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光を求めて  作者: kotupon


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意識の外

鉄の掟傭兵団、本部の門を、ひときわ賑やかな声が叩いた。


「おーっす! 突然で悪りいんだけど、今日、泊まらせてくれよ!」

先頭で片手を上げて本部の中に入ってきたのは、満面の笑みのフレッドだった。


その後ろに、堂々と歩みを進めるトーマス、そして次々と入ってくるシャイン傭兵団の面々とワーレンの家族たち——総勢40名弱の一行。


扉の内側にいたのは、腕組みをしたまま立っていた古参の団員。

風にあおられたマントの下から太い腕が覗く。


「おう、フレッドか!」

笑みを浮かべて大声を上げると、がっしとフレッドの肩を叩く。

「部屋はたんまり空いてるぞ。好きに使ってくれ。遠慮なんてすんな、俺らはもう身内だろ」


「世話になるぜ」

肩をすくめながら、トーマスも続いた。


「厨房を貸してもらっていいかしら?」

澄んだ声で名乗りを上げたのはノエルだった。


「ノ、ノエルか?!そりゃあもちろんいいとも!」

古参の団員の目が輝く。

「できれば俺たちの分も作ってくれると、ありがてぇんだが……」


「いいわ。その代わり手の空いてる人たちを厨房に集めて。それと、できれば火の強い竈を貸してほしいの」


「お、おう!了解だ!」

古参は走って他の団員たちを呼びに行った。


そのざわめきを聞きつけて、靴音を響かせながら現れたのは——


「……騒がしいと思ったら、お前たちか」

声の主はダルソン。

灰色の短髪に鋭い目つき。だが、見知った顔にはどこか緩んだ表情が浮かんでいる。

「前に来た時より増えてねぇか?」


「よう、ダルソン」

フレッドが軽く手を上げた。

「泊まらせてもらうぜ。40人弱な。何人かはシャイン傭兵団に入ることになるぞ」


「……同僚になるのか」と、ダルソンは天井を仰ぎながら言った。


「ま、そういうことだ。仲良くやろうぜ」

ロッベンが言い、軽く肩を叩いた。


すると、すでに厨房の方へ足を向けていたノエルがパンッ!と手を叩き、

「夕飯を作るわよ!手伝える人は手伝って!」と凛とした声で号令をかけた。


厨房からはぞろぞろと人が集まり始め

「おう!」「俺、皿洗いなら得意ッス!」

「野菜の下ごしらえ、まかせろ!」


薪のはぜる音と、香ばしい匂い、そして賑やかな笑い声が立ち上っていく——


夜の帳が下り、鉄の掟傭兵団本部の食堂には、明かりと笑い声があふれていた。

長いテーブルにずらりと並べられた夕食の皿とジョッキ、湯気の立つ料理に焼きたてのパン。

厨房でノエルを中心に作られた料理はどれも手が込んでおり、香ばしい匂いが食堂を包む。


その場の熱気をさらに高めたのは、ダルソンの一言だった。

「なんと聞いて驚け!——酒を差し入れしてくれたのは……フレッドだ!!」


「おお~~~~~!!」

歓声が湧き上がり、杯を高く掲げる団員たちの声が次々に続く。


「どういう風の吹き回しだ?!」「珍しいこともあるもんだ!」

「やるじゃねえかフレッド!」「ごっつぁんです!!」「ありがてぇ!」


椅子にふんぞり返っていたフレッドは、どこか誇らしげに胸を張ると、手を大きく広げて声を張り上げた。

「俺の驕りだ!ありがたく飲め!ハッハッハ!!」


食事が始まる前、すでにフレッドはシャイン傭兵団の団員数人に5金貨を握らせていた。

「なあ、ちょっとうまい酒を買ってきてくれ。」


団員たちは二つ返事で立ち上がるが、フレッドが「道に迷うなよ」と軽口を飛ばせば

「あのペテン師と一緒にしないでくれよ!」

「俺たちには方向感覚ってもんがある!」と軽妙な返しが返る。



賑やかな雰囲気の中、ダルソンが席を移動して、シャイン傭兵団と談笑していた。


「……ロイドの弟か? そういやあ似てるなあ」

ハイドはきょとんとしたあと、にっこりと笑って答える。

「はい、ハイドです。いずれは父さんのあとを継いで、シュリ村の村長になります」


「……そうか」

ダルソンは腕を組み、しばし静かに頷いた。

「それがいい。傭兵なんてもんは、いつ死んでもおかしくねぇ商売だ。命を預けるには、若ぇにも限度がある…じゃあ、なんで今回は一緒に来てるんだ?」


ハイドは少しだけ間を置いて、真っ直ぐに答えた。

「社会勉強のためです。僕に何ができるのか、何がしたいのか……この旅を通じて、何かを得られたらと思って」


その言葉に、ダルソンの隣にいた団員たちの目が丸くなる。

やがて口の端が緩み、にやりと笑った一人が言った。

「……その年頃でそんな風に考えられる時点で、立派だぜ、お前」


「そうだそうだ。……だってよ、こいつなんて今のお前の年頃の頃は、女の尻ばっか追いかけてたからな!」

隣の団員の肩を叩く。


「お前も一緒にな!」と笑いながら返され

「バッカ言ってんじゃねぇ、お前が先に声かけてたろーが!」

酒をこぼしそうになるほど笑い合う。


そのやりとりに、ハイドも思わず笑ってしまう。


酒が回り、騒がしさも最高潮。

シャイン傭兵団と鉄の掟傭兵団の団員たちが一堂に会し、食と酒と語らいが織りなす宴は、

夜が更けてもなお、熱を帯び続けていた。


 鉄の掟本部の大食堂は、夜が更けても飽和した笑い声とジョッキがぶつかり合う音でさらに熱を帯びていた。


 酔いも回り、団員たちは先ほどから“奇妙な旅客”の話題で持ちきりだ。

「だけどよ……あのペテン師にはホント参ったぜ!」

ジョッキを卓に叩きつけるように置き、肩を落とす団員。


「だよなー、一瞬だぜ、一瞬!目を離したらもういねえ!」

隣の団員も同調し、手で“消える”仕草をしてみせる。


「あっちにフラフラ、こっちにフラフラ……」

三人目の団員は棒を杖代わりにふらふら歩く真似をして、周囲の笑いを誘った。


「でもフレッドがついた途端、あいつピタッと姿くらまさなくなったんだろ? 何か秘訣があるのか?」

ロッベンが首を傾げてフレッドを見やる。


 そのやり取りを耳にしたダルソンが、ジョッキを置いて眉間にしわを寄せる。

「……何の話だ?」


「エイト商会のトウっていう人に会って、この街まで連れてきたのさ」

ユキヒョウがさらりと説明した瞬間――


 テーブルのあちこちから驚きの声が湧き上がった。

「エイト商会のトウ?!」

「“予測不能”のトウか!?」

「“ドロンのトウ”のことか?!」

「エイト商会のトウって言ったら、アイツしかいねえだろ!」


 ダルソンは目を見開き、顎を押さえた。

「そりゃあまた災難だったな……首にひもでも括りつけて引っ張ってきたのか?」


「そんなことするわけないでしょう?」

マリアが呆れたように返す。


「じゃあ腰縄か?」


「だからしないってば!」

マリアはジョッキで卓を軽くコツンと叩きながら抗議する。


 鉄の掟団員たちは信じられないといった顔を交わし合う。

「……いやいや、あり得ねえだろ?」

「紐で繋いでないのに、どうやって?」

「慣れてる俺たちでさえ、片時も目を離さずに四人がかりで張り付いてたっていうのに!?」


 ざわざわと疑問の声が重なる中、ダルソンがフレッドに身を乗り出す。

「……フレッド、どうやってあいつを?」


「あいつはガキと一緒なんだよ……」

 フレッドがエールのジョッキをぐるりと回しながら呟いた。

「興味があれば、そっちに目も足も向く。鳥に興味を持てば追いかける。いい匂いがすれば、それを辿ってく……で、今までやってたことは全部忘れる……そんな感じだな」


 ユキヒョウが小さく笑い、言葉を継ぐ。

「……うん、まさに“目の前にあるものが全て”って感じ。興味が移れば意識も全部移る……」


「だが、それだけじゃねぇ」

フレッドは一度ジョッキを置くと、親指で自分の背中を指した。

「死角に入るのが絶妙なんだよ、無意識のうちにな……まるで“スッ”と後ろに消える」


「でも、それだけで説明がつかないこともあるわ」

 キョウカが眉をひそめる。


彼女の横でメリンダが静かにうなずき

「一瞬見失うだけじゃない……その後も“どこにいるか分からない”のよ。まるで、存在自体がすっとどこかに消えてしまったみたいに」


 すると、フレッドがぽりぽりと頭をかいた。

「……あ~、シマの奴、なんて言ってたっけな……」


「“意識の外”ね」

 静かにノエルが補足すると、フレッドがパッと顔を上げた。

「それな!それそれ!」


 横でトーマスが頷く。

「それに加えて、アイツは気配が薄い。匂いもあまりしねぇ。人の気配って、呼吸音とか体臭とか、無意識に察知してるんだけど……あいつはそれが少ない」


「……よくわからねえな……」

ベガがぽつりと呟いた。


「私たちも、うまく説明できるか分からないけど……」

ノエルが目を伏せながら呟く。


 そのときだった。

フレッドがジョッキを右手に持ち、右斜め上に掲げるように持ち上げた、目線はジョッキを見るように。

その動作に反応するように――自然と、全員の視線がジョッキに集中する。


 静寂が落ちた。


「……成る程、“意識の外”とはそういうことか……」

ベガがぽつりと言った。


 ノエルが説明を重ねる。

「今、みんなの意識はジョッキに向けられていた……その対角線の位置、つまり左後方は“意識の外”。

 意識が向いていないということは、そこに誰がいようが、何が起きようが、気づきにくくなる……

 つまり“死角”になるのよ」


「そして、死角に入った時、“消えた!”って思うだろ?」

フレッドが自分のジョッキを傾けながら続ける。

「そうなると、人間は焦る。“見失った”と思うと、思考が止まる」


「……ああ、思考が鈍るだけじゃなく――」

トーマスが補足する。


「“視野狭窄”って言ってたわ」

ノエルがやわらかく笑った。


「それな!」

フレッドが指を鳴らす。


 ノエルはさらに続ける。

「特に、恐怖とか焦りで極度のストレス状態になると、視界が急激に狭まるらしいの。しかも“目で見てるようで見ていない”。人間の目って案外、不確実なのよ」


「……気配が薄い……か」

ワーレンが腕を組む。


「でもあんなに目立つ格好してるのに?」

キョウカが首を傾げる。


「気配と存在感はまた違うのよ」

ノエルが即答する。

「視覚情報よりも“脳が存在を認識しているかどうか”ってこと。気配がないと、意識がそっちを向かない。だから消えたように見える……」


「さまざまな要因が重なってるってことだね」

ユキヒョウが総括し、全員がうなずく。


 その時、メリンダがぽつりと聞いた。

「……でも、それだと……なんでフレッドはすぐに気づけるの?」


 場に少しの沈黙。

 フレッドがジョッキを傾け、一口飲んでから――ふっと笑った。

「俺たちはまあ、普通じゃねぇからな」


 その言葉に、すかさず食堂のあちこちから笑いが起きる。


「確かに!」

「お前が言うと説得力が違うわ!」

「その通りだな!」


「……アレはわざとやってるわけじゃないわよね?」とマリアが眉をひそめる。


「あれは天然だ」

フレッドが即答し、肩をすくめる。


「意識してやってたらヤバすぎるだろ…」と苦笑するワーレン。


 食堂に再びどっと笑い声が広がり、“ドロンのトウ”の武勇伝(?)はさらに尾ひれをつけて語り草となっていくのだった。


その横で静かにエールを傾けていたユキヒョウは、ふと面白そうに目を細めた。

(フレッドやシマたちは“意識の外”や“気配の薄さ”を理解した上で使いこなしてるって言ったら…どんな反応をするだろうか)

――いたずらっぽく唇が緩む。

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