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光を求めて  作者: kotupon


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久々の風呂

初めて脱衣所に足を踏み入れた者は、まず壁際の棚に整然と並べられた清潔な布、石鹼、リンスに目を奪われる。

木製の棚には、ふわりと香る三種の石鹼――爽やかなハッカ、甘酸っぱい柑橘、やさしく落ち着くラベンダー――が丁寧に並べられ、瓶詰めのリンスがその隣に光を反射して輝いている。


「久々の風呂だしな……リンスも使うか」

トーマスがハッカ石鹼を手に取りながら呟き、瓶のリンスをひとつ手に取った。


「それじゃ僕は……」

ユキヒョウがひとつひとつ匂いを確かめたあと、ふっと目を細める。

「これだな」

そう言って手にしたのは、エイラが開発した特製リンス「スノードロップ」だった。淡い乳白色の液体に、ほのかに雪解け草と柑橘の香りが混じっている。


浴場では、湯気が立ちこめ、男たちの笑い声が響いていた。


フレッドが布に石鹼をこすりつけ、力強く身体を擦りながら呻く。

「泡が立たねえっ!……相当汚れてるんだな、俺たち」


「湯浴みだけじゃ、どうしてもねぇ……」

隣で同じように擦っているユキヒョウが応じる。


ロイドは少し離れた湯舟の傍で、ハイドに向かって優しく教えていた。

「ほら、ハイド。僕と同じように真似してしっかり洗うんだよ。布に石鹼をこすって泡立てて、それを身体にあてて……そう、こうやって力強く!」


近くではシオンが、ベガ、ワーレン、ハイマン、ゲルハルト、ビリーたちに実演しながら笑顔で指導している。

「石鹼をしっかり泡立てて、こうやってごしごしやるんだ。背中も忘れずにな!」


「こりゃあ二回洗わなきゃダメだな……」とトーマスが肩を竦めると


「こいつは三回洗ってもキレイにならねえかもな」

と誰かが茶化す。


「その言葉、そっくりそのまま返すぜ!」


「どっちもどっちだな!」

と場が湧き、笑い声が湯気に包まれて広がっていく。


その時、不意に。


「痛ててっ……目がっ!!」

うめき声が浴場に響いた。

振り向けば、ベガが目を押さえながら湯船の縁に座り込んでいた。


「ああー、泡が目に入ったんだな……髪を洗ってるときだろ、馬鹿だなぁ、あいつ」

フレッドが苦笑しながら言う。


「す、すいませんベガさん!」

慌てて駆け寄ったロイドが、平身低頭で謝る。

「言うの忘れてました。髪を洗うときは、目を閉じてください!」


「それを先に言ってくれっ!!」

ベガの叫びに、浴場中からどっと笑い声が起きた。


「というわけでな……泡が目に入るとこうなるから、目を閉じろってのは鉄則だぞ」

シオンが笑いながらワーレンたちに釘を刺すと、皆がうんうんと真剣に頷いた。


心地よい湯けむりと笑いが、男たちの再会を祝福するかのように浴場を包み込んでいた。


「ザバアッ!」「ザッパアッ!」――

豪快な音と共に身体を洗い流したフレッドが、ずしりと湯面を揺らしながら新設された大きな湯船へと身を沈める。

肩までどっぷりと浸かると、肺から空気を押し出すように、長く、満ち足りた吐息が漏れた。


「……あ゛ぁ~~~、ふぅ~~~……」


その声に誘われるように、次々と仲間たちが湯に身を沈めていく。

トーマス、ユキヒョウ、ロッベン――いずれも、湯の温もりに包まれた瞬間、堪らず声を漏らす。


「うあ゛~~~っ……」

「う゛~~~~……」

「あ゛~~~…はふぅ~~~……」


思わず目を閉じる者。顔を蕩けさせて天を仰ぐ者。

肩をすぼめて「くぅぅぅっ」と小声で唸る者。

それぞれが、湯の魔力に心身を溶かされていく。


一方でその光景を、まだ理解できないでいたのが、ハイド、ベガ、ワーレン、ハイマン、ゲルハルト、ビリー。

ぽかんと口を開け、湯船のふちに立ち尽くしていた。


そんな彼らに優しく声をかけたのはロイドだった。

「立ってないで、湯に浸かって下さい」


そう言って、ロイド自身が旧来の湯船にゆっくりと浸かる。


肩まで沈むとすぐ、彼の口からもまた――

「……あ゛あ゛ぁ~~~、ふぅぅ~~~~」

見る見るうちに表情が緩み、眉尻が下がっていく。


ロイドに倣って、ハイドとビリーが恐る恐る湯に入った。

途端に、ふたりの口からも自然に声が漏れる。

「……あ゛~~~~~」

「う゛~~~ふぅぅぅ……」


肩まで沈めば、あまりの心地よさに全身から力が抜けていく。


その様子を見たベガたちも続いた。

「あ゛~~~ハァァ~~……これはヤベぇ……」と、ベガ。

「くぅ゛~~~ふぅ~……天国はこんなにも身近にあったのか……」と、ハイマンは目を閉じたまま呟く。

「あァ゛ァ~~~も、もう無理……気持ち良すぎる……」と、手足を伸ばしてぐったりするワーレン。

「ふぃ~~~~……力が……力がぬけていく……」と、目をトロンとさせたゲルハルト。


全員が、それぞれの言葉で至福を表現していた――その瞬間、突然。


「出たッ!フレッドの『プカ』!!」

誰かが叫んだ。

見ると、大きな湯船の中央でフレッドが、まるで水草のように「プカプカ」と浮かんでいる。


「プカァ……」


「いいかい?」とロイドが真剣な顔でハイドとビリーに囁く。

「ああいう行為は、人が多くいる時にはしないように。恥ずかしい名前をつけられるからね」


「たとえば、『傍若無人』『人の皮をかぶった鬼畜』『空気の読めない者』……」

ユキヒョウが冷ややかに続ける。


「所かまわずできるのはザックとフレッドの二人だけだ。……あいつらのことは無視するんだ」

トーマスが呟き、二人は静かに頷いた。


やがて、誰かが薬湯へと移り、また誰かが木造の縁側に出て、流れるルナイ川をぼんやりと眺める。

夕刻の空が水面に反射して、ゆるやかに揺れていた。


薬湯には、疲れを癒す香草の香りが立ちこめており、深く息を吸い込むだけで胸の奥までじんわり温まる。

川の音を聴きながら、目を閉じ、思い思いの時間を過ごす団員たち。

このひととき――言葉はいらなかった。



女湯には、湯船が二つ並んでいた。

一つは旧来の浴槽で、12人から14人がゆったりと肩を並べて入れるほどの大きさ。

その湯面には淡いピンクや白、黄色の花びらが浮かび、カボスの輪切りもちらほらと混ざっている。

柑橘と花の香りが湯気に乗って漂い、ただそこに立っているだけで心がほどけるような心地よさだった。


もう一つの湯船は、新たに作られたもので、広さは旧来の倍近い。

20人以上が余裕で入れそうな堂々たる浴槽で、天井まで湯気がふわりと立ち昇っていた。

奥には、湯をためておく大きな浴槽がある。


脱衣所から、布や石鹼、リンスを手にして浴場へ入ってきた女性たち。


最初に声をあげたのはノエルだった。

「……まあ! 大きい湯船ね!」

目を丸くしてその広さに見入る。


横ではリズが首をかしげながら、壁際に備えられた湯桶や小さな浴槽を指さした。

「……これは何かしら? この小さいの。かけ流し用? 洗い流し用かしら?」


その問いにマリアが軽く肩をすくめて答える。

「またずいぶんと変わったものね……」


周囲には、浴場など初めての者たちが並んでいた。

キョウカ、メリンダ、ソフィア、クララ、ヒルダ、カミラ、ビアンカ。

皆、湯気に包まれた空間に圧倒されたように立ち尽くしている。


そこへ――

「ごめ~ん、説明するわ!」

軽やかな声とともに浴場に飛び込んできたのはエリカだった。


「エリカ様?」とノエルが目を丸くする。


「ここでは“エリカ”って呼んで……って、そんなこと言ってる場合じゃなかったわね」

慌てて手を振ると、エリカは湯船のそばに立ち、ひとつひとつ説明を始めた。


「あの小さい浴槽はね、かけ湯用。洗い流し用、石鹼や泡を落とすときに使うの」


女性たちは素直に頷きながらも、まだどこか緊張していた。


そんな中、ビアンカが小さな声で呟いた。

「……タドン、って……さっき聞いたけど……なんです?」


その言葉に皆が一斉に視線をエリカに向ける。


「私に聞いてもわからないわよ?でも、あれが燃料に使われてるのだけは知ってるわ」

そして、笑顔でくるりと踵を返すと「それじゃ、ごゆっくり~♪」手を振りながら浴場を後にした。


残された女性たちは顔を見合わせた。


「……タドンって何かしら」

「燃える……木の実?」

「私、ああいう人、ちょっと好きだわ」


緊張がほどけたのか、クスクスと笑いが漏れ始め、湯気の中に明るい空気がふわりと広がった。



男湯に立ちこめる湯気の中、入口の戸がガラッと開き、オズワルドが顔を覗かせた。

「お前ら、いつまで入ってんだ? そろそろあがれよ」


その声に一斉に振り向く男たち。

肌が真っ赤になりながら湯船に肩まで浸かっていた彼らは、どこか後ろめたそうに目を逸らす。

中でも一番、風呂を堪能していたのはユキヒョウだった。


「いやあ、久々の風呂だからね……ついつい長湯してしまったよ」


ほおけたような顔でそう呟くと、すぐ後ろにいたデシンスがきっちりと背を正しながら

「ユキヒョウさん、もう準備万端で待ってますよ」

柔らかくもキビキビと声をかける。


その瞬間、プカプカと湯に浮いていたフレッドの目が「くわっ」と見開かれた。

「……よっしゃ! 酒だ! 酒が待ってるぞッ!!」


彼の声が響くや否や、湯船中から

「おお~~~~っ!!」と歓声が上がる。

男たちは一気に湯から立ち上がり、掛け湯をして脱衣所へと雪崩れ込んだ。


脱衣所には、見事に整えられた清潔な着替え一式がずらりと並んでいた。

新しい下着、きちんとたたまれた服、それぞれの名札や小袋に分けられて並んでいる。

マーク隊、アーベ隊、ズリッグ隊の面々が手際よく準備してくれていたものだった。


「お前ら、着替えなんて持ってきてねえだろ? 一目散に向かいやがって」

オズワルドが苦笑交じりに言うと、デシンスが続ける。

「サイズが合わない奴は言ってくれ。余分に用意してある」


「……すっかり忘れてたよ」

「僕もです……」

ロイドとユキヒョウが少し照れたように呟く。


「気持ちが逸ってたのかもな」

トーマスが肩を竦めた。


そうしてオズワルドとデシンスの案内で、男たちは新しく建てられた平屋の建物へと向かう。

その建物は、100人規模が収容できる大広間。

磨かれた木の床に長机が並び、料理と酒がすでにずらりと並んでいた。


「やっと来たか!」

ギャラガが、肘をつきながら声を上げる。


「俺たちが声かけなきゃ、もっといたぞ」

オズワルドが呆れたように笑う。


すでに室内には、シャイン隊の面々と各隊の隊長格、いわゆる幹部と呼ばれる者たちが集まり、席に着いて歓談を始めていた。

空気には、風呂上がりの清々しさと、宴のはじまりの高揚感が満ちている。


「ほらよ、フレッド。冷やしておいたぞ」

シマが笑いながらエールの入った杯を差し出す。

滴る水滴が、いかにもキンと冷えていることを物語っていた。


「これこれ!うっひょぉ~!冷てぇ!」

フレッドは手にした杯を高々と掲げると、一気に口元へと運び――


「ゴクッ……ゴキュゴキュゴキュ……クゥゥ~~ッ!!」


喉を鳴らしながら豪快に飲み干し、杯をテーブルに置いて叫んだ。

「シマ! もう一杯だ!!」


その姿に場が沸き、あちこちから「乾杯だ!」「こっちも頼む!」と声が飛ぶ。

シャイン傭兵団の夜は、今まさに賑やかに幕を開けたのだった。

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