建ての堂々たるものだった。
エイラが補足する。
「ここは役所の手続きだけじゃないわ。二百人規模が収容できる大会議室、小規模の会議室、商談に使える部屋も複数設けてあるの。それに、派遣されてくる役人たちが住める居住スペースも兼ね備えているわ。あなたの判断を仰がずに建設に踏み切ったけれど、必要な決断だったと考えたの」
そこでジトーが口を開く。
「俺とロイド、クリフ、サーシャ、それからオスカーで話し合って決断した。早急に取り掛かるべきだと結論を出した。」
「団長補佐の権限を使って進めさせた。問題ねえだろ?」
クリフが続ける。
サーシャはにやりと笑いながら茶々を入れた。
「あら?副団長のジトーのこと、忘れてない? それとスタインウェイさんの存在もね」
「おっと、そうだったな」クリフが頭を掻くと、オスカーが言葉を継ぐ。
「僕はシマが不在の間、チョウコ町の責任者を任されていたからね。もしシマだったらどうするかと考えたら、きっと即座に取り掛かっていただろうと思って賛成したんだ」
「ワシも賛成したぞ! 何せ、シャイン傭兵団の相談役じゃからな!」
スタインウェイが胸を張る。
その一言に場が和み、シマは苦笑を浮かべながら深くうなずいた。
「よくわかってるじゃねえか。いい判断だ」
その言葉に一同の顔がほころび、室内に安心と誇りが広がった。
エリカが椅子の背にもたれながら、朗らかに報告を続けた。
「役人たちは来月には派遣されてくるそうよ。これで町の行政も一気に整うわね」
それを受けてエイラが頷く。
「ワイルジ区長たちからも、『今後とも末永くよろしくお願いします』との言葉をいただいているわ。最初に私たちを迎えたときの彼らの顔を思い出すと……今でも笑いが込み上げるくらいよ」
すると、隅の方でブルーノが豪快に笑い出した。
「ククッ! 本当にあの時のワイルジ区長たちの顔ときたら、そりゃあ滑稽だったぜ。呼びかけても、頬をはたいても反応がねえんだからよ。まるで魂が抜けたみたいだったぜ!」
それを聞いたエッカルトが苦笑いを浮かべ、首を振った。
「だからって殴り倒すことはなかっただろう? お前、手加減を知らなすぎる」
今度はダグが口を挟む。
「それを言ったらカイセイ族の連中だって同じようなもんだったろ? 硬直して言葉も出せなかったんだからな…もはや恒例行事だな…まあ、見てる分には面白れぇからいいんだけどよ」
そのやりとりに、会議の場に和やかな笑いが広がった。
幹部たちの笑い声は、時に議題の緊張感を和らげ、仲間意識を強める役割を果たしていた。
シマはそんなやりとりを一通り聞いてから、真顔に戻って問いかける。
「……あまりいじめてやるな。それより、ゴードン、ラルグス、ギーゼラ。体調の方はどうだ?」
三人は昨夜の宴の余韻を引きずっていた。
ゴードンが頭を押さえながら答える。
「……まだ頭が痛えが、だいぶ楽になったさ」
ラルグスも苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「二日酔いの薬だったか? あれは凄い効き目だな。飲んでしばらくしたら頭がすっとしたぜ」
そして、ギーゼラは少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「……昨夜は夢のような一時だったわ。心配をかけたけど、もう大丈夫。ありがとう」
昨夜、カイセイ族による盛大な歓迎会が開かれた。
風呂で疲れを癒すところから始まり、次々と運ばれてきた見たこともない料理の数々。その味わいの豊かさに皆が驚きの声を上げた。
さらに、ワインや冷えたエール、果実酒、焼酎、そして馬乳酒といった酒が惜しげもなく振る舞われた。カイセイ族の若者たちは、冷えたエールや果実酒を初めて口にして、目を輝かせ狂喜乱舞した。
一同が昨夜を思い返して微笑む中、エイラが帳面を取り出して報告を続ける。
「さて、話を戻すわよ。新たに移住して来たレベッカさんたちと同じ頃、スレイニ族の交易隊もやって来たわ。こちらも滞りなく取引を終えたけれど……彼らから気になる話を聞いたの」
会議の空気が少し引き締まる。
エイラは真剣な眼差しで皆を見渡した。
「ゼルヴァリア軍閥国の動きがおかしい、と。はっきりとしたことは掴めていないみたいだけれど、もしかしたら近いうちに、シャイン傭兵団の力を借りることになるかもしれないって」
静まり返った室内に、シマの低い声が響いた。
「……分かった」
それだけ言って、彼は深く頷いた。
短い返答ではあったが、その一言に含まれる決意は誰もが理解していた。
シャイン傭兵団に課せられる新たな責務、迫り来るかもしれない嵐。
その予感が漂う中でも、幹部たちの顔には不思議な落ち着きがあった。
彼らは既に幾多の困難を乗り越えてきた家族であり仲間であり、互いに支え合う信頼があったからだ。