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光を求めて  作者: kotupon


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348/455

昼の宴

 昼前から、チョウコ町の広場は異様な熱気に包まれていた。

 「おい、こっちに長机を回してくれ!」

 「椅子はまだ足りんぞ、子供たちが座れなくなる!」


 あちらこちらで掛け声が飛び交い、各家庭から持ち寄られたテーブルや椅子が次々と並べられていく。


大小さまざま、艶の消えかけた古い丸椅子から彫刻模様の入った長椅子まで、形も高さも揃っていないが、それがかえって町全体で作り上げる宴の「温もり」を感じさせた。


さらに、バンガローに備え付けられていた長机や椅子までも運び出され

広場中央には即席の大食堂のような光景が広がっていく。


 広場の端では、炊事班が既に火を焚き、鉄板や大鍋から湯気と香ばしい匂いを立ち昇らせていた。

だが、今日ばかりは炊事班だけではとても手が回らない。


 「サーシャ、こっちの野菜切り頼むわ!」

 「任せて!」

 「魚は私たちが下ろすわ」


 奥方衆まで袖をまくり、包丁を振るい始める。

普段は家事を仕切る彼女たちも、この日は町ぐるみの大祭りに顔を輝かせながら腕を振るった。


 肉の焼ける音、揚げ油の弾ける音、包丁がまな板を打つ軽快な音、そして何より料理の匂い――

それらが風に混ざり、広場全体を満たす。


子どもたちは鼻をひくつかせ、待ちきれない様子でうろうろと料理場の周囲を覗き込み

大人たちにたしなめられては駆け出していった。


 一方で、男衆の中でも酒飲み連中は別の場所に集められていた。

氷室小屋の近くである。


 「おい、手ぇ止めんな!雪が溶けちまうぞ!」

 「わかってるって!」


 大汗をかきながら、大きな桶や壺を抱える男たち。中には、雪でキンキンに冷やされたエール、果実酒、馬乳酒、焼酎が入っていた。

子ども用には冷えたジュース、さらにはジェラートまで用意されている。


 これらはダミアンたち外部の目に触れさせてはいけない品だ。

冷却技術はシャイン傭兵団、そしてチョウコ町の重要な「切り札」である。


そのため氷室小屋の周辺は人払いが徹底されており、この週はデシンス隊が管理を担当していた。

彼らは槍を片手に鋭い目を光らせ、氷室の扉を背に仁王立ちする。


 それでも町の人々は気に留めない。

むしろ「氷室組は大変だなあ」と笑いながら、桶ごと運ばれてくる冷酒を見て歓声をあげていた。


 やがて料理は次々と完成し、長机の上に運び込まれていく。


 まずは定番中の定番――ハンバーグ。

じゅわりと肉汁が溢れる大きな皿に盛られたそれは、チョウコ町の子どもたちから大人までを虜にしている。

さらに中にチーズを閉じ込めた「チーズインハンバーグ」も登場し、切った瞬間に溶け出す黄金色のチーズに歓声が上がる。


 揚げ物も次々と並ぶ。

厚切りの肉をサクサクに揚げたカツ、カツを挟んだカツサンドやハンバーガー、ホットドッグにフィッシュバーガー。

子どもたちが大好物のフライドポテトは山盛りで、大皿の横から小さな手が伸びそうになり、母親に耳を引っ張られて泣き声をあげる光景もあった。


 さらに、ふかし芋やコロッケパン、たまごカツサンド、たまごコロッケパン、たまごパンといったバリエーションも加わり、「これはもうチョウコ町の定番だな」と住民たちは胸を張った。


 お好み焼きやたこ焼きの香ばしい香りが風に乗る。

ラーメンの湯気がもうもうと立ち昇り、切り口の鮮やかなトマトやきゅうりなどの野菜や

リンゴや柑橘類といった果物が山のように盛られていく。


ステーキが鉄板で焼き上げられるたびに「おおっ!」と歓声が上がり、唐揚げや肉野菜炒め、卵料理、魚料理、スープ。

数えきれないほどの料理が並び、机の上はもはや色とりどりの絵巻物のようであった。


 そして――天ぷら。

 野菜が、黄金色の衣をまとって油から引き上げられるたび

周囲から「なんで今まで気づかなかったんだよ!」

非難と驚きが入り混じった声が飛ぶ。

みなの視線に額を掻きながら「…今気が付いたんだよ」と苦笑した。


 こうして広場が宴の装いを整えつつあるころ、浴場からギャラガたちが戻ってきた。

二時間近くも湯に浸かり、肌は上気して、顔はさっぱりとした笑顔に染まっている。

 「おいおい、喉が渇いてたまらんぞ!」

 「もう待てねえ、冷えたエールはどこだ!」

 帰還組四十三名が一斉に広場へとなだれ込み、その視線が料理の山に吸い寄せられる。


 その場にいたダミアン。

エイト商会の会頭、数々の宴や祝宴を渡り歩いてきた男である。

しかし――目の前に並んだ料理を見て、言葉を失った。

 「……なんだよ、これ……? 見たこともねえ料理ばっかだ……」

 その声は呆然としたもので、普段の豪胆さを完全に忘れていた。


 ほどなくして、ルドヴィカも風呂から上がり広場に現れる。

濡れ髪を軽く束ね、頬を紅潮させたその姿は普段の落ち着きに加えて艶やかささえ漂わせていた。

彼女もまた、広場を埋め尽くす料理を目にした瞬間、思わず息を呑んだ。

 「……これは……」

 言葉にならず、ただ目を見張るばかり。

各国の料理を見てきた彼女ですら知らぬ食の数々が、ここチョウコ町には当たり前のように並んでいる

――その事実にただただ圧倒されていた。


 広場はすでに歓声と笑い声で満ち、祭りの熱気が町全体を包み込んでいった。


ジトーが前に立ち

「ギャラガたち一行が無事に帰ってきたこと、そしてエイト商会の二人を歓迎して……乾杯!」


「乾杯!!」


広場いっぱいに集まった町の人々と傭兵団員たちが声を揃え、冷えたジョッキを高々と掲げてぶつけ合う。

カチンと澄んだ音がいくつも響き渡り、まるで祝祭の鐘のように鳴り渡った。


ダミアンとルドヴィカは、差し出されたジョッキを受け取り恐る恐る口をつける。

最初の一口で、その冷たさに目を見開き、次の瞬間、喉を通り過ぎる爽快感に言葉を失った。


「……っ、な、なんだこれ……!? エールが……こんなにも……!」

「……果実酒が、口の中で弾ける……まるで氷の宝石を含んだみたい……!」


二人はしばし呆然とし、ただ飲み続けるしかなかった。

冷たさは決して舌を凍らせるようなものではなく、むしろ酒の香りを引き立て、喉の奥にまで瑞々しい風味を運んでいく。


一方、ギャラガたちはというと――。


「これだよ、これ!」

「たまんねぇな!」

「カァ~~!美味い!」

「やっぱ冷えた酒じゃねえとな!」


まるで子供のように喜んでいる。

ぬるい酒しか知らなかった彼らにとって、冷えた一杯は至福そのものだった。


「おいおい、お前、ぬるい酒はまずいって散々言ってたけどよ、結局飲んでただろ!」

「お前もな!」


互いに突っ込み合いながら大笑いし、肩を組んでまたジョッキを空ける。


その脇ではオスカーが不思議そうに皿を手にしていた。

「シマ! これどうやって食べるの?」


シマは笑いながら答える。

「塩をちょこっと振りかけて食べるのが通みたいだぜ」


言われるままにオスカーは天ぷらへ一つまみの塩を振りかけ、恐る恐る口に運ぶ。

サクッとした衣の軽快な音が耳に届き、次の瞬間、彼の目がぱっと見開かれた。


「……美味い!」


野菜の甘みと衣の香ばしさが塩によって引き立てられ、油の重さをまったく感じさせない。

オスカーはしばし言葉を探し、それから感心したように呟いた。


「これ……余った山菜や野菜で……工夫次第ってことかぁ」


「酒にも合うみたいだぞ」

その言葉に周囲の酒飲みたちが一斉に群がる。

「おお! どれどれ!」


肉料理の重たさに少し疲れていた年配の者たちにとって、天ぷらの軽やかさは格別だった。

特に酒と合わせたときの相性は抜群で、あっという間に皿が空になっていく。


十日前に移住してきた元ホルン族族長スタインウェイも、その輪に加わっていた。

豪快に冷えたエールを飲み干し、顔をほころばせる。


「ワハハハハ! 美味い! 美味いのう! ワハハ!」


陽気な笑い声が広場に響く。


「オヤジ……また飲みすぎて頭抱えても知らねえぞ」


「ホントですよあなた……知りませんからね」


義息子のダグと妻のハンナが呆れ顔で釘を刺すが、スタインウェイは豪快に手を振り払った。


「なに、その時はヤコブ殿の薬を飲めば直ぐに治るわい!」


その豪放さに周りも笑い声をあげ、宴はますます熱気を帯びる。


ダグはふと義母を見やり、少しだけ照れ臭そうに声をかけた。

「……お袋、好きなもん食えよ。持ってくるぞ」


かつては「ババア」と呼んでいたが、今では素直に「お袋」と呼ぶ。

その変化に、ハンナは目を細めて微笑んだ。


「そうねえ……いろいろありすぎて目移りしちゃうわ」


「なら食べ歩きと行こうじゃねえか!」


親子は顔を見合わせ、笑いながら立ち上がる。

その姿は、移住してまだ日が浅いにもかかわらず、すでにチョウコの町に溶け込み

家族ごと新しい日常を楽しんでいる証だった。


焚き火の赤い光と灯籠の柔らかな灯りの中、笑い声と料理の香り、酒の香気が入り混じり

広場は祝祭の渦となっていった。



長机を囲むように座っていたのは

ティア、マヌエラ、そしてエイト商会の会頭ダミアンとルドヴィカ。


そこへ――

山のように積み上げられた皿を両腕に抱えたシマと、余裕の笑みを浮かべるユキヒョウが現れた。


二人が置いた皿の上には、湯気を立てるチーズインハンバーグ、香ばしく揚がった天ぷら、照り輝く照り焼きチキン、そして山盛りのフライドポテトや色鮮やかなサラダが所狭しと並んでいく。


「遠慮しないで食えよ」

シマが言い放ち、手で皿を押しやる。


「君たち二人の歓迎会でもあるからね」

ユキヒョウが片目を細め、からかうような調子で付け足す。


「……あ、ああ。悪いな」

ダミアンはいつもの大口が影を潜め、少しばつの悪そうな笑みを浮かべた。


「……そ、それじゃあいただくわ」

ルドヴィカも気後れしたように、恐る恐るフォークを取る。


「……あっ、お酒がなくなっちゃったわね。持ってきます」

ティアが気を利かせて立ち上がる。


そのやり取りを眺めていたシマが、片眉を上げて言った。

「らしくねえな。いつものお前はどこに行った?」


「そうよ。図々しいルドヴィカらしくないわ」

マヌエラも肩を揺らして笑う。


ユキヒョウが声を立てて笑い

「あはは、それ程圧倒されているってことじゃないかい」と肩をすくめた。


「……こいつ、言ってくれるじゃねえか……上等だよ!飲みまくってやる、食いまくってやる!」

ダミアンは急に勢いを取り戻し、拳で卓を軽く叩いた。


「ええ!商人を甘く見たらどうなるか、思い知らせてあげるわ!」

ルドヴィカも負けじとフォークを握りしめる。


次の瞬間、二人の手は一斉に料理へ伸びた。

ダミアンは肉汁あふれるハンバーグをひと口食べて「美味い!美味い!」と声を張り上げ、ルドヴィカはホットドックを頬張って「なにこれ、美味しすぎる!」と目を輝かせる。


さらに唐揚げを噛めば「サクッとジューシーだ!」、フィッシュバーガーを食べれば「魚なのにこんなに旨味があるのか!」と止まらない。


ルドヴィカは天ぷらに目を丸くして「野菜がこんなに美味しいなんて……!」と驚きを隠さない。


そこへ酒を抱えて戻ってきたティアが、冷えたグラスを二人に手渡した。

受け取った瞬間、二人は勢いよく飲み干し、喉を鳴らして――

「うますぎる!こんちきしょう!」とダミアンが叫び、ルドヴィカも笑い声を上げた。


「フライドポテト、お前好きだろ。持ってきたぞ」

シマが皿を差し出すと、ダミアンは顔を綻ばせて

「わかってるじゃねえか!エールも頼むぜ!」と叫ぶ。


「私には果実酒を頂戴!」

ルドヴィカも負けじと声を上げた。


「ヘイヘイ」シマは肩を竦め、しかし楽しげに足早に往復する。


その様子にマヌエラとティアは笑い合い、ユキヒョウは「こういうのは彼が一番似合う」と小声で呟いた。


やがて卓の上は空いた皿とグラスで埋まり、二人の商人の笑い声は宴の喧騒と溶け合って、チョウコ町の夜を一層賑やかに彩っていった。

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