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光を求めて  作者: kotupon


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259/461

情報屋兼鑑定士

「……俺たちの方からも、何か一筆書いた方がいいんじゃねえか?」

そう口火を切ったのはフレッドだった。

気取ったところのないその物言いに、一瞬空気が揺れる。


「そうね……その方が公平ね」

ノエルが頷き、湯飲みを置いた。

「曲がりなりにも、私たちはシャイン傭兵団の名を背負ってるんだもの」


オヤジが目を細め、低く笑う。

「……随分と律儀だな、お前さんら」


ロイドは静かに席を立ち、「ペンと紙をお借りできますか」と申し出る。

オヤジは頷き、戸棚から古い革装の筆記具と羊皮紙を取り出して差し出した。


薄墨のインクにペン先を浸し、ロイドは静かに書き始めた。

筆致は丁寧で、ひと文字ひと文字に責任と誇りが宿るようだった。


我々シャイン傭兵団は、以下の条件に基づき、本契約を正式に承諾する。

年二回、各回二十五張の弓を納品。

すべてキョウカ殿の検分を経た上での納入とする。


シャイン傭兵団、団長補佐 ロイド

静かにペンを置き、羊皮紙を折って親父へと差し出す。


オヤジは無言でそれを受け取り、ちらと目を通した後、感慨深げに頷いた。


その空気のなかで、ノエルがふと思い出したように笑う。

「そうだわ、キョウカさんがチョウコ村に来てくれるんでしょう?」


「歓迎するわ!絶対、後悔させないわ。」

リズがすぐさま声を重ねる。


「居心地の良い場所なんだから。女だからって見下されることはないのよ!」

マリアの瞳には確信のこもった光が宿っていた。


その熱気に押されたように、オヤジがゴホンッと大きく咳払いする。

皆の視線が向くと、彼はぐっと腕を組み直し、その丸太のような腕にゆっくりと力を込めた。


「……ひとつ、伝えておいてくれ」

声は低く、だが一言ごとに重みがある。

「キョウカは……俺の大切な、一人娘だ。――傷物にしたやつは、俺にぶちのめされる覚悟をしておけ」


静まり返る室内に、その言葉がずしりと響く。

オヤジの額には一本、年季の入った筋が浮かび、肩は大岩のように張っていた。


しかしその後ろから――


「お父ちゃん、アタシだっていつまでも子供じゃないのよ」

呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑うキョウカの声が飛んできた。


オヤジの頬がわずかに緩む。

だが返す言葉はなかった。

ただ、湯飲みをひと口飲み干すと、何かを噛み締めるようにうなずいた。


その姿は、職人であり父親であり、そして――娘を信じる者の、不器用な愛そのものだった。


夕暮れが街を金色に染めるなか、ロイド一行は武器屋の扉をくぐり、通りへと出た。

鍛冶場からの熱気を背に受けながら、明日の出立を胸に、それぞれがどこか晴れやかな表情を浮かべている。

「出立は明日、明朝――午前七時。東門前集合でお願いします。」

ロイドがキョウカに伝え。


風が通りを抜け、商人たちが店じまいを始める音が遠くから聞こえてくる。

その中で、特に足取り軽く歩くのはユキヒョウだった。

新調されたバスタードソードを背負い、どこか上機嫌な笑みを浮かべている。

鞘にあしらわれたスノードロップの金具が、夕陽を受けてかすかに光る。


そんな様子を見ていたフレッドが、ふと疑問を口にした。

「そういえばよ……お前、片手で剣を扱うんだろ? じゃあ、空いた左手はどうするんだ?」


問いかけに、ユキヒョウはくすりと笑った。

その笑みはいつもの飄々としたそれではなく、どこか楽しげな含みを持っていた。

「フフッ……そうだね。手甲を付けてバックラーを持つか――それとも、少し軽めの剣を持つか……」


夕風を受けて髪が揺れる中、ユキヒョウは遠くを見つめるように呟いた。

「ちょっと色々試してみようかと思ってるんだ」


その一言に、フレッドの顔が一瞬でこわばる。

「なっ!? てめぇ、まさか……俺の真似をしようとしてるんじゃねえだろうな!」


両手を広げて詰め寄るフレッドに、トーマスが苦笑を浮かべながら肩をすくめる。

「いいものはどんどん取り入れるべきだな。戦いってのは進化していくもんだ」


「お、お前まで……! 二刀流は俺だけのものだッ!」

フレッドは半ば真剣、半ば動揺まじりに叫ぶ。


だが、ユキヒョウはそんな彼を見ながら、静かに首を振る。

「……君の“二刀流”を、完全に模写するつもりはないよ。できない。できる訳がない誰にもね」


そして、ほんの一拍置いて続ける。

「――僕だけの“型”を作るつもりさ」


その言葉に、フレッドは目を瞬かせた。

「そ、そうか……それなら……いいんだけどよ」


そう呟いて、フレッドはそっと顔を逸らした。

その頬には、ほんのわずかに赤みがさしていた。


ノエルがふっと笑い、リズが肩を竦めながらマリアに目配せする。

ロイドはそんな仲間たちの様子に目を細め、淡く笑みを浮かべた。


――夜が静かに街に降りてくる。



夕餉の香りが漂う「モノクローム宿」の一室。

揃って卓を囲むシャイン傭兵団の面々の表情は、日中の疲れが滲む中にも、どこか穏やかだった。


煮込み鍋の湯気が立ち上り、焼き立てのパンの香ばしい匂いが部屋に広がる。

トーマスは湯気越しに煮込みを器に移していた――そのときだった。


ギイィ……と扉が軋み、ひとりの男が、何の前触れもなく現れた。

「よう、久しぶりだなあ……おいおい、何か前よりもデカくなってねえか?」


軽薄な笑みを浮かべながら、男はズカズカと部屋に入ってくると、無遠慮にトーマスの対面に腰を下ろした。

肩からは擦れた皮の旅袋、腰には見慣れぬ装飾の小型短剣、灰色のマントには埃が浮いていた。


その姿を見て、反応したのはトーマスだった。

眉をひそめ、じっと男を見つめる。

「……ああ、こいつは――情報屋兼、鑑定士だ」


「こいつが……例の情報屋か?」

フレッドが唸るように言い、椅子の背に凭れて腕を組む。


「用件は何だ?」

トーマスが静かに問いかけた。


男は手を上げて笑って見せた。が、そこに軽口以上の色はない。

「俺を――アンタらの仲間に入れてくれ」


その瞬間、部屋の空気が一変した。


ガタン――!

椅子を蹴る音、器の音、衣擦れ、沈黙。


ロイド、トーマス、フレッド、ユキヒョウ、ノエル、リズ、マリア――

それにシオンとロッベン、計9人の鋭い眼光が、一斉に男へと向けられる。


その視線はまさに剣のごとく。

さらに、食堂の奥にいた他の団員たちまでもが、不意の緊張に目を向け始めていた。


じわりと、ただならぬ気配が部屋を満たす。


ロイドが静かに、しかし冷ややかに問う。

「……目的は何ですか?」


その言葉に、男は慌てるでもなく、掌を見せて肩をすくめた。

「そう睨まんでくれ。アンタらのことを、調べさせてもらった。……職業柄な」


「……調べた?」

ノエルが呟き、リズの瞳に僅かな殺気が走る。


男はそれに気づいたのか、一瞬だけ視線を逸らし、続けた。

「約六年前だったか……とんでもねえガキ共だったってことを、今でも覚えてるさ。だが、調べた結果……最近の活躍を追う中で、アンタらが“深淵の森”で生活していたこと、それに――出自と、出身地を知った」


室内に走る緊張は、もう臨界に達していた。

「……出自、出身地……? それは……まさか、シマたちのことも……?」


ロイドの声はかすかに震えていたが、その響きは鋭利だった。

真っ直ぐに向けられた問いは、まるで深層をえぐる刃のよう。


彼の目が細められると同時に、右手は静かに剣の柄へと伸びていた。

普段は柔らかな眼差しを見せるロイドとは思えない、徹底的に“守る者”の眼光だった。


フレッドが無言でロイドの動きに合わせるように身を引き、ユキヒョウの指先も、テーブルの下で微かに動く。

室内の空気が――凍りつく。


情報屋兼鑑定士は、その視線の圧に一瞬だけ目を泳がせながらも、逃げずに応じた。

「……正確には二人だけだ…スラム育ちの…」

言葉を選ぶように、間を置いて続ける。

「アンタらの団長――シマと、その妹のことだけ……他の団員のことまでは、調べが及んでねえ」

その声音に虚勢はなかった。

恐れていた。確かに怯えていた。

だがそれ以上に、“嘘をついてはいない”という強い自己主張が込められていた。


「……どうやって知ったのか、言ってもらおうか」

ロイドが低く、吐き捨てるように言った。


ユキヒョウは視線を外さぬまま、口元だけで囁いた。

「言葉を選べ。選び損ねれば、首と胴体が泣き別れるよ」


「……誰かに、話したことは?」

リズの声は、静かだが底冷えするような冷たさだった。


男は両手を上げ、身体を引き気味にしながら、必死に答えた。

「な、無い! 誓って! 誰にも話してねえ! そんな真似する度胸はねえって! ……お、俺ァただ、仲間になりてえだけなんだよ!」


室内の緊張は、男の声と共に少しだけ揺らぐ。

だが、それが解けるには、まだ理由が足りなかった。

情報屋は唾を飲み込んだ。

この部屋にいる誰一人として、見逃してくれる気配はなかった。


部屋を満たしていた静かな圧力の中で、情報屋兼鑑定士はわずかに喉を鳴らし、唾を飲み込んだ。

睨むような視線が四方八方から突き刺さるなか、それでも彼は逃げなかった。


ゆっくりと姿勢を正し、トーマスの対面に腰を据え直すと、口を開いた。

「……なぜ、仲間になりたいのかって?」


彼の声は低く、静かに火を灯すような熱を帯びていた。

目の奥には恐れと、しかしそれに拮抗するだけの――強い願いが宿っている。


「俺にもな……後進が育ってきた。ひとつの拠点に根を張って情報を扱うのも、もう十分すぎるほどやった。だが気づいたんだよ――俺は、まだ“外”を見ていないってことに」


目を伏せ、かすかに拳を握る。


「もっと広い世界を、この目で見てみたい。俺が長年培ってきた技術、鑑定の眼、読み、交渉術、嘘と真実の見分け――それらが、本当に通用するか試してみたい。できるなら、役立てて、名も残したいんだ」


ふっと笑みを浮かべるが、どこか自嘲じみた笑みだった。

「……情報屋としては失格だよな。影に生きるべき職業のはずなのに、名を残したいだなんてな」


部屋の誰かが息を飲んだ気配がするが、彼は言葉を止めない。


「でもよ、人ってのは、何のために生まれてくるんだ? 記録にも記憶にも残らず、ただ通り過ぎるだけの存在で終わるのが当然なのか?……俺は、そうは思わない。せめて、“誰か”に思い出してもらえるように生きたい。そのためには、自分をどこまで使い切れるかだと、最近思うようになった」


目を上げる。真正面にトーマスの視線があった。

その瞳に宿る冷たい鋼を正面から受け止めて、情報屋は続けた。


「――それで考えたんだ。“情報の価値”を正しく理解し、それを正しく活かしてくれる存在に、俺は仕えたい。裏切られる心配がなく、強くて、信用できる集団……軍でもなく、ただの商会でもない」


一拍置き、言葉の温度が変わる。


「真っ先に頭に浮かんだのが――あの恐ろしい一団だった」

凍てつくような沈黙が走る。

「そう、あんたらだよ。……ガキ共だったな。初めて名前を聞いたときは、信じられなかったさ。でも調べるうちに、確信した。とんでもねえ化け物どもだってな」


語り口に情熱が混じり始める。まるで何かに取り憑かれたように。


「“シャイン傭兵団”。この名を耳にしたとき、最初は半信半疑だった。けどな、掘り下げるほどにヤバかった――リーガム街での影の大功労者、実はあの密売を未然に防いだ影の立役者。そして……あのブランゲル侯爵家とも懇意な関係。むしろ、侯爵家のほうが関係を築こうとしてる節さえあるって情報もある」


ノエルの眉がわずかに上がったが、黙っている。

男はそのまま言葉を重ねた。


「さらに、新進気鋭のエイト商会と繋がってるだろ? ヴァンの戦いで名を馳せ、スレイニ族との友好関係まで築いてる……巷じゃ“濡れない”テントにマント、ブーツ、背負い袋、弓……シャイン商会って名で売り出そうとしてる逸品だって?」


ユキヒョウの口元がわずかに動いた。

リズが目を伏せる。マリアが静かに彼を見る。


「あんたらは、時代を動かす存在だ。俺の眼に狂いはない。あんたらと行動を共にすれば、俺の技術も――人生も無駄にならない。だから、来た。俺を使ってくれ。十全に、限界まで」


言葉を終えた男は、ようやく肩の力を抜いた。

視線をそらさず、ロイドたちを一人ひとり見据える。


「この命、買わねえか?」


緊張の余韻が残るなか、沈黙がゆっくりと場を包んだ。

その沈黙は――もはや敵意ではなく、「見極め」の静けさだった。

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