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光を求めて  作者: kotupon


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ひっつき虫?!

朝の冷気がアパパ宿の木戸を撫でる頃、宿の前には荷をまとめたシャイン傭兵団の影が並んでいた。


扉を押し開けると、既に宿の主人が矢立てのように待ち構え、深々と頭を下げる。

「おはようございます。ご宿泊、誠にありがとうございました。ご請求の件ですが――ブランゲル侯爵家へ一括でお送りするよう、仰せつかっておりますのでご安心くださいませ」


ギャラガが礼を返し、鞍袋を整えながら短く頷く。

外では馬が鼻を鳴らし、厩舎から藁の匂いが漂ってくる。


すると宿主は少し顔を赤らめ、申し訳なさそうに言葉を続けた。

「それで、ひとつお願いが……カシウムに来られた際は、ここをシャイン傭兵団の定宿にしていただければ、これ以上の光栄はございません!」


「いいんじゃねえか。元々シマたちの推薦でここに泊まったんだし。飯も美味いし、部屋もきれいだ。」

オズワルドが豪快に手を叩いて背中を叩くと、周囲から笑いが出る。


ルーカスは鞍に残るほこりを指で落としながら現実的に言う。

「強いて言えば、厩舎と馬車を停める場所がもっと広ければいうことはねえな」


宿主の顔がさらに真っ赤になり、焦った調子で即答する。

「す、すぐに拡張します! 必ず、すぐに!」


だがブルーノは腕組みをして眉を寄せ、慎重に釘を刺した。

「無理に拡張する必要はねえだろう。その分、人手がいるし、経営が苦しくなったらどうする?」


エッカルトも肩をすくめ、半ば冗談めかして言う。

「ああ、俺たちも責任を感じちまうな」


宿主は、すぐに胸を張って言い返した。

「ありえません! 今でも予約がいっぱいでして……ブランゲル侯爵様がシャイン傭兵団の後ろ盾になっている旨を当宿で宣言なされました。近隣でそのことを知らぬ者はおりません。侯爵様の影響力の大きさは、計り知れないのです!」


マルクがふと首をかしげ、本音で尋ねる。

「それじゃあ、俺たちが来た時に予約していた客は…?」


宿主は恐縮して答える。

「提携の宿に移っていただきました。全てご説明し、納得の上での手配でございます。こちらが勝手にしたことですのでお気になさらずに。」


ギャラガの顔にほんの少し申し訳なさそうな笑みが浮かぶ。

「団長には話しておくよ。おそらく了承されるだろう」


「おお! ありがとうございます!」

宿主が手を胸に当てて礼をする。安堵の息を漏らし、額の汗を拭った。


ギャラガはさらに小声で付け加える。

「一月後にまた大体同じ規模で泊まる予定だ。その時もよろしく頼む」


宿主は目を輝かせ、深く頭を下げた。

「承知しました! 必ず用意してお待ちいたします!」


宿主は誓うように頷き、団員たちは再び荷に跨がって出立の準備を整える。


馬蹄の音が高まり、笑い声が遠ざかると、主人は手を振り、やがて看板の影に消えていく。



城塞都市の門を抜けると、車列は静かに伸びをしたように進み始めた。

先頭に立つ団旗にシャイン傭兵団の紋章が揺れ、十五台の馬車が規則正しく道を埋める。


車輪が石道を噛むたび、木の軋みと金具の擦れる音が低く続き、その脇を護衛の団員たちが常に見張るように並んでいる。


その後方、やや離れて「ひっつき虫」の群れがぞろぞろと付いてきた。


小さな二輪荷車を引く若い行商人――荷台には乾燥果物や布地が載っている。

腰の曲がった老婆は、大きな背負い籠に薬草束を入れ、足を引きずるように歩いていた。

数頭のヤギや羊を連れた小規模な家畜商隊もいて、時折、動物たちが不満げに鳴く。

そして、護衛を雇う資金もなく、ただ大きな隊列に身を寄せることで安全を確保しようとする、細々とした業者たち――彼らは俗に「ひっつき虫」と呼ばれる存在だった。


ギャラガはちらりと振り返り、ディープに問いかける。

「…ディープ、どうする?この『ひっつき虫』、切り離すか、そのまま行くか――」

今はエイト商会の護衛任務中で、依頼主の意向を無視した行動は取れない。


ディープは少し鼻で笑い、手綱を軽く引きながら答えた。

「こっちの商隊に入れてやろうぜ。俺たちだって昔はああだったろ…あ、老婆は馬車に乗せてやれよ。あの足じゃ昼までにバテちまう」


「了解だ」

ギャラガは頷き、最後尾の護衛――ブルーノとエッカルト――へ手振りで指示を飛ばす。

ブルーノは短く指笛を鳴らし、エッカルトは馬を寄せて、後方の行商人や老婆たちと話しながら列に組み込む準備を始めた。


やがて隊列はこう整った。

先頭――シャイン傭兵団の馬車5台。

その後ろ――エイト商会の馬車5台。

続いて――小さな二輪荷車を引く行商人、家畜を連れた小商隊、護衛を雇えない零細業者たち。

そして最後尾――シャイン傭兵団の馬車5台と、背負い籠の老婆(今は団員の馬車に乗せられている)、その脇を固める団員たち。


やがて列は整い、人々は互いの顔を見合わせ、呻き交わすような感謝や小声の会話が交差する。

護衛としての配慮は忘れられないが、同時に「助け合いの場」を整えることで、全体の安全度は確実に上がった。


夕暮れにはまだ間があるころ、ギャラガたち一行はゆっくりとタイズの街の東門に近づいていった。

城壁の上には見張り兵が立ち、陽光を反射する槍先が風に揺れてきらめく。

門前の広場には荷車や家畜、旅装束の人々が行き交い、商人たちが大声で呼び込みをしている。


ギャラガたちはその喧騒の手前、東門広場の端に陣を構えた。

荷を降ろし、天幕を張り、焚き火の位置を決める動きは無駄がなく、傭兵団の長年の経験がにじむ。

エイト商会の従業員たちも慣れた手つきで馬車の車輪を石止めし、帆布をかけて雨露を防ぐ。


同行してきた小さな二輪荷車の若い行商人は、積み荷の蓋を外しながら「ここで露店を広げます」と笑った。

荷車には乾燥果物の袋や鮮やかな色の布地が詰められている。


数頭のヤギと羊を連れた小規模な家畜商隊は、動物たちを柵のある一角に誘導しながら「この街で取引先があるんですよ」と誇らしげに語る。


腰の曲がった老婆は、背中の籠を下ろして安堵の息をついた。

「家はこの街さね。城塞都市には腕のいい薬師がいてね、そこで薬草を仕入れてたんだよ」

と話す老婆に、ギャラガは「俺たちも同じ薬師から買ってる」と頷く。


一通りの片付けを終えたギャラガが、周囲を見回しながら笑う。

「ついでに飯を食って行けよ」


「いや、商隊に入れてもらった上に、ご飯までご馳走になるなんて…」

遠慮がちに手を振る若い行商人や老婆。


「大勢で食うのもたまにはいいだろ」

ギャラガは半ば強引に誘い、その声色に押されてか、彼らは頬をほころばせて頷いた。


炊事班の三人が、素早く焚き火の上に大鍋を据え、肉と野菜を手際よく切り分けていく。

補佐役の団員たちは水汲み、薪割り、皿や椀の準備に動き回る。

肉の焼ける匂いが広場の一角を包み込み、通りすがりの人々が興味深そうに目を向ける。


オズワルドは若い行商人の荷車を覗き込み、袋入りの乾燥果物を手に取った。

「これ、全部もらおうか。見ての通り俺たちは人数が多いからな」


「そ、そんな…全部ですか?ありがとうございます!」

若い行商人は目を丸くする。


ルーカスは隣で布地を手に取り、指先で質感を確かめながら微笑む。

「妻への土産にちょうどいい。さすがに全部ってわけにはいかねぇが…残りは頑張って売れよ」


「いや、ほんと助かります。せめて割引を…」

恐縮する行商人に、オズワルドとルーカスは口を揃えて「正規の値段でいい」と笑って断った。


ギャラガとエッカルトは老婆の元を訪れ、籠の中から香り高い薬草を選び、「売ってもいい分だけ全部売ってくれ」と代金を渡す。

老婆は皺だらけの手で何度も頭を下げた。


一方、マルクとブルーノは家畜商隊の男たちと肩を並べ、ヤギや羊の飼育法や市価の相場について話を弾ませている。

のんびりと反芻するヤギの横で、ブルーノは笑いながら「こいつら、俺より落ち着いてるな」と撫でていた。


その様子を見ていたディープが、ニヤリと笑って「お前らばかりにいい格好はさせねえよ」と言い、近くの従業員を呼び寄せた。

「酒を買ってこい。いいやつだぞ」と銀貨を数枚渡す。


その声に、周囲の団員たちが「おお、やるじゃねえか」と笑い声を上げた。


やがて、煮込みの香りと共に、広場の一角には笑い声と食器の音が混じり合い、夕暮れ前のタイズの街は、傭兵団と旅人たちの温かな宴の場となっていった。


やがて焚き火の炎も落ち着き、宴のざわめきがゆるやかに消えていった。

湯気の立つ鍋は空になり、香ばしい肉の匂いも薄れ、あとは焚き火の薪が時おりはぜる音だけが残る。


「ほんに…ごちそうさまでしたよ」

腰の曲がった老婆が、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして何度も頭を下げた。

「家に戻らねばなりませんでね…」

その声はやや遠慮がちで、けれど別れを惜しむ響きも混じっていた。


ギャラガは湯呑を置き、短く顎をしゃくる。

「送ってやれ。暗ぇ道だ」


すぐさま二人の団員が立ち上がる。

「籠は俺らが持つ。ほら、もう重てぇだろ」

老婆は「悪いねえ、悪いねえ」と言いながらも、どこか安心したように微笑んだ。


三つの影が夜の闇に溶けていく。

広場の外れへと向かう足音が遠ざかるにつれ、焚き火の周りは一層静かになる。


夜のとばりが完全に降り、東門前の広場は黒い絹のような空気に包まれた。

遠くから犬の吠える声が微かに届き、街壁の向こうでは衛兵の足音が石畳に響いている。


見張りの交代時間。

ルーカス隊が持ち場に立ち、街道沿いの闇をじっと見据えていた。

冷たい夜風が頬をかすめ、焚き火の残り香を運んでくる。


エッカルトが小さく息を吐き、ぼそりと漏らす。

「…俺たちも、甘くなったもんだな」


ルーカスは目を細め、空を見上げた。

「そうだな。だが、その分――強くなったぜ」


「そりゃあな。あいつらに扱かれてりゃ、黙ってても強くなるさ」

エッカルトが鼻を鳴らす。

「甘くもなるがな…いや、優しくなったって言うべきか?」


「…両方だな」

ルーカスは口の端をわずかに上げた。


「違いねえ」

エッカルトも同じく口元を緩め、二人は声を押し殺して笑う。


夜空には満天の星。

静かな光の粒が、まるで地上の彼らを見守るように瞬いていた。

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