表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を求めて  作者: kotupon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

270/453

ローラー作戦終了

「山鷲亭」の夜は更け、食堂には熊鍋の湯気と笑い声が立ちこめ、団員たちの杯が次々と空になっていく中、次第に話題は自然と“狩”から“村の安全”へと移っていった。


「しかしなあ……獲物をいくら仕留めたところで、山道や街道、キョク村そのものの安全が本当に保たれるのかって話だよなあ」

と言ったのはトーマス。酒を煽った顔で、だがその目は真剣だった。


「広範囲になるしね。絶滅させるなんて不可能だし、仮に仕留めたとしても空いた縄張りには、また別の獣が入ってくるだけだもの」

マリアが穏やかに応じる。


「堂々巡りってやつだな」

ロッベンが頷き、陶器の盃を指でくるくると回す。


「なんつったか……“マーキング”だっけ?」

トーマスが思い出すように言う。


「ああ、シマが言ってたね」とロイドが頷いた。

「獣たちに“ここは人間の領域だ”って分からせるために、匂いをつけるんだよ。」


「へえ……」

メリンダが興味深そうに目を細める。

「具体的にはどうするの?」


「小便や糞をまくんだよ」

フレッドがあっけらかんと言い放つ。


「うっ……」と一瞬たじろいだのはキョウカだったが、それでも「そんなやり方があるのね……」と感心したように微笑んだ。


「それに加えて大事なのは、人間って生き物が“恐ろしい”って思わせることよ」

ノエルが静かに言った。

彼女の目は火のように鋭く、だが理知的な熱を持っていた。

「縄張り意識の強い動物にとって、恐怖の記憶は境界線になるのよ」


「今日やったローラー作戦?」とユキヒョウがグラスを傾けつつ続ける。

「あれに“匂い付け”を組み合わせるってのはどうだろう」


「人が住む地域に近づけさせないようにする。それが安全につながるわね」

リズが淡々と言う。


「……そうだね」

ロイドが静かにまとめに入った。

「明日もローラー作戦を実行しながら、“匂い付け”も行おう。用を足すタイミングを意識して、できるだけ広範囲に……」


「じゃあ!」とトーマスが両腕を掲げる。

「今のうちにたらふく酒を飲んどこうぜ!明日までにいっぱい作っておかねえと!」


「飲み過ぎたら出すもんも出なくなるぞ」

シオンが真顔でツッコみ、周囲から笑いが巻き起こる。


ハイドもその輪の中で、楽しげに笑っていた。


「あなたたちの団長のシマ?っていう人、いろんなことを知ってるのね」

キョウカがふとした調子で言った。


その言葉に、フレッドが待ってましたとばかりに胸を張る。

「まあな、俺たちの団長だしな!」と自信満々のドヤ顔。


「お前が偉そうに言うなよ」

すかさずロッベンがツッコミを入れる。


「いいんだよ!」と、まるで当然のようにフレッドが続けた。

「あいつの手柄は俺のモノ、俺の手柄も俺のモノ!」


「どういう理屈なんだよ、それ……」

呆れ気味にシオンが肩をすくめる。


「それじゃあシマがかわいそうじゃない」

マリアが苦笑を浮かべながら言う。


「でも……あなたたちの団長に会うのが楽しみだわ」とキョウカが微笑むと、「俺もだ」とベガも軽く杯を持ち上げて笑った。


その時、不意にメリンダが言った。

「まだ聞いてなかったわね……ノエルたちが、去年よりも明らかに綺麗になってるってこと」


言葉の余韻が残る中、フレッドがニヤリと口を開いた。

「男を知ったからだろ」


その瞬間、空気がビリリと張り詰めた。


ヒュンッ!

金属音が風を裂き、ノエルが手にしていたフォークが一閃、テーブルを越えて飛んだ。


「あっ、危ねえっ!」

間一髪、フレッドがフォークの柄を二本の指で挟み取り、難を逃れる。


リズの鋭い視線が静かに突き刺さる。

「その減らず口……開けないようにしてあげましょうか?」


「さすがに今のは君が悪いよ」

ユキヒョウが苦笑を浮かべる。


「え? なんで? 事実を言っただけだろ?」

まったく悪びれず、フレッドは目をしばたたき、納得できないという顔で周囲を見回す。


その表情に、女性陣たちからは一斉に冷たい視線が集中した。


「……わかった、わかったよ。今のは俺が悪かった」

ようやく観念したフレッドが手を上げ、「ゴメンちゃーい!」とふざけた調子で謝罪する。


呆れたように眉を寄せるリズ、ため息をつくマリア、ジト目で睨むノエル、肩をすくめるキョウカ。


一方、他の団員たちは声を上げて笑い出す。

「はははっ!」「お前、ほんと懲りねえな!」


気まずさと可笑しさが入り混じったような雰囲気の中、熊鍋の湯気がまたふわりと立ち上った。


「……馬鹿はほっときましょう」

メリンダがため息交じりに言うと、話の流れに戻るように小首を傾げて問いかける。

「それで……何か秘訣でもあるの? 去年よりも綺麗になったって話の」


ノエルがニヤリと笑って答えた。

「そこの馬鹿から聞いてないの?」


「俺は口が堅いからな!」

誇らしげにフレッドが胸を張る。


「もう!いちいち話に割って入ってこないで!あんたはそっちで飲んでなさい!」

メリンダがぴしゃりと一喝。


「へいへい……」

やれやれと肩をすくめながらエールをあおるフレッド。


そのやり取りに、くすくすと笑いが漏れた後で、リズが肩をすくめながら言った。

「……秘訣ってほどでもないけど、正直あまり公には言えないのよね。商材にもなるし」


「お風呂とリンス、石鹼くらいなら別に構わないんじゃない?」

マリアが静かに付け加える。

「そのうちに知れ渡るでしょうし」とノエル。


「私が惹かれた一因でもあるわ、シャイン傭兵団に」

キョウカがしみじみとした口調で微笑む。


「お風呂って……あなたたち、貴族じゃあるまいし」

メリンダが怪訝な顔で眉をひそめる。

「石鹼はわかるけど、リンス? 何それ?」


「一度入ったら病みつきよ!」と

マリアが目を輝かせる。

「お肌はツルツル、スベスベ、モチモチってなってさ」


「リンスを使えば、髪はしっとりサラッサラになるの!」

リズが勢いよく続ける。


「……え? 言ってる意味が分からないわ…?」

メリンダはポカンとした顔をする。


「これはもう、体験した人じゃなきゃわからないのよね」

ノエルが微笑を浮かべる。


「お風呂上がりの、冷えたエール……最高よ」

どこか遠くを見つめながら、マリアがうっとりとした声でつぶやいた。


「冷えたエール?……何を言ってるの……?」

メリンダの困惑が顔ににじむ。


「私も未だに半信半疑なんだけどね……」

キョウカが肩をすくめる。

「でもノエルたちの口ぶりを見てると、嘘を言ってるようにはとても思えないわ」


「早くキョウカさんにも味わわせたいわ」とリズが目を細めて微笑む。


まるで秘密の楽園の話をしているような雰囲気の中、湯気とエールと笑い声が交錯して、夜はゆるやかに深まっていくのだった。


キョク村、三日目の夕刻。

静かに沈む夕日を背に、シャイン傭兵団が最後のローラー作戦を終えて帰還する。

熊1頭、狼12頭、猪2頭――獲物の数こそ少ないが、目的は果たした。

山から街道、村の近辺まで「人間の匂い」を刻みつけ、獣の縄張りを塗り替えた三日間だった。


ハイドとメリンダ、村の猟師たちも参加。


そんな中、狩猟成果の中でもひときわ目を引いたのが熊の毛皮だった。

光沢のある厚み、艶やかで堂々とした見栄え。村のなめし革屋に続き、今度は――

「うむ……その熊の毛皮、ワシにも譲ってはくれんかのう……?」

現れたのはコモロフ村長。

ご自慢の髭を撫でながら、まるで市に並ぶ果物でも見るかのような目つきで、熊の毛皮を見つめている。


「……またか」とつぶやくリズ。

「見栄えも大事じゃろう? なんせワシの孫娘、メリンダが熊の毛皮を持っているんじゃ、ワシが何も持ってないなど……どうにも見栄えが悪いと思わんか? のう?」


ロイド、リズ、ノエル、マリア――団員たちの視線が一斉にフレッドに集中する。

「……交渉は君に任せたよ」

「がんばって、フレッド」

「ほらほら、出番出番!」


「任せろ」

フレッドはにやりと笑い、肩をぐるんと回して前に出た。


「えっ……フレッドに交渉ができるの……?」と、メリンダが素で驚く。


「そんな疑うような目ぇ向けんなや……」

フレッドは村長と向き合い、腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らした。


「ほれ、フレッド……ワシとお前の仲じゃろう……なあ、安くしてくれんか?」


「……どんな仲だよ、それ」と、フレッドが渋面を浮かべて返す。

眉間に一本、深い皺が刻まれる。


「むむむ……よし! じゃあ、1金貨でどうじゃ!これ以上は出せんぞ!」


すかさず周囲からヒソヒソ声が上がる。

「悪くない額じゃない?」

「さすが村長さん、商売慣れしてるわね」


が、当のフレッドは……というと。

(……アレ?…最初に何て切り出すんだっけ……?交渉の時ってまず……何から始めてた?今までどうやって交渉してたっけ!?…ヤッベ……どわすれした……!!エイラが言ってた手順……完全に吹っ飛んだ……!)

脳内では激しいエラー音が鳴り響いている。

頭の中に「交渉とは」の文字が浮かぶが、説明欄はまっさら。

顔は険しいまま、内心パニックの極み。


村長はその間も口達者にまくし立てる。

「うむ……1金貨と3銀貨!」

「いや、1金貨と5銀貨! もう出せんぞこれは!」

「ええいっ! 2金貨でどうじゃ!! これで文句はあるまい!!」


その瞬間、ロイドたちや猟師たちが「おおぉっ!!」と声を上げた。

「太っ腹だな村長さん!」

「やるじゃねえか、フレッド!」

「すげぇ、値段吊り上げたぞ!」


「……えっ?」

フレッドはポカンと口を開けたままキョロキョロと周囲を見回す。


トーマスがガツンと背中を叩いて言う。

「決まりだなフレッド! さっすがだぜ!」


「へ……ああ、うん……そ、そうだな……」

(……なんで値上がってんだ!? 俺、何も言ってねえぞ!?)


一方、村長は肩を落としながらも、じつに満足そうに笑っていた。

「うむ、立派な毛皮じゃ……これを屋敷の正面に飾れば……フフフ……ふぉっふぉっふぉ……」


ロイドが耳打ちする。

「実質何もしてないのに2金貨、すごいよフレッド」


ノエルが肩をすくめて笑う。

「無言の圧ってやつね」


「村長さん勝手に自爆していったように見えるんだけど…?」とマリアが言えば、メリンダは呆れ顔で、「本当に交渉できたのかしら、この人……」と小声でつぶやいた。


そんな空気も知らず、フレッドはひとこと――「……これが俺の流儀ってやつだな!」



なめし革屋の老店主と古着屋の女主人が、狼の毛皮を広げながら申し訳なさそうに頭を下げた。


「これだけの量じゃ、丁寧に仕上げるには三日は欲しい……」

「いいものにしたいんだよ、粗雑には扱えない。三日だけ、待ってくれないかい?」


ロイドは微笑んで頷いた。

「もちろん。こちらとしても丁寧な仕事をしてもらえるのはありがたいです」


村の猟師たちには、労いとして狼の毛皮を一枚ずつ贈ることにした。

それを聞いた猟師たちは恐縮しながらも、深く頭を下げた。


「こんな立派な毛皮を……ありがてえ……」

「子どもらに防寒具をこしらえてやれます……!」


毛皮の仕上がりを待つ三日の間――

シャイン傭兵団の面々は束の間の休息を満喫していた。


朝、フレッドはライドの手を引いて畑へ向かう。

澄んだ空気の中、朝露に濡れるブルーベリーとラズベリーの苗が瑞々しい光を放っていた。


「おいライド、見てみろよ。お前が水やってたからか、こっちの茂みにはもう小さな実ができてるぜ」


「ほんとだ!お兄ちゃん、食べられるのはいつ?」


「もうちょいだな。もうちょいで、甘くてうめぇ実になる」


ライドの顔が嬉しそうにほころぶ。


メリンダは目を細めながら、そんな光景を見守っていた。

「……本当に、帰ってきてくれて良かった」


その三日間。

刃も、矢も、誰かを傷つけることなく――

静かに、優しく、時だけが過ぎていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ