勉強
「口だけを覆うスカーフをつけるとかはどうだ?」
シマが提案すると、リズがすぐに反応した。
「それいいわね! 採用!それなら簡単に作れそうね」
リズが頷くと、他の女性陣も興味を示した。
「どうせなら私たちの分も作らない?」
「私、可愛い色がいいわ!」
「みんな一緒にして統一感を出しましょう! 一体感が生まれていいんじゃない?」
女性陣たちは盛り上がるが、ザックが話を元に戻す。
「と、なると、後は捕らわれる可能性か……」
「そのことなんだけど、可能性としては限りなく低いんじゃないかなあ」
ロイドが慎重に言葉を選びながら答える。
「なんでだ?」
クリフが問いかけると、ロイドは少し考えてから言った。
「うぬぼれるわけじゃないけど、僕たち、相当強いよ。街に行った時に感じたんだけど、目の動き、歩き方、雰囲気で大体の強さがわかるんだ」
「ああ、俺もそれは感じたな。気配りとか目配りつうか……うまく言えねえが」
ジトーが腕を組んで頷く。
「警戒心がほとんどの人が全くと言っていいくらいになかったよな」
トーマスも同意する。
「そう、それな!」
「つまり、私たちが油断さえしなければ捕らえられることはない?」
サーシャが確認するように尋ねる。
「その認識でいいと思う」
ロイドが断言すると、ジトーが口を開く。
「野盗どもを撃退したことは話したと思うが、正直、アレ?って感じだったな。弱すぎて、って意味でだ」
「ここの生活と街では、そんなに違うものなのかしら?」
「さあ? もう覚えていないわ。どうだったかしら?」
女性陣たちが昔を思い出そうとするが、なかなか明確な答えが出てこない。
「いつも通りにしていれば問題ねえってことだ」
シマがまとめるように言った。
「但し、念には念を入れて、ジトーとトーマスはノーレム街で一緒に行動してくれ……いや、分けたほうがいいか」
「分けるってどういう風に?」
サーシャが尋ねると、シマは少し考えながら答えた。
「流石に十三人でぞろぞろ歩いてたら目立つだろ。六人、七人で行動しよう。ジトーとトーマスがそれぞれ率いるんだ」
「……余程の馬鹿じゃない限り、こいつら大男にちょっかいをかけてくる奴はいねえだろ」
クリフが笑いながら言うと、一同も納得して笑った。
「俺とロイドでモレム街に行って取引をする」
「モレム街?! 聞いていないわ!」
女性陣たちが驚いた表情を浮かべる。
「アレ? 話してなかったか?」
シマがふと思い出したように言うと、周囲の仲間たちが不思議そうな顔をした。
「悪りぃ、話してなかったようだ……。いつも同じ街でダミアンと取引をしてたら、感づくやつが現れるんじゃないかと思ってな。それで次回の取引はモレム街ってことになった」
「……そうね、それくらい慎重になった方がいいかも」
エイラが考え込むように呟いた後、ふと思い出したように尋ねる。
「そういえば、ブラウンクラウンの希少価値は以前よりもまた上がったのかしら?」
「……すまん、情報収集を忘れていた」
シマが申し訳なさそうに眉をひそめると、エイラは肩をすくめて軽く笑う。
「別に落ち込むことはないわ。そのダミアンって人も、そうそう簡単には教えてくれないでしょうに。いいわ、今度街に行ったら私が調べてみるわ」
「危険はないのか? 正体がバレたり……」
ザックが少し心配そうに口を挟む。
「フフッ、そこはジトーかトーマスにお願いするわ」
「え、俺らに?」
二人が驚いた顔をすると、エイラはにっこりと微笑む。
「大丈夫よ。難しいことじゃないわ」
「……まあ、頼まれたからにはやるしかねえな」
ジトーが腕を組んで頷く。
「残金のことも話してなかったか?」
シマが思い出したように話題を変えると、エイラが首を傾げる。
「聞いていないわ」
「三金貨と四銀貨、六銅貨だ」
「……少し心許ないかしら?」
エイラが計算を始める。
「街に入るだけで一金貨と五銀貨、残り一金貨と九銀貨、六銅貨。」
「またオスカー頼みになっちまうなあ……。悪いが頼めるか?」
シマがオスカーを見やる。
しかし、オスカーは無言で首を振った。
「え?」
一同が驚いてオスカーを見つめる。
「……オスカー?」
不安そうにメグが声をかけると、オスカーはシマをじっと見つめながら言った。
「シマ、頼めるか? じゃないよ。『頼んだぞ』っていうところだよ!」
一同が一瞬呆気に取られた後、大爆笑が巻き起こる。
「言うようになったなあ!」
「してやられたなあ、シマ」
「オスカー頼もしいわ!」
メグが満面の笑みでオスカーに抱きつくと、彼は一瞬で頬を赤らめ、途端にだらしない顔になる。
「えへへへ……」
そんなオスカーを見て、さらに笑いが起こる。
「オスカー、弓を五張作ってくれ」
苦笑いしながらシマがそう切り出すと、オスカーはすぐに頷いた。
弓の話がまとまったところで、シマはもう一つの重要な案件に話を移した。
「それと、白金貨の両替の件なんだが……」
この言葉に、仲間たちが一斉に注目する。
「理由があって、先に二十金貨を受け取った。次回の取引で残り七十二金貨を受け取る予定になってる」
その説明を聞いたエイラ。
「両替手数料は八パーセントということね、悪くないわ。」
「……持ち逃げされたりしねえのか?」
「大丈夫なの?」
クリフとミーナがほぼ同時に尋ねる。
取引相手の信用度に関する不安は、当然のものだった。
シマは静かに頷いた。
「それなりに信用できる相手だ……少しだけな」
シマの言葉に、エイラが腕を組みながら考える素振りを見せる。
「まあ、元々は私たちのお金じゃないし、あなたがそう決めたのなら文句はないわ」
この言葉に、ザックが目を見開いて頷いた。
「そうだったな! 俺たちの金じゃなかったわ!」
「戻ってくりゃあもうけもんって考えてりゃいいだろ」
フレッドが楽天的に笑い、場の雰囲気が少し和らぐ。
しかし、まだ決めるべきことが残っていた。
「それから……お前たちに文字と計算を覚えてもらう」
シマの言葉に、ザックたちが顔を見合わせる。
「文字と計算?」
「ああ。」
この世界では、識字率は決して高くない。
スラムで育った彼らは特に文字に触れる機会が少なかった。
「俺たちが文字なんか覚えて、何の役に立つんだよ?」
クリフが不思議そうに尋ねる。
「知識は財産だ。文字を読めれば、本から情報を得ることができる。計算ができれば、商売で騙されることもなくなる」
シマの説明に、ジトーやサーシャも真剣な表情になる。
「チョロまかされねえってのは、いいな……」
「文字が読めれば、契約書とかも理解できるってことね?」
サーシャが納得したように頷く。
「その通りだ。今はピンとこないかもしれないが、後になって必ず役に立つ」
その日から、シマとエイラによる識字と計算の授業が始まった。
エイラは元商人の娘であり、計算や文字に関しては得意だった。
そのため、シマと協議の上、シマと彼女が教師役を務めることになった。
「焦らず、ゆっくりでいい。詰め込ませすぎないようにしよう」
それが二人の方針だった。
朝は鍛錬。3日に一度は狩猟、昼は採取やモノ作り、洗濯、家事、夜は文字や計算の学習という生活が始まった。
ジトー、ザック、クリフは最初こそ渋っていたが、文字を覚えることで交渉が有利になることを知ると、意外なほど真面目に学び始めた。
サーシャはもともと学ぶことが好きで、エイラに質問を重ねながらどんどん知識を吸収していった。
ロイド、トーマス、フレッド、オスカーは計算を覚えることで食材の管理がしやすくなることを知り、積極的に学び始めた。
ケイトとミーナ、メグ、ノエル、リズは最初は嫌がっていたが、エイラが「覚えれば市場での買い物が有利になる」と説明すると、興味を持つようになった。
文字と計算の学習は、単なる勉強ではなく、彼らの生活の中に溶け込んでいった。
狩猟の獲物を数えるとき、計画を立てるとき――彼らは学んだ知識をすぐに活用した。
「最初は戸惑ったけど、覚えちまえば楽しいもんだな」
ある夜、焚き火の前でクリフがそう呟いた。
「本当にね。私たちがこうやって学んでるなんて、昔の自分じゃ想像できなかったわ」
サーシャが笑いながら答える。
「知識は力だ。これからも続けていこう」
シマの言葉に、仲間たちはそれぞれ頷いた。
彼らの成長は、確実に進んでいた。
そして、その努力は、必ず彼らの未来を切り開く力となるのだった。
学びの傍ら、オスカーは弓作りに精を出していた。
彼の手による弓は一張一張が精巧で、狩猟にも戦いにも耐えうるものだった。
オスカーの仕事を見ていたケイトとミーナ、メグは、道具作りの技術にも興味を持ち始めた。
「私たちもやってみたい!」
そう言う彼女たちに、オスカーは簡単な矢作りから教え始めた。
ケイトとミーナ、メグは根気強く続けた。
生き抜くための力、豊かになるための力を着実に身につけていく。




