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光を求めて  作者: kotupon


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幹部会議10

「……やはり、な」

ライアンが、腕を組んだまま目を伏せ、そしてゆっくりと顔を上げた。

瞳の奥には確信と納得が浮かんでいる。


 「その知識の出どころが……どこか、現実離れしてるとは思ってたんだよ。誰も考えつかないような発想も。」

 声に怒りも不安もなかった。ただ、理解と信頼があった。


 「シマ団長!」

 ティアが立ち上がった。

胸に手を当て、まっすぐな視線で言葉を紡ぐ。

 「でも、その“前世の記憶”があったから……私の足、治ったんです」

彼女の目がわずかに潤む。


エリカはいつもの気まぐれな笑顔は今、どこにもなかった。

 「……私のお母様も、救われたわ。あのままだったら……もしかしたら……」

 言葉が詰まる。唇を噛みしめて、それでも声を絞り出す。

 「……シマがいなければ、私は今、ここにはいない」

 彼女の声には、甘えや軽さは微塵もなく、ただ真摯な想いだけが込められていた。


 続いて声を上げたのはマークだった。

顔に浮かぶのは、若者らしい戸惑いと決意の入り混じった表情。

 「……僕たちにも、“できること”と“生きる道”を、団長は示してくれました」

 少年のような純粋な目が、シマをまっすぐに見つめる。

 「僕らが、今こうして一員として働けてる。何かの役に立ててる……って思えるんです」


 「……俺たちは、役立たずじゃないって」

カノウが力強く言った。

拳を握って立ち上がる。声には震えがあったが、意志は確かだった。

「シマ団長が“信じて”くれたから、俺たちは前に進めてる」


 そして、ゆっくりとグーリスが立ち上がった。

鍛え上げた肉体が影を落とし、全員の視線が彼に集まる。

 「変わらねえよ」

 そう言った彼の声は、普段よりもずっと静かだった

怒鳴り声でもなければ、威圧でもない。ただ、静かな事実のように。


 「お前に“前世の記憶”があろうがなかろうが……俺たちにとっちゃ関係ねえ」

 彼はゆっくりと一歩、シマの前へ進む。


 「お前が俺たちの団長であることに、何の変わりもねえんだ」

 言葉は短く、だが力強い。


 「そうよね」

 シャロンが微笑み、ひときわ柔らかな声で言った。

 「あなたに豊富な知識があるおかげで、私たちも恩恵を受けてる。日々の生活も、道具も、治療も、全部……ずっと前より、ずっと良くなった」


 肩を竦めるようにして、しかし真剣なまなざしでシマを見つめる。

 「何も恥じることなんてない。むしろ、誇っていいことだと思うわ」


 大広間は、いつしか小さな灯火のような温もりに包まれていた。

疑念も否定も、そこには一つもなかった。

 ただ、信じる者たちのまなざしと、静かに灯った火のような希望が、団をひとつに結んでいた。


 シマは、ゆっくりと息を吐いた。

 「……ありがとうな、みんな」


 その言葉には、幾千もの感情が込められていた。救い、感謝、そして――誓い。

 傭兵団の灯は、今夜またひとつ、強くあたたかくなった。



 「――後は、飯の問題だな!」

 一際明るい声が場を盛り上げた。声の主はデリー。


 「……すみません、発言よろしいでしょうか?」

 炊事班の副長コーチンが、すっと手を上げる。

彼女は穏やかながらも芯の強い女性で、炊事班ではトッパリとも信頼を分け合っている。

 「炊事班から何人か随行させてはどうでしょうか?」


 「いいわね、それ。商店も増えていたし、食材には困らないと思うわ」とノエルが頷く。


 「乳製品専門店があったわね。美味しくて評判がいいらしいわ」と続けるのはリズ。


 「となると……まずは侯爵家に“濡れない浸みこまない”シリーズを卸す。それから南下してリュカ村へ。ポプキンスのところに寄って話を詰めていけば、何とかなりそうだな」

ジトーが腕を組み、うんうんと頷きながら言う。


 「トーマスの実家に風呂を設置するって手もあるぞ?」と笑いながら言うのはクリフ。

冗談めかした口調ではあるが、言葉の裏には本気も混じっている。


 「……できることなら、村の住人たちも入れるような共同風呂にしてくれたらありがたい」

トーマスが慎重に口を開いた。

「どうせやるなら、地元と共に使えるようにしてやりたい。俺の家族たちだけが贅沢してるって思われるのは……ちょっと気が引ける」


 「その方がいいだろうな」デシンスが短く応じる。

「変にやっかみを受けることは避けるべきだ。地元とうまくやっていくには、まず誠意と開放だ」


 「人選は……」とケイトがメモを見上げる。

「先ずは希望者を募ってみましょう。まだ時間はあるから、意志を確認してから配置を考えていきましょう」


 「任務達成の報酬、いいかしら?」

 場の空気がぴりっと引き締まる。

マリアが確認する「1、傭兵団持ちで娼館に十回行ける。2、期間限定で酒、飲み放題。3、お風呂に酒を持ち込んでいい。4、毎食後、プリンが付く――この四つの中から、一つだけ選ぶってことでいいのかしら」


「俺は絶対、風呂酒だな」とグーリスが即答し、エリカが「プリンに決まってるでしょ!」と頬を膨らませる。


「娼館十回…夢のようだ」とキーファーが小声で呟き、シャロンは「飲み放題も捨てがたいわね」と唇に指を添えた。


会議室は一瞬で市場のような喧騒に包まれた。選択は一つ。

されど悩ましき、魅惑の四択だった。


「ただし」とロイドが口を挟む。

「3と4――つまり『風呂酒』と『毎食後プリン』については、これも期間を設けるべきだね。」


「全くもって妥当ね、際限がないとね」とエイラが微笑む。


 やがて、会議室の空気は穏やかな笑顔と熱気に包まれていった。


 ロイドが周囲を見回しながら、静かに言葉を放った。

「……一区切りついたかな。進めてもいいかい?」


ざわついていた空気がふっと静まり、皆の視線がロイドに向く。

頷く者、背筋を伸ばす者、沈黙のまま応じる者――その反応を確認してから、ロイドは口を開いた。


「僕たちは城塞都市カシウムに入り、その日のうちにブランゲル侯爵ご夫妻、ジェイソン様、エリクソン様に会うことができた。そして、侯爵家から正式に二つの依頼を受けることになったよ」


言葉を聞いた途端、リズがすっと立ち上がり、艶やかな声で続けた。

「一つは衣装の仕立て。エリジェ様にはドレスを三着。そして侯爵様、ジェイソン様、エリクソン様には、それぞれ色違いのスーツを二着ずつ。すでに了承したわ。さらに――エリジェ様からの『お願い』で、エリカにもドレスを一着仕立てることになったのよ」


そこで唐突にエリカが歓声をあげる。

「キャーッ!さすがお母様!分かってるわ~!……ッと話の腰を折ってゴメンねリズ。」


リズは少しだけ表情を引き締める。

「そしてもう一つの依頼は、10月中旬に上演してほしいというもの。そう、舞台よ……だけど、ジトーたち、承諾しなかったんですってね?」


名を呼ばれたジトーが腕を組みながら、ゆっくりと頷いた。

「当然だ。リズ本人の意思も聞かずに、俺たちが勝手に判断するわけにはいかねえ。いくら相手が侯爵家でもな」


その言葉に、一瞬だけ静寂が落ちる。

しかし、リズは柔らかく微笑んで言った。

「……フフッ、そう。ありがとう。……私は正式に受けたわ」


ギャラガが眉をひそめながら口を開いた。

「……舞台って何の話だ?」


その問いに、周囲がざわめく。


すぐに反応したのはヤコブだった。ひどく感慨深げに頷く。

「城塞都市でのことでじゃ。リズ嬢が主演を務めての舞台公演……まことに見事で、心を震わされたわい……」


その言葉にエリカが目を潤ませ、小さく震える声で続けた。

「……あんなに素晴らしい舞台を、私は今まで見たことがなかったわ。お母様にも見せてあげられるのね……ありがとう、リズ」


そのとき、突然キョウカが立ち上がり、目を見開いて叫んだ。

「……ちょ、ちょっと!!」


場が一瞬静まり、戸惑いの視線が彼女に集まる。


ノエルが慣れた様子で声をかけた。

「落ち着いてキョウカさん。はい、深呼吸して~、吸って~、吐いて~」


キョウカがふうっと息を吐きながら椅子に沈み込む。

「……あ、危なかった…ベガとワーレンの二の舞いになるところだったわ……」


その言葉に、幾人かが苦笑しつつも頷く。


その場の雰囲気を整えるように、オスカーが穏やかに説明を補った。

「リズと、シャイン隊の女性陣たちが公演を行ったんです。」


それを聞いたマリアが興味深そうに目を輝かせる。

「ああ、そういうこと。都市で噂になってた“奇跡の歌姫”って……あれ、リズのことだったのね?」


ユキヒョウが腕を組みながら、頷いて言う。

「なるほど……それで宿の主人たちが、僕たちを諸手で歓迎してくれるわけだ」


言葉が交わされるたびに、ざわついていた空気が一つに収束していく。

舞台の話は、ただの余興ではなく、確かにこの場の者たちにとって意味のある“出来事”として、その存在感を示し始めていた。


サーシャが卓上の地図に視線を落としながら、鋭い口調で言った。

「10月中旬が公演本番なら、遅くとも10月の初めには城塞都市に入っておかないといけないわね」


その言葉に、椅子にもたれかかっていたフレッドが眉をひそめた。

「なんでだ? 2、3日前に着けば十分じゃねえの?」


すかさずエイラが腕を組み、冷静な声で返す。

「前回とは違うのよ、フレッド。今回は“ブランゲル侯爵家から正式に受けた公演”なの。準備にも打ち合わせにも、段取りが山ほどあるの」


「なるほどな……」とフレッドがぽりぽり頭を掻くのをよそに、ミーナがすっと前に出て、帳面を開いた。

「各方面との日程調整も必要になるわ。」


メグが笑いながら、シマの方を見て言う。

「感傷に浸ってる時間もないわね、お兄ちゃん?」


シマは小さく笑い、ため息まじりに頭をかく。

「全く、やれやれだぜ……けど一つ一つクリアしていこう。俺たちが力を合わせれば、できねえことはねえ」


その言葉に、場が静まり――すぐに熱を帯びた声が上がる。

「――おう!!」


男も女も、若き傭兵たちも歴戦の者たちも、拳を握り、声を重ねた。

まるで心が一つに繋がったかのように。新たな任務、新たな挑戦。



ロイドが一息つき、椅子の背にもたれかかりながら言った。

「あと二つある。エイト商会のトウさんに出会ったこと。そして、鉄の掟本部にいるダルソンさんとキリングスさんからの要望。……“早く代わりを寄越してほしい”って。」


その名が出た瞬間、空気がぴんと張った。


「“歩く予測不能”、トウか?!」

「“ドロンのトウ”か……」

デリーとマルクがほぼ同時に声を上げる。


続けてグーリスが、眉間にしわを寄せながら、苦々しい笑みを浮かべて言った。

「あいつには……散々手を焼かされたぜ。」


苦笑と同時に何人かがうなずき、そして話題は“鉄の掟本部”へと移る。


「ダルソンの奴……本部勤めになってくれねえかなぁ」

「できれば、行きたくねえな……」

ルーカスとマックスが半ば本音をこぼすように言う。


「……俺も、ここを離れたくねえな」

ライアンの低く押し殺した声に、皆が黙り込む。


シャロンが、柔らかながらも強い瞳でライアンを見つめて言った。

「あなたが本部に行くことになっても、私はここから動かないわよ。」


一角で男たちが小声で話し始めた。

まるで暇つぶしの井戸端会議のような、ひそひそ声だった。


「……なあ、ライアンの奴、嫁さんに見捨てられたぞ」

「単身赴任ってやつだな、哀れよな……」

「シャロンの気持ちもわかるからな。飯、酒、風呂、それに……」

「最近シャロンの奴、髪にやたらとこだわり持つようになったらしいぜ。リンス、三種も試したってよ」

「あいつ本部に行ったら、浮気でもするじゃねえか?」


ダグ、ドナルド、キーファー、デシンス、オズワルドの五人は、まるで悪戯を楽しむ子供のように、声を押し殺してクスクスと笑い合う。


――だが。


「……全部聞こえてるぞ!!」

ライアンの怒声が場を裂いた。

男たちがビクリと肩を跳ね上げ、慌てて距離を取る。


当のライアンは額に青筋を浮かべ、腕を組んで仁王立ちだ。

「俺が浮気なんかするわけねえだろ! 馬鹿かお前らは!!」


その怒鳴り声の直後――静かに歩み寄るシャロン。

落ち着き払った表情で、しかしその目だけが、獣のように鋭く光る。


「……浮気したら――殺すわよ?」


その一言に空気が一変する。誰もが凍りついた。


さらにシャロンは微笑すら浮かべ、続ける。

「安心して。その時は、私も一緒に死んであげるから」

背筋が凍るような甘い声に、ライアンの顔から血の気が引いていく。


「……ライアン、お前、幸せ者だな」

「ご愁傷さま」

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