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光を求めて  作者: kotupon


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4日間の出来事3 

チョウコ町・集会所。

午前の幹部会は小休止を挟み、テーブルには湯気の立つ茶と軽い干し果実や堅焼きのパンが並べられていた。

場は一段落し、各自が水分を補給しながら、落ち着いた空気が流れていた。


シマは少し身体を伸ばしながら、真顔で口を開く。

「ベガ、ワーレン、ダルソン、キリングス。お前らの隊に配属された団員たちにはちゃんと気を配ってやれ。先ずは町の空気に“慣れさせる”ことだ。無理はさせるなよ」


シマの声には静かな重みがあった。

それを受けて、四人の隊長がそれぞれ姿勢を正す。


「……少しは慣れたか?」

そう問いかけるシマに、ベガが苦笑しながら返す。

「慣れるしかねえってのは頭でわかってるんだが……未だに驚きの連続だ」

ベガは腕を組み、視線をどこか遠くに向けた。

「建築班の連中は動きに一分の無駄もねえし、裁縫班の奥方たちは容赦ねえほど目が肥えてるし、風呂も畑も倉庫も……全部、整いすぎてるんだよ。こんな町、初めて見た」


「俺も同じだな」

ワーレンが続ける。

「シャイン隊の“規格外っぷり”にはもう言葉も出ねえ……それだけじゃねえ」

彼は苦笑しながら、卓に置かれたカップを見つめる。

「他の連中もだ模擬戦もやったが、隊長格たちには一度も勝てなかった。団員たちとも何度か手合わせしてみたが……まあ、いい勝負だったよ」


そこに、ぽつりとダルソンが口を開いた。

「……俺も含めてだが……二日酔いになった日があってな……」

彼は居心地悪そうに頭を掻くと、気まずそうに隣のキリングスを見る。


「……ああ、俺もだ」

キリングスが口をすぼめて言う。

「ここの酒が美味すぎてよ……つい飲みすぎた……面目ねえ」


「酒のせいにするのはやめろよな、歌いながら踊ってたって聞いたぜ」

からかうように言ったのはトーマス。


周囲から小さな笑いが漏れる。


「まあ……それくらい“居心地がいい”ってことなんだがな」

ワーレンが真面目な顔で締めくくると、空気がまた少し引き締まった。


シマはその様子を見てうなずく。

「慣れてくれればそれでいい。驚くことも多いだろうが……一つ一つの積み重ねが、お前たちの“新しい地盤”になる。焦らずに、やっていこうぜ」


その言葉に、四人の隊長はそれぞれ静かに頷いた。


シマは腰を落ち着けたまま、ゆっくりと視線を建築班に向ける。

目が合うとバナイとガディがすっと背筋を伸ばした。


「バナイ、ガディ、建築班はよくやった。お前らのおかげで町の整備は順調に進んでる。これからも頼りにしてるぞ」


シマの言葉に、バナイは大きくうなずき、感情がこもった声で応じた。


「はいっ!ありがとうございます、団長!」

顔を輝かせながら、バナイは語り出す。

「いやあ、でも……正直言ってオスカーの指導は――厳しいですね!ほんと、容赦ないですよ!一切の妥協を許さない姿勢で、何ミリのズレも許されない」

手を使って“これくらい”という仕草をするバナイ。

「でも、そのおかげで俺たち、確実に腕を上げてるって実感してます!」


隣でうなずいていたガディが補足するように言葉を繋ぐ。

「厳しいって言っても、仕事に対する厳しさなんですよ。言葉遣いは丁寧で、怒鳴ったりもしない。質問にも必ず答えてくれるし、作業中に迷ってたらすぐに気づいて声をかけてくれるんです」

そして、声を少し落として、感慨深げに言った。

「……オスカーの腕前って、もう“神業”としか言いようがないです。一本の柱を削る、その動作一つで、俺たち全員が手を止めて見惚れてしまうくらいですから、そんな人に直接、手取り足取り教えてもらえるなんて……俺たちは、本当に幸せ者ですよ」


その言葉を聞いたメグが勢いよく立ち上がり、胸を張って言い放つ。

「さすが私のオスカーね!」


場に軽い笑いが生まれる中、フレッドが腕を組んだまましみじみと語る。

「建築にしろ弓矢にしろ……モノづくりに関しては、俺たちでもオスカーには口出しできねえ。だって、あいつが見てる“完成の形”って、俺たちが考える理想よりずっと先を行ってるんだよ」


「確かに……」と、ジトーが静かにうなずく。

「目の前の木材一本に対して、どうすれば一番活きるかを考えてる。あれはもう“作る”んじゃなくて、“生かしてる”んだよな」


それを聞いてオスカー本人は特に反応せず、いつものように静かに聞いていたが、どこかほんのりと目元が柔らかくなっていた。


そんな中、シマはニッと笑って言った。

「……そうか、良い報告だ。お前らはこれからのチョウコ町を形にする柱だ。その手で建てた家や施設が、皆を守っていくんだ。自信を持て」


バナイとガディは深く頭を下げ、力強く返答した。

「はいっ、団長……!任せてください!」


頷くシマ。

次にカノウに視線を向けて言葉を投げた。

「カノウ、牛糞を使った燃料作りだが、今後の参考にしたい。燃焼時間と火力の強さをしっかり記録してくれ」


カノウは笑みを浮かべてうなずいた。

「はい、了解しました!乾燥具合もいい感じなので、今日の午後から早速試してみますよ」


「どうせなら浴場で試すか。湯を温めるのに使った方が効率的だろう?」


「そうですねぇ、浴場の湯釜なら火加減の違いも分かりやすいですし、持続時間の確認にも最適です」

カノウが頷きながら、懐からメモ用紙を取り出しながら何やら書き込む。


その様子を確認して、シマはさらに指示を出す。

「マークたちと共同して進めてくれ。」


「承知しました!」と力強く答えるカノウ。


そのまま、場がやや緩んだ空気になったところで、シマはちらりと笑いを浮かべつつ、話題を切り替える。

「……で、マークがアンネといい雰囲気なのは分かったが……エリカ、お前、それでいいのか?侯爵家に仕える侍女なら、それなりの家の出だろう?」


その問いかけに、エリカは口元をきゅっと引きしめたものの、どこか誇らしげな笑みを浮かべて言い返す。

「問題ないわよ。むしろ――他の侍女たちにも、シャイン傭兵団の面々と関係を持つように勧めてるの。お父様たちもそのつもりのはずよ。」

そして、さらりと続ける。

「何ならマークとアンネが、子どもでも作ってくれたら……そっちの方がありがたいくらいよ?」


「ぶっ――!?」

咳き込むような声が何人かから漏れ、周囲がどっとざわつく。


顔を真っ赤にしたマークが

「い、いや、それはちょっと早いというか…!そ、その…」

慌てふためく姿に、仲間たちの笑いが広がる。


「マーク、顔が真っ赤だぞ」

「おいおい、侯爵家公認か?」

「あいつ、おとなしそうな顔をしてるけど手が早いな」

囃し立てるような声に、マークが耳まで赤くし、どこか照れ臭そうに笑いながら肩をすくめていた。


ライアンが腕を組みながら、やや真面目な顔つきで一言。

「……つまりそれほどまでに、ブランゲル侯爵家はシャイン傭兵団を重要視しているってことか」


「ええ、当然よ」

エリカは毅然と答える。

「戦の力としてだけじゃなく、シマたちの持つ可能性のすべてを、侯爵家は見ているわ」


その言葉に、幹部たちが真剣な面持ちでうなずく中、シマだけはやれやれと肩をすくめながら、口の端をわずかに上げていた。

それは、自分たちの歩んできた道が、確かに何かを変え始めているという、静かな確信でもあった。


「よ~し、次行くぞ」

手元の用紙をパタンと伏せ、シマが姿勢を正すと、幹部たちも自然と背筋を伸ばす。

「エリカの侍女たちが、女風呂の管理や掃除をしてくれている。ありがてえ話だ。それなら――給金を支払わねえとな」


「ええ、既に計上してあるわ」

すっと立ち上がったミーナがそう答え、帳簿の一部をめくってシマに示す。

無駄のない流れるような連携。シマは軽く頷き、次の話題へ移る。


「乗馬についてだが……エリカ、お前を責任者に任命する」

名前を呼ばれたエリカが、すっと背筋を伸ばして顔を上げる。


「子供用の鞍、二人乗り用の鞍を作る。親子で馬に乗るのもいいだろう。オスカー、リズ、すまんが作ってくれ」


「了解!」

「了解よ」


「馬に乗れる団員は、手伝ってやってくれ。何より安全第一だ。防具の着用も必須とする。……エリカ、頼んだぞ」


「任せなさい!」

エリカは拳を握り、頼もしげに胸を張る。


「さて、絵を描きたい…って声もあったな……紙を作るか。作り方を知っている奴、いるか?」


だが、室内に挙がる手は一つもない。

静まり返る空間に、何人かが顔を見合わせ、首を横に振る。


「紙の製法って、門外不出よ……?」

呆れ混じりの声でそう言ったのはエリカだった。

「シマ、まさかあなた……知ってるの?」


「ああ、おおよそな」


その一言に、集まった幹部たちがどよめいた。

ざわっ――と小さく波立つ空気が集会所を包み込む。


「……これだからよ」

ベガが頭を抱えて天井を仰ぐ。


「ホントなんなんだよこいつは……」

呆れ混じりに言ったワーレンに、周囲がくすくすと笑い始める。


「もう……なんていうか……シマの知識って本当に半端じゃないわねぇ……」

腕を組んでしみじみと感嘆するキョウカ。


「それも、前世の記憶かい?」

ユキヒョウがニヤリと笑って問うと


「……前世の記憶? なんだそれは……?」

ダルソンがぽかんと口を開け、キリングスも同様にきょとんとした顔を浮かべる。


「ライアン、後でダルソンとキリングスに説明してやってくれ」


「了解だ」

ライアンが軽く片手を挙げて答える。

「……というわけで、今は黙って聞いておけ」


不服そうに眉を寄せるダルソンだったが、全体の空気が次に向かっているのを察して大人しく口を閉じた。


再び場が落ち着きを取り戻すと、皆の視線は自然とシマに戻る。

彼が語る「紙の作り方」――それはまた、チョウコ町に新たな技術の火を灯す一歩となるだろう。


「いいか、簡単に言うぞ」


周囲が息を呑んだように耳を傾ける。

キジュ、メッシ、ティアも筆記の構えを取る。


シマは手を前に出して指を折るようにしながら、淡々と語り出した。

「まずは――材料。木の皮、麻、布の切れ端、藁でもいい。要は繊維だ」


「繊維……」と誰かが呟く。


「それを煮て柔らかくする。ドロドロになるまでだ」


「ドロドロに……」

今度はマリアが復唱する。


「それを叩いて繊維をバラバラにする。時間がかかるがここが肝心だ」


「ふむ……なるほどのう」

ヤコブが感心したように頷く。


「できた繊維の汁――これを水で薄めて、平らな網の上に流す。網の下から水が抜けて、繊維だけが網に残る。これが紙の元だ」


「……ほう」と、ルーカスが唸る。


「あとはそのまま乾かすだけだ。風通しのいいところで、じっくりな」

シマは両手を広げて見せるように言う。


「なあんだ、簡単そうじゃねえか」

フレッドが笑うが、すぐさまジトーが呟く。

「……いや、これ実際にやるとメチャクチャ面倒くせえやつだぞ、たぶん」


「その通りだ。材料の処理に時間がかかるし、網の質、乾かし方、湿度、全部仕上がりに影響する。だから簡単にはいかねえ。でも――やる価値はある」


シマはそこで一拍置いて、ぐるりと一同を見渡す。

「紙が手に入るなら、この町の可能性は大きく広がる。絵も文字も記録も、子供たちの学びもな。俺たちの文明は一つ進む。――覚えておけ」


静寂。

誰もがその言葉の重みを受け止めていた。


「前世じゃ文官だったんじゃないの?」

シャロンが冗談めかして笑う。


それでも、全員が分かっていた。

今、確かに一歩、未来へと踏み出したことを。


「商材にもなるし、特産品にもなるわね」とミーナが静かに言った。

その言葉に、集まった皆の目がゆっくりと彼女に向けられる。

その顔は、すでに次の展開を計算している眼差しだった。


「簡単にはいかねえだろうが、技術が上がれば、いずれはな…」

そう呟いたのはシマ。

腕を組んで天井を見上げ、言葉を続ける。


「子供たちに体験させてみるのもいい。土いじりや読み書きと同じようにな。手で作るってのは、それだけで価値がある」


「いや、大人でもやりてぇやつはいるだろう」

ギャラガが笑いながら言った。

「俺だって正直、興味あるぜ!自分の手で紙を作れるなんて、なかなか出来る体験じゃねえよ!」


「だよなぁ!…自分の手で紙を作るとか、なんかこう…ロマンがあるよな!」

とオズワルドも続く。


そんな中、シマが軽く手を上げ、場を落ち着かせるように言う。

「落ち着け…当面は、今ある紙、用紙を渡す。足りる分だけな」

そして静かに目線をドウガクに向けた。

「ドウガク、子供たちに渡してやってくれ」


その言葉に、ドウガクの瞳が大きく見開かれた。

「……よ、よろしいのですか……?」

声は驚きと、少しの感動を帯びていた。


それに答えたのは、ロイドだった。やさしく微笑んで言う。

「やりたいことをやらせるのがシャイン傭兵団だからね」


その一言に、周囲の雰囲気が少し変わった。

幹部たちの目に、どこか誇らしげな光が宿る。


「ま、とはいえ金を稼がねえとな」

笑って言ったのはトーマス。


「絵を描きたいって話、あれって……ホクスイの影響か?」とザックが問いかける。


「ああ、多分そうだろうな」とクリフが頷く。

「芸術の影響力ってのは、案外侮れねぇんだよな。見たこともない世界を見せてくれる。」


「…でも、いいことだわ」

ミーナが柔らかく微笑んだ。

「彼らが自分の手で何かを作り、自分の目で世界を広げていく。シャイン傭兵団の子供たちは、きっと逞しく育つわ」


まるで自分の子供の成長を誇るかのように、そこには確かな誇りと喜びがあった。

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