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光を求めて  作者: kotupon


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家族で街に行こう

 夜明け前、シマたちは家を出る準備を整えていた。


食料、水、武器、薬草類、ジャガイモ、そして取引に使う品々――ブラウンクラウン十五株、ジャム五甕、エイラが持つブラウンクラウン一株。

荷物を分担し、最後に戸締りと火の消し忘れを確認する。

これで準備は万全だ。


「さあ、行くぞ。」


 シマの号令とともに、一行は家を出た。


 前夜はどこか浮き立つ雰囲気があった。

みんなで一緒に街へ行くのは初めてだったからだ。

特に女性陣は市場で何を買おうか、どんな店があるのか、尽きることなく話し続けていた。

しかし、いざ、一歩家を出ればそんな浮ついた気持ちは微塵も感じられない。

皆の表情は引き締まり、慎重に一歩ずつ進んでいく。


 杞憂だったようだ。

この三年半――いや、もう四年になるのか。彼らは確かに変わった。

体も精神も鍛えられ、深淵の森の恐ろしさを理解している。


 深淵の森は、恵みをもたらすと同時に、死と隣り合わせの場所でもある。

ここでは、わずかな気の緩みが命取りとなる。


五感を研ぎ澄ませ、神経を張り巡らせ、己の気配を消しながら進む。

茂みの揺らぎ、風の音、木々の軋み――すべてが警戒すべき対象だ。

時折、遠くで獣の唸り声が聞こえるが、こちらの存在を悟られぬよう慎重に歩を進める。


ジトーと シマは先頭に立ち、周囲の気配を探る。

最後尾にはトーマスが荷物を背負いながら目を光らせる。

家族たちは軽やかに歩きながらも周囲の変化を逃さない。

すぐに対応できるよう身構えていた。


 昼間は移動に集中し、夜は交代で見張りを立てながら必要最低限の休息を取る。

火は焚かない。煙や光が獣やならず者を引き寄せるからだ。

森の中での夜は闇が深い。

月明かりが届かない樹々の隙間で、目を凝らしながら静かに過ごす。


 二日目の朝、森の奥深くを進むにつれ、湿気を含んだ冷たい空気が肌を撫でる。

霧が立ち込め、周囲の視界をぼやかせる中、一行は慎重に歩を進めた。

シマはこれまでのルートを思い出しながら、危険な獣の縄張りを避けるように進む。


 昼頃になると、風の流れが変わった。

森の奥から吹く湿った風が、どこか遠くに広がる開けた空間の存在を感じさせる。

進むにつれ、木々の密度が薄れ、空が広がっていくのがわかった。


「もうすぐだな……」

 シマが呟く。


その言葉に、一行の緊張が僅かに和らぐ。

 そして、二日目の昼過ぎ。森の木々が徐々にまばらになり、遠くに開けた空が見え始めた。


「……見えた。」

 ジトーが呟く。


その視線の先、森の境界線を越えた先に一本の街道が走っている。

 ようやく、森を抜けたのだ。


 一行は慎重に最後の木々の陰から周囲を見渡し、異常がないことを確認してから街道へと踏み出した。

陽光を浴びると、それまでの緊張がわずかに解け、深く息を吐く。


 深淵の森を抜けたシマたちは、そのまま街道を進んでいた。

未舗装の道は乾いているが、雨が降ればぬかるみになるのは容易に想像がつく。

それでも、森の中を慎重に歩いていた時と比べれば、格段に歩きやすい。


「歩きやすいわね。街道ってこんなに楽だったっけ?」

 ノエルが感嘆の声を上げる。


「本当だな。森の中と比べると天国みたいだ。」

 クリフも同意し、荷物の位置を調整しながら歩を進める。


 振り返れば、遥か後方に深淵の森が広がっている。

その黒々とした木々の群れが、どこか異質な雰囲気を醸し出していた。

森の中では五感を研ぎ澄ませ、常に警戒しながら歩かなければならなかったが、街道ではその緊張感がいくぶん和らぐ。

周囲に広がる草原は風にそよぎ、日差しが穏やかに降り注ぐ。

季節的には夏の終わり頃だろうか。

日中はやや汗ばむが、吹き抜ける風が心地よかった。


「空が広いな。」

 ザックがぽつりと呟く。


「森の中にいると、こんなに広い空を見ることができなかったもんね。」

 サーシャが同意する。


確かに、森の中では木々が生い茂り、空を見上げる機会は少なかった。

それに比べて、街道に出ると視界が開け、果てしなく広がる空と大地を感じられる。


 しばらく歩くと、前方に商団の姿が見えてきた。

距離にしておよそ三キロほどだろうか。荷馬車を何台も連ね、それなりの規模の一団だ。


「結構な人数だな。」

 ジトーが低い声で呟く。


「このままのペースで歩けば、一時間もしないうちに追いつくな。」

 シマは状況を判断し、決断を下した。

「ペースを落とそう。商団との距離を一定に保つ。無用な接触は避ける。」


 仲間たちはそれに頷き、歩調を合わせる。

シマたちの移動速度は並ではない。

身体能力の高さ、普段の訓練のおかげで、荷物を持ちながらでも一般的な旅人より速く歩くことができる。

しかし、ここで商団と関わるメリットは少ない。

慎重に距離を保ち、野営地で一緒になったときに様子を見ることにする。


 日が傾き始めた頃、商団が街道沿いに野営を始めるのが見えた。

シマたちもそれに合わせ、少し離れた場所に陣取る。

野営の準備を進めながら、シマは仲間たちに声をかけた。


「問題を起こすなよ。無駄に関わる必要もない。」


「分かってる。」

 トーマスが短く応じる。


商団にはそれなりに護衛もいるだろうし、互いに不必要なトラブルを避けたいのは相手も同じはずだ。


 焚火を囲み、簡単な食事を済ませると、満天の星が広がっていた。

森の中では決して見ることができない、美しく輝く星々。

「わあ~!」

「手を伸ばせば掴めそうね!」


「綺麗ね……。」

 ミーナがうっとりと空を見上げる。


 夜の冷気が少しずつ強まり、焚火の暖かさが心地よい。


 その時、シマの鼻が微かに湿った土の匂いを捉えた。

「……明日は雨が降るな。」


 シマが呟くと、エイラも鼻をすんと鳴らして頷く。

「そうね。湿った空気の匂いがする。」


「雨か……。野営にはちょっと厄介だな。」

 クリフが顔をしかめる。


 明日に備え、シマたちは順番に見張りを立てながら、夜を過ごすことにした。


 明け方、シマたちは静かに野営地を後にした。

まだ薄暗い中、商団の人々は眠りについている。

焚火の残り火が微かに揺れ、草原には夜の冷気が残っていた。

シマたちはできるだけ音を立てずに準備を整え、商団に気づかれる前に出発することにした。


 街道を進みながら、シマはエイラに話しかけた。

「なあエイラ、テントって知ってるか?」


「そりゃあ知ってるわよ。」


「大きさは?」


「大小さまざまね。でも、大きくなれば価格も上がるわ。」


「簡単に持ち運べるものなのか?」


「簡単には持ち運べないわね。馬車に積むことはできるけど、テントを積むくらいなら、もっと利益になる商品を載せたほうがいいって考える商人がほとんどよ。」


「商人なら誰もが持っているのか?」


「それが意外とそうでもないのよ。持っている人は少ないと思うわ。」


「折りたためたりできるのか?」


「折りたたみのテント……聞いたことがないわね。」


「素材は?」


「布よ。」


「布一枚なのか?」


「当たり前でしょう? ただでさえ荷物がかさばるのよ。余計な荷物は積みこまないのが商人の常識だわ。」


「なるほど……。」


 シマは考えながらさらに質問を続ける。

「その布には何かしら加工されているのか?」


「……普通の布だけど?」


「それだと雨が染み込んだり、雨漏りしたりするんじゃないか?」


「そうね、そういうこともあるわね。」

 エイラは腕を組みながら答えた。


確かにテントは布で作られているが、特別な加工がされているわけではない。

雨が降れば中に染み込み、不便を強いられる。


「防水加工、撥水加工って知ってるか?」

 シマが問いかけると、エイラは怪訝な顔をして答えた。


「……知らないわね。」


 シマは街道を進みながら、新しい可能性について考えていた。

テントの防水加工、マント、ブーツ――それが実現できれば、商売のネタになるし雨の日の生活が格段に快適になるはずだ。


 




 



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