一行、ノーレム街に着く
野営地に火が灯り、シマたちは穏やかな時間を過ごしていた。
「お兄ちゃん、さっきからニヤニヤして気持ち悪い!」
メグが頬を膨らませながらシマを睨む。
突然の指摘にシマは少し驚いたような表情を浮かべた。
「え? そうか?」
シマは意識せずに笑みを浮かべていたようだ。
彼の頭の中では、防水加工や撥水加工のことが渦巻いていた。
これは商売のネタになる。
一儲けできるかもしれない——そう考えていたのだ。
だが、それを口にするつもりはなかった。今はまだ情報を集め、慎重に行動するべきときだ。
そんなシマの思考とは関係なく、ロイドが声を張り上げた。
「そういえば、ここで野盗を撃退したんだったね」
「野盗?」
「そう。あそこの小高い丘が見えるかい?」
ロイドが指さした先には、わずかに盛り上がった地形が広がっていた。
その向こう側は影になっており、そこに何かが潜んでいたとしてもおかしくはない。
「へぇ~、あんなところにな」
クリフが感心したように呟く。
他の仲間たちもロイドの話に興味を持ち始めた。
「奴らは丘の向こうに隠れて、旅人を襲うつもりだったらしいが……運が悪かったな。俺たちに感づかれた。」
トーマスは得意げに笑いながら自慢げに語った。
そのとき——
空が暗くなり、分厚い雲が頭上を覆い始めた。
「……雨が降りそうね」
サーシャが空を見上げながら呟いた。
彼女の言葉を裏付けるように、ポツポツと雨粒が降り始める。
やがて、雨は次第に強まり、シマたちは身を寄せ合いながら暖を取った。
ビロードのマントを頭から被り、リズが作ってくれた防寒着をしっかりと着込む。
地面の冷たさを防ぐために、幾重にも草を敷き詰めていた。
「荷物は濡らさないようにな」
シマが注意を促すと、仲間たちはそれぞれ荷物の位置を確認した。
取引をするものや武器を濡らすわけにはいかない。慎重に荷物をまとめ直す。
「雨が上がったら武器はしっかり手入れしよう」
「もちろんだぜ!」
ザックが即座に返事をする。
「だけど、この防寒着……最高ね。ちっとも寒さを感じないわ」
ミーナが感嘆の声を上げた。
「リズのおかげね」
「そうだろう、そうだろう!」
ロイドが誇らしげに胸を張る。
「なんでお前が胸を張ってんだよ!」
クリフがツッコミを入れ、周囲から小さな笑い声が漏れる。
冷たい雨に打たれながらも、シマたちの心は温かかった。
家を出てから六日目、空は夕焼けに染まり始め、空気が冷たくなってきた頃、シマたちはノーレム街の門前にたどり着いた。
長旅の疲れが足に重くのしかかるが、ようやく街の安全圏に入れるという安心感が勝る。
街の入り口は簡素な作りで、木製の柵と四人の警備兵が立っているのみ。
城壁のような頑丈な防御設備はなく、代わりに見晴らしの良い場所に設置されており、不審者がこっそり忍び込むことは難しい。
「ここがノーレムか……。」
ザックが呟く。
一方で、シマとロイドは予定通りモレム街へ向かうため、ここで皆と別れることになった。
「シマ、これを持って行きなさい。」
エイラが懐から金貨を一枚取り出し、シマに手渡した。
「助かるよ。」
シマはそれを受け取り、腰の小袋にしまう。
フレッドが不安そうな顔でシマを見た。
「このまま行くのか? この街で一泊してからでも、取引日には間に合うんだろ?」
フレッドの言葉に、シマは軽く首を横に振る。
「少し余裕をもって向かいたいからな。万が一遅れたら違約金三十金貨を払わなきゃならねえ。」
「うへえ!そりゃあ一大事だな!」
フレッドは驚きの声を上げ、ザックが苦笑する。
「確かに、そんな金額を払う羽目になったら洒落にならないな。」
ザックが腕を組みながら言った。
「そういうわけで、俺たちはもう行くよ。」
シマがそう告げると、仲間たちはそれぞれ名残惜しそうにシマとロイドを見送った。
「ロイド、気を付けてね。」
リズが少し寂しそうに声をかける。
「大丈夫だよ。心配しないで。」
ロイドは笑顔で応えた。
「シマ、無茶はしないでね。」
サーシャが心配そうに言う。
「もちろん。気を付けて行ってくるよ。」
シマは軽く手を振り、ロイドと共にモレム街へ向かうために街道を進み始めた。
こうして、ノーレム街での一行の動きは分かれ、それぞれの目的へと進むこととなった。
ジトーたちは事前に決めていた通り、二手に分かれることになっていた。
ジトーが率いるメンバーはエイラ、メグ、オスカー、ミーナ、ザック。
トーマスが率いるメンバーはサーシャ、ノエル、リズ、クリフ、ケイト、フレッド。
女性陣は黒いスカーフで口元を覆い、目立たぬよう配慮していた。
当初は可愛い色にしようという案もあったが。
「派手な色の布は目立つし、慎重になった方がいいわ。」との理由で却下された。
特にエイラの身バレの危険があるため。
門の前には商人や旅人が行列を作っており、順番に通行税を払いながら入城していた。
ジトーたちも列に並び、番が来るのを待つ。
「次!」
門番が低い声で言った。
「身分証はあるか?」
「いや、ない。入場料を払う」
ジトーが答える。
「ならば、一人につき銀貨一枚だ」
ジトーが代表して門番に1金貨と3銀貨を手渡すと、門番は軽く検査をした後、「通れ」と短く言った。
こうして無事にノーレムの街に入ることができた。
街の中は活気にあふれていた。
行商人たちが露店を並べ、香ばしい肉の匂いが漂う。
鍛冶屋の店先からは鉄を打つ音が響き、通りを行き交う人々のざわめきが辺りを包んでいる。
ジトーたちは事前に決めていたジャンク宿に泊まることになっていたが、トーマスたちはまだ宿を決めていなかった。
しかし、トーマスたちには十分な金がなかったため、ジトーは彼らに「広場で待っててくれ」と言い残し、一足先にジャンク宿へ向かった。
ジャンク宿に着くと、受付の男に声をかけた。「今夜、六人泊まりたいんだが。」
「個室は空いてねぇが、大部屋なら素泊まりで1人2銅貨と5鉄貨だ。六人分だと、一銀貨と五銅貨だ。」
ジトーは黙って支払いを済ませると、ミーナたちに「少し部屋で待っててくれ」と言い、袋を持ち上げた。
袋の中にはオスカーが作った五張の弓が入っている。
それを手に、彼は武器屋へと急いだ。
シマは事前に家族たちに話していた。
「俺たちは山に囲まれたド田舎の村に住んでいること。弓を作ったのは偏屈な爺さんってことにする。少しでも身の危険を減らすためにな。」
さらに、ジトーには武器屋で弓を売る際、定期的な取引を求められたら「難しい」と答えるよう指示していた。
『偏屈な爺さんでな。今回も必死に頼み込んで作ってもらったんだ。その代わりに酒を大量に買い込んでこいって言われたけどな。』そう言って断ればいいと。
この設定を頭に入れたジトーは、街の武器屋へと駆け込んだ。
武器屋の扉を開けると、中には屈強な男が立っていた。
顔は強面だが、どこか愛嬌がある。
「おう、若けぇのじゃねぇか!また買い取りか!?」
「そうだ。」
「よっしゃー!見せてみろ!」
なぜか妙にテンションの高い武器屋のオヤジは、ジトーの差し出した弓を一本ずつ手に取り、真剣な表情で吟味していく。
「ふぅ……これを作った職人は相変わらずいい腕をしてるな……。定期的に卸してくれるんなら、一張につき2金貨と2銀貨でどうだ?悪い話じゃねぇだろう?」
(シマの言う通りマジで言ってきやがった……!)
内心で驚きつつも、ジトーは冷静を装い、事前の打ち合わせ通りに答えた。
「偏屈な爺さんでな。今回も必死に頼み込んで作ってもらったんだ。その代わりに酒を大量に買い込んでこいって言われたがな……。だから確約はできねぇよ。」
武器屋のオヤジは納得したように頷いた。
「一流の職人ってのは変な奴が多いからな……。しゃあねぇ、1張、2金貨でどうだ?」
「……ああ、それで頼む。」
5張の弓を売り、ジトーは10金貨を手にした。
金貨を袋にしまうと、急いで広場へ向かった。
待っていたトーマスたちと合流し、6金貨を渡す。
「宿のめぼしは付いてるのか?」
トーマスは頭をかきながら言った。
「いや、まだだ。これから探すところだよ。」
「なら一緒に探そうぜ。」
こうして一行は宿探しを開始した。
時間帯はすでに夕方を過ぎており、宿の空きも少なくなっていた。
いくつかの宿を当たるが、どこも満室か、馬鹿高い料金を提示されるばかり。
ようやく「モノクローム宿」という宿に辿り着いた。
「ここならまだ空いてるってよ。」
一泊1人、五銅貨とやや高めの値段ではあったが、選択肢も少なく、結局ここに泊まることに決めた。
「部屋はどうだ?」
「悪くない。清潔だし、寝床もまあまあだな。」
宿の手配を終えたトーマスたちは、ホッと息をつく。
一方、ジトーは自分の宿へ戻ることにした。
ジャンク宿の薄暗い部屋へ戻ると、ミーナたちは薄っぺらい布団の上でくつろいでいた。
「おかえり。どうだった?」
「上出来だ。弓は五張で十金貨になった。」
小声で報告するジトー。
みんなが満足そうに頷く。
ジトーは布袋をしっかりと握りしめながら、静かに微笑んだ。
夜が更け、街の喧騒が落ち着いていく。




