お土産
「このペースなら、夕方頃には着きそうだな」シマが呟くと、仲間たちも頷いた。
滝の流れ落ちる音が徐々に大きくなり、森の冷たく澄んだ空気に微かな湿気が混じる。
自然と口角が上がり、足取りも速くなる。家はもうすぐそこだ。
鬱蒼とした深淵の森の緑を抜けると、視界が開けた。
その先に、仲間たちと共に築き上げた家々が佇んでいる。
手作りの頑強な柵が周囲を囲み、新しく作った見張り台が陽光を浴びて輝いていた。
「おい、あれ見ろよ」
ジトーが指をさす。家の前で、二人の男が剣を打ち合わせていた。
鍛え抜かれた動きが遠目にも分かる。力強く、俊敏な攻防。鍔迫り合いの金属音が響き渡る。
「クリフとフレッドだな。模擬戦してるのか」
シマは目を細め、顔を綻ばせる。
「おーい!」
声を張り上げ、片手を振る。
二人はハッと動きを止めた。クリフが最初にこちらを認識し、目を大きく見開く。
「おお、シマたちが帰ってきたぞ!」
クリフが剣を鞘に収めると、フレッドも同じく剣を収め、弾かれたように駆け出した。
クリフがまっすぐこちらに向かってくるのを見て、シマたちも思わず走り出す。
「帰ってきたか!無事で何よりだ!」
クリフがシマの肩を強く叩いた。懐かしい力強さが心に沁みる。
「帰ってきたぜ、クリフ」
「フレッド、みんなに知らせてくれ!」
「ああ、任せろ!」
フレッドは振り返るなり、家に向かって走る。
「シマたちが帰ってきたぞーっ!」
その声が響き渡ると、家の中や周囲から次々に仲間たちが姿を現した。
「お帰りー!」
「待ってたよ!」
「お兄ちゃーん!」
ザック、オスカー、サーシャ、ケイト、エイラ、ノエル、ミーナ、メグ、そしてリズが次々に駆け寄ってくる。
メグがシマに飛びつき、兄の首にしがみつく。
「メグ、ただいま!」
「お兄ちゃん、お土産ある?」
「もちろん。あとで楽しみにしてろよ」
笑い声が弾ける。仲間たちが互いに肩を叩き合い、再会を喜び合う。
人目を忍んで生きてきた彼らにとって、この場所が確かに「家」になっていることをシマは実感した。
「あっ、大変!」
急にリズが立ち止まり、頭を抱える。
「どうした?」
「夕飯の支度の途中だったの!もう火を落とさなきゃ!」
「私も手伝う!」
ノエル、エイラ、ミーナも一斉に駆け出した。
賑やかな足音が家の中に吸い込まれていく。
「やっぱり、ここが俺たちの家だな」
シマがポツリと呟く。
「なにを言ってんだ。当たり前だろ」
ジトーがニヤッと笑う。
森の静寂に、仲間たちの笑い声が溶け込んでいった。
薪がパチパチと爆ぜる音が響く中、食卓には焼きたてのパン、ブラウンクラウンの入ったスープ、干し肉と香草と木の実の炒め物、川魚の開きなどが並んでいた。
素朴ながらも心が満たされる味。シマはスープを口に含み、ほっと息をついた。
「ああ、この味だ。帰ってきたんだなって感じるよ」
「パンは私が焼いたのよ!」
エイラが得意げに笑う。
窯も以前より少し良くなり、発酵や焼き加減にもコツをつかんできたという。
彼女の作るパンはふんわりとして香ばしく、みんなが大好きな味になっていた。
何度も試行錯誤を重ね、苦労してここまでの出来にたどり着いたことを知っているだけに、仲間たちは心から感謝の眼差しを向ける。
「エイラ、最高にうまいよ」
「でしょ?次は木の実を混ぜた甘いパンも試してみようと思ってるの」
「甘いパン!楽しみだわ!」
ミーナが目を輝かせる。
焼き立てのパンの香りに包まれ、家中が温かな笑い声で満たされた。
食後はそれぞれ好みのお茶を淹れてくつろぐ時間だ。
チャノキや甘草にジャムや砂糖を加えて自分好みの味に調整する。
シマたちは大きな袋を引き寄せた。
「さて、まずは土産物からだ」
「待ってました!」
「わあ〜!楽しみだわあ〜!」
「いぇ〜い!」
子どものようにはしゃぐ仲間たちの姿に、シマは笑いながら土産を取り出す。
「サーシャ、これお前に似合いそうだと思ってさ」
シマが差し出したのは、赤と青の石があしらわれたシンプルな髪飾りだった。
「えっ!ほんとに?」
サーシャは目を輝かせると、勢いよくシマに抱きついた。
「おいおい!」
「ありがとう、シマ!つけて!」
「わかったよ、ちょっと待て」
慣れない手つきで髪飾りをつけるシマ。
サーシャが嬉しそうに髪を揺らす。
「どう?似合ってる?」
「ああ、すげえ似合ってる」
「きゃー!うれしい!」
また、抱きつく。
その様子に女性陣がキャーキャーと騒ぎ出す。
次にシマは紫色の小さな花のついた髪飾りをエイラに渡した。
「あら素敵ね。つけてくれる?」
「ああ」
エイラの髪にそっと飾りをつけるシマ。
エイラはくるりと回り、笑顔で言った。
「似合ってるかしら?」
「似合ってるぜこれ以上ないくらいにな。」
「ふふっ、ありがとう、シマ」
エイラはシマの頬にキスをした。
「わぁ!ずるい!」
サーシャが頬を膨らませると、またもや女性陣の黄色い声が飛び交った。
次に、シマは赤いリボン付きの髪留めを手に取った。
「オスカー、これをお前の手からメグに渡してやってくれ」
「え?ぼ、僕が?」
戸惑いながらも、オスカーは髪留めを受け取りメグに向き合った。
「メ、メグ、これ…ぼ、僕が選んだわけじゃないけど…つけてもいいかな?」
「う、うん!お願いしましゅ…」
真っ赤になってうつむく二人。
仲間たちは微笑ましい光景に口元をほころばせた。
「おいおい、オスカー、声が震えてるぞ」
「そ、そんなことないって!」
次にシマは革のポシェットをクリフに手渡した。
怪訝な顔をするクリフ。
「は?…おい、お、お前まさか俺に?」
「んなわけあるか」
シマが笑ってクリフの頭を軽く叩いた。
「ケイトに渡してやれ」
クリフの表情が一瞬で固まる。
「お、お前…いつから気づいて…?」
「んなもん、昔っからみんな知ってたわ、お前とケイトができてんのは」
ニヤッと笑うシマ。
「うそだろ…」
クリフが真っ赤になってケイトの前に立つ。
「ケ、ケイト…これ…」
ケイトは嬉しそうに微笑んで受け取る。
「ありがとう。いつかあなたが選んでくれたものを贈ってくれると嬉しいわ」
「おう、俺、かっこいいやつ選ぶから」
「…可愛いのがいいわよ?」
そのやり取りに皆が笑った。
「おい、クリフの奴、耳まで真っ赤だぜ!」
「うるせえよ!」
次にジトーが水色と淡いピンクの髪飾りをミーナに渡した。
「ミーナにはどっちも似合いそうで決められなかったんだ。両方もらってくれないか」
「…ジトー!」
ミーナはジトーの胸に飛び込んだ。涙を浮かべ、幸せそうに頬を寄せる。
「ほんとに、ありがとう…」
トーマスはお洒落な小物入れと黒色の蝶の形をした髪留めを手に持ち。
「こ、これ…の、ノエルが…喜ぶと思って…い、一生懸命に、選んだんだ…」
「まあ、ありがとうトーマス!」
ノエルはトーマスの頬に軽くキスをする。
「デへへへ」
トーマスはだらしのない笑顔になった。
最後にロイドが白い花の髪飾りを手に取った。
「リズ、君がこれをつけて歌って踊れば、きっとさらに輝くと思うんだ」
「ロイド…」
リズが静かにロイドを見つめる。
ロイドは彼女の髪に髪飾りをつけ、二人はそっと抱きしめ合った。
「この髪飾り、大切にするわ」
「また一緒に踊ろう、リズ」
笑いと歓声と温かな空気が満ちる夜。
外では冷たい夜風が森をそよがせていたが、家の中には仲間たちの笑顔と温もりが満ちあふれていた。深淵の森の静けさの中で、家族同然の絆がより強く結ばれていくのだった。




