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光を求めて  作者: kotupon


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悩むなぁ…

「よし、ちゃっちゃと始めるか。離れてろよ」

シマが軽く肩を回し、視線を前方の木々に向ける。


その声に、背後で腕を組んでいた各隊長たちが下がる。


「おい!何やってんだよ、ベガ、ワーレン!もっと後ろに下がれ!」

デシンスが声を張り上げ、二人をぐいっと押しやる。


ベガとワーレンはしぶしぶ後退しながらも、斧を構えるシャイン隊の姿を凝視していた。


シマの短い指示で、シャインたちが一斉に動き出す。

斧を肩に担ぎ、軽やかな足取りで大木へと向かう姿は、まるで戦場へ赴く戦士のようだ。


一振り――スコンッ!!

乾いた音と共に刃が食い込み、

ベキベキベキ……ドォン!!

巨木が悲鳴をあげるようにきしみ、やがて重力に引かれて地面を揺らす。


続いて、ジトーがも一撃――スコン!!

ベキバキベキャ……ドン!!

木々が次々に倒れていく。


「……い、一撃……?!」

ワーレンの声が裏返る。


「……お、俺は……夢でも見ているのか……?」

ベガの目は見開かれ、まるで幻を見たかのように呟いた。


目の前で繰り広げられるのは、常識外れの伐採劇。

シャイン隊は一度も無駄な動きをせず、刃を振るえば巨木が音を立てて倒れる。

その力強さと正確さに、ベガとワーレンの背筋が凍った。


「こいつら……またかよ……」

オズワルドが呆れたように笑い、ベガの背中をバシィッ!と叩く。

「オラッ!行くぞ!」


「ひ、ひぃっ!」


伐採された木はその場で枝を落とされ、幹はあっという間に運搬隊へ回される。

ザシュッ!シュバッ!――枝を切り払う音が響く。


切り株を掘り起こす隊――土を掘り起こし背負い袋に詰め込み運ぶ隊。

作業は流れ作業のように淀みなく進行していく。


一撃で巨木を倒す腕力と、まるで訓練された軍隊のような統率力。

その光景は、ただの畑作りではなく、一種の戦闘作業に見えた。


木々が次々と倒れる轟音が響き渡る山頂。

土煙が舞う中、遠巻きに見守る一団がいた。


「……な、何なのよ?!この人たち……?」

キョウカが思わず口元を押さえ、引きつった笑みを浮かべる。

その視線の先では、巨木がスコンッ!ベキバキベキ……ドォン!!と音を立て、まるで玩具のように倒れていく。


「ハァ~……相変わらず無茶苦茶ね……」

メリンダが長く息を吐く。

しかし、その目は驚きよりも、畏敬に近い光を宿していた。

「だけど……これだけ大勢の人たちが、息を合わせて動くと……圧巻ね……!」


「おお?!見たか?!ハイド、ジーグ!」

興奮を隠せないビリーが、両手をぶんぶん振り回す。

「一撃だぜ、一撃!! めっちゃすごくね、シマ団長たち!!」


「……う、うん……」

ハイドは目を見開いたまま、声を震わせる。

「あの重い斧を……振った動きが見えない……? やっぱり……兄さんは……凄い!!」

頬に風が当たる。巨木が倒れるたび、空気そのものが揺さぶられるのだ。

それでも斧を振るうシマたちの動きは、疾風のように速く、力強かった。


「僕の父さんだって……ほら!」

ジーグが必死に声を張り上げる。

「あんなに大きい切り株……掘り起こしたよ! ……頑張って、父さん……!」

小さな両手をぎゅっと握りしめ、ギャラガの背中を見つめるジーグ。

父は額に汗をにじませながらも、豪腕で土をえぐり、根を引き抜いていく。

その姿に、ジーグの瞳は誇りで輝いていた。


遠巻きに見守る彼らの心は、驚きと畏敬、そしてどこか誇らしさに包まれていた――。



「――今日はここまでだ。」

シマの短い一言に、山頂の空気がふっと緩んだ。


「うぃ~っす!」

「了解!」


「シマ、いつも通りか?」と肩に斧を担いだグーリスが確認する。


「ああ、午後の作業は――なしだ。」

シマはきっぱり言い切り、全員を見渡す。


「聞いたな! いつも通りだ! 身体を休めろよ! いいな? 絶対だぞ!」


「了~解!」

「あいよ~!」

「わかったわかった!」

団員たちの返事が木霊するが、その笑顔の裏に、どこか「まだやれそうだ」という気配が漂っていた。


「……でも、午前中で終わりって、早くない?」

木陰で汗をぬぐいながら、キョウカが首をかしげる。


サーシャが苦笑しつつ、指先で彼女の額を軽く弾いた。

「口酸っぱく言わないとね。作業を続けちゃう人がいるのよ、この団には。」


「へぇ……そんなにみんな、働き者なの?」


「違うのよ。」

今度はエリカが答える。

「山での作業は、自分が思ってるよりずっと体力を削るの。 脚も腕もね。」


マリアが柔らかな笑みを浮かべ、肩をすくめる。

「無理はさせない。効率的に――それが、シャイン傭兵団のやり方よ。」

その言葉に、キョウカは「なるほど……」と納得の息をついた。


「さて――お風呂、先に済ませる?」

ティアが手を腰に当て、軽やかに問いかける。

「それとも、ごはんを先に食べちゃう?」


マリアは顔を上げ、困ったように笑った。

「……ここでいつも悩むのよね。」

指先で自分の頬をトントンと叩きながら、続ける。

「お風呂上がりのエールも最高だし――一仕事終えた直後のエールも捨てがたいし――でも、お腹もすいてるし……」


キョウカが笑う。

「贅沢な悩みね。」


傭兵団の昼は、戦場さながらの午前と、嘘のような平和な午後の間に訪れる。


「ベガ、初めての作業だったが――疲れてねぇか?」

山頂から戻った道すがら、シマが横目で問いかける。


「ああ、体力的には問題ねぇ……」

ベガは首の後ろを掻きながら、ふっと笑った。

「圧倒されたがな……ハハ。」


「そうか。」

シマは短く相槌を打ち、間を置いて声を落とす。

「――ブラウンクラウンを見ただろう? 状態はどんな感じだ?」


「少し見ただけだからな……」

ベガは眉を寄せ、思い返すように目を細める。

「かなり量もあったし、正直よくわからねぇ。」


「……なら、ちょっと付き合ってくれ。」

シマの声には迷いがない。


「了解だ。」

ベガは即答し、二人はバンガロー群の中で一際静かな建物――11号棟へと足を向けた。


コン……コン……

シマが戸を軽く叩き、「ヤコブ、邪魔するぞ」と声をかける。


「おお、シマか――入ってくれ。」

奥から響く、老学者ヤコブの朗らかな声。


扉を開けると、鼻をくすぐるのは薬草と乾いた木の香り。

壁一面には書物と記録板、作業台には薬瓶や銀の器具が整然と並んでいる。

ランプの柔らかな灯りが、室内の隅々を静かに照らしていた。


「ブラウンクラウンは?」

シマが問うと、奥からノエルが手を上げる。

「シマ、こっちよ。」


彼女が案内したのは、部屋の最も暗い隅――

厚い布で覆われた衝立の影、そこにはかめが六つ並んでいた。

甕の蓋には湿り気を保つための布が巻かれ、表面には淡く苔が浮かんでいる。


ノエルがそっと一つの蓋を外すと、ひやりとした空気が漏れ出した。


その中には――

深淵の森から持ち帰った黒褐色の土、そしてその土に根を下ろすブラウンクラウンの株が見える。


茎は深い焦げ茶、そこから伸びる葉は金属を思わせる鈍い光沢を放ち

まるで呼吸をしているかのように、かすかに葉脈が脈動していた。


「それと、氷室小屋にも六つ、同じものを保管してあるわ。」

ノエルの声が、甕の湿気に吸い込まれるように落ちる。


ベガは片膝をつき、甕の縁に手をかけた。

ゆっくりと指先を伸ばし――

「……」

傘の部分をそっと押す。


ぷにり、と弾力。

その感触に、彼の目がわずかに細められる。


「……張りがあるな。」

低く呟き、さらに指でなぞる。

肉厚だ――刃物を入れたときの感覚まで、脳裏に浮かぶような密度。


ベガは慎重に傘を持ち上げると、襞に目を凝らした。

しかし、甕の奥は薄暗く、細部が見えない。


「……ちょっと暗いな。」

振り返り、視線で確認を取る。

「――そこの台の上に置いていいか?」


「ええ、構わないわ。」とノエル。

「うむ、ワシもよく見たいところじゃ。」とヤコブ。


ベガは静かに甕から株を持ち上げ、台の上に移す。

興味津々の視線が集まる――

シマ、ノエル、ヤコブ、キジュ、メッシ。

全員が、息を呑んでその手元を見守っていた。


光にさらされるブラウンクラウンの姿が露わになる。

傘は半開き、大きさは成人の手のひらをゆうに超える。

襞は――真っ白。

そこに一筋の影もない、完璧な放射状の模様を描いていた。


ベガは指先で襞をなぞり、その組織の密度を確かめる。

「……組織もしっかりしているな。」

軽く摘むと、パリッとした感触が返る。


「鮮度も良い……」

彼は思わず唸った。

「この甕の中にあるブラウンクラウン――申し分ない。」


次々と甕を検分する

ベガは無言で二つ目の甕に手を伸ばした。

蓋を取り、湿った布をどかすと、また同じように株を取り出す。

押す、撫でる、襞を確認する。

三つ目、四つ目……


その間、シマとノエルは固唾を呑んで見守り、ヤコブとキジュ、メッシはメモと筆を手に小さく頷いていた。


やがて――


深く息を吐き、ベガは腰に手を当てる。

「…ふぅ~………最上級といっていいだろう。」


その言葉に、シマたちの顔が一斉に明るくなる。


「深淵の森から採ってきたんだろう?」

ベガは視線を上げ、ノエルに問う。

「結構日にちは経ってるよな……? 何か特別なことをしたのか?」


ノエルが首を振る。

「何もやってないわよ。――水は毎日あげてたけど……特別なことといえば、土じゃない? 深淵の森産よ。」


ベガの指がピタリと止まる。

再び甕の中を覗き込み、黒褐色の土をそっと指先ですくった。

湿った土にざらりとした粒子――


「……やっぱり、この土だな。」

ベガの声は低く、しかし確信に満ちていた。


「……土か。」

シマは甕の縁に手を置き、黒褐色の土をじっと見つめた。

わずかに湿り、冷気を含むその土には、深淵の森の匂いがまだ残っている。

静寂と死の森の記憶――それが甕の中に凝縮されていた。


「10甕ぶんしかねえからな……」

シマは低くつぶやき、顎を指でなぞる。

「試すには心許ねえな。……こりゃあ、来年も深淵の森に行くようだな。」


「薬草、香草なら試せるじゃろう。」

ヤコブが髭を撫でながら言う。


「そうね!」とノエルが頷き、ランプの灯りに瞳を輝かせた。

「甕二つ分……早速試してみましょう。」


シマは指を折って計算しながら、目を上げる。

「甕二つ、か……。ブラウンクラウン二株だと?」


「スープにして十人前が限界ね。」

ノエルの声は冷静だが、どこか惜しむ響きを含んでいた。

「身の部分は……三人前がいいところよ。」


シマは腕を組み、視線を落とす。

「……ヤコブは決定だな。」


ヤコブの白い眉がぴくりと動く。

「おぉ、ワシか!」


「あと二人は……」

少し考えてから、シマは口を開く。

「オズワルドと、ティアに食わせよう。」


「えっ、オズワルド?」とキジュが目を丸くする。


「ああ……あいつの体は酷使してる。それとティアも同じだ。」

淡々と言うシマに、誰も異を唱えなかった。


「スープはどうするか……?」

シマは天井を仰ぎ、わずかに唇を噛む。

「サーシャたちも、久々に飲みてえだろうしな……。悩むなぁ。」


その時、ノエルが軽く笑って首を振った。

「私は遠慮しておくわ。深淵の森の家でも食べたし、ここに帰ってくる道中でも食べたし。」


「俺は辞退しねえぞ……!」

ベガの声が低く、しかし燃えるように響いた。

「アレは実に美味かった……いや、そんな陳腐な表現じゃ言い表せない。」


シマたちの視線が集まる。

ベガは続けた――


「身体の隅々まで活力が行き渡るような……力が漲るような、不思議な感覚。もう一度味わいたい……いや、何度でも……!」


その熱に押され、キジュが目を丸くする。

「ベガ、それほどか?!」


「それほどだ!」ベガは即答した。

「美食家たちが大金を積むのもうなずける……!」


ヤコブが腕を組み、顎を上げた。

「ワシが頂いてもいいのかのう? 確か……今では滅多にお目にかかれんのじゃろ?」


シマは口の端をわずかに上げる。

「ヤコブには長生きしてもらわなきゃいけねえからな。」


その言葉に、ヤコブは一瞬だけ黙り――

「……ほっほ、そういうことなら、遠慮なくいただこう。」

深く頷いた。

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