幹部会議5
大広間に静けさが戻り、ひと呼吸置いてから、シマが口を開いた。
「じゃ、次な。……今の村の現状を伝える。スーホ」
声をかけられたスーホは椅子から背筋を伸ばし、すぐに立ち上がった。
実直さがにじむその顔に緊張の色はない。
「はい!」
はっきりとした返答とともに、すでにまとめていた報告を滑らかに口にする。
「現在、牛20頭、鶏200羽、馬56頭を保有し、これらを30名の人員で管理・世話しています。今のところ、大きな問題はありません。」
一度息を整えて、少しだけ表情を引き締める。
「……しかし、これ以上家畜が増えると、手が回らなくなります。」
そこまで言ったところで、ロイドが手を軽く上げた。
どこか穏やかで優しい眼差しでスーホを見る。
「休みはちゃんと取れてるかい?」
その問いに、スーホはきちんと頷いた。
「7日に一回は、必ず取らせています。」
その場にいた数名が安堵したようにうなずく。
だが、その声を受けて、ノエルがやや思案顔で呟く。
「もう少し人員を増やして、余裕を持たせた方がいいんじゃないかしら?」
それにすぐさま反応したのは、眉をひそめるマックス。
「外部からそう簡単に移住させるわけにもいかねえしなぁ……」
腕を組み、渋い顔で続ける。
「この村には、知られたくねえ秘密がありすぎるからな。」
深く頷いたのは、隣に座っていたデリーだった。
「まったくだ。 うかつな移住者が漏らす一言で、全部パーになりかねねぇ。」
その言葉に皆が重く黙り込んだ空気の中、フレッドが気楽そうに口を開いた。
「となると……これ以上家畜は増やさねえ方がいいな。」
ふと手を挙げたトーマスが確認するように言う。
「ミルク、卵は不足ねえんだろ?」
それにエイラが即座に答えた。
「十分足りてるわ。……人員は、現状維持で頑張ってもらうしかないわね。」
その声に、リズが静かに同意を加える。
「……安易に人を増やせないのが、この村の難点ね。」
重たい結論が落ちたかに思えたその時、突然、場の空気をぶち壊すようにザックが声を上げた。
「だから言ってんだろ? 野郎どもにさっさと所帯を持たせりゃいいってよ。」
いつもの調子でふてぶてしく笑う彼に、数人が思わず吹き出しかける。
しかしマリアが頷きながら続けた。
「一理あるわね。村には20代の独り身の男たちがかなりいるわ……特にゼルヴァリア出身の男たちなんて。」
彼女の視線に、場の数人の視線もそちらに向けられる。
ティアが冷静に口を開いた。
「ゼルヴァリアでは、男女ともに“結婚”という形をとらないんです。」
その説明に、マルクが軽口を叩く。
「……死にたがりだもんな。」
場に小さな失笑が走ったが、すかさずドナルドが口を尖らせた。
「死にたがり言うな! “誇り”と言ってくれ。」
そして、ロイドがやや真面目な調子で呟いた。
「だけど、所帯を持つっていうのはいい考えだね。シャイン傭兵団の中で、言い方は悪いけど――特攻精神で戦う人っていないだろうし。」
その言葉に、ジトーが深く頷き、太い腕を組みながら言葉を添えた。
「無駄に死なせるつもりもねえし、俺たちも全力で守る。」
そして、ライアンが、真っ直ぐな視線をシマに向けた。
「……シマ、そのあたりはどう考えてるんだ?」
突然の指名に、シマは肩をすくめ、目を泳がせた。
「……男女のことについて、俺に聞くのかよ……。」
とたんに茶々を入れるようにザックが口を挟んだ。
「娼館から気に入った女がいれば引き取ればいいじゃねえか。」
だが、すぐさまデリーが渋い顔で懸念を示す。
「……秘密が漏れたりしねえか?」
しかし、シマは飄々と、ある意味で突き抜けた表情で笑ってこう言った。
「別にいいんじゃね? 漏れたら漏れたで、また新しいものを作ればいい。」
その豪胆な一言に、数人が目を見開いたが――
やがてユキヒョウが含み笑いを浮かべながら呟く。
「フフ……シマだから言える言葉だね。」
そこには、絶対的な信頼と理解があった。
一瞬の沈黙ののち、会議室には再び笑いが広がっていった。
まるで、この村にいるからこそ許される、非常識の中の信念のように。
「娼館から引き取ること、何なら家族ごと引き取ってもいいんじゃねえか?」
先に口火を切ったのは、クリフだった。
「引き取り料も全部シャイン傭兵団から出すんだよね?」と
即座にオスカーが問う。目は冗談めいているが、声色には確かな期待が滲んでいた。
「もちろんよ」
エイラがすかさず答える。書類をまとめた手を休め、当然といった風に頷いた。
「じゃあ、そのことは各自、団員たちに伝えて」
サーシャが一言。会議の進行に抜かりはない。
続いて、風呂や鞣し作業に関する報告がマークから上がる。
彼は一歩前に出て、手元の帳面を開いた。
「風呂の管理、清掃、そして鞣し作業についてですが、人員に不足はありません。全体的に余裕を持って作業できています。ただし、ひとつ問題が……」
マークは少し言葉を選びながら言う。
「女風呂の管理、清掃に非常に気を遣っております。女性団員がおらず、いささか頭を悩ませている状況です」
その言葉に会場がざわつく中、椅子に優雅に腰かけていたエリカが軽やかに手を挙げる。
「それなら、私の侍女たちを使ってちょうだい。タダで住まわせてもらってるんだもの。現状、手持ち無沙汰で居心地だって悪いでしょうから」
周囲から納得の声が上がり、マークも深々と頭を下げて礼を言う。
続いては炊事班のトッパリが前に出た。明るい声で報告を始める。
「えー、現在の食の主軸は、ハンバーガー、ホットドック、カツサンド、コロッケパン、フィッシュバーガー、たまごサンド、たまごコロッケパン、たまごカツサンドとなっております!」
「パンばっかじゃねえか」
誰かが突っ込むが、すぐにトッパリが続けた。
「いえ、それがですね、お手軽に食べられて、しかも手間がほとんどかからないんです。おかげで炊事班の団員たちにもだいぶゆとりができまして。結果、今は非常にいい環境です。問題はありません!」
「おい!シマ!なんだよその“フィッシュバーガー”?“たまごサンド”?“たまごコロッケパン”?“たまごカツサンド”?ってよ!知らねーぞ俺!」
前のめりに身を乗り出し、目を輝かせたのはフレッド。
シマは口角を上げて笑った。
「お前たちがいない間に出来た新作だ」
「すっごく美味しいのよ!」
エリカが嬉しそうに頬を押さえる。
「…ずりぃーぞ、お前らだけ美味いもん食いやがって…トッパリ、今日作ってくれ!」
「了解です!」
トッパリは敬礼して見せた。
次に前に出たのは建築班のバナイ。
「現在、個人宅は37棟、そのうち30棟が使用中。バンガローは15棟、そのうち14棟が使用されています。内訳は、10棟が寝泊まり用、ヤコブさん専用が1棟、ワイン作りに1棟、エール作りに1棟、裁縫仕事に1棟。倉庫が5棟、氷室小屋が1棟、そして集会場がこの場所。現在、宿と宿用の厩舎を建設中です」
資料を見ながらバナイが補足する。
「また、弓矢の製作も進行中です。提案ですが――氷室小屋をもう二つか三つ増設するのはどうでしょうか?」
会場内から賛成の声が次々に上がり、拍手混じりに「可決!」とサーシャが言うと、バナイは軽く頭を下げて席に戻る。
次に立ったのは燃料関連担当のカノウ。
「木炭、タドン、お酢、レンガ、リンス、石鹸、それにゲルの防水加工。…人手が足りませんが、手が空いてる者らが随時手伝ってくれてるおかげで、なんとかなってます」
「帰還した団員たちを当面はそっちに回してくれ」
ジトーが補足し、カノウは小さく頷く。
最後に前に出たのは、子供見守り隊のドウガク。
「現在、10歳以下の子供は32人。赤ん坊も含んでます。見守り隊は12人。特に問題はありませんが……少々元気が良すぎましてな。目が離せませんわい」
会場には笑いが広がった。誰もが子供たちの顔を思い浮かべていた。
元気すぎるというのは、何よりの報告でもあった。
こうして村の日常の報告は、温かさと活気に包まれながら一通り終わった。
各部門がしっかり機能しており、皆が協力しながら支え合っている様子が、会議場にいた全員にしっかりと伝わっていた。
大広間の空気が、次第に引き締まっていく。
シマが少し姿勢を正し、場を見渡して口を開いた。
「……これから、この村の“指針”を示す」
その言葉に、皆が静まり返る。
自然と視線をシマに集中させる。
彼の声は淡々としながらも、どこか確かな芯を持って響いた。
「この村を――交易の中継点にする。ノルダラン連邦共和国と、ダグザ連合国。まずはシンセの街と、スレイニ族とで、活発な取引を開始する。いずれは……この地で、両国の品が行き交うようになる」
言葉が着実に積み重なり、村の未来図が輪郭を持ち始める。
「当然、取引された品には“税”をかける。少しでも売買が発生すれば……こちらに金が落ちる仕組みだ」
それを聞いて、エイラがにっこりと笑う。
だがその笑みには、明確な“商人の目”が宿っていた。
「フフフ……つまり、売買するだけでお金を落としていくわけね。そのためには、“ここに滞在”させる仕組みが必要だわ。素通りされては困るもの」
「商人が“安心”して取引できる場所とは何だと思う?」と、シマが尋ねる。
「治安がいいこと、それが絶対条件ね」と即答するエイラ。
「だろうな。で、滞在させるにはどうする?」
エイラは一瞬思案した後、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「この地でしか手に入らない“目玉商品”が必要ね。他国にはない“料理”、特産の“酒”、そして……“娯楽”。遊ぶ場所もあれば、商人たちは自然と足を止めるわ」
「クククッ……」
「フフフ……」
シマとエイラが同時に笑い出す。
謀を練る者特有の静かな笑いに、空気がぞわりと揺れる。
「……な、なんなんだよ、お前ら……!」
ベガが恐る恐る呟く。
そのとき、エリカがすっと手を挙げた。
「……ねえ? どういう名目で税を取るの?」
「残念だが、お前には教えられねえ」
シマがあっさり答える。
「侯爵家の娘だから、ってことかしら?……他言しないと誓っても?」
「……フゥ~……まあ、いいか。教えてやる」
そう言って、シマは腰を下ろし、ゆっくりと語りはじめた。
「“品目課税”だ。例えば、リンゴ1個――1鉄貨とするなら、その1%……つまり、“0.01鉄貨”を税として取る。100個売れれば“1鉄貨”がこちらの収入になる」
「……ふぅん、少ないようにも思えるけど?」
エリカが目を細めて尋ねる。
「いいや、そうはならねぇ。商人がわざわざこの地まで来て、リンゴだけを取引するなんてこと、ありえねぇからな。食料、家畜、布、道具、酒、薬草、香料――そういった取引全体から“ちょっとずつ”税を取る。気づけば莫大な金になる」
「なるほどね……」
エリカは感心したように小さく頷いた。
シマはさらに続ける。
「それだけじゃねぇ。“仲介手数料”ってやり方もある。本来は、土地や家の貸し借りに使われる言葉だが――売り手と買い手の“間”に立って、交渉を仲立ちすることで、契約の成立を円滑に行う。そして、“取引成立時にのみ”報酬を受け取る。それが成功報酬ってやつだ」
「契約前に、事前の報酬を取り決めておくのも、大事ね」とエイラが補足する。
シマは頷いた。
「成功率を高め、商人がまた来たいと思うような仕組みを作る。それが、この村が――いや、俺たちが目指す“商業中継地”としての未来だ」
一瞬の沈黙。
だが、そのあとの空気は確実に変わっていた。
真剣な目をするロイド、感心した様子のライアン、そして口笛を吹きながら「面白え」と呟いたオズワルド――
その場にいた誰もが、すでにただの“村”ではなく、“国を跨ぐ商業の要”のイメージを、確かに描き始めていた。




