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光を求めて  作者: kotupon


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333/455

緊張?!

カシウム城の大広間。


背の高い扉が重々しく開き、三人の影が差し込んだ。

先頭を歩むのは、長身にして鎧を纏わずとも人を圧倒する存在感を放つ男──アンヘル王国随一の武人と名高い、イーサン・デル・ブランゲル侯爵。


その隣には、落ち着きと品を漂わせる侯爵夫人エリジェ。

そして、その背筋を伸ばし、母譲りの穏やかさを併せ持つ嫡子ジェイソンが続く。


ギャラガたちは息を呑み、反射的に片膝をつき、深く頭を垂れた。

彼らの動きには、緊張と敬意が滲んでいる。


広間の空気が一瞬だけ張り詰めたが、次に響いたのは意外にも柔らかな声だった。

「シャイン傭兵団、よく来てくれた。──さあ、立って席に就け。ここは公式の場ではない、いつも通りで構わんぞ」


低くも温かい響きが、場の緊張をゆるやかに解きほぐす。

ギャラガたちが顔を上げたその時、ブランゲルはふとエリジェの方へ視線を送った。


「……ん?」

エリジェは小さく笑みを浮かべ、囁くように言った。

「あの子、何かいたずらを思いついたような顔をしているわ」


視線の先には、何食わぬ顔をしているエリクソン。


ジェイソンが軽く頷く。

「間違いないですね。エリクソンはすぐに顔に出ますから」


「い、いや、俺は別に……」

エリクソンは慌てて視線を逸らしたが、もう手遅れだ。

「ハア~……降参だ」

肩を竦める次男坊に、ブランゲルは豪快に笑う。


「ワハハ! 何が出てくるのやら楽しみだな!」


場の空気が和やかに変わったところで、エリクソンがギャラガたちの方へ歩み寄り、順番に紹介していく。

「こちらがギャラガ。向こうの長身がルーカス、あちらで控えているのがマルクとオズワルド──それぞれシャイン傭兵団で隊長を務めています」


ブランゲルは深く頷き、短くも力強く言った。

「うむ、覚えたぞ」


だがすぐに表情を引き締める。

「さて、実務的な話を先に済ませよう。目録は持ってきておるな?」


「はい」

ギャラガは懐から封筒を取り出し、執事長へと手渡した。


執事長は恭しくそれを受け取り、同時に別の紙束──メモ用紙をブランゲルへ差し出す。

「こちらが、検品された数量です」


ブランゲルはそれを受け取り、目録と突き合わせながら視線を走らせる。

「……濡れない浸みこまないシリーズ、テント三十張り、マント六十着、ブーツ七十五足、背負い袋八十──ふむ、確かに一致しておるな」


エリクソンが横から覗き込み

「町の皆で作ったってギャラガが言ってました。」


「間違いありません。検品の際も不良品は一つもございませんでした」

執事が淡々と告げる。


ブランゲル侯爵は、ゆったりとした動作で目録を持ち直し、一度だけ小さく頷くと、再び視線を紙面に落とした。

指先でページの端を軽く押さえながら、低く落ち着いた声で項目を読み上げる。

「……リンス、五十瓶。」


その言葉に、すぐ傍らにいたエリジェの目がきらりと輝いた。

「まあ! うれしいわあ!」

侯爵夫人の声音には、まるで子供が長く待ち望んだ贈り物を見つけた時のような、素直な喜びが滲んでいた。


しかし、その隣でジェイソンがやや苦笑を浮かべながら口を挟む。

「母上、これは街に卸す分も含めてですからね。」

青年らしい落ち着いた声に、エリジェは少しだけ頬を膨らませたが、すぐに柔らかな笑みに変え、

「……わかってるわよぅ。」

まるで注意をやんわりと受け流すように答えた。


ブランゲルはそんなやり取りに口元をわずかに緩めつつ、また目を戻し、目録を読み進める。

「ドレス三着、スーツ六着。」

彼の声に合わせ、すぐ背後に控えていた執事長が一歩前へ進み、恭しく頭を下げながら答える。

「こちらにございます。」


執事長の手の合図で、従者たちが静かに数歩進み出る。

長机の上には、既に用意された大きな包みが丁寧に並べられており、光沢のあるリボンや金箔の刻印がほどこされた包装紙が、暖かな室内灯の下でほのかに輝いていた。


エリジェは思わず近づき、指先でリボンの端を軽く撫でる。

「まあ! 包装も凝ってるわね……開けるのが勿体ないくらいだわ。」

その目は、まるで美術品を眺めるかのように熱を帯び、そして一瞬、開けるべきか飾っておくべきか本気で迷っている様子だった。


ジェイソンはそんな母の様子に小さく肩をすくめ、ギャラガたちもまた、傍らで控えながらも内心ではこの侯爵家らしい穏やかで温かな空気に、少し緊張がほぐれるのを感じていた。


包装のリボンを解き、厚手の上質な紙をそっと開くと、柔らかな香りとともにドレスの色彩がふわりと溢れ出した。


エリジェは目を見開き、次の瞬間、まるで少女のように頬を紅潮させて振り返る。

「貴方!どうしましょう……? 今すぐ着てみたいわ!」


声は弾み、瞳はまるで宝石を映す水面のように輝いていた。

箱の中には、淡いローズ、深い群青、そして上品なアイボリーの三色のドレスが並び、まるで花園の中に三つの季節が同居しているかのような華やかさを放っている。


淡いローズは、胸元から裾へと流れるように施されたドレープが、光を柔らかく受け止める。

ひらりと持ち上げれば、まるで春風が花弁を運ぶように軽やかに揺れ、その色合いは若葉の芽吹きと花咲く季節を同時に思わせた。


深い群青は、肩をすっきりと出したオフショルダーのマーメイドライン。

布地には微細な光沢が織り込まれ、歩くたびに波間を照らす月光のような陰影が浮かぶ。

裾は身体のラインに沿って優美に絞られ、広がりは最小限ながら、動くたびに海原のような揺らぎを見せる。


上品なアイボリーは、長袖のハイネックに繊細なレースを惜しげもなくあしらったロングドレス。

その白は真新しい雪ではなく、時を経てなお輝く真珠のような柔らかさを持つ。

レースの模様は一針ごとに精緻で、近くで見れば小花や蔦が淡く浮かび上がり、宮廷の晩餐会にも遜色ない端正な造りだった。


これら三着はいずれも、リズとノエルの熟練した手により仕立てられた逸品だ。

中でも七割方はリズが縫い上げ、その裁断の正確さと縫い目の美しさは職人の域を超えて芸術に近い。


そして――実は、エリカも「自分も家族のために縫ってみたい」と一針だけ縫い込んでいる。


開かれた包装の中で、ドレスたちは光を受け、まるで今この瞬間から新しい物語を紡ぎ始めるかのように輝いていた。

執事たちが運び込んだ大きな箱を前に、ブランゲル、ジェイソン、エリクソンが順に包装を解いていく。

一着ごとに現れるのは、どれも既製品ではない――すべて、エリジェが彼らの顔立ちや立場、振る舞いまで思い描きながら、細部まで指定して仕立てさせたものだった。


深緑(ブランゲル侯爵)

箱から現れたのは、落ち着きの中に重厚感を宿したピークドラペルの三つボタンシングルスーツ。

生地は細かなヘリンボーン織りで、光の加減によって僅かに濃淡が浮かび上がる。


ジャケットはややロング丈で、腰位置を高く見せるシルエット。

内側には深紅の裏地がさりげなく覗き、ボタンは黒檀に銀縁を嵌めた特注品。


侯爵の威厳と風格をそのまま布に写し取ったような一着だ。

エリジェは「貴方が座るだけで部屋の空気が変わる色」として、この深緑を選んでいた。


クリームベージュ(ブランゲル侯爵)

端正かつ柔らかい印象の段返り三つボタンのシングルスーツ。

通気性が良い生地でく春夏にふさわしい軽やかさを持つ。

ジャケットはパッチポケット、やや太めのラペルが落ち着きと余裕を漂わせる。


裏地は極薄のアイボリーサテンで、縫い目に沿って細い金糸のピックステッチが走る。

重厚さから解き放たれた侯爵の、意外な優しさを引き出すためにエリジェが選んだ色だ。


灰銀ジェイソン

鋭くも知的な印象を与えるノッチドラペル、二つボタンのシングルスーツ。

銀灰色の中に上品な光沢が漂う。


肩はコンケーブショルダーで立体感を持たせ、ウエストはきつく絞らず余裕を残した構造。

裏地は深群青で、袖口は本切羽の五つボタン。

エリジェは「理知の中に余裕を残すため」と、この色と形を選び、ジェイソンの物腰の静かさをより際立たせる。


サファイアブルー(ジェイソン)

涼やかで端正な二つボタンの細身シルエット。

光を受けるたび水面のように青のグラデーションを生む。


肩は自然なラインで、裏地は半裏仕様の薄いシルバーグレー。

夏季のレセプションや屋外行事を想定した、軽快で洗練された一着。

色味はエリジェがジェイソンの瞳の色を意識して選んだもので、箱を開けた彼は一瞬、息を呑んだ。


キャメルブラウン(エリクソン)

温かみのある色調を生かしたダブルブレスト六つボタン、ワイドピークドラペル。

胸元のゴージラインは高く、ボタン位置も高めにしてクラシック感を強調。


冬場でも保温性が高い生地を使い、ポケットはフラップ付き。

裏地にはワイン色のジャカード織。

エリジェは「貴方が立っているだけで人を安心させる色」と言って、このキャメルブラウンを迷わず選んだ。


ワインレッド(エリクソン)

艶やかな光沢を帯びたスリーピース。

ジャケットはショールカラーで一つボタン、ベストはU字カットで金のチェーンウォッチ用ポケット付き。


パンツはテーパードで、動きやすさと美しいラインを両立。

裏地は黒で、ポケット内側にボルドーのモノグラム刺繍。


夜会や晩餐会で人々の視線を集めることを前提に、エリジェが「貴方も時には狩られる側になってもいい」と笑いながら選んだ一着だ。


開けるたびにふわりと香る新しい布地の匂いと、指先に触れる上質な織りの感触――

それら全てに、エリジェの美意識と彼らへの深い理解が込められていた。


 ブランゲル、ジェイソン、エリクソン──三人は、言葉にはしなかった。

 だが、内心では同じ思いを抱いていた。

 (女は、恐ろしいほど見抜いてくる……)


 彼らの好みだけではない。着る場面、似合う瞬間、そして着た時に周囲の視線がどう動くかまでを計算し尽くしたとしか思えない的確さ。


 そこに愛情と配慮があることも、痛いほど分かる。

胸の奥から、じわりと温かい感謝が込み上げてきた。


 ──そして同時に、どうしようもなく「着てみたい」という欲求も。


 だが、三人とも切り出せなかった。

威厳ある男が「試着したい」と軽々しく口にするのは、どうにも照れくさい。


 そんな空気を読んだのは、やはりこの男だった。

 「侯爵様、ここいらで一息入れてはいかがでしょうか……」

 ネリが、控えめながらも絶妙な間合いで声を掛ける。


 「……それと、差し出がましいようですが──そちらのドレス、そしてスーツを纏われた侯爵様方のお姿……見せては頂けませんでしょうか」


 部屋に一瞬の沈黙が落ちた。


 ブランゲルが低く、しかし楽しげに口元を緩める。

 「……ほう。見てみたいか?」


 「是非とも」

 その即答に、三人の胸中はひそかに沸き立つ。


 ──グッジョブだ、ネリ。

 心の中で三人同時に呟いたのは、間違いなかった。


「さすができる男は違うわね…いい配慮だわ、ネリ」

エリジェが優雅に微笑みながらそう告げると、当のネリは背筋を正し、やや困惑した表情で首を傾げた。


「…奥様…仰っている意味が、よくわかりません…申し訳ございません」

声色は真面目そのものだが、耳の先がほんのり赤く染まっているのは隠せない。


エリジェはそれを見て、唇の端をほんの少し上げ、軽やかに笑った。

「フフッ…そういうことにしておきましょうか」

その含みのある笑みに、ブランゲルとジェイソン、エリクソンは心の中で(…やはりこの人には敵わん)と同時に、妙な胸の高鳴りを覚える。


そしてエリジェは、ゆったりと椅子から立ち上がり、ギャラガに視線を向けた。

「ギャラガ、少し時間をいただけるかしら?」


低く響く彼の返答は即答だった。

「ハッ、勿論です」


「お酒でも飲んで待っててね」

そう言って、エリジェは軽く手を振り、ブランゲル、ジェイソン、エリクソンを伴い、四人はゆっくりと大広間から退出していった。


大広間の空気には、わずかに香水の甘やかな香りと、これから始まる「お披露目」への期待が残されていた。

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