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光を求めて  作者: kotupon


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宴前

ルドヴィカを囲む輪は、まさしく華やかな女子会そのものだった。


男たちの世界では酒や武勇や仕事の話で盛り上がるのが常だが

そこに漂うのは気楽で解放感のある笑い声と、絶え間なく飛び交う話題の数々。


ルドヴィカの周りには、懐かしい顔も新しい顔も混ざり合っている。

旧友のナミ、シャロン、アマーリエ、マヌエラ。


そしてシャイン隊からはサーシャ、ミーナ、メグ、ノエル、リズ。


シャイン傭兵団からはキョウカ、ティア、さらにはフレッドの幼馴染であるメリンダ

ワーレンの妻ソフィア、チョウコ町の住人クララやヒルダの姿まで。


広場の片隅に作られたその輪は、男たちには立ち入る余地のない、女性たちだけの楽園のように見えた。


そして何より驚くべきことに――

ルドヴィカとキョウカ、メリンダの三人には、かつての面識があった。


「まさかここで顔を合わせるなんて思わなかったわ」

ルドヴィカは感慨深げに微笑み、思い出を語り始める。

「ノーレム街の武器屋『バルトロメウス武具店』の娘、キョウカ。

あの頃はまだ店番ばかりしていて、旅のことを羨ましそうに聞いてきたわね」


キョウカは少し照れたように笑い、頬をかいた。

「覚えていてくれたんですか?国をまたいでの商売なんて遠い世界の話だと思ってました」


「ええ、そしてもう一人……」

ルドヴィカの視線はメリンダに移る。

「キョク村の村長の孫娘、メリンダ。商隊で立ち寄った時、村を案内してくれたわよね。あの時はまだ髪を三つ編みにしていたかしら」


「わ、忘れてくださいよ!」

メリンダが顔を赤らめ、手を振る。

「でも本当に懐かしいですね。あれからもう四、五年も経ったんですね」


「ふふ……世間は広いようで狭いものね」

ルドヴィカは笑い、輪の中に和やかな驚きを呼び込んだ。


「あなたたちがシャイン隊なのね」

ふとルドヴィカが周囲の若い娘たちを見回す。

「みんな……綺麗な娘たちね。もっとこう…ゴツイのかと思ってたわ」


その言葉に、サーシャをはじめシャイン隊の娘たちが一斉に声を上げる。

「酷い!」

「偏見です!」

「それは失礼ね!」


あまりに揃った反応に、輪の中は爆笑に包まれた。

ルドヴィカは口に手を当ててクスクスと笑い、「ごめんなさいね、冗談よ」と肩をすくめる。

「でも――ルーカスたちを片手でひねりつぶしちゃうんでしょう?」


「そうよ、見かけに騙されたらダメ」

即座に合いの手を入れたのはシャロンだった。

「うちの旦那、いつもコテンパンに伸されちゃうんだから」


「本当よ」ナミが肩をすくめる。

「また今日も“手も足も出なかった……”ってぼやいてたわ」


「それはまあ……事実だけど」

サーシャが気まずそうに笑いながら頷くと、輪の中は再び大爆笑に包まれた。


ノエルが「まあ、うちはちょっと特殊だし」とフォローを入れ

リズが「それにしても女性同士の方が遠慮がないわね」と呟くと、また笑いが起きた。


「ルドヴィカさん」

少し落ち着いたところで、メグが一歩前に出る。

「お風呂に入って旅の疲れを癒してください。疲れたでしょう?」


「ええ、楽しみだわ」ルドヴィカが頷き、ふとメグをまじまじと見つめた。

「メグ? だったわね……何処かで会ったことがあるような……」


メグはきょとんと目を丸くし、首をかしげる。

「え……? 私ですか?」


「まあまあ、そんなことより早く行きましょ」

マヌエラが割って入り、朗らかに声を上げた。

「リンスを使ったらびっくりするわよ。髪が絹みたいにサラサラになるんだから」


「その後のお楽しみもあるわよ」クララが小悪魔めいた笑みを浮かべて言う。

「湯上がりに冷えた果実水と甘い菓子、それに……ほら、女同士でこそこそ話すあの時間」


「楽しみ!」

ヒルダが両手を合わせ、他の面々も一斉に賛同する。


輪の中の空気は一層華やぎ、リンスや石鹸の話題から髪型や衣服の流行にまで飛び火した。


ソフィアは「夫はこういう話には全く興味を示さないの」と愚痴を零し

ティアが「うちの隊の男たちも似たようなものですよ」と笑い返す。


その場の空気はまるで春のように柔らかく温かかった。


ルドヴィカはふと、昔、商隊の馬車を連ねて旅した道中

焚き火を囲んで仲間たちと笑い合った夜を思い出す。


――けれど、その時とは違う。

ここにいる女性たちの瞳は、それぞれの立場や過去を越えて、同じ方向を向いていた。


戦う者もいれば、支える者もいる。

遠く離れた場所で出会った縁が、こうして一つに集まっている。


「……世の中は、ほんとうに不思議ね」

ルドヴィカは胸の内でそう呟き、仲間たちと笑みを分かち合った。


やがて、女子会さながらの談笑は笑い声に包まれながら浴場へと移り

湯気の向こうでさらに盛り上がるのだった。



「おい、いつまで呆けてんだよ」

鋭い声が背後から飛んできた。シマだ。

その声に、ようやく現実へ引き戻されたようにダミアンがゆっくりと瞬きをする。

その視線は、まだ半ば夢見心地で町並みを追っていた。


「もうみんな風呂にいっちまったぞ」

大きな体を揺すりながらグーリスが肩を叩く。


「お前も旅の垢を落としてこい」

ライアンが腕を組み、にやりと笑った。

相変わらず落ち着いた調子だが、その目は「無理もない」と言っている。


だがダミアンは、その三人にすぐ返事をすることなく、広がる景色を眺めながら低く呟いた。

「…なぁ、これ、本当に一年で作りあげたのか?」


その声には、信じがたいものを前にした人間の素直な驚きが混じっていた。


シマは口の端を少し上げ、鼻で笑った。

「そうだよ。みんなのおかげでな。大したもんだろ?」


その言葉には、自慢でも傲慢でもなく、仲間への誇りと感謝が込められていた。


「ああ…素直に称賛する。たまげたぜ」

ダミアンが肩を落としながらも、心底からの言葉を吐き出す。

豪商として数多の建築や街並みを見てきた彼ですら

言葉を選べず「たまげた」としか言いようがなかった。


「最初に訪れるやつはみんなそういうよな」

キリングスが苦笑しながら口を挟む。

まるで自分の家を褒められた子供のように、どこか照れくさい声音だった。


その時、後ろから大股で歩いてくる声が響いた。

「よう! ダミアンの奴、正気に戻ったか?」

フレッドだ。豪快な笑みを浮かべ、肩を揺らしている。


「…俺はハナから正気だ」

むっとしたように答えるダミアン。だが耳の先が赤い。


「結構な間抜け面をさらしてたぞ」

ザックが指を突きつけて笑う。


「だよな。間違いねえ」

「口をポカーンと開けてたしな」

ジトーや他の団員たちが次々に茶化してくる。

場の空気が一気に和やかになり、笑いが連鎖して広がっていった。


「…クソ…いいか? このことは言いふらすんじゃねえぞ?」

ダミアンは顔をしかめ、人差し指を立てて牽制する。

その姿は豪商というより、叱られるのを恐れる子供のようだ。


「エイト商会の会頭が、ボケ老人みたいに突っ立ってたことか?」

フレッドがわざと声を張り上げる。


「お前それは言い過ぎ!」

ベガが慌てて口を塞ごうとするが、もう遅い。


一同は爆笑の渦に飲み込まれていた。


その時、遠くから野太い声が響いた。

「おーい! まだここにいんのかよ! 宴の準備を手伝ってくれ!」

ダルソンだ。腕を大きく振りながら呼んでいる。


「仕方ねえな」と肩を竦めるザック。

「宴か、いいじゃねえか!」とフレッドが大声で返す。


笑いと冗談、温かな仲間たちの声が、暮れゆく空の下に広がっていく。

さっきまで呆然と立ち尽くしていたダミアンの顔にも、ついに苦笑が浮かんでいた。



湯気がもうもうと立ち込める浴場の中。


「あ゛あ゛~~~~ふうぅ~!……やばいな……これは!」

ダミアンが大きく伸びをしながら、湯船に半身を沈めて声を上げた。

額から大粒の汗が流れ、頬はほんのり紅潮している。

「はあ~……湯に浸かるだけで、こんなに気持ちいいのかよ……!」


 豪商の口から飛び出す素朴な感想に、周囲の男たちはちらりと視線を寄越す。


だがすぐに肩をすくめた。

「おう、また始まった」

「もう見飽きたな、その反応」

「違うリアクションが欲しいところだな」


 ギャラガたちが口々に言い、湯に浸かりながら笑い合う。


「そういやシマが言ってたな。ゴエモンブロホウシキ、とかいうのだったか?」

ギャラガが湯縁に腕を乗せながら呟く。


「おう、そうそう。で、これが燃料だ」

オズワルドが桶を指差し、黒褐色の塊を持ち上げた。


鼻をひくつかせたダミアンが顔をしかめる。

「……まさか」


「牛糞だ。乾かして固めたやつだ。これを浴槽の下にくべて……」

そう言いながらオズワルドは火床にかがみ込み、実際に牛糞の燃料を置いて見せた。


「前は木炭や炭団を使ってたんだがな……っと、言っても分かんねえか」

マルクが鼻を鳴らし、湯から腕を伸ばして桶を叩く。

「明日、作ってるとこを見学して来いよ」


「いや、それはまずいだろ……」

ルーカスが低く制止する。

「この町にゃ、知られたくねえこともある。余所者に勝手に見られるのはな」


「誰か案内人をつけねえと、勝手に出歩きかねん」

エッカルトが湯を掬って肩にかける。その横顔は真剣だった。


「まあ、その辺はシマも考えてんだろ」

ブルーノが豪快に立ち上がり、桶を手に取る。

「よし、次は薬草湯だ!」

大きな背中に湯しぶきが散り、一同が視線を追う。


「……お前ら反応薄くね?」

未だに感嘆の余韻から抜け出せないダミアンが、やや不満げに口を尖らせた。


「最初はみんなそうだ」

オズワルドが肩をすくめる。

「夏になったらルナイ川で泳いでから、また湯に浸かるってのもいいかもな」


「ああ、それに冷えたエールや果物を持ち込んでな」

ルーカスが目を細める。


「最高だな!……って、禁止だったな」

エッカルトが頭をかきながら笑い、皆の笑い声が湯気に溶けた。


「なんだ? その冷えたエールってのは」

不思議そうに聞くダミアンに、マルクが口端を吊り上げる。

「製法は教えられねえよ。こればっかりはな」


「ククッ……革命だぜ」

ギャラガが湯をかき混ぜながら笑う。

「今まで飲んでたエールはなんだったのかと思うくらいにな」


 男たちの笑いと湯音、かすかな草の香りが混じり合い

浴場はまるで別世界のような安らぎに満ちていた。



 昼前のチョウコ町広場。

普段なら材木を運ぶ音や鍛冶の槌音が響いているが、この日は様子が違った。


中央に立つシマの声。

「今日の作業は――中止だ!」

力強い宣言に、集まった傭兵団員と町の住人たちの目が一斉にこちらを向く。

「各隊、各班、住人たちに通達! 昼から宴を始めるぞ!」


「おお~~っ!!」

広場に歓声が轟き、若者たちは拳を突き上げ、子どもたちがぱたぱたと駆け回る。


 シマは手を上げ、熱気に包まれた群衆を見渡した。

「今日ここに来てくれたエイト商会の会頭、ダミアン! それにルドヴィカさん! この二人はただの商人じゃねえ!」


 名が告げられると、群衆は再びどよめいた。


「ギザ自治区で、知らぬ者はいないほどの豪商だ!

 いいか! 酒を作っているところ、冷やしているところ

氷室小屋には絶対に近づけさせるな! このことは秘密だ!」


 真剣な声音に、先ほどまで浮かれていた人々も姿勢を正した。


 そこへエイラが一歩前に出る。

「私たちシャイン商会の商材にもなり、みんなの生活に関わることよ。

ルドヴィカさんと親しい友人もいるけど、秘密厳守でお願い!」


「ティア、マヌエラさん。二人はルドヴィカさんについて」

エイラの指示に、呼ばれた二人はすぐさま胸に手を当てて頷いた。


「ダミアンには俺がつく」

シマが淡々と告げる。

「あいつは油断も隙もあったもんじゃねえからな」


「僕もつこう」

場の空気を裂くようにユキヒョウが口を開いた。


「そうね、その方が安心だわ」

エリカがうなずき微笑む。


「うん、シマ一人じゃ心配だわ」

サーシャが両手を腰に当てて頷き、少し呆れたように笑った。


「……あいつ、ヌケてるところがあるからな」

ジトーがぽつりと呟くと、周囲の仲間がどっと笑い、広場の空気が再び和らぐ。


 宴の準備に向かう人々の足取りは軽やかで、広場全体が祭り前の高揚に包まれていた。

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