連携
2日後の早朝。
薄暗い森の中で、一行は静かに準備を整えていた。
今回は新たに改良した装備を試す絶好の機会だった。
ブーツにはナイフが装着され、矢筒には仕切りが入り、矢の種類を分けて収納できるようになっている。
オスカーを除いた男性陣はリュックを背負い、荷物の分担がしやすくなった。
隊列を組み、慎重に歩を進める。先頭には盾を構えたジトーが立ち、その隣にシマが並ぶ。後ろには女性陣が一列に続き、その両側をロイド、ザック、クリフ、オスカーが固める。最後尾にはトーマスが盾を持って控え、その前にフレッドが立つ。
こうして縦長の隊列で進み、慎重に森の中を進んでいく。
道中、兎や鹿の姿を見かけることもあったが、行きの道中では狩らない。
獲物は帰り道で仕留めるのが鉄則だった。
森の隙間から陽が昇り始め、ところどころに光が差し込む。
今日は今まで訪れたことのないエリアに向かう予定だ。
深淵の森の家から歩くこと約二時間。
一行は目的の狩場に到着した。
シマがハンドサインを使い、狩りの開始を示す。
微風が右側から吹いている。
風上に立たないよう、右側へ移動することが決まった。
静かに隊列を変える。
最後尾にいたトーマスが先頭にまわり、同時にザックも前へ出る。
盾を持つジトー、トーマス、ザックが前衛となり、中衛にシマとロイドが位置取る。
女性陣とオスカーが横に広がり、一番右端にクリフ、一番左端にフレッドが配置された。
ジトーがハンドサインを送る。
前進開始の合図だ。全員が身を低くし、静かに進む。
足音を殺しながら、森の奥へと進軍していった。
進むこと十五分。
目の前に鹿の群れが現れた。三頭の鹿が木々の間で草を食んでいる。
シマはハンドサインを出す。
クリフとフレッドに向けて、鹿の風上へ回り込むよう指示を送った。
二人は音も立てずに森の奥へと迂回し、慎重に位置を取る。
彼らが鹿を追い込む役目を果たす間に、シマとサーシャはやや右前方に、ロイドとリズはやや左前方に移動した。
獲物がまっすぐジトーたちのほうへ向かうとは限らない。
横に逸れる可能性も考え、それぞれの持ち場で待機する。
息を潜め、鹿の動きを見守る。
三分後──。
鹿の耳がピクッと動いた。鼻がひくひくと震えている。
人間の匂いを嗅ぎ取ったのか、それとも野生の本能が危険を察知したのか。
一頭の鹿が突然、ジトーたちのほうへ猛然と駆け出した。
それに続き、もう一頭が飛び出し、やや遅れて最後の一頭も駆け出す。
ジトーたちのもとへ向かう鹿との距離が縮まる。
五十メートル──。
四十メートル──。
三十メートル──この距離なら、エイラたちが矢を外すことはない。
エイラ、ノエル、メグが放った太い矢が、先頭を駆ける鹿の首と胴体を貫いた。
鹿は悲鳴を上げる間もなく倒れ込む。
続けて、ケイト、ミーナ、オスカーの矢が、二頭目の鹿の胴体を貫く。
二頭目の鹿も足をもつれさせ、その場に崩れ落ちる。
最後の一頭が方向を変えるシマとサーシャがいる方向へ。
サーシャはすでに太い矢を番えていた。
「シュンッ!」
風を切る音とともに、サーシャの放った矢が鹿の首を貫いた。
鹿は苦しげに体をよろめかせる。
さらに──。
エイラ、ノエル、メグ、ケイト、ミーナ、オスカーの矢が一斉に放たれ、鹿の胴体を貫いた。
狩りは成功した。
三頭の鹿が地面に倒れている。
しばしの静寂のあと、一行は息をつき、互いに顔を見合わせた。
「見事な連携だったな」
ジトーが満足げに言う。
「矢筒の改良も役に立ったわね。すぐに二の矢を番えたし」
エイラが矢筒を撫でながら微笑む。
「よし、直ぐに処理するぞ。解体して持ち帰ろう」
シマの言葉に皆が頷く。
狩りの成功を喜ぶ間もなく、次の作業へと移る。
処理と解体作業を担当するのは、シマ、ロイド、ザック、クリフ、フレッド、ノエルの六人。
残りの仲間たちは周囲の警戒にあたる。
ここは森の奥深く、油断はできない。
シマたちは素早く手を動かし、太い蔓を使って鹿の足を括り、適当な木の枝に吊るした。
ロイドがしっかりと蔓を固定し、フレッドが鋭利なナイフで頸動脈を突き、血抜きを始める。
赤黒い血が流れ落ち、地面を濡らしていく。
慎重に血抜きを終えた後、内臓を取り出し、皮を剥いでいく。
この作業には手間がかかるが、3年半の間に培われた技術がある。
皆、黙々と作業を進めた。
警戒役の仲間たちも気を抜かない。
ジトーは森の奥へと鋭い視線を送りながら、槍を手にしていた。
ケイトは樹上に登り、高所から周囲の様子を窺っている。
エイラやミーナたちも弓を構え、何かあればすぐに応戦できる体勢だ。
ようやく作業が終了し、解体された肉をブロックごとに切り分ける。
剥ぎ取った皮は二枚重ねした大きな袋に詰め込み、持参した革袋の水で体についた血を洗い流した。
獲物の内臓はスコップで穴を掘って埋め、匂いが周囲に残らないよう土を厚くかぶせる。
全ての作業を終えた一行は、速足でその場を離れ、帰路に就いた。
昼過ぎごろ、ようやく家に到着。
しかし、家には入らず、そのまま川へ向かう。
長時間の作業で疲労が溜まっており、汗と血の臭いが体に染みついていた。
川辺に出ると、強い日差しが降り注ぎ、光が水面で揺れている。
鬱蒼とした森の中では暑さをそれほど感じなかったが、こうして開けた場所に出ると夏の陽射しの強さが際立った。
「ようやく一息つけるね」
ロイドが肩を回しながら言う。
「今回の狩りも大成功ね! お肉が大量だわ!」
エイラが満足そうに笑う。
「連携もうまくいったんじゃない?」
ノエルが弓を片付けながら言うと、ミーナもうなずいた。
「そうね。狙い通りに仕留められたし、分担も完璧だったわ」
ここに帰ってくるまで、狩りの最中はほとんど会話らしい会話がなかったせいだろうか。
女性陣たちはお喋りを始める。
シマはそれを聞きながら、日向に立つと暑さを感じ、思わず額の汗を拭った。
「ヒャッホーウ!!」
突然、歓声が上がる。
フレッドが服を脱ぎ捨てると、そのまま川に飛び込んだ。
「冷てえ! けど気持ちいいぜ!」
それを見ていた仲間たちが次々と川に飛び込む。
楽しそうに水しぶきを上げる彼らを見ながら、シマは少し呆れたようにため息をついた。
「おいおい、まだ皮のなめしが終わってないだろう……」
彼らにとって、皮の処理は重要な作業だった。
これをおろそかにすると、付着したマダニや獣脂が悪臭を放ち、使い物にならなくなってしまうのだ。
「やれやれ……」
そう思っていると──。
「えいっ!」
突然、冷たい水がシマの頬に飛んできた。
「ちょ、おま……!」
驚いて振り向くと、サーシャが楽しそうに笑っていた。
「アハハ! シマ、早く血を洗い流さないと臭いもね!」
「お前な……!」
サーシャがさらに水をかけてくる。
シマは慌てて避けようとするが、間に合わず、びしょ濡れになった。
「コイツ……やる気か!」
シマも川に飛び込み、仕返しに水をかける。
すると、それを見た仲間たちも一斉に水をかけ始めた。
「キャーキャー!」
「やったなー!」
「おりゃ~!」
「アハハハ!」
水の掛け合いは一気に白熱し、誰もが童心に返ったようにはしゃいだ。
狩りの疲れも忘れ、森の静けさの中、仲間たちの笑い声が響いた。
こうして、厳しい狩りを終えた彼らは、束の間の休息を楽しんだ。




