衝撃?!
夕暮れどき、一家で食卓を囲むひととき。
ノエルがふと興味を持ち、畑について尋ねる。
「ガンザスお義兄様、畑ではどんなお野菜を育てていらっしゃるのですか?」
ガンザスは腕を組みながら考え、「そうだな…トマト、ニンジン、キュウリ、ピーマン、白菜にダイコンもあるな」と真面目に答える。
「でも、どれも細々とだ」とカウラスが補足する。
「基本的に家で食べる分だけさ。うちのメインはあくまで小麦だからな」
「だがな、ジャガイモだけは別だ」
横から口を挟むのは弟のダンドス。目を輝かせて言った。
「フライドポテトにポテチ、ふかし芋、スープに入れてもよし! 万能野菜だ!」
「去年、お前たちの団長のシマに言われたんだよ」
カウラスが思い出すように言う。
「もしもの時のために、主作物以外にも育てておいた方がいいってな。」
「シマが…」と感慨深そうにつぶやくトーマス。
そんな中、ノエルがエプロンを軽く直しながら、「トーマス、今夜はハンバーグを作ろうと思うの。手伝ってくれる?」
「おう、任せろ!」
張り切って立ち上がるトーマス。
「…何だ、ハンバーグって?」と首を傾げる一家。
「ふふん、お袋、アン、イライザ。よく見てろよ!」
キッチンではノエルとトーマスが手際よく材料を刻み、こね、丸め、焼く。
ひき肉がジュウジュウと音を立てて鉄鍋の上で焼け、香ばしい香りが広間に立ち込める。
チーズインのものはそっと中央に角切りのチーズを埋め込んで包む。
仕上がった料理は、パン、トマトとピーマンのサラダ、皮付きフライドポテト、ポテチ、温野菜、そしてたっぷり肉汁のハンバーグとチーズインハンバーグ。
「さあ、食ってみろよ!」とトーマスが声を張る。
父・カウラスが慎重にフォークを手に取り、ハンバーグを切ってみる。
はじめは少し力を入れたが、ふわりとフォークが入る。
断面から、じゅわっと肉汁があふれだす。
その瞬間、カウラスの喉がゴクリと鳴る。
「……く、食うぞ!」
一口、咀嚼し、飲み込んだ次の瞬間――
「美味いッ!!」
そう叫んで、膝をパンッ!と叩いた。
ワッとハンバーグに手を伸ばす一家。
「えっ、お肉って…こんなに美味しかったっけ?」と驚くアン。
「…柔らかいわ。歯がいらないくらい」とマーサも目を見開く。
「おいしい~!」
ミライがぴょんぴょん跳ねながら言う。
「わたしこれ好きー!」とアニー。
「僕もー!」
ウエンスとエバンスが元気よく頷く。
「普通の肉だと、子どもたちが噛み切るのに苦労するだろ? でも、ハンバーグならそんなことはねえんだよ」
誇らしげに語るトーマス。
ノエルはほほえみながら、少し照れくさそうに「チーズもアクセントになるし、焼き加減で味が全然変わるの。」と女性陣に語りかける。
アンとイライザは顔を見合わせ、「これ…うちでも作れるようになりたいわね」「うん、ぜひ教えてちょうだい」と真剣にうなずく。
「ノエルさんが嫁でよかったな、トーマス」
ダンドスがにやりと笑う。
「お、おう…まぁな…」
照れくさそうに頭をかくトーマスの顔を、みんなが笑って見守っていた。
「でも――この料理を考案したのは、私たちの団長、シマなんですよ」
「はぁ?!……シマが?!」
「……あいつが?!」
ガンザスとダンドスが、ほぼ同時に声を上げた。
信じられないものを見るような目で互いに顔を見合わせ、さらにトーマスへ視線を向ける。
トーマスは腕を組んでドヤ顔を決め込みながら、「そうだぜ。あいつ、実は色んな料理を知ってるんだぜ」と自慢げに言った。
「それとよ――このハンバーグの作り方は教えるが、よそには教えるなよ?村の他の人間に広めるのもダメだ」
「ええ? なんでよ!」とイライザが不満げに叫ぶ。
「こんなに美味しい料理、村の人たちにも教えてあげたいじゃない!」
「いや、実はな…理由があるんだよ」
トーマスがやや歯切れ悪く言った瞬間――
「このレシピ、ブランゲル侯爵家に買い取ってもらっているんです。かなりの金額で」
ノエルが淡々と補足する。
「シャイン傭兵団として、正式に契約を交わしてるんだよ」
トーマスも言葉を重ねた。
一瞬の沈黙――そして。
「……ぶ、ブランゲル侯爵家?!」
カウラスの声が裏返る。
「え、あの……城塞都市を治めている、ブランゲル侯爵家って、あの?」
マーサが食器を持つ手を止めたまま固まっている。
「ブランゲル侯爵家って言ったら他にいねえだろ」
トーマスが言いながら、少し肩をすくめる。
イライザが目をぱちぱちさせながら口を開け、「……あんた、そんな雲の上のような存在の人と、知り合いなわけ?」
「さ、さすがにそれはないでしょう……? ちょっと遠くから見た、とか……そういう感じでしょ?」
アンは現実的な予測をしようとするが、声は震えていた。
「一緒に飯食って、酒飲んで、普通に話すぞ?」
トーマスはあっさりと言ってのけた。
「いやいやいや、ないない! あり得ねえだろう?!」
ガンザスが両手を振って全力否定。
ダンドスも「う、嘘つけよトーマス……どうやったらそんなことに……」と呟きながら絶句。
そんな家族の反応に、トーマスはふっと肩をすくめてノエルのほうを見る。
「……なあ?」
ノエルは微笑みながらうなずき、「ブランゲル侯爵家は、シャイン傭兵団の後ろ盾でもあるんです」
「…………は?」
「…………へ?」
家族全員が口を揃えて呟いた。
まるで雷に打たれたかのように、全員の思考が一時停止する。
ガンザスが口を開きかけて、閉じ、また開いて言った。
「……お前、何者になったんだよ……」
「ノエル、あなたも何者なの……?」
イライザがかすれる声で言う。
「えっと……ただの傭兵団の一員、というか……」
ノエルが謙遜するように答えると
「いや、それで済む話じゃねえよ!!」
ダンドスのツッコミが食い気味に入った。
その場に、もう笑うしかないといった空気が流れた。
「まあ――いろいろあったんだ」
トーマスがにやりと笑う。
その顔は、ほんの少しの誇りと、確かな歩みを示す男の表情だった。
「飲むぞォッ!!」
カウラスが大声で叫び、杯を高く掲げた。
声は天井に跳ね返り、思わず座っていた者たちの背筋がピンと伸びる。
一介の村民であるカウラスにとって、つい先ほどまで語られていた「ブランゲル侯爵家」だの「後ろ盾」だのという話は、到底実感の湧かない夢物語のようだった。
だが――酒の力は偉大だった。
「はっはっは! まあ難しいことはともかくよ! さすがは俺の息子だ!!」
どこか吹っ切れたような表情で、カウラスはトーマスの背をどん、と叩く。
「親父、痛いって……」
だが、それも悪くはなかった。
その横でイライザが、杯を片手に妙に自信満々な笑みを浮かべながら言った。
「ふふん……トーマスが立派になったのも、私のおかげよねえ?」
「いや、どっからどう見ても違うだろ」
トーマスが返すも、完全に聞こえていないようだった。
「いい?トーマス!あんたはね、私たちのことを敬うの!それが世の理!姉は偉大よ!」
アンも、頬を紅潮させて大きく頷いている。完全に酔っていた。
そんな中、マーサはというと、酒を一口飲みながらも、どこか気を張ったような瞳でトーマスとノエルに目を向ける。
「……トーマス、ノエルさん、無茶だけは……しないでおくれよ」
その言葉は、静かに、しかし深く響いた。
「わかってるよ、お袋」
トーマスは、いつもより少しだけ優しい声でそう答える。
そんな大人たちのやりとりをよそに、子どもたちはといえば、すでに第2の食事タイムとも言うべき状態に突入していた。
ぬいぐるみを脇に置き、もうひとつのポテチに手を伸ばしながら、
「おじちゃん、すごいの〜?」
エバンスが無垢な瞳で尋ねる。
「ノエルおねえちゃん、すごいの〜?」
アニーも真似するように聞く。
ノエルは微笑んで言おうとするが、先にトーマスが口を開く。
「凄いのは、俺たちじゃねえ――シャイン傭兵団だ」
その言葉に、ふと食卓の空気が引き締まる。
「お前たちシャイン傭兵団がすげえって噂は聞くけどな……」
ガンザスが、杯を手に言う。
「でも、何がすげえのか、正直よくわからなかった。」
「まあ、自慢できる弟、義妹ってことでいいじゃねえか」
ダンドスが笑いながら言って、トーマスの背を軽く叩いた。
笑いとともに、また酒が注がれる。
今夜、リュカ村の一角――広間に集まる家族の中で、トーマスとノエル、そしてシャイン傭兵団の存在が、確かに「誇り」となって静かに刻まれていった。
子どもたちは、そんなことも気にせず、ポテチをほおばりながら、次の「凄いお料理」を期待していた。
夕食も終わり、夜が更けてくると、広間の賑わいも少しずつ落ち着きを見せはじめていた。
「……明日の畑仕事、親父はダメだな」
ガンザスがぼやくように呟いた。
テーブルの向かいでは、カウラスが上機嫌に酒を煽りながら「もう一杯!」と豪快に笑っている。
頬はほんのり赤く、鼻もわずかに赤い。
「……アンとイライザもだな」
ダンドスが肩をすくめる。
イライザはすっかり饒舌になって、ノエルの腕を取って何やら熱弁をふるっており、アンは「ねえ~?ノエル、トーマスの恥ずかしい話もっと教えて?」とすっかり楽しげだ。
「……あいつら、完全に“飲まれてる”な」
トーマスは苦笑いを浮かべつつも、温かい眼差しで家族の姿を見つめていた。
ふと気づけば、子供たちも瞼が重くなっていた。
ミライがぬいぐるみに寄りかかりながらあくびをし、ウエンスは床に座ったまま舟を漕いでいる。
「さて、寝かせてやるか」
トーマスが立ち上がり、そっとミライとエバンスを抱え上げる。
ミライはトーマスの胸元で小さく笑い、エバンスは半分眠りながら「おじちゃん、たかーい……」と呟く。
ガンザスがアニーを、ダンドスがウエンスを抱え、全員で静かに寝室へと移動していった。
布団に寝かせ、軽く布をかけてやる。
寝顔は、静かで、どこまでも穏やかだった。
数分後、再び広間に戻ってきたトーマスが椅子に腰を下ろしながら問いかけた。
「そういえばよ、ブルーベリーとラズベリーの幼木、あれどうなってる?」
「ん? あれな!」
ガンザスの目が鋭くなる。
「成長が……恐ろしいほど早いぞ。」
「俺も最初見たとき驚いたよ。あんな勢いのある木、見たことも聞いたこともねぇ。あれが全部実をつけたら、大変なことになるぞ」
ダンドスが重々しく頷く。
「……まあ、成長が早い分にはいいだろう」
トーマスは腕を組みながらうなずいた。
「明日、確かめに行ってもいいか?」
「何も遠慮することはねぇさ。お前の土地でもあるんだしな」
とガンザスが即答する。
「そうだぜ。それよりも、今日は泊まっていくだろ?」
ダンドスが酒を注ぎながら勧める。
トーマスはノエルの方を向いて目で問いかける。ノエルは優しく微笑みながら言った。
「ええ、お言葉に甘えて泊まっていきましょう」
「そうしなさい。あなたたちが建ててくれた家なのよ? 遠慮する必要なんてどこにもないわ」
マーサが、鍋を片付けながら優しく背中を押すように言った。
「部屋も余ってるしな」
とダンドスがにやりと笑う。
「今じゃ、村の連中から“一夜屋敷”なんて呼ばれてるんだぜ。」
広間の灯りは温かく、笑いと静けさが入り混じる中、家族の夜はゆっくりと、更けていった。




