表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を求めて  作者: kotupon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

328/455

牛糞拾い

差し込む光が、広い木造の集会所に斜めの線を描いていた。


シャイン傭兵団団長――シマ。

彼の声は落ち着いていて無駄がない。

だがその響きには、どんな混乱も一言で収めてしまうような重みがあった。


「建築班、バナイ班は引き続き、個人宅の建設を進めてくれ。」


バナイが小さくうなずく。


「ガディ班は娯楽施設と宿用の風呂、あと……キョウカ専用鍛冶場の場所の選定を頼む。鍛冶場の設計はキョウカと相談して決めろ。キョウカの作業効率が最優先だ」


 「了解」と短く答えるガディ


キョウカが片眉を上げた。

「さすがに“専用”って言われると照れるわね……いや、ありがたいけど」


 シマは返事を返さず、淡々と次へと移る。


「ギャラガ隊、オズワルド隊、マルク隊、ルーカス隊――二日後の出立に向けて準備を整えておけ。馬の調整、装備、食料、全部確認して報告を頼む」


 「おう!」「任せとけ」など、各隊の隊長たちが元気よく応じた。

戦場に出るような張り詰めた空気ではなく、信頼と連携の上に成り立つ柔らかな緊張感があった。


「ミーナ、シャロンはシャイン商会の従業員も総出で動いてくれ。数量、品目、金額――すべての算出と最終確認を頼む」


 ミーナはペンを走らせながら頷き、シャロンは各書類を纏める。


「オスカーとリズは先ずは鞍の製作に集中してくれ。」


 「わかったわ」とリズが答え、オスカーは黙って頷く、既に頭の中で完成形が出来つつあった。


「ザックとマリア隊はエール作りを。」


「あいよー! 鼻水飛ばすほど楽勝!」

ザックが軽口を叩くと、後ろからマリアが「真面目にやりなさい!」と笑いながら突っついた。


「ユキヒョウ隊はワインと果実酒、あと焼酎も頼む。」


 ユキヒョウは無言で片手を挙げ、果実の発酵状態を見に場を後にした。


「キーファー隊は、例の肥料づくりを続けてくれ。発酵工程と安全管理を忘れるなよ」


「了解。発酵臭も“いい香り”ってことにしておくよ」

キーファーが冗談めかして答えた。


「ベガ隊、ワーレン隊は蜜蝋塗り作業を手伝ってやってくれ。先任者にちゃんと従うように。独断禁止だぞ」


「了解だ」とワーレンの隊員が手を挙げ、ベガは無言で動き出した。


「カノウは予定通りマークたちと進めてくれ。火力、匂い、燃焼時間、それぞれの記録も忘れるな」


「了解です!」

カノウが真面目な顔で応じた。


「ノエル、ヤコブ、キジュ、メッシ、ティアは、いつも通りの研究を継続しつつ、午後はこの場所で子どもたちや、手が空いている大人たちに勉強を教えてやってくれ。人選はノエルに任せる」


「了解よ。対象年齢別にクラス分けも進めておくわ」

ノエルがメモを取りつつ答える。


「ドウガクたち見守り隊は、子どもたちの側を離れるな。何があっても必ず目を離さずについていてくれ」

 ドウガクは無言で胸に手を当て、うなずいた。


「炊事班はいつも通りに従事」


その言葉に、トッパリとコーチンが即座に頷いた。

「了解です!」


手慣れた様子で持ち場へ向かう二人を見送りつつ、シマは次の指示を飛ばす。

「メイテン、コウアン。ベガ隊、ワーレン隊を上手く使ってくれ」


二人は、互いに一瞬目を合わせ、うなずいた。

「了解」「わかりました」


 そして最後に、シマの声が少しだけ張る。

「シャイン隊、ライアン隊、ダルソン隊、キリングス隊、エリカ――お前たちは牛糞を集めるぞ」


 一瞬、静まり返る。


「いつも放牧してる場所だ。あそこなら大量に落ちてる。馬車を出せ。スコップも忘れるな。」


 わずかにざわつく空気。その中で、メグが口を開いた。

「え……馬車、汚れたり臭いがついたりしない?」


 その問いに、横からクリフが呆れたように鼻を鳴らす。

「洗えばいいだろ。それに乾燥してるんじゃねぇか?」

 やれやれと言いたげな顔。


だがその隣で、ロイドが真面目に補足する。

「大切な資源にもなるしね。無駄にはできないよ。」


 その言葉に、皆が納得したように頷いた。


 その瞬間、集会所の全体が再び活気に包まれた。

指示が飛び、返事が響き、物音と足音が交錯する。

これは、町を作る者たちの午前。それぞれがそれぞれの役割を持ち、今日もまた動き出す。


町を囲う柵を越えた先に広がるのは、なだらかな丘陵地帯。

その丘を抜ければ、遠くの地平線まで視界を遮るものはない。

青空の下、緑の草原が風にたなびいていた。


 しかし、その大地は――ダグザ連合国の領土である。


 明確な国境線があるわけではない。

だが、誰もがなんとなくそこから「先」は違う土地であると知っている。

見えない境界が、この世界のあちこちには確かに存在していた。


 男たちはスコップを手に、草原と丘の境界付近を歩き回っていた。

 乾いた地面にところどころ落ちているのは、牛糞。

 それを拾い、スコップですくい、馬車に積み上げていく。

 乾ききっているせいか、臭いはほとんどない。


「……思ったより臭いはしねえな」

 黙々と作業を続けていたジトーが、ふと手を止めて呟いた。

風が吹き、スコップの先で崩れた牛糞がさらりと散る。


「いや、全然しねえぞ。拍子抜けするくらいだ」

ライアンが、日差しを浴びながら応える。

周囲の空気は清涼で、腐臭どころか、牧草の香りすら混ざっていた。


「……俺たちは鼻が利くからな」

フレッドが真顔で言う。


「犬かよ」と小さな笑いが漏れたが、誰も作業の手を止めなかった。

汗をぬぐい、牛糞をすくい、馬車へと積み上げていく。


 やがて、後方で荷を整えていたダルソンが、ぽつりと声を上げた。

「なぁ……昼飯の時にライアンから聞いたんだけどよ。お前の前世の記憶?あれって本当なのか?」


 その問いに、スコップを土に突き立てたまま、シマが首を傾げた。

「ああ。ホントだよ」


 日差しを背に受けながら、彼は淡々とした調子で続ける。


「じゃなきゃ、町だってこんなに急激に発展しねえだろ。……まぁ、俺たちの馬鹿みてえな身体能力のおかげもあるけどな」

 少しだけ笑って、再びスコップを動かし始める。

 土がはね、乾いた音が響く。


「いいじゃねえか、前世の記憶があろうがなかろうが――」

 そう言ったのは、キリングスだった。


 風を受けながら、背負っていた背負い袋を下ろし、にやりと笑う。

「俺はこの町が気に入ったぜ! 美味い飯、美味い酒、風呂、最高だぜ!」


 その一言に、周囲の数人が頷く。

こうして汗を流す生活の先に、確かな快適がある。

それがどれほど大切かを、皆知っていた。


「……お前の嫁さんと子供たちはどうなんだ?」と、クリフが問う。


 キリングスはにかっと笑った。

「アマーリエ……俺の嫁の名前なんだけどな。あいつも、子供たちも大喜びだ!」


 そう言って、懐から手ぬぐいを取り出し、額の汗を拭う。


「あいつな……髪を洗っても、まとまりがなくてゴワゴワしてるって、長年悩んでたんだよ。でもよ、“リンス”?ってやつを使ったら、一発で解消したってよ!」


 周囲からどよめきのような笑いが漏れる。


「子供たちに至っては、シャーベット? プリン? ハンバーグ?を食って目をまん丸にしてさ、『美味しい!』ってバクバク食ってたぜ」

 彼の笑い声は、どこか誇らしげで、暖かかった。


 男たちは笑いながらも、その手だけは休めなかった。

スコップが土を掘り、乾燥した牛糞を荷車に積んでいく。

話しながらも、作業は寸分の狂いなく進んでいく。


 この町を守り、育て、暮らしを豊かにする。

そのためなら、こんな作業さえも誇りに変わる――そんな空気が、確かにそこにはあった。


 そして、誰かが小さくつぶやいた。

「……こういうのが、たぶん“豊かさ”ってやつなんだろうな」


丘の上、風の中、笑い、働きながら、その一歩一歩を踏みしめていた。



  「よっしゃ! 一台目はこれくらいでいいだろう」

 トーマスが両手のスコップを地面に突き立て、大きく伸びをした。

牛糞を積んだ馬車は、見た目にもずっしりと重く、密に詰まっていた。


「で、どこに下ろす?」とトーマスが問う。


 すぐ隣で荷を押さえていたジトーが、地面に目をやりながら答える。

「火を扱う場所だな……浴場のそば、家やバンガローの近く。それに炊事班も使うな」

 指で地面をなぞって簡単な配置を描くと


ロイドが頷きながら

「複数箇所に分けて保管すれば事故も減るね」と呟いた。


 しかし、そこでケイトが不安げに眉を寄せた。

「……燃えた時に、臭いは大丈夫なの?」


「どうなんだろうね」

 ロイドが正直に答える。

彼の声に悲観はなく、むしろ実験への関心の色が濃い。


「試してから持っていきましょうよ」

 エリカが間髪入れず提案した。


「火打ち石、誰か持ってる?」

 メグがあたりを見回すようにして尋ねた。


 しかし、その場にいた面々は顔を見合わせ、やがて全員が同じように黙る。


沈黙。

「……」


 無言の間が一拍置かれた後、シマが静かに指示を出す。

「クリフ、フレッド、どっちか取りに行ってくれ」


「なんで俺たちなんだよ」

 不満げな声を上げるフレッド。


 すぐにトーマスが口を挟んだ。

「お前らの足なら、あっという間だろ?」


 肩をすくめるクリフとフレッド。

どちらが行くかで、何度か視線を交わした後――「……じゃんけんだ」


 結果、クリフが負けた。

舌打ちしながらも走り出すその背中を、皆が笑いながら見送った。


 しばらくして。


「……お、戻ってきたぞ。藁も持ってる」

 ジトーが指さした方角に、駆け戻ってくるクリフの姿があった。

片手に火打ち石、もう一方に藁の束を持っている。


「……どこだ? 見えねえぞ」

 呟いたのはダルソン。


「いいから手を動かせ。こいつらには見えてるんだ」

ライアンが笑いながら背中を叩いた。


 そしてついに――火打ち石が打たれた。

 カチ、カチ、ッ。

 藁が火を噛み、牛糞の表面に当てられる。

 乾燥した糞は、じわりと火を移し、やがて赤く光り始めた。


 「……おお」

 誰かの感嘆。


 最初は、かなりの煙が出た。

色も濃く、風下にいた者たちは少し顔を背ける。


 次いで、独特のにおい――

 動物臭とも違う、土と草が混ざったような、乾いた焦げのような匂いが鼻をかすめる。


「……本当についた」

 ダルソンが驚いた顔で呟く。


「しかも、燃えてるぞ、しっかり……!」

 キリングスも思わず声を上げた。


 だが、最初の煙は数分としないうちに薄れ、臭いも和らいでいった。


 「煙の量、薪ほどじゃないわね」

 ケイトが冷静に観察するように言った。


 火力が上がるにつれ、牛糞は芯から燃焼を始め、その熱は予想以上に強かった。

 「これ……火力も結構強いわ」

 エリカが手をかざしながら言う。


「うん、これなら料理にも使えそう」

 メグが嬉しそうに頷く。


 「燃焼時間も長いよ……いいね!」

 そして、興奮気味にロイドが顔を上げた。

 「シマ、これは大発見だよ!」


 その言葉に、シマは微笑を浮かべて、ほんの少しだけ肩をすくめた。

「……前世の記憶のおかげだな」


 誰かが笑い、また誰かが「さすがだな」とつぶやく。


 乾いた牛糞を積み終えた馬車を見上げながら、ライアンがぽつりとつぶやいた。

「……カノウたちも驚いてるだろうな。あっちでも試してるからな」


 それは新しい暮らしの中で、“あたりまえ”となる技術の第一歩。

 一握りの牛糞に灯った小さな火は、これからの町の燃料を支える礎となっていくのだった。


「三箇所に分けておけばいいんだな?」とライアン。


近くにいたクリフが「そうだな。明日は……天気はよさそうだ。明日、小屋を建てればいいだろう。雨避けと風除けを兼ねたやつをな」


「了解だ」

 ライアンが軽く頷いたそのとき、シマが振り返りざまに言った。

「じゃ、ライアンとメグは戻ってくれ。」


「わかったわ!」と、メグが明るく返事し、ライアンは無言でうなずいて馬車の手綱を手に取った。

 馬車に揺られ、二人は町へと戻っていく。


 ロイドが一歩前に出て言う。

「さあ、僕たちは集めよう」

その一言で再び作業が再開される。


誰も嫌がる様子はなく、まるで砂金でも探すかのように、手際よく乾燥した牛糞をスコップですくっては積み、運び、選り分けていく。


「牛糞、かなり落ちてるな」

フレッドがぽつりと言った。

「牛って……一日どれくらい糞するんだ?」


 その問いに、スコップを担ぎながらシマが記憶をたどるように言った。

「……確か、40〜50キロじゃねえか?」


「うげっ、マジかよ。そりゃ拾っても拾ってもなくならねぇわけだ」

 フレッドが肩をすくめると、背後からエリカの声が聞こえた。

「そうなると……私たち、明日も牛糞拾いね」


その隣で、ケイトがスコップを休めて、ふふ、と笑った。

「侯爵家の娘にこんな事させてるって……ブランゲル様が知ったら、どんな顔をするのかしら」


 その言葉に、周囲が一瞬静かになる。


「シマ、お前……覚悟してた方がいいんじゃねえか?」

フレッドが肩を組むようにして茶化した。


 シマは牛糞の塊をスコップに載せながら、口の端だけを上げて返す。

「……そのときゃ、ブランゲルも一緒に拾わせるさ」


 その言葉に、みなが吹き出した。


 「ブランゲル様が、スコップ持つ姿……想像できないわ……」

 「いや、意外と似合うかもしれんぞ」

 「エリカに“手際よく!”とか言われて凹んでたりな」

 「それは見てみたい!」


 草の匂い、牛の足跡、乾いた空気、そして笑い声。

 燃料となるはずの“汚れもの”を集めながらも、その手には誇りがあった。


 夕陽が、牛糞を積んだ馬車の影を長く伸ばしていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ