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光を求めて  作者: kotupon


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295/452

幹部会議

夜が更け、シマたちが引き揚げたあとの三棟には、ぽつぽつと灯りがともりはじめていた。

宴の喧騒は遠ざかり、代わりに夜風の音と、慣れない静けさが家々を包み込む。


◆28号棟 ― ワーレンとソフィア

二人きりになった玄関先で、ワーレンはまだどこか所在なげに立ち尽くしていた。


「……ふぅ」ソフィアがそっと深呼吸する。


木の床を踏みしめて中へ入ると、薄明かりに照らされた簡素ながらも温かな空間が広がっていた。

小さなリビングの奥に三つの扉が並び、正面には手作りの窯と小さな棚。

素朴だが整った台所。


「……これが、俺たちの家……」

ワーレンはぽつりと呟いた。

嬉しい、だが信じられない。


ソフィアはそんな彼の手を静かに握った。

「ワーレン、ここでまた一緒に暮らせるのね」


彼女の目には微かに光るものが浮かび、それを見てようやくワーレンの表情も和らいだ。

「……ああ、ここが俺たちの家だ」


◆29号棟 ― ハイマン、カミラ、クララ


扉が閉まると、クララがぱっと駆け出した。

「見て見て! 本当に広いよ! 部屋が三つもあるよ、母さん!」


リビングを走り回る娘の姿を目で追いながら、カミラは穏やかに笑った。

「この窯、いいわね。焼き菓子も作れそう」


対してハイマンは、玄関に荷を下ろしたまま身じろぎもしなかった。

「……なんだか、落ち着かねえな」

その呟きには、安堵と不安が入り混じっていた。

「これ、ほんとに俺たちが住んでいいのか……?」


それでも、カミラがそっと彼の背中を押した。

「いいんじゃない……あまり深く考えても仕方ないわ」


クララがリビングから手を振る。

「お父さんも来て! 部屋、どこがいい?」


その声に、ハイマンは思わず吹き出した。

「……そうだな。クララの隣の部屋にしとくか」


初めての「家族の城」。

そこに灯った灯火は、穏やかに揺れていた。


◆30号棟 ― ゲルハルト、ビアンカ、ヒルダ、ビリー


ゲルハルトは、窯の前でじっと立ち尽くしていた。

指先が震えているのを、自分でも自覚していた。

「……本当に、こんな立派な家に……私たちが、住んでいいのか……?」


彼の言葉に、後ろから娘ヒルダの声が返る。

「いいに決まってるよ、パパ。だって、団長さんが“家族”だって言ってくれたじゃない」


ビアンカはさっそく荷物を解きながら、そっと笑う。

「この間取り、ちょうどいいわ。ヒルダとビリーでひと部屋、私とゲルハルトでもうひと部屋」


ビリーが裸足で床を踏みしめながらリビングを走り回り、天井を見上げては声をあげた。

「シャイン傭兵団めっちゃ 太っ腹じゃね?!」


ゲルハルトは黙って天井を見上げると、大きくひとつ、深呼吸した。

体中に染み込んでいた緊張が、ゆっくりとほどけていくのを感じる。

「……よし、ビリー。明日は薪を割って、まずはこの窯でパンを焼いてみるか」


「父さんのパン?!楽しみ!」


それを聞いてビアンカも笑みをこぼし、ヒルダは小さく頷いた。


夜風が窓を鳴らすなか、静かに、しかし確かな「家族の鼓動」が生まれ始めていた。

その三棟にともる灯は、まるで希望の灯火のように、長く、温かく、夜を照らしていた。



午前九時、朝の光が大広間の高窓から差し込み、温かな金色が木製の長卓と床を照らしていた。

その中央には、壮麗な「コの字」型の会議席が整然と設けられ、幹部たちが静かに着席している。

いつもと違う張りつめた空気の中に、幾ばくかの高揚と期待――まるで新たな時代の胎動のようなものが感じられた。


正面中央、最も視線を集める位置には――


シャイン傭兵団 団長・シマ

その右隣には、 副団長ジトー


さらにその右に、団長補佐 サーシャ、クリフ、ロイドと続きザック、トーマス、フレッド、オスカー。


シマの左隣にはシャイン商会 会頭・エイラ、副会頭・ミーナ、ケイト、ノエル、リズ、メグ、ヤコブ。

ヤコブの後ろに控えるのは補佐兼弟子のキジュとメッシ。

時折囁くようにやりとりを交わしていた。


その傍らには、特別使節としてブランゲル侯爵家の娘・エリカ


右側席列には、各戦闘部隊の指揮官たちが重厚に並ぶ。


灰の爪 隊長・ギャラガ、氷の刃 隊長・ユキヒョウ、鉄の掟隊 隊長・グーリス、マリア、ダグ、デシンス

、ライアン、オズワルド、ドナルド、キーファー、デリー、ルーカス、マックス。


また、右列後方には、シャイン商会会計・シャロンが帳面を抱えて控え、薬学を学ぶティアが真剣な面持ちで前を見つめていた。


左側席列は、生活基盤を支える縁の下の力持ちたち。


風呂と皮なめし作業の三隊長――マーク、アーベ、ズリッグ


動物世話隊の三隊長――スーホ、リットウ、ノーザ


炊事班・両班長――トッパリ、コーチン


建築班・両班長――バナイ、ガディ


燃料関連三班長――カノウ、コウアン、テンメイ


子供見守り隊長――ドウガク、ヨーク


そして、中央の席には、新たに迎えた三名がシマと向かい合って並ぶ。


鍛冶師・キョウカ、情報屋兼鑑定士・ベガ、元王都特別監察官・ワーレン。


全体を見渡せば、それぞれに異なる役割、異なる過去を持ちながらも、

今ここに集う者すべてが、「シャイン傭兵団」という一つの旗のもとに並び立つ仲間、家族であった。


静寂の中、シマがゆっくりと立ち上がると、広間の空気が一変する。

集う面々は自然と姿勢を正し、彼の言葉を待った。


「――新たに、キョウカさん、ベガ、そしてワーレンを幹部としてシャイン傭兵団に迎え入れる」


その一言で、会場の視線が中央に集まる。控えめに立ち上がるキョウカ、ベガ、ワーレン。

彼らの表情には緊張と決意が入り混じっていた。

キョウカは背筋を伸ばし、どこか職人気質な静けさを湛え、ベガは口元に僅かな笑みを浮かべながら冷静に周囲を見回す。

ワーレンは戸惑いを隠せずにいたが、静かに頷いた。


「キョウカさんは鍛冶師として、この拠点の工房と鍛造環境の整備に加え、戦闘部隊の武具維持を担ってもらう」


言葉に呼応するように、一同が小さく頷き、真剣な眼差しでキョウカを見る。

シャイン傭兵団の武器を扱う者たちにとって、信頼できる鍛冶師は戦場の命綱だ。


「ベガとワーレンには、諜報および情報部隊を任せるつもりだ。いずれも独立隊として運用する」


その言葉に、ギャラガ、ユキヒョウ、グーリスたち戦闘部門の隊長が互いに目配せをしながら頷く。

彼らもまた、諜報の価値を理解していた。


しかしすぐに、フレッドが腕を組み、問いかける。

「任せるのはいいんだけどよ、人員はどうするんだ?」


「グーリスたちの部隊はいま11~12人で構成されている。そこから割いて、ベガとワーレンに回す。基本方針としては一部隊10人を維持する」

即座にシマが応じる。


「5人ずつ預けたとしても、10人には届かねぇよな?」と、ザックが指摘する。


「鉄の掟本部には30人いるだろ」

ジトーが前に出て言葉を継ぐ。

「ダルソンとキリングスにはそれぞれ10人率いてもらうとして、残りの10人をベガとワーレンに預ければ、バランスはとれる」


フレッドは腕を組んだまま頷き、「まあ、それなら納得だ」と短く呟く。


「もちろん、適性は見極める」

クリフが口を開く。

「無理にやらせるようなことはしねぇ。情報や諜報に興味を持つ奴、素質があると判断される者を優先的に回す」


その言葉に、場内の空気は再び引き締まる。

己の役割を意識する者、興味を示す若者たちの視線が、ベガとワーレンに向けられる。


「ここにいる皆には今さら言うことじゃないけど」――エイラが口元に笑みを浮かべながら言葉を添えた。

「正確な情報っていうのは、時として金よりも価値があるわ」


その言葉に、シャロンが頷き、ヤコブが目を細める。

ザックとオスカーは無言でうなずき、デリーとライアンも真顔でそれを受け止める。


静かに、だが確かな重みと熱をもって、幹部たちの視線が新たな三人に注がれた。

キョウカ、ベガ、ワーレン――この瞬間、シャイン傭兵団の中核に新たな風が吹き込まれたのであった。


幹部会の張りつめた空気が一段落しかけたころ、静かに手が挙がった。


それは、鍛冶師キョウカだった。

鋭い眼差しで全体を見渡したキョウカは、淡々と、だが明瞭な声で言った。

「団長のあなたに“さん”付けで呼ばれるのは……ちょっと、気が引けるわ」


広間に一瞬の沈黙が走る。


「私をキョウカ“さん”と呼ぶのは、年下の人たちだけでいいの。役職付きの人や年上の人たちは遠慮しないで“キョウカ”って呼んで。年下の人たちはちゃんと“さん”付で呼ぶのよ。職人の世界ってのはね、上下関係に厳しいんだから。シャイン傭兵団では新参者だけど――私の機嫌を損ねたら、武具の修理をしてあげないわよ?」


そう言って唇の端を軽く吊り上げたキョウカの言葉に、女性陣から一斉に拍手と歓声が上がった。


「さすがキョウカさん!」

「もっと言ってあげて!」

「女だからってなめると痛い目に合うってこと、分からせてやって!」


一方の男性陣――一様に苦笑いを浮かべながら、肩をすくめたり、口元を覆ったりしていた。

ユキヒョウも腕を組みつつ、面白そうに頷いている。


続いて手を上げたのは、ベガだった。

椅子に座っていた彼は、さりげなく立ち上がると一礼もせず、少し口角を上げて言った。

「いきなりの大役だけどよ、成果は――キッチリ上げるぜ」


その自信に満ちた一言に、あちこちから声が上がった。


「頼もしいじゃねえか!」

「ほ~う、言うねぇ!」

「口だけじゃねえところ、見せてくれよ!」


ライアンが腕を組んで「おもしれえ男だ」と唸るように言う。


三人目に手を上げたのはワーレンだった。

一歩、前に出ると、低い声で話し始めた。

「人を使うにあたって、不安はあるが……そこは、上手くやってみせる。……ただ、ちょっと聞きてぇんだけどよ――税って、どうやって納めりゃいいんだ?」


思いがけない問いに、広間に笑いが漏れた。


すぐさま、シマが静かに答える。

「この村は運命共同体だ。村の住人からは税は取らねぇ……その代わりに、仕事をしてもらう」


それに続くようにミーナが前に出て、優しく微笑みながら補足する。

「仕事はいくらでもあるわ。得意なこと、興味のあることを教えてくれたら、そこに回すようにするわ」


メグもまたにっこりと笑って言葉を添える。

「やりたくないことは無理にさせないから、安心して」


「衣食住は完璧だぜ。心配はいらねえ」

トーマスが豪快に胸を叩くように言った。


ワーレンは少し戸惑いながらも、静かに「了解だ」と頷いた。


「後でマントとブーツを支給するわ」

言うサーシャの言葉に、ベガが反応する。

「それは嬉しいな! あれだろ? 濡れない、沁みこまないってやつ」


「ええ、そうよ。ソフィアたちの分もちゃんと用意してあるから」

ケイトが穏やかに返す。


新たに加わった三人が受け入れられたこと――そしてこの村の理念と団の温もりが、静かに全体に浸透していく瞬間だった。


ジトーが椅子から立ち上がり、手を叩いて言う。

「それじゃ――席を移動してもらうか」


それを制するように、鋭く凛とした声が響いた。

「待って!」

その声の主はキョウカだった。

彼女は少し前のめりになりながら、真っすぐシマを見つめていた。

「団長さん、ひとつ……聞きたいことがあるわ」


シマは一瞬目を細め、それから柔らかな笑みを浮かべる。

「ん? なんでも聞いてくれ……って、その前に“団長さん”はやめてくれ。俺のことは“シマ”って呼んでくれよ」


キョウカは軽く瞬きをして、それから静かに頷いた。

「……わかったわ。シマ」


そしてそのまま、声を少し潜めながら続ける。

「――鉄を鍛える技法があるって、聞いたんだけど?」


その言葉に、場の空気が一変した。

幹部たちは顔を見合わせ、ざわざわとしたざん新のざわめきが広がる。


それを見て取ったシマが、軽く右手を上げる。

たったそれだけで、全員が息を潜めたように静まった。


鍛鉄たんてつのことか」

低く、しかし明瞭に言ったシマの言葉。


「……今、武具を作ってるやり方ってのは、鋳型に鉄を溶かして流し込むやり方だよな?」


「……そうよ」

キョウカが静かに答える。

彼女の視線は鋭く、完全に職人としての顔だった。


「俺たちが今使ってる武器なんだが……あれ、キョウカの親父さんに作ってもらったもんだ」


「聞いてるわ」


「だが、ここからは――俺の憶測だ。確証はねえ。でもな……鋳型に流して作ったってのは間違いねえが、たぶん――“軟鉄”が混じってるんじゃねぇかと思ってる」


その一言に、キョウカの表情が強張る。

「……ど、どういうことよ……そんなこと、お父ちゃんに教わってないわ!」


シマは眉をひそめることなく、逆に穏やかにうなずいた。

「……自分で気づけってことかもな」


その静かな言葉が、キョウカの胸を衝いたようだった。

彼女は拳を膝に握りしめたまま、目を伏せる。


そこに、ヤコブが手を上げて声をかけた。

「ふむ……シマよ、その“軟鉄”というものを、どうやって組み合わせるのじゃ? 組み合わせたら、どう変わるのかのう?」


知識欲に満ちたその問いに、シマは少し唸って考えをまとめるように口を開いた。

「鍛鉄ってのはな……硬い鉄と、柔らかい鉄を組み合わせて打ち鍛えるんだ。溶かして混ぜるんじゃなく、重ねて叩いて、一体化させる。焼き入れの温度、炭素の量、叩く順番――全部が命だ。そうすることで、芯が折れにくく、刃だけが鋭くなる」


「なるほど……まるで、表と裏、陰と陽のような仕組みじゃのう……」

ヤコブが感嘆したようにうなる。


シマは続けた。

「しかも鍛えてるうちに、不純物が叩き出される。何度も何度も叩いて、真に使える鉄だけが残る――そういう仕組みだ」


キョウカは完全に目を見開いていた。

唇を震わせながら、ぽつりとつぶやく。

「……そんなの、知らなかった。教えてほしかった……けど、きっと、そうじゃないのよね。自分で気づいて、追いついて、超えろって……そういうこと、なのよね」


彼女の目に宿ったのは驚愕と、職人としての情熱。

場は静かに、しかし確実に、熱を帯び始めていた。

キョウカの問いと、シマの答え――それは、この村のものづくりの根幹を揺るがす第一歩になるのかもしれなかった。

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