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光を求めて  作者: kotupon


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310/455

答えが出ない?!

バンガロー10号棟の卓を囲む面々――シマを中心に、議論が交わされる。


空気はどこか熱を帯び、果実酒やエールの香りの中で交わされるのは、晩酌の雑談というよりも、学会さながらの真剣なやり取りだった。


シマが腕を組み、低く呟く。

「……肥料は使っていなかったな……牛糞、鶏糞、炭を混ぜて試すか?」


その声に、ノエルが即座に首を振る。

「薬草や香草で試すならいいけど……ブラウンクラウンで試すのは抵抗があるわ」

グラスの中で果実酒が揺れる。彼女の瞳は真剣そのもの。


「失敗した時のことを考えるとね」

エイラもまた、静かに同意するように言った。

その声には理知的な響きがあった。


そのとき――ヤコブが顎を撫で、髭を指でひねりながら口を開く。

「……シマよ、何か特徴はなかったかの? 例えば――どんな場所であったり、時期であったり、周りはどうであったのか?」

老学者の鋭い眼光が、まるで真実を穿つかのようにシマを射抜く。


「……そういえば」

ぽつりと答えたのはミーナだった。

「いつも特定の場所、決まった場所だったわ。他では見なかった」


「確かにそうだな」ジトーが腕を組み、低く唸る。

「結構遠くの場所に狩りに行ってたけど……見かけなかったぞ」


そのとき、サーシャが目を細めて呟いた。

「ねぇ……そう言えばおかしくない? 決まったエリア……ブラウンクラウンならこの場所、ブルーベリー、ラズベリーならこの場所、薬草類ならこの場所って、大体が決まってたわよね」


「土だけのせいじゃない?」

リズが首をかしげる。


「ブラウンクラウンが生えている場所は……木の根元だ」

トーマスが思い出すように言った。


「だけど他の場所では、木の根元でも生えてなかった」

クリフが補足する。


「木に何か特徴があるか?って言えば……特に変わらねえ」

フレッドが肩をすくめる。


「弓矢を作ってるときも、木の材質は同じだったよ」

オスカーも言葉を添えた。


「だがブラウンクラウンの群生地の所では、木を伐採してねえからな」

ジトーが唸る。


「今度行った時に切り倒してみるか?」

ザックが口の端を吊り上げる。


「……結果、ブラウンクラウンが生えてこなくなったら目も当てられないわ」

エイラが冷静に言い放つ。その声には、彼女らしい理詰めの鋭さがあった。


「材質を比べるのはリスクがあるね」

ロイドが指を顎に当て、重々しく頷く。


――そのとき。

ユキヒョウが、ずっと黙って聞いていた唇をわずかに動かし、独特の響きで問いかけた。

「……シマ。キノコは、どうやって生えてくるんだい?」


その問いは、場の空気を一瞬で変えた。

静寂――。

誰もが無意識に息を飲み、視線をシマに集める。

それは単なる疑問の形をしていながら、核心を突く言葉だった。


シマは椅子の背にもたれ、深く吐息をついた。

「……胞子だな。……だが、この世界での条件はまだわかってねえ。湿度、温度、土壌、共生するもの……何か、決定的な要素があるはずだ……胞子を飛ばして繁殖するんだが……」

低く呟きながら、シマの眉間に深い皺が刻まれた。

「……他の場所では見ない……どういうことだ?」


――場に漂うのは、推理小説の最終章に差し掛かるかのような緊張感だった。


エリカがグラスを指で転がしながら首をかしげる。

「ブルーベリー、ラズベリー、薬草類って……ブラウンクラウンが生えている場所から遠いの?」


「遠くもないけど……近くもない、ってところね」

リズが腕を組み、ぽつりと答えた。


「……分布図を書き出してみるか」

シマは紙の中央に大きく円を描き、そこへ自分たちの拠点――仮の「家」を印す。


「俺たちの家がここにあると仮定して……」

紙に小さな×印を付け、そこから南東へ線を引いた。

「……ブラウンクラウンの群生地は、このあたりだ」


「ブルーベリー、ラズベリーが採れる場所は、この辺ね」

ケイトが身を乗り出し、シマのペンの先を指さした。


「……薬草類は、この辺でいいんじゃない」

ミーナが、少し離れた位置に丸を描き足す。


やがて紙の上には、小さな印が点在し、不思議なリズムで並んでいく。


「……ちょうど、同じような間隔で離れておるのう」

ヤコブが顎を撫でながら、興味深げに呟いた。

老学者の目に光が宿る。


「お前たちが分かる範囲で、深淵の森の全体図を書き出してみたらどうだ?」

ライアンが腕を組み、少し身を乗り出した。


「その方が……何かわかるかもしれないわね」

マリアが同調し、深く頷く。


「そうだな……どうせなら、絵の上手い奴に描いてもらうか」

シマが紙をめくりながら呟くと――


「ホクスイを呼んでくるか?」

メッシが立ち上がりかけて、皆の視線を受けた。


「……あいつなら、細部まで描けるな」

クリフが納得するように言う。


ランタンの炎が揺れ、紙の上に映る影が重なり、静かな夜に“深淵の森”の全貌を描く準備が始まろうとしていた――。


「ロイドたちが深淵の森に向かった後だ、ホクスイが俺のところに来て……『絵を描いてみたい』って言ってな。」

シマはカップの中のお茶を一口飲み、苦笑いを浮かべる。

「今じゃ、好きにやらせている。」


「ホクスイ……あいつ、元は俺の隊にいたやつだ。」

グーリスが腕を組み、視線を遠くにやった。

「腕も立つ奴だったが……好きなことをやれって言って送り出したんだよ。」


「やりたい事、興味があることをやらせる――それがシャイン傭兵団だからな。」

ジトーがゆっくりと頷き、低く響く声で言った。

その言葉に、テーブルを囲む面々も自然と笑みを浮かべる。


そのとき、ギィ……と扉が開く音が響いた。

メッシと、背の高い青年――ホクスイが姿を現す。


「シマ、地図を描けって言われてやってきたぞ。」

ホクスイが落ち着いた声で言い、軽く片手を挙げる。

その手には革のケース――中には筆と墨、色とりどりの顔料が収められていた。


「おう、待ってたぞホクスイ。」

シマが笑みを浮かべ、席を立って迎える。

「お前にしか頼めねぇ仕事だ。」


「久々に皆と顔を合わせるな。」

ホクスイの視線がグーリスに向けられる。

「元気そうだな、グーリス。」


「おうよ、絵描き野郎。だが今日は手を汚すのは絵筆だけだぜ?」

グーリスがニヤリと笑う。


ホクスイは静かに席に腰を下ろし、道具を広げ始める。

テーブルの上には分厚い紙が置かれ、その上に彼の指先が吸い込まれるように走る――。

「さて……深淵の森の地図だな。お前たちの記憶を、俺の絵で形にする。」


ランタンの炎が揺れ、筆先に落ちた墨が黒く光る。

まるで戦場に赴く剣士のような眼差しで、ホクスイは地図を描き始めた――。


紙の上でホクスイの筆が静かに滑っていた。

地図の骨格はすでに描かれ、そこにひとつひとつ、記憶の断片が肉付けされていく。


「そうそう……それで、家のこっち側に川が流れてるの。」

メグが身を乗り出し、紙の端を指で軽く叩く。


「川ね……よし、ここに一本入れるか。」

ホクスイが筆先を墨に浸し、滑らかな線を引くと、黒い川筋が地図の中央を縫うように現れた。


「それで、この辺に滝があるわ。」

ノエルが迷いのない声で続ける。


「……川に、滝!?」

キョウカが思わず目を見開き、驚きの声をあげた。


「ええ、間違いないわ。」

マリアは淡々とした調子で頷き、紙上の一点を指差す。


「その川は……どこまで続いてるんだ?」

ダグが腕を組みながら低く問いかけた。


「私に聞いたって、わかるわけないでしょ?」

マリアが肩をすくめ、杯を軽く傾けてエールを口に含む。


「俺たちも知らねぇぞ。」

ザックが大きな腕を組み、椅子の背にもたれて天井を見上げる。


「この辺りは結構、石がゴロゴロ転がってたよ。」

オスカーが地図を覗き込みながら呟くと、ホクスイはすかさず筆で小さな丸をいくつも打って岩場を描き込んだ。


「ああ、大きな岩もあったなあ。」

トーマスが遠い目をしながら同意する。


ケイトが、ふと眉をひそめて口を開いた。

「……ここが崖沿いだとすると……崩落事故にあったのはどの辺かしら?」

ホクスイが顔を上げると、ケイトの指が紙の北側を軽く押さえていた。


「滝がここだろ……2、3日は歩いたよな?」

フレッドが額に手を当て、必死に記憶を掘り起こすように呟く。


「……正直、意識は半分飛んでたからな……寒くて、腹が減って、眠くて……」

トーマスの声には、あの時の疲労と絶望が色濃く残っていた。


「……思い返してみると、本当に運が良かったね。あの時、獣に襲われてたら……なす術もなく殺されてたよ。」

ロイドの低い声が響き、バンガローの中に一瞬、重苦しい沈黙が落ちた。


ホクスイはその空気を感じながらも、筆を止めない。

黒い線が川の流れを延ばし、崖や岩場、滝が次々と描かれていく。

地図は少しずつ、ただの紙切れから命を宿した“深淵の森”へと変わっていった――。


ランタンの灯りに照らされたバンガローの中、ホクスイの描いた地図がテーブルの中央に広げられていた。

墨の匂いと紙のざらりとした質感が漂い、静かな緊張と興奮が場を支配している。


クリフが腕を組み、完成した地図をじっと見つめたまま口を開く。

「……こうしてみるとさ、家を建てた場所って……偶然とはいえ、いい場所に建てたんだな。」


その言葉に、周囲の視線が一斉に地図へ集まった。

川、滝、崖、岩場――そして群生地の印。

確かに、家の周囲はそれらの資源や安全圏に絶妙な距離で囲まれている。


「他の場所では、ブラウンクラウンも、ブルーベリーも、ラズベリーも、薬草類も見かけなかったことを考えると……ほんとそうね。」

サーシャが頬杖をつきながら感慨深げに言う。


フレッドが眉を上げ、ニヤリと笑った。

「おいシマ……お前、何か確信があって、あそこに家を建てようって言ったんじゃねえのか?」


シマは苦笑し肩をすくめて答えた。

「……マジで偶然だ。もう限界だったんだよ。限界を通り越して……あそこに腰を下ろすしかなかった。それだけだ。」


短く吐き出すようなその言葉には、あの過酷な日々の重みがにじんでいた。

誰もが無言でうなずき、しばし沈黙――だが、すぐにシマの瞳に鋭い光が宿る。


「……さて。」

空気を切り替えるように、シマは指先で地図を軽く叩き、低く言った。

「ブラウンクラウンについて……考察するか。」


その瞬間、全員の視線が一点に集中する。

テーブルの上、墨で描かれた“深淵の森”の地図。

その上にある、小さな印――ブラウンクラウンの群生地。


その謎を解くための、長い夜の議論が始まろうとしていた。

深淵の森――その謎は彼らにとって未知であり、そしてあまりにも奥深い。


シマが腕を組み、低く呟く。

「……土壌の違い……そのほかに、何がある?」


一同が考え込む中、マリアがエールの杯を指でなぞりながら口を開いた。

「……私はね、あの森に入った時、ずっと“寒い”って感じてたの。陽が差し込まないだけじゃない……もっと違う、空気そのものが冷たいというか……重いっていうか。」


「……寒い……空気が重い……」

シマは眉を寄せ、言葉を繰り返す。

そして指先でテーブルを軽く叩きながら、ひとつの仮定を口にした。

「それで……胞子が飛ばない……? いや、まだ、ただの推測だ。」


すぐ横でキジュが筆を走らせる。

紙の上にカリカリと音を立て、思考の断片を一字一句もらさず書き留めていた。


その時、ユキヒョウが静かに口を開いた。

「……狼たちのことなんだけど。あの森にいたやつら……普通の狼より二回りは大きいと思うんだけど、シマたちはそのことについてどう思ってるんだい?」


「……俺たちにとっちゃ、深淵の森の狼が基準だからなぁ……」

ザックが腕を組み、素直に答える。

「この辺の狼を見ても、“小せぇ”ぐらいにしか思ってねぇな。」


クリフが苦笑しながらも頷いた。

「俺もそうだな……だが、その感覚が異常なんだろう?…じゃあ何であいつら、でけぇのか……先ず考えられるのは、食い物だな。」


「……栄養素が違うのか? 栄養密度……か?」

シマの声が低く響く。


「……栄養素、とは何じゃろうか?」

ヤコブが興味深そうに眉を上げる。その目は学者らしい好奇心で輝いていた。


「生き物が外界から食い物を得て、成長して、活力を保ち続ける……身体を動かすための営みを“栄養”っていう。で、その栄養の源になる物質……ってとこだな。上手く説明できねぇが……」

シマは腕を解き、言葉を探しながらゆっくり答えた。


「ふむ……なるほどのぅ。」

ヤコブは深く頷き、何やら考え込む。


その後も議論は続いた。

“土の性質”――“空気”――“水質”――“動物の食性”――“気温と湿度”――

だが、答えにたどり着く手がかりは見つからない。


やがて、シマが深いため息を吐き、肩を落とした。

「……だめだ。今夜は結論を出すのは無理だな。ブラウンクラウンの栽培方法については……一旦、棚上げだ。」


静まり返るバンガロー。

全員の顔には、未解決の謎を前にしたもどかしさが滲む。

それでも、諦めではない。

むしろ、その謎が彼らを再び深淵の森へ駆り立てる――そんな予感が、誰の胸にもあった。

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