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光を求めて  作者: kotupon


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260/453

出自

部屋に重く垂れ込めていた沈黙の中で、フレッドがゆっくりと椅子の背にもたれかかる。


「……声のトーン、瞳孔の揺れ、目線の動き……」

僅かに息を吐いて、視線を逸らさずに言った。

「……噓は吐いてねえみたいだな」


ベガの額には、じんわりと浮かんだ汗がひとすじ流れている。

それでも目は、真正面を見据えたまま逸らさなかった。


その静かな姿勢に、トーマスがやや表情を緩める。

「……お前、一人だけなのか? 他に仲間はいねえのか?」


問われたベガは、一度だけ頷く。

「俺ひとりだけだ。情報屋ってのは、案外狭い世界でな。横の繋がりがある。――でも、組むことは少ねえ。信用より競り合いが先に立つ職業だ」


そして、ようやく自らの名を口にした。

「それと……俺の名前は“ベガ”。ベガって呼んでくれ」


その声に、ロイドが静かに頷く。そして、一同を見回すようにして、口を開いた。

「……ベガさん。あなたを仲間に入れるかどうかを決めるのは、団長のシマだ」


その名を出したとき、空気が微かに動く。

この場にいない者の名が、ここに確かな重さで存在していた。


「これから言うことは、僕の見解だよ」

ロイドは背筋を伸ばし、視線をベガに定めた。

目の奥にあるのは、団員を預かる者の、迷いなき責任感。


「正直に言って……情報を扱える人材は、喉から手が出るほど欲しいと思っている」


その一言に、ベガの眉が僅かに動く。ロイドは構わず続ける。


「ベガさんが裏切らない集団を望んでいるように、僕たちもまた――裏切らない人間であることを、祈っている…強さも、信用も、時間をかけて確かめるものだと思う」

ロイドの声には、迷いはなかった。

その静けさが、かえって力強く響いた。


しばらく沈黙が流れたのち、ベガが少しだけ口角を上げた。

「……つまり、“これからの働き次第”ってことで……ついて行ってもいいってことか?」


その問いに、即座にトーマスが一歩踏み出し、声を低くして言った。

「妙な真似はするなよ? おとなしく、ついて来いよ?」


その言葉に込められたのは、警戒心と、だが同時に――一縷の信頼の予感。


続けてフレッドが、ぐいと顎をしゃくる。

「責任者はロイドだ。次いで、俺たちがそれぞれ面倒を見る。指示には――従えよ?」


その言い回しは粗雑だが、温度がある。

仲間として受け入れることを、遠回しに示していた。


ベガは静かに、だがはっきりと頷いた。

「了解だ。とりあえずは……仮の入団ってことだな」


彼の顔には、安堵と、それ以上の決意がにじんでいた。

仮とはいえ、歴戦の猛者たちに囲まれ、彼はついに一歩を踏み出した。



「シマとメグの出自、出身について――聞かせてくれるかしら?」

ノエルが静かに口を開いた。

声は穏やかだったが、その奥には確かな意志があった。


団員たちの目が一斉に、向かいのベガに注がれる。


ベガはその圧を正面から受け止め、少しだけ背を正す。

「……あまり大きな声では言えん。……驚くなよ?」


そう前置きしたその声音は、冗談めかすことなく――真に慎重なものだった。


その瞬間、ユキヒョウが静かに立ち上がり、周囲の団員たちに目配せを送る。

「集まってくれ。ロイドを中心に、輪になる」


無言のまま、皆が自然と席を移し始めた。

椅子の擦れる音だけが、静かに部屋に響く。


見計らったようにロイドが小さく頷き、合図を送る。


ベガは一息だけ深く吸い込み――そして、語り始めた。

「……カルバド帝国。その東部、港湾都市を有する『ロートリンゲン領』。かつてそこを治めていたのが――ユーマ・フォン・ロートリンゲン伯爵。そして、その息子と娘が……団長とその妹だ」


一拍置いて、全員の視線が一斉に集まる。

空気が変わった。凍てつくような沈黙がその場を包む。


ノエルの手がわずかに動く。

フレッドの眉がぴくりと跳ね、マリアの表情が静かに固まる。


「今でこそ“反逆の貴族”と呼ばれてる……だが、俺が調べた限り、ユーマ伯とその奥方――クラリッサ・フォン・ロートリンゲンの評判は、むしろ真逆だった」

ベガは淡々と語る。しかしその語り口の端々には、対象への敬意と複雑な思いが滲んでいた。


「夫婦仲は周囲から揶揄われるほど良かったそうだ。“惚気けすぎ”って笑われるほどだったらしい。――奥方は元は平民出身。美しい人だったそうだ」


ユキヒョウが微かに頷く。マリアが息を呑む。


「しかも……伯爵の方から熱烈にアプローチしたそうだ。何度断られても諦めず、ついには家臣にも呆れられながら――説得して迎えた。……それくらい、情の深い人だったらしい」


言葉が続くごとに、団員たちの表情が徐々に変わっていく。


「武の方では剣の達人だった。ただの剣じゃない。彼は……“カタナ”と呼ばれる武器を扱っていたらしい。その抜き打ちは、まるで見えなかったと、ある記録にはある」


「カタナ……」とユキヒョウが小声で繰り返す。


「経済にも明るく、政治手腕も優れていた。独自の貿易船団を持っていて、ロートリンゲン領の物資を周辺の港街、国家とも直接やり取りしてたらしい。利益の分配も公平で……領民にも分け隔てなく接していた……帝国貴族としては異例中の異例だ」


ノエルが、静かに目を伏せた。

その横でロイドは表情を変えず、じっとベガを見つめ続けていた。


「そして何より、帝国では“道具”として扱われがちな奴隷たち――彼は、彼らを“人として扱った”。食事を共にし、酒を酌み交わし、名前を呼び、誕生日には小さな贈り物もしたと……」


しん……と、部屋が静まり返る。

それはただの情報ではなかった。

そこにあったのは、確かに“生きた人間”の気配だった。


「そんな人間が……なぜ“反逆者”と呼ばれたのか。……それは、俺にもまだ調べ切れていない」

ベガは最後にそう締めくくり、そっと目を伏せた。


しばらくの間、誰一人、声を発さなかった。

静けさのなかで、それぞれが胸中に思いを巡らせていた。


「……疎まれていたんじゃないかい?」

ぽつりと漏らしたユキヒョウの言葉が、部屋の空気にじわりと沁み込む。

「なんか、そんな気がするよ」

その瞳はいつになく静かで、まるで過去の自分を重ねるように細められていた。


「……あなたも、ゼルヴァリアでは異端者扱いだったものね」

隣でマリアが優しく呟く。

「独自の貿易船団を持って、幅広く交易もしていて……きっと領地も潤ってたんじゃない?」


「可能性は十分にあるな」

トーマスが頷きながら言葉を継ぐ。

「中央からしたら目障りな領主だったろうさ。貴族として型破りすぎる」


そのとき、リズが、静かに訊ねた。

「……もう、生きていないのね……?」


ベガの顔に、一瞬だけ影が差す。

「……戦死したそうだ」

彼の声は沈んでいた。

「凄まじい戦いだったと聞く。帝国正規軍と激突して――家臣一同、領軍、領民、そして奴隷たちまでもが……死に物狂いで戦った。――それでも……堰を切るように、すべてが終わった」


沈黙が重たく落ちる。

誰もが想像した。

絶望的な戦場で、シマとメグの父母が命を散らしたその日を。


だが、フレッドはなお問いを重ねた。

「……で、その“伯爵”なんとやらが、シマとメグの両親だって確証はあるのか?」


その問いに、ベガは無言で皮の旅袋を解いた。

ゆっくりと、慎重に、布がほどかれていく。

まるで神聖なものを扱うかのように、ベガの指はどこまでも丁寧だった。

慎重な手つきで中から取り出されたのは、手のひらサイズの、薄汚れた額縁だった。

時間の重みを纏ったその外観は、旅と年月を潜り抜けてきた証のようだった。


最後の布を取り除いたその瞬間――色褪せた一枚の肖像画


描かれているのは、一組の男女。

長身の男は鋼のような眼差しを持ちながらも、口元には優しげな笑みを浮かべていた。

隣の女性は柔らかな栗毛の髪を揺らし、頬を寄せるようにして微笑んでいる。

その瞳にはどこか強さと温かさが同居しており、並んだ二人の姿からは――絵を超えて伝わってくる、確かな絆があった。


ベガは、それを静かにロイドへ差し出した。


ロイドの目が見開かれる。

「……!!っ……シマ……?! ……メグ……?」

声が震えた。


「……っ! 瓜二つじゃねえか…!」

フレッドが覗き込み、思わず声を上げる。


皆が顔を寄せるようにして、その肖像を覗き込む。


リズが、震える声で訊ねた。

「……どこで、これを手に入れたの?」


ベガは、かすかに息をつきながら答える。

「……『港湾都市ブリューク領』――昔の名は、港湾都市ロートリンゲン領だ」

ベガは、静かに語り出す。

「――ユーマ・フォン・ロートリンゲンと、その妻クラリッサ・フォン・ロートリンゲン。……この肖像画は、俺が年老いた奴隷の男から受け取ったものだ」


声には敬意が滲んでいた。


「その男は、ブリューク領――かつてのロートリンゲン領の片隅でひっそりと暮らしていた。もう背中も曲がっていたし、歩くのもやっとだったが……この肖像だけは常に肌身離さず持っていた。寝る時も、食う時も、移動する時も、胸に抱いていた」


団員たちが固唾を呑んで聞き入る中、ベガは続ける。

「聞いたよ。“この人たちは、本当に素晴らしい主だった”と。“身分の壁を越えて、名前を呼んでくれた”と……俺がこの肖像に描かれた面差しは、どこかで見た気がすると――“この絵に描かれてる男女に、そっくりな奴を知っている”と言うと…“あの方たちの血を継ぐ者ならば、いつか戻って来るはずだ”……そう言って、譲ってくれた。俺みたいなよそ者にな。……そのときの手は、震えていた…」


ベガは視線を落とす。

その瞳に、微かに揺れるものがあった。


「俺はこれは……お前たちに託すべきものだと確信した」


ロイドの手に渡された肖像画。

そこには確かに――未来に繋がる、過去の光が刻まれていた。


部屋にいた誰もが、それが単なる証拠品などではないことを、

“人と人との記憶”そのものだということを、黙して理解していた。


静まり返った室内で――

誰もが、その絵の中の「真実」を前に、言葉を失っていた。

――シマとメグ。

シャイン傭兵団の核にして、誰よりも家族を守ろうとするあの二人の“始まり”に、ようやく触れられた気がした。


今しがた明かされた「肖像画の真実」を静かに受け止めていた。


その中で、ユキヒョウがふと、ベガに向かって尋ねる。

「……何故、帝国領に行ったんだい? 確証はあったのかい?」


その問いに、ベガは一つ鼻を鳴らしながら答えた。

「アンタらの団長には、一度だけ会ったことがある。……正確には、尾行しようとして、バレたんだが」


周囲の団員たちが驚いたように目を見開く。


ベガは肩をすくめ、苦笑を浮かべながら続けた。

「こっちの気配を完全に捉えて、背中で“わかってるぞ”と語るようだったな……あんな経験、後にも先にもない。あっ!ガタイの良い兄ちゃんにもバレたんだった…ま、それだけで十分に印象に残った。それに……」


ベガの目がわずかに細まる。

「……黒髪だった。混じりっけなしの、深い漆黒。あれは……この大陸じゃ珍しい。偶然目にした文献で、思い出した名があった――ユーマ・フォン・ロートリンゲン。彼もまた、純然たる黒髪を持っていたそうだ。肖像画にもはっきりと黒髪で描かれているしな……血筋を辿れば、遥か東方から来た異国の人間だという噂もある」


「……いわれてみればそうだなあ」

トーマスがぽつりと呟く。


「この大陸以外にも人が住んでる場所がある、なんて話……信じられねえがな」

ベガは苦笑しながら首を振る。

「結局のところ、俺はただの情報屋だ。足で集めた情報と、勘だけが頼りだ。……一発で引き当てちまったのは運が良かっただけだよ」


「……だがな」

トーマスが静かに言葉を継いだ。

「世界の広さを、まだ知らねえな。」


ロイドが頷く。

「僕たちはこの大陸“以外”から来た人を知ってるよ」


ベガの表情が強張る。

「……おいおい、何の冗談――……じゃねえのか?」


誰かが笑うかと思った。けれど、誰も笑わなかった。

彼らの瞳に、冗談を言う者の色はなかった。


ノエルが肩をすくめながら言った。

「まあ、実際に“そこ”へ行ったわけじゃないけどね」


「……それよりも」

リズが視線を向ける。

「出自のこと、シマとメグに話すの?」


一瞬、空気が凪いだ。


ロイドは静かに頷く。

「話すよ。……僕たちは“家族”じゃないか」


その言葉に、周囲の空気がゆっくりと温度を取り戻していく。


「出自や出身なんかよりも――もっと強い絆で、僕たちは結ばれている。過去がどうであろうと、これからの生き方は、僕たちで決める。……そうじゃないかい?」


「それな!」

フレッドが親指を立てて笑う。


「確かに」

ノエルがうなずく。


「だな!」

トーマスが拳を軽く打ち鳴らす。


「それがいいわ」

リズの声は柔らかく、どこか誇らしげだった。


灯の下に、静かに結ばれた絆の輪があった。

出自も血も超えた、魂の繋がり。

それこそが――シャイン傭兵団という“家族”の形だった。

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― 新着の感想 ―
語られるシマとメグの出自・・・心が震えました。本当に壮大な群像劇・・・楽しみに読ませてもらいます。
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