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光を求めて  作者: kotupon


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果樹園?!

朝の光が穏やかに差し込む台所に、ロイドの声が響いた。

「父さん、ジャガイモの作付けや、ブルーベリー、ラズベリーはどうなってるの?」


問いかけに、食後の湯呑を手にしていたダグラスが笑って頷いた。

「ちゃんと言われた通り守ってるぞ。ジャガイモがあるおかげで、小麦の備蓄も例年よりずっと多くできた。ブルーベリーもラズベリーも、元気に育ってるさ。畑に見に行ってみるか?」


「僕も行くよ!」

目を輝かせて椅子から飛び上がったのはハイドだった。

両手をぱんっと叩いて、準備万端とばかりに兄と父の間に割って入る。


「よし、じゃあ行こうか」

ロイドが笑ってハイドの肩を軽く叩き、三人は並んで玄関を抜けていった。


一方、家の中では、リズが静かに席を立ち、空になった食器を手際よく重ね始めていた。

「お義母様、こちらは私が片付けておきますね」

穏やかな口調で、にこりと微笑む。


セリアはふと驚いたように眉を上げた。

「あら、リズさん、畑の方に行かなくていいの?」


「いいえ。ミシェルと約束しましたから、歌を教えるって――それを果たさないわけにはいきません」


ミシェルはまだ夢の中にいた。

下手の隅に移動させ布を掛けて心地よさそうに寝息を立てている。


その寝顔に目をやりながら、セリアがふっと柔らかく微笑む。

「そうだったわね……ごめんなさいね、お願いしてもいいかしら? 私はその間に掃除と洗濯を済ませちゃうから」


「もちろん、お任せください」

リズは食器を抱えたまま、優しい声音で応じる。

母屋の台所からは、陶器の触れ合う小さな音と、窓辺を撫でる微風が心地よく流れ込んでいた。


朝の静けさに包まれながら、シュリ村の家族たちの営みが、今日も穏やかに、そして少しずつ前へと進んでいく――そんな一場面だった。


ロイドは土の道を歩きながら弟のハイドに視線を向けた。

麦色に焼けた少年の頬に微笑を浮かべ、ふと問いかける。

「ハイド、ちゃんと父さんから学んでいるかい?」


するとハイドは少しむくれたように頬を膨らませて、「……ちゃんと勉強してるよ」と返した。

だが、すぐに表情を明るくして、「それよりもさ、兄さん! 後で剣を教えてよ!」と、目を輝かせて言った。


その様子に、ダグラスが腰に手を当てて小さく笑った。

「ハハ……ハイドくらいの年頃になると、勉強よりも剣に夢中になるのもわかるがなあ…」


三人が笑いながら村の広場に近づくと、すでにシャイン傭兵団のテント群が設営されていた。

濡れず、染みこまない布地のテントが規則正しく並び、いくつかの焚火では鍋が湯気を立てている。

団員たちはそれぞれ思い思いにくつろぎ、笑い声や談笑が交差していた。


「ロイド、どこに行くんだ?」

広場の一角で木の板に腰かけていたトーマスが、気配に気づいて声をかける。


「ジャガイモ畑、ブルーベリー、ラズベリーの苗木がどうなってるのか気になってね」


「なら俺もいくぜ」

軽く腰を上げ、トーマスが隣に並ぶ。

そして、歩きながらロイドの父親に会釈した。

「ロイドの親父さん、久しぶりです」


ダグラスは少し目を細めて、力強くうなずいた。

「息子がお世話になってるね。何もない村だが、どうぞゆっくりしていってくれ」


「ありがたいです。……あ、それとハイドだったな? 元気だったか?」


名前を呼ばれたハイドはぴんと背筋を伸ばし、少し照れくさそうに笑う。

「……は、はい! 元気です!」


そのやりとりを見ていた団員たちが、次々と「なんだなんだ?」と興味を持ってわらわらと集まってくる。


「皆、紹介するよ」

ロイドが少し照れながらも堂々とした声で言った。

「僕の父さん、ダグラス。そして弟のハイドだよ」


ロイドの紹介のあと、ざわ…とした空気の中で、団員たちは一人また一人と挨拶を交わしていく。

それぞれが気さくな笑顔で、ある者は手を振り、ある者は軽く会釈し、またある者はハイドの頭を軽く撫でるようにして親しみを見せる。


「……ロイドをよろしく頼みます」

ダグラスが静かに、しかしどこか力を込めた声で言った。


その言葉に、数人の団員が顔を見合わせ、やや困ったように笑った。


「いやいや、よろしく頼むって言われてもなあ……俺たちの方が、面倒見てもらってる方だし」


「ほんとそれ。うちの団長補佐様、何でもぜーんぶこなすんだから。逆に頼りまくりですわ」


「ハイドだっけ? お前の兄ちゃんはな、強すぎてなあ……」


「俺たちが束になっても勝てねえ、マジで」


「しかも今じゃ300人近くいる傭兵団の中核メンバーなんだぜ? それでいて抜けてるところが一個もねえ。冗談じゃねえよな」


団員たちの言葉に、ダグラスの表情がゆっくりと固まり、目を見開いた。

「……さ、300人……?! うちの村の人口より多いじゃないか……!」

静かに呟くその言葉には、驚きと若干の戸惑い、そして息子の成長への実感が交じり合っていた。


「……何だ、話してなかったのか?」

苦笑混じりに問いかけるトーマス。


ロイドは肩をすくめ、ややバツが悪そうに笑った。

「一応話したんだけどね……大分端折ったから」


「……兄さん、端折りすぎだってば……」

ハイドがぽつりと呟くと、周囲がどっと笑いに包まれた。


それは、晴れた空の下、村と傭兵団の絆が自然と溶け合っていくような、穏やかで温かいひとときだった。


「そういえば、フレッドも誘ったほうがいいんじゃないか?」

トーマスがロイドに問う。

「苗木の件、気になるだろう。去年、うちの村でもあいつの村でもジャガイモを試しに植えたし。」


「そうだね、声をかけよう。フレッドは宿の方に泊まるんだったね」


今日、宿に泊まっているのはフレッドのほか、ノエル、マリア、キョウカ、ユキヒョウ、シオン、ロッベン、ベガ、そして他に七人の団員たち。

合計で十数名がこの村の一軒しかない宿に身を寄せている。


ロイドの故郷シュリ村に着くまでに事前に決めていた。

ノエルとマリア、キョウカの三人は連泊の予定。


畑に向かう顔ぶれが、父親のダグラス、弟のハイド、ロイド、トーマス、フレッド、ユキヒョウ、ベガ、ノエル、マリア、そしてキョウカの姿もある。


雰囲気は穏やかだった。

風に揺れる野草の匂いと、鳥たちのさえずりが、村の静けさをさらに引き立てていた。


一方で、村の中心部に残ったのは買い出し担当のシオンとロッベン、そして数名の団員たち。


「悪いけど、買い出しを頼むよ。村の商店は一軒しかないんだ。必要なものをリストにして――でも、買い占めはしないで、あの店、村人たちの日用品もまかなってるから」

ロイドが、畑に向かう前に振り返ってそう告げた。


「了解だ。干し肉、塩、酒、それから……野菜類、だな」

シオンはメモを取りながら、他の団員たちと声を交わしつつ必要物資を洗い出していく。

皆も心得た様子で、必要以上の品は口に出さず、控えめな意見が飛び交っていた。


ロッベンは、真剣な表情でシオンのリストをのぞきこんでいた。

「……干しぶどうは、残しとくか」

ふと、ロッベンが低く呟く。

「子どもたちの好物だって聞いたし」


その言葉に、ロイドが歩きかけた足を止めて、少しだけ肩を揺らして笑った。

声には出さず、けれど心から和らいだような笑みだった。


そして静かに、誰にも言うでもなく、ぽつりと呟いた。

「派手な宴をしたって、誰かに恨まれるようじゃ本末転倒だしね。目立たない優しさが、いちばん大事だよ」


その一言は、柔らかな風の中に溶けて消えていったが、傍にいた者たちの胸には静かに残った。

無理をしない、でも心を尽くす。

それが、シャイン傭兵団らしいやり方なのだと、誰もが理解していた。


一行はなだらかな坂道を越えて畑にたどり着いた。

視界が開けた先には、ジャガイモ畑が広がっている。

思った以上に広く、整然と耕された土の区画がいくつも分かれていた。


「おお……中々の広さだな」

トーマスが感心したように呟く。


畑の一角では、二人の老夫婦が屈み込みながら、茂った葉の根元を確認している。

腰は曲がっていたが、その動きには年季の入った力強さがあった。


「おお、村長!」

先に気づいたのは爺さんだった。

顔を上げ、ダグラスの姿を認めるや否や、手を振りながら立ち上がった。

「……ロイド?! お前さんも今年も帰ってきたんじゃな!」


続いて婆さんも顔を上げ、皺の多い頬を緩ませて近づいてくる。

目を細め、心から嬉しそうな声で言った。

「ロイドが教えてくれたジャガイモ、今では村の主食になりつつあるよ。ほんに、こんなに育てやすい野菜もないわ……大して手間もかからないし、収穫の時なんか子供たちが大騒ぎでねえ」


ロイドは笑って、深く頭を下げた。

「お二人とも、お元気そうでなによりです。畑……見事ですね」


「今はこの区画に植えてるんだ」とダグラスが手を広げる。


畑は四区画に分かれており、それぞれが時期をずらして植えられているようだった。

土はふっくらと盛られ、緑の葉がどこまでも続いている。


「どれくらい獲れたんだ?」

フレッドが興味津々に尋ねると、爺さんは声を張り上げた。


「そりゃあもう! 大量じゃよ! 見てみなされ、この通り!」

そう言って、葉をかき分け、手馴れた手つきで根元を掘り起こす。

現れたのは、ずっしりとした大ぶりのジャガイモがいくつも連なった立派な株だった。


「畑をもっと広げようかと、村人たちと今、協議してるところなんだ」

ダグラスがそう補足すると、婆さんも頷いた。


「今年は春先の雨がよかったのかねえ、実入りがいいんですよ。ほんにありがたいことだわ」


「フライドポテトというたかのう……アレはワシの好物でなあ、酒と合うんじゃよ」

爺さんが目を細め、唇を舐めるようにして笑った。


「わかるぜ! その気持ち!」

トーマスが勢いよく相槌を打つ。

「カリッと揚げたてに、ちょっと濃いめの塩ふってさ。熱々のうちにかぶりつく……たまんねえよな!」


「でも、塩分の摂りすぎには気をつけてくださいね」

ノエルが心配そうに、けれど優しく言った。

その声にはどこか家庭的な温かみがあった。


爺さんは照れたように笑いながら、「はいはい」と手を振った。

「お嬢さんに言われると、気をつけないわけにはいかんな」


一行は和やかな空気に包まれながら、畑の見回りを手伝い始める。

空は澄み、土の香りと葉の緑が生命力に満ちていた。

ロイドは一歩後ろに立ち、ふと空を見上げた。目の奥には静かな誇りと、懐かしさが滲んでいた。


ジャガイモ畑から少し離れた丘の中腹へと、一行は歩を進めていた。

草の匂いが風に乗って流れ、陽射しはまだ柔らかく、木々の葉がさわさわと音を立てている。

ダグラスを先頭にして歩くその列の先には、小さな果樹園のような区画があった。


「……えっ? ……こんなに大きく……!」

その場に足を止め、ノエルが目を見張るように声を漏らした。


そこには、昨年植えたはずのブルーベリーとラズベリーの苗木が、想像以上に大きく育っていた。

人の背丈を優に超えるほどの枝葉が四方に伸び、茂みの奥には小さな花房さえちらほらと見える。

茂った葉の間には、青紫や赤く色づき始めた小さな実が、まだ控えめにではあるが確かに揺れていた。


「去年植えたんじゃないのかい?」

ユキヒョウが目を細めて言った。

口調は穏やかだが、どこか訝しむような色がある。


「……苗木じゃなくて、成木を植えたの間違いじゃねえのか?」

ベガが眉をひそめて、幹を見上げる。

腕を組んだまま木の太さを確かめるようにしている。


「……父さん、本当にここで合ってるの?」

ロイドが訝しげに眉を寄せて尋ねる。


すると、少し後ろからハイドが手を上げた。

「兄さんも一緒に植えたじゃないか。去年の春、覚えてないの?」


ロイドは少し肩をすくめ、草の間から根元をのぞき込むようにしゃがんだ。

「……いや、確かに植えたけど……こんな成長、聞いたことない」


「これ、今年には実をつけるんじゃない?」

キョウカが楽しげに言いながら、近くの枝をそっと持ち上げる。

葉の陰には、ほんのり色づいた小さな実がひと粒、陽の光を受けて輝いていた。


「……深淵の森産の苗木だから……?」

ぽつりと、マリアが呟くように言った。

その声音には無邪気な驚きと、どこか不思議な響きがまざっていた。


するとすかさずロイドが小声でマリアに耳打ちした。

「マリアさん、そのことは黙ってて。心配をかけたくないんだ」


「あっ、ごめんね……」

マリアが口元を押さえて小さく謝る。


それを聞きつけたフレッドがニヤリと笑い、からかうように言った。

「さすがポンコツねーちゃん」


「……あんた、後で覚えておきなさいよ……!」

マリアは顔を真っ赤にして睨みつけるが、フレッドはどこ吹く風と笑っている。


そんなやり取りの最中も、ダグラスはというと、ひとり上機嫌に果樹を眺めながら鼻歌交じりに言った。

「去年ロイドが持ってきてくれたジャム……あれは美味かったなあ。」


「父さん、実をつけたら、絶対また作るよ!」

ハイドが元気よく声をあげた。


「勿論だ」

ダグラスはうなずき、顔に皺を寄せて笑った。


そんな父と弟のやりとりを背後から見ていたロイドに、トーマスが近づいてきて、ぽんとその肩を叩いた。

「……まあ、何だ。いいことじゃねえか」


ロイドは少し照れたように口元を歪め、かすかに笑った。


「そうだな……俺の村でも、トーマスの村でも、これなら期待できるな」

フレッドが真顔で言いながら、熟しはじめた実の房に手を伸ばし、指先でそっと触れる。


その場に吹いた風が、果樹の葉を揺らし、赤紫の実をちらちらと光らせた。

目の前の豊かさと、懐かしい日々が重なるように、彼らはしばし言葉もなく、それぞれの思いに浸っていた。

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