表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を求めて  作者: kotupon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

291/453

宴の始まり

長机から少し離れた一角、そこには見事なまでに甕がずらりと二十個も並べられていた。

それぞれ大ぶりで厚みのある陶器の甕には、蓋がわりに編み込んだ藁の輪が乗せられており、中を覗けばぎっしりと詰まった雪の白さが目にまぶしい。


甕の傍らには、小ぶりで底が深く、薄い銅板で丁寧に作られた杯が積まれている。

団員たちはそれぞれに好みの酒を汲み取り、杯を甕の中でクルクルと回す。

その動きはまるで茶道のように静かで、しかし何とも珍妙に映る――初めて見る者には。


ベガ、ワーレン、ハイマン、ゲルハルト――この四人は冷えたエールを一口、喉へと流し込んだ瞬間、動きを止めた。

「…」

「……」

「…………」

「………………えっ?」


誰かが言葉を発する前に、全員の表情が変わる。

衝撃。疑念。崩れ落ちそうな感動。

今まで飲んでいた、ぬるいエールは何だったのか。

これは…同じエールなのか…?常識が、舌の上で静かに、しかし確実に打ち砕かれる。


そして――

「……美味い!!」

ハイマンが叫んだ瞬間、彼の頬を一筋の涙が伝った。

「…生きてて、良かった……!」


その声が震えていたのは、感動のあまりか、冷たさのせいか。

だが次の瞬間、彼はぐっと立ち上がり、杯を高く掲げた。

「美味いぞ!!!」


「いいぞ親父!!」

「それが本当の酒だ!」

「飲め!飲めぇ!!」


団員たちの歓声が一斉に響く。

笑いとどよめきと拍手の入り混じる中、ハイマンは隣のワーレンの肩をがっしりと掴み、熱い目で言った。

「ワーレン!よくぞ王都を出る決断をしてくれた!間違いではなかった!!」


「さすがは婿殿だ!英断だったな!!」

ゲルハルトが満面の笑みで続く。


ワーレンはと言えば、目の前の冷えた酒と、周囲の熱気と、自分の内なる揺れに少し呆然としながら、ぽつりと漏らす。

「……いや、一番驚いてるのは、俺自身かもしれねぇ……」


彼の隣で、ベガも眉をひそめたまま杯を見つめ、言った。

「……眉唾物かと思ったけどよ……実際飲んだしな……それに数々の見たこともねぇ料理……どれもこれも美味そうじゃねぇか!」


すかさず団員のひとりが言葉をかぶせる。

「美味そうじゃねぇんだよ、美味いんだよ!」

「そうだぜ!」

「お前ら、もうチョウコ村から離れられねぇぞ!」

「帰る理由がねぇな!!」


その瞬間、どこからともなく現れたザックが、グラスを掲げて叫ぶ。

「美味い酒!美味い飯!風呂!……チョウコ村に!シャイン傭兵団に!!」


「乾杯!!!」


声が響くと同時に杯が高らかに鳴り、酒が空に舞う――

それはただの酒宴ではなかった。

それは、新たな日常の幕開けを告げる、祝福の音だった。


風呂上がりの火照った体に、冷えた果実ジュースが染みわたる。

ハイドとビリーは、手にした銅の杯を思い切り傾け、一気に飲み干した。

喉を通った瞬間、二人の体がびくりと震えた。


「……っっっっ! う、うめえぇぇ!!」

ビリーが思わず叫ぶ。

目が見開かれ、顔がくしゃっとほころぶ。

「ハイド!これ、マジでヤバくね!? めっちゃ美味え!!」


「……こ、これ、村のみんなに話しても信じてくれないね……」

ハイドは感動に目を潤ませながら、ふと何かに気づいたように顔を上げた。

「兄さん!エールを飲みたい! 冷えたエールを!!」


その横でビリーも、少し照れくさそうに言う。

「お、俺も……飲んでみようかな……?」


そのやり取りに、近くで様子を見ていたシマが笑いながらロイドに尋ねた。

「何だ? ハイドは飲むのか?」


トーマスがグビッとエールを飲みながら、にやりと笑う。

「ハイドはな、飲兵衛の素質あるぞ」


「しかも相当、酒に強いよ」

ユキヒョウが小さく頷く。


「……あっ、わかるかも」

ケイトがロイドの方を見ながらぽつりとつぶやいた。


そんな一言に導かれるように、場の視線がロイドへと集中する。

「……何で僕を見るのさ……」

困ったように目を逸らすロイド。


「お前が酔ったとこ見たことねぇしな」

ジトーが当然のように言う。


ロイドは少しだけ目を細めてため息をつき、

「……ハァ~……ハイド、飲みすぎないようにね」


「わかったよ、兄さん!」


するとシマが杯を手に取り、見本を見せるように話し出す。

「いいか、見てろよ。まず杯にエールを注いで……甕の中に入れる。雪にぴったりとくっつけるのがポイントだ。で、杯をクルクルと回す……余熱を取って、中身を冷やす……零れないようにな。中途半端にやるとキンキンに冷えねぇからな……よし、これくらいでいいだろ」


そう言って、杯をそっとハイドに手渡す。

「ありがとうございます、シマさん!」


「おう。」


ハイドは一礼し、杯を構える。

「……ゴク……ゴキュ……ゴキュゴキュゴキュッ……ぷはぁ~~!! 美味しいっ!!!」


その飲みっぷりに、場がどっと湧いた。


「おお~!」

「言い飲みっぷりだ!」

「さすが、団長補佐の弟だ!」


笑顔が飛び交う中、今度はビリーが恐る恐る杯を受け取り、同じように口をつけた。

一口――「……にがっ!……不味い……」

眉をしかめて顔を背ける。


その姿に、どっと笑いが起こった。

ゲルハルトが肩を揺らして笑いながら言う。

「はっはっは! まだお前には早かったか!」


「別に酒なんて無理して飲むもんじゃねえからな」

シマが穏やかに笑ってビリーの肩を軽くポンと叩く。

「俺も酒は飲めねえしな」


……へぇ~意外だなと驚いた顔をするのは、ハイド、ベガ、ワーレン、ハイマン、ゲルハルト、そしてビリー――

その全員が同じようにシマを見つめる。


「……顔が真っ赤になって…頭抱えて、すぐ潰れるんだよな、あの人」

誰かがぽつりとつぶやいたのを聞いて、皆がまた一斉に笑い声を上げる。

チョウコ村の夜は、笑いと歓声と、杯の音で静かに、熱く、更けていった。


天井から吊るされたランプが温かな光を落とし、豪勢な料理の湯気と香りが、酒を前にした男たちの胸をいっそう高鳴らせる。


パン籠には焼きたてのふっくらしたパンと、外はカリッと香ばしく揚がった揚げパンが交互に盛られ、パン生地にはわずかに甘みが感じられる。

横に添えられた発酵バターは香りが高く、塗ればすっと溶ける。


肉料理は圧巻だ。鉄板で焼き上げられたサイコロステーキが、湯気を立てながら肉汁を滴らせ、見た目にも食欲をそそる。肉厚のカツは衣がサクサクで、切れば中から熱々の肉汁があふれ出る。

特製のソース擬きが添えられており、色も香りも本物そっくり、いや、素材の旨味を引き立てる分、下手な市販品よりも上かもしれない。


ハンバーグは三種。

シンプルな塩胡椒で味つけされた定番のもの、トロリとチーズが中からあふれるチーズイン、煮込みハンバーグ。


野菜炒めとサラダは、シャキシャキした食感のキャベツやピーマン、トマトがふんだんに使われ、さっぱりした味わいで肉料理の合間にぴったりだ。


揚げ物もひときわ人気を集める。

フライドポテトは太めに切られ、外はカリカリ、中はほくほく。

近くにはポテチ――これはじゃがいもを薄くスライスしてカラリと揚げたもので、軽く塩が振られ、パリパリと音を立てて食べるのがまた楽しい。


焼き魚も忘れてはならない。

ルナイ川で獲れた川魚を炭火で丁寧に焼き上げたもので、香ばしい皮と、ふっくらとした白身のバランスが絶妙。

大根おろしと、これまた手作りの醬油擬きが添えられている。


そして、ロイドたちがいない間に完成した「新作」たちが、宴の場で大きな話題となっていた。


まずはミルクドーナツ。

油で揚げた香ばしい生地の中に、ほんのりとした甘さと、牛乳から作られたクリーミーな後味。

揚げたては外がカリッと、中はふわふわ。

子供たちはもちろん、甘党の団員たちの手が止まらない。


続いてコロッケ。

外は薄くてカリカリの衣、中はじゃがいもに挽き肉や玉ねぎを混ぜ込んだほっくり食感。

これまた特製ソース擬きとの相性が抜群である。


唐揚げも負けてはいない。

外はカリッと香ばしく、中は肉汁たっぷり。


さらに、薄力粉の代用で作られた「お好み焼き擬き」と「たこ焼き擬き」も、皆の驚きを誘った。

生地には豆粉や山芋を混ぜ、野菜や肉をふんだんに詰め込んだ一品。

お好み焼き擬きには刻んだ魚や野菜、肉がたっぷり。たこ焼き擬きには、代わりに刻んだ魚肉やソーセージが入っており、外はこんがり、中はトロリ。


これらの味を引き立てるのが、やはり新開発された「ソース擬き」と「醤油擬き」だった。

果物や酢、発酵した穀類をベースに、1ヶ月をかけてシマと炊事班が作り上げた試行錯誤の結晶。

これがあることで、料理に“馴染みの味”が生まれたのだ。


炊事班班長のトッパリと、補佐のコーチンに、シマは誇らしげに語っていた。

「このソース擬きと醤油擬きができたおかげで、揚げ物や焼き物の味がぐっと締まるようになった。素材に頼り切らずに、調味で深みを出す。あとは、お好み焼きや焼きそばもできる日も近いな」


「粉もん文化?って言っていいのかしら、着実に進んでるわね」


「やるからには本気でやる。今度は味噌も復元してやろうかと思ってる」


そして、料理と並んで彩を添えるのは、各種のお酒だった。

エール、ワイン、果実酒、馬乳酒はややクセはあるが、滋養に富んでおり、疲れた身体に効くと評判だ。


さらに、ロイドたちの不在の間に完成した新たな酒、それが――ショウチュー(焼酎) 


こうして料理と酒が見事に並んだ長机を囲み、シャイン傭兵団の宴は、笑いと歓声の中、ますます熱気を帯びていくのだった。


「おいおい、シマ!」

騒がしい宴の始まりを告げるように、フレッドが大声で笑いながら叫んだ。

「俺たちがいねえ間に、新作料理が随分と増えたな!」


「さあて、食いまくるぞー!」

トーマスが拳を上げる。


「おうよ!」

それに応えるように、シャイン傭兵団の団員たちが次々と歓声を上げた。


「ベガさんたちも、遠慮なく食べてくださいね!」

ロイドが笑顔で呼びかけると、ベガたちも料理に手を伸ばし始めた。


「私、ノエルたちに知らせてくるわ。宴はもう始まってるって」

ミーナが軽やかに立ち上がり、足早に離れていく。


「お願いね」

サーシャが微笑んで送り出した。


食べる、飲む、騒ぐ、笑う――

賑やかな音が宴の空気を熱くする中、やがてミーナが戻ってきた。


「……あと一時間はかかりそうね」


「まだそんなに時間かかるのかよ」

ザックが思わず顔をしかめる。


「女はいろいろと時間がかかるものなのよ」

シャロンが涼しい顔で言い


「ザックはその辺、ちゃんと勉強したほうがいいわ」

とエリカが追い打ち。


「エリカ、ザックには無理よ」

メグが冷静に言う。


「女心、知らない人だもんね」

エイラの一言に、場がどっと笑いに包まれる。


「お、お前、えらい言われようだな……」

ライアンがくすっと笑うと、ザックはむくれた顔で叫んだ。

「アイツらは真の俺の姿を知らねえだけだ! モテモテザックの姿をな!!」


「……それ、娼館の中の話だから」

クリフが小声で突っ込む。


「そ、そんなこたあねぇ!」

ザックはさらに語気を強める。

「俺が歩けば、声はかけられるし! 腕は引っ張られるしでな!」


「繁華街でな」

クリフの追撃に、爆笑が起こる。


「ねぇ! ザック、ザックスペシャル作って!」

シャロンの一言に、場の空気が一転する。


うげぇっ!と、顔をしかめる団員たちが何人も現れる中、シャロンは目を輝かせる。


「お前の嫁さんの味覚はどうなってんだ?」

ドナルドが呆れたように訊ねると、隣のライアンが苦笑しながら言う。

「……こればかりは俺にも理解できん」


「シャロンはわかってるねえ!」

ザックが吠える。

「まってろ、今すぐ作ってやる!!」


「何だザックスペシャルって?」

フレッドが怪訝そうに尋ねる。


「お前にも飲ませてやるから! 絶対に気に入るって!」

ザックが笑顔で指をさす。


その様子を見ていたヤコブが立ち上がり、腕を振るった。

「ふむ、ワシも負けちゃおれんな!」


「おお! ヤコブさんが立ち上がったぞ!」

マックスが歓声を上げる。


「ヤコブさん! 俺に一杯、作ってくれ!」

デリーが身を乗り出し


「俺にも!」

「俺にもお願い!」

と声が次々に飛ぶ。


「……フフッ……人気者はつらいのう」

ヤコブはにこにこと笑いながら、杯を並べていく。


「ヤコブスペシャル、普通に美味しいもんね」

ティアが穏やかに呟き


「身体にも良さそうだし」

とサーシャが頷く。


ザックの怪酒に、ヤコブの薬膳酒。

宴のテーブルは騒がしくもどこか温かく、確かに「家族の宴」を感じさせる夜となっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ