幹部会議2
シマとキョウカの“鍛鉄”にまつわる会話が静かに終わったかと思ったそのとき――
ぽりぽりと頭をかくような仕草で、フレッドが口を開いた。
「なあ、シマ? キョウカのとこの作業場を、ちょいと覗かせてもらったときさ……灼けた鉄をガンガン叩いてる弟子たちを見たんだよ。アレって“タンテツ”じゃねぇのか?」
その素朴な疑問に、周囲の視線が一斉にキョウカに集まった。
だが彼女は首を横に振り、落ち着いた口調で答える。
「――違うわ。あれはね、鋳型から取り出した鉄を再加熱して、バリを取ったり、刃の形を整えたりしてるのよ。ただ叩いてるだけ。中身は変わらない」
フレッドが「へぇー」と唸る横で、トーマスが首をかしげながら言った。
「でもよ、……キョウカの親父さん、確か“タンテツ”って言葉、知らねぇって言ってたよな?」
キョウカは小さく頷いた。
「ええ、知らなかったはずよ。少なくとも、私が聞いた限りでは」
そこへユキヒョウが、何かを悟ったようにふっと目を細め、静かに言葉を差し挟んだ。
「……経験則じゃないかな。長年積み重ねた感覚で、結果として近い技術にたどり着いていたんだろう」
「それに、探求心もあったんだろうね」とロイドが続ける。
「どうすればもっと強く、折れにくい剣を作れるか。理屈じゃなく、手と感覚で探っていったんだろう」
静かにうなずく者もいる中で、シマがふと視線をキョウカに向ける。
「キョウカ、親父さん……“泥水”を使ってたか?」
「……泥水? 何それ。そんなもん、鍛冶場にはなかったわよ?」
「……そうか。やっぱり鍛鉄そのものは、知らねえみてえだな」
「泥水なんて、一体何に使うっていうの?」
「泥水に含まれる土や鉱物の粒で、刃を急冷するんだ。水よりも緩やかに冷やせるし、性質も変わる。そういう工夫が必要になる技術なんだよ、鍛鉄ってのは」
キョウカは言葉を失ったように黙り込み、やがてぽつりと問いかける。
「……シマ……あんた、何者なの……? なんでそんなことを知ってるの……?」
その疑問に、先に反応したのはベガだった。
勢いよく立ち上がり、腕を組みながら唸るように言う。
「おいおい! こいつはたまげたぜ……とんでもねえ奴だな、まったく!」
その言葉に、ワーレンも苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「……ど、どこでそんな知識を……おっそろしくなってくるな……!」
シマは何も言わず、ただ口の端を少しだけ上げて、からかうような笑みを浮かべていた。
そこに、ダグとマルクが笑いながら茶々を入れる。
「だから言ったろ? 一々驚くなって!」
「いや、お前さっき思いっきり驚いてたじゃねぇか!」
「うるせぇ! 俺の驚き方はオシャレなんだよ!」
笑いが起こる中、ギャラガが腕を組みながら、重い口を開いた。
「あいつの言動には慣れてる俺たちでさえ、これは衝撃的な話だ。……恐ろしくなるのも、無理はねぇ」
彼の言葉には一同が頷く空気があり、重みがあった。
そして、その空気の中でふわりと笑みを浮かべたのはエリカだった。
「……シマ、あなたにはますます興味がわいてきたわ。今度、ゆっくりお話しさせて?」
彼女の目には、好奇と敬意、そしてどこか危うい魅了が宿っていた。
話の流れに鋭く切り込むような声が響いた。
「だが……まだそれだけじゃねえんだろ?」
そう問いかけたのはクリフだった。
眉間にしわを寄せ、どこか核心を突く目をシマに向けている。
シマは肩をすくめ、少しばかり居心地悪そうに鼻を鳴らすと、天井を見上げて呟いた。
「まあな……」
そして、ほんのわずかだけ口元に苦笑を浮かべながら、ぽつりと付け加える。
「……でも確証はねえ。おぼろげな知識だけはあるが……腕がねえ。作ったこともねえし、鍛冶なんてやったこともねえ」
その言葉に、場がほんのりと和らぐ――が、すぐに別の男の声が鋭く入る。
「いつものことだな。聞かせろよ」
ジトーだ。口元に皮肉っぽい笑みを浮かべながらも、その目には真剣な色が宿っている。
その瞬間、大広間の空気がピンと張り詰めた。
ざわついていた場も一斉に静まり、誰もがシマの言葉に耳を傾ける。
シマは深く息を吸い、吐いた。そして言葉を選びながら話し始めた。
「……材料に、“玉鋼”ってもんを使うらしい」
「タマハガネ?」と小さな声が漏れる。
「炭素が多けりゃ、硬くなる。逆に炭素が少ねえと、軟らかくなる……だったかな。俺も正直“炭素”ってもんがよく分かってねえ。でも、そういう違いがあるらしい」
言いながら、どこか不安げに天井を見たが、また視線を前に戻し、話を続ける。
「“玉つぶし”って作業で、玉鋼を板状にする……“小割り”だったか? 小さく割って断面や色を見るんだ。そこで質を見極める」
「目で見てわかるのか……」
ワーレンがぽつりと呟いたが、すぐ黙った。
「そんで、質を揃えた玉鋼を、くっつける作業があってな。そこで“泥水”を使う。……空気に触れさせねえようにするのか、不純物ができねえようにするのか……正確な理屈はわかんねえけど、たぶん、そうだ」
シマは語りながら、空想の中で鉄を操っているように、ゆっくりと両手を動かす。
「それから、“折り返し鍛錬”ってのがある。……何度も何度も、重ねて叩いて鍛える。そうすると内部の構造が整って、強度が上がるらしい」
一同、息を詰めたように聞き入る。
「そして……“甲伏せ”。鉄をU字に変形させて、その中に“心鉄”っていう柔らかい鉄をはめ込む。三枚合わせってやつかもしれねえな……それを一緒に熱して、ハンマーで叩いて一体化させていく」
「その“心鉄”ってのが……軟らかい鉄?」
誰かが呟くと、シマがうなずく。
「そうだ。折れねえようにな。全体が硬けりゃ、折れる。芯が軟らけりゃ、しなって折れにくくなる」
誰もが黙り込む。シマは続ける。
「そっから細長く形を整えて、また熱して、叩いて、少しずつ剣の形にしていく……」
そして、少しばかり目を細めて、遠くを思い出すように語る。
「そういや、“波紋”ってのがあったな。美しい模様になるやつ……“土”を塗るんだったかな。濃く、厚く塗ったところは冷めるのが遅くなって、柔らかくなる。薄く塗ったところは早く冷めて硬くなる……それで、切れる刃と、折れない背を作る……だったか」
「……それから“焼き入れ”だ。熱した剣を一気に水につける。そこで刃が一気に硬くなるんだろうな……」
そして、最後にゆっくりと口にする。
「最後に……“研ぎ”だ。どれだけ美しく整えられるか、それが最後の勝負なんだろう」
息を飲む音が、あちこちで聞こえた。
沈黙が落ちる中――その重さを軽やかに破ったのは、デシンスだった。
「ティア、記録してるな?」
パッと手を挙げ、満面の笑みで応えるのはティア。
「ばっちりよ、お兄ちゃん!」
ヤコブが、ちらりと後方に視線を動かす。
キジュとメッシ――ぴたりと筆を止めると、うなずいた。
まるで忠実な書記のように、見事に記録を成していたのだ。
ヤコブは満足げに微笑む。
「ふむ……完璧じゃな。あとは、この知識をどう生かすか、じゃ」
その言葉に、皆の視線が再びシマに向く。
静まり返った大広間に、ひときわ緊張した気配が走った。
ふいに、喉が鳴る音が聞こえる。つばを飲み込む、乾いた音。
その発信源は、先ほどから目を輝かせて聞き入っていた――キョウカだった。
彼女は目を丸く見開きながら、少し震える声で問いかけた。
「……そ、その、できた剣は……なんて言う名なの?」
しばし沈黙。
シマが目を細め、過去の記憶の霧の中に探りを入れるように、低く呟いた。
「……カタナ、だったか? いや、そうだ、間違いねえ。刀だ」
その言葉に、空気がはっきりと変わった。
「……カタナ……?!」
ざわっと波紋のように揺れる反応。
とくに驚きを隠せなかったのは、帰還組の者たち――ロイド、トーマス、フレッド、ノエル、リズ、そしてユキヒョウやマリアたちだった。
「カタナ……本当に……」
ロイドが小さく呟いた瞬間、隣のサーシャが訝しげに彼を見つめて首を傾げる。
「どうしたの、ロイド? そんなに驚いて……」
一瞬の沈黙。
ロイドは何か言おうと口を開きかけ、しかしすぐ口をつぐんだ。そして、静かに笑って言う。
「……あ、うん。あとで、ちゃんと説明するよ」
「……そう?」とサーシャは小首を傾げたまま、それ以上は追及しなかったが、気になるという表情を隠せなかった。
場の中心では、シマが腕を組み、ゆっくりと視線をめぐらせる。
「……できるかどうかはわからねえ。材料があるのかも知らねえ。だが――挑戦してみる価値はあるだろ?」
その言葉は、大広間に一陣の風のように吹き抜けた。
その瞬間、パチン!とキョウカの手が鳴った。
その瞳に、情熱の炎が宿っている。
口元にはいたずらっぽい笑み、だがその奥にある闘志は本物だった。
「……いいじゃない!!」
一拍置いて、笑う。
「フフフ……あははは! 鍛冶職人としては黙ってられないわ!」
言葉と共に立ち上がり。
「やってやろうじゃない!!」
彼女の声に、部屋の空気が少し震える。
静かな場が、希望と期待の熱で満ちていく。
ユキヒョウが口を開いた。
「……シマ? その“カタナ”とは、どういった特徴があるんだい?」
静かでいて鋭い声。好奇心と戦士としての本能がにじむ。
シマは首をかしげるようにしながら答えた。
「ん〜……俺も詳しくは思い出せねえんだがな……」
彼は腰の剣をちらと見やり、言葉を探すように続けた。
「今使ってる剣は“叩き切る”剣……だとしたら、“斬る”ことに特化した剣とでも言えばいいのか。柔らかく、しなやかで、鋭くて……」
彼は苦笑して頭をかいた。
「……けどな、実物を見たこともねえ。正直、わかんねえなぁ……」
その言葉に、グーリスが。
「できてからのお楽しみだな。キョウカには期待してるぜ」
その一言に、キョウカはにっこりと笑い、拳をぐっと握る。
「期待して待ってなさい! たとえ“タマハガネ”?っていう材料がなくても、さっき聞いた技法でいろいろ試すわ!」
その声は明るく、大胆で、自信に満ちていた。
部屋の誰もが、その熱量に引き込まれていた。
誰かが一息ついたような間が生まれたその時、ジトーが声を上げた。
「それじゃ、今度こそ移動してもらって……次の話に移るか」
その中で、誰よりも早く動いたのはキョウカだった。
彼女は自分の椅子をガタッと引き、勢いよく立ち上がると、子どものような笑顔を浮かべてそのまま駆け出した。
椅子を片手で器用に抱えながら、その軽やかな足取りは、まるで祭りの出店に向かう少女のようだった。
目指す先――それは、既に隣同士で座っていたノエルとリズのもと。
キョウカは一直線にそこへ突っ込み、二人が驚く間もなく、その肩に片腕ずつ抱きつくような勢いで叫んだ。
「私たち、運命の出会いだったのよっ!!」
ノエルとリズは「えっ?」と一瞬目を見開くが、次の瞬間には声を上げて笑っていた。
キョウカは二人の間にスルリと椅子を滑り込ませると、まるで元からその場にいたかのように自然に腰を下ろす。
「……ここが一番落ち着くわ」
いたずらっぽく笑うキョウカ。
リズは呆れたように笑いながら「まったくもう……」と肩をすくめ、ノエルは「ふふっ、元気だなぁキョウカさん」と小さく笑った。
周囲もその和やかさにつられて、肩の力を抜くように空気が緩む。
その一方で、右側の列ではベガとワーレンが立ち上がり、椅子を静かに持ち上げて動き始めていた。
背の高いベガがひと足先にゆっくりと歩き出し、ワーレンは彼の後に続く。
ベガは一度だけ視線を巡らせ、空いている席の位置を確認すると、無駄のない動きで右列の二人分の空間へと座を取った。
ワーレンもその隣に腰を下ろすが、ふとキョウカたちの騒がしさを見やり、小さく苦笑する。




