表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を求めて  作者: kotupon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

258/456

もう一つのスノードロップ?!

ロッベンが低く声を上げた。

「――あと二つほど報告がある」


団員たちの視線が自然と彼に向けられる。

ロッベンは、変わらぬ淡々とした口調で続けた。

「団員の何人かが、剣や槍を新調した。重量化と補強を意識したものが多い。鍛冶屋の腕も良い。耐久性は期待できそうだな」


「いい傾向ね。」と、ノエルが穏やかに応じる。


ロッベンは次の報告へ移る。

「もう一つ。情報屋兼鑑定士と名乗る男が接触してきた。名は名乗らなかったが、こちらの動向をかなり詳しく把握していた様子だった。……団長補佐たちが帰ってきたら、夕刻に顔を出すと伝言を残していった」


その言葉に、トーマスが少し眉をひそめる。

「情報屋兼鑑定士……? ああ、あいつか。以前一度だけ顔を見たことがある。」


「用件は聞いてるの?」

マリアが問いかける。


ロッベンは首を横に振った。

「いや。一方的に話して、こっちの反応も聞かずに去って行った。シオンが同行していたが……」


「確かに妙な奴だったけど、危険な感じはなかったな」

シオンも補足する。


「どんな用件か知らねえが、別に問題はねえだろ」

フレッドが背もたれに体を預けて言った。

「前にジトーが釘を刺しておいたって言ってたしな。俺たち相手に妙なことを仕掛けるほど、あいつも愚かじゃねえさ」


一同は頷き、特に警戒を高める様子は見せない。

もっとも、全員が心のどこかで警戒心の灯を消してはいなかった。


ロイドがその空気を切るように、すっと姿勢を正す。

「じゃあ、これからの予定を伝えます。明朝、出立します。シオンさん、ロッベンさん。団員たちと共に食材や物資の買い付けをお願いします」


「了解!」シオンとロッベンが同時に、軽快に応じた。


「僕たちは、これから武器屋に顔を出します。」


「特にこれといって必要なものは?」

シオンが肩越しに振り返って尋ねる。


ノエルがすぐに指を折って数えるように答えた。

「小麦粉に、調味料、それと油……果実酒を多めにお願いできるかしら?」


フレッドがすかさず口を挟む。

「欲望が混じってるな、それ」


「あら? 健康維持よ。保存も利くし」

ノエルがにっこり微笑むが、その目は冗談半分ではない。


そこへリズが軽やかに加勢した。

「エールも、もちろん多めに仕入れてきてもらうつもりよ? 夜営の楽しみは食後の一杯に尽きるのだから」


「それなら悪くねえな」

フレッドが笑い、肩をすくめる。

けれど、そのやり取りにはどこか和やかさがあった。



午後の陽が少し傾きかけた頃、石畳を踏みしめて武器屋の扉が押し開かれた。


「ようやく来たな!」

奥から現れたのは、鍛冶仕事で煤けたエプロンをつけた武器屋のオヤジだった。

顔には油と鉄粉が染み付き、口元には人懐こい笑み。

だがその眼差しは、職人としての誇りと気迫に満ちていた。


「待たせたな、店主。」

ユキヒョウが軽く会釈する。


「さあ、見せてもらおうじゃねえか」

トーマスが興味深げに前に出る。


「おう」とオヤジは、作業台の奥から長い包みを慎重に取り出した。

薄布にくるまれたそれを一息に解くと、姿を現したのは見事なバスタードソード。


刃は鈍く光を帯び、青味を帯びた金属のきらめきが美しい。

だが何より目を引いたのは、鞘に描かれた精緻な意匠だった。


冬の夜に降る雪――

その中に凛と咲く、純白のスノードロップの花が一輪。

その繊細な姿は、寒々しい背景の中にあって一層映え、その存在が静かに語りかけてくる。


「花言葉は“逆境の中の希望”……」

オヤジがぽつりと呟く。

「柄には薄青の革を巻いた。手になじみやすいはずだ。……それから」


柄尻の金具に、そっと指を触れる。

「……見えるか? 小さなスノードロップの彫金細工。こいつは特注だ。……お前さんに似合うと思ってな」


ユキヒョウがふっと目を細め、声を弾ませた。

「……いいねぇ。見た目は申し分なし。問題は……中身だ」


「だったら裏庭に行こうか」と、オヤジが即座に応じる。


裏手の試し斬り場へ向かう一行。


「よし、行くぞ」

フレッドが数本の木片を拾い、無造作に三つ投げ上げる。


――まず一本。

「カシュッ」


剣先が風を切る音とともに、木片が真横に断ち割られ、ふわりと二つに分かれて地面に落ちる。


――次、二本目。

「カシュッ」


今度は刃の中ほどで受け止め、見事なタイミングで両断。


――三本目。

「カシュッ」


刃の根元、最も力の乗る一点で――まるで吸い込まれるように、木片が断ち切られる。


静寂が満ちた。

断面は滑らかで、一切のひっかかりもない。まるで刃ではなく、水面に触れたかのような切れ味。


「……ふふっ」

ユキヒョウがにんまりと笑みを浮かべた。

その口元には満足と興奮、そしてどこか少年のような無邪気さすらあった。

「……まるで“自分の延長”って感じがする。振ってて、気持ちいいね!」


「へえ~、あんたにそこまで言わせるとはね」

マリアが感心したように目を細める。


「これなら“逆境”が来ても希望を斬り拓けそうですね」

リズが笑みを添える。


ロイドは黙ってその剣を見つめた。

“逆境の中の希望”――それはまさに、シャイン傭兵団の歩んできた道そのものだと感じた。


そして奇しくも、この剣の名はシャイン商会の開発したリンス剤と同じ、「スノードロップ」。

偶然か、必然か――この剣は、彼らにまた新たな物語をもたらすのかもしれない。


「……店主、良い仕事をしてくれた、礼を言う、ありがとう!」

ユキヒョウが満足げにオヤジに声をかけた。


「へっ、そりゃこっちの台詞だ。お前さんが使ってくれるなら、鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ」

そう言って、オヤジは満面の笑みを浮かべた。

武器屋の裏庭には、刃と想いが響き合う静かな余韻が、しばらく漂っていた。



一同が試し斬りの余韻に浸っていると、ふとロイドが思い出したように声を上げた。

「ところで……キョウカさんは?」


その言葉に、何人かが軽く周囲を見回す。


武器屋のオヤジは「ああ、あいつならちょいと用があって出かけてる。……じきに戻ってくるさ」

ロイドが静かに頷くと、オヤジは続ける。

「それと――キョウカはお前らのとこに行くつもりらしい……ま、立ち話もなんだ。少し場所を変えよう。茶ぐらい出すさ。奥の部屋に通すから、こっちに来な」


鍛冶場には熱気と鉄の匂いが充満していた。

炉から立ち上る白煙、灼けた鉄を叩く弟子たちの手さばき、打撃のたびに跳ねる火花。

ガン、ガン、ガン――

槌の音が脈打つように響き、空間の隅々まで金属の響きを染み渡らせていた。


ロイドたち一行が通るすぐ横でも、若い弟子が黙々と鉄片を炙り、赤く染まった塊に何度も槌を振り下ろしている。

火花が跳ねても目もくれず、額から汗が滴り、炉の赤が彼の横顔を妖しく照らしていた。


オヤジが無骨な手で木扉を押すと――ガラリ。


金具の軋む音とともに、木戸が左右に開かれた。

その先に広がっていたのは、鍛冶場とはまるで別世界のような空間だった。

鉄と火の猛々しさとは裏腹に、そこには静けさと温もりがあった。


部屋の中には干された薬草のほのかな香りが漂い、気持ちを静かに鎮める。

壁には長年使い込まれた工具や、戦場で命を救ってきたであろう古武具が、丁寧に手入れされた状態で掛けられていた。

見る者が自然と背筋を伸ばしたくなるような、静かな敬意が宿っている。


床には毛織りの厚手の敷物が敷かれ、足音が吸い込まれる。

その模様はどこか東方を思わせる曲線で、淡い茶と藍の織りが落ち着いた調和を生み出している。


奥の棚には、手製の陶器や小さな木箱が整然と並び、どれも職人の手の温もりが宿った造形だった。

派手さはなくとも、ひとつひとつが語りかけてくるような存在感を持っている。


ノエルが少し驚いたように部屋を見回し、ふっと微笑んだ。

「……意外と、風情のある部屋なのね」


「言ってくれるじゃねぇか。見た目ほど無粋じゃないってことさ」

オヤジが笑いながら湯を沸かしにいく。


ほどなくして、奥からシューッという音が聞こえ、まもなく湯の沸く香りが部屋に広がった。

オヤジが急須と湯飲みを片手に戻ってくる。

その手つきは、まるで一つの仕事を終えたあとのように丁寧で落ち着いていた。


「さて――温かい茶だ。冷めないうちに飲んでくれ」


その声に促されて、ロイドたちは円卓のまわりに腰を下ろす。

ユキヒョウが静かに息をつき、マリアは袖を少しまくりながら湯飲みを手に取る。

茶の香りが鼻を抜け、緊張と熱気にこわばっていた身体が、ふわりとほどける感覚があった。


オヤジは湯飲みを配り終えると、一つ深く息を吐き、腰を下ろしながら静かに呟く。

「……さて」

目に見えぬ真剣な光が宿る。

「お前さんらにちょいと相談と伝えたいことがある」


その言葉に、部屋の空気がわずかに張り詰めた。

ノエルが目を伏せて湯飲みを置き、フレッドが静かに腕を組む。リズも背筋を伸ばし、表情を引き締める。


静まり返った部屋に、オヤジのくぐもった声が落ちた。

「お前さんらがこの街で情報収集してるのは……まぁ、耳にしてる」


鉄と火の喧騒から離れた部屋に、その低く地を這うような声が妙に響く。

ロイドは湯飲みに口をつけ、慎重に聞き入った。


「知ってるとは思うが、今、この街の領軍は弓兵をそろえようとしている。……俺のとこから卸してる“アレ”をな」

オヤジはわずかに体を前に乗り出す。

「……そうさ。お前らが持ち込んだ弓、領軍に売り渡している。チェスター伯爵様に頼まれてな」


その言葉に、フレッドの眉がピクリと動いた。

ノエルが湯飲みをゆっくり置き、マリアは少しだけ目を細めた。


「年に二回――卸してくれねえか。一回につき最低でも二十五張は欲しい。条件は、一張、三金貨だ」


室内に一拍の静寂が流れる。

誰もすぐには口を開かず、商談の重さをそれぞれの心で計っていた。


ロイドがゆっくりと視線を上げ、口を開いた。

「……出来上がったものを、僕たちの村でキョウカさんが目利きする、という形になりますか?」


オヤジは静かにうなずいた。

「そういうことだ。あいつの眼は確かだ。キョウカが“良し”と言うなら、こっちも安心して納品できるって寸法だ」


ちょうどその時だった。

「ただいまー」


軽やかで伸びやかな声が、奥の戸口から響いた。

振り返ると、柔らかな黒髪を揺らしながら、キョウカが部屋に入ってくる。


「ちょうどいいところに揃ってるみたいだね」

キョウカはそう言いながら、鞄から一通の封筒を取り出す。

赤い封蝋が押されたそれは、整った筆致で宛名が書かれた公文書だった。


「チェスター伯爵様からの書簡だよ。……ほら」

円卓の中央にそれを置くと、ロイドがすぐに手に取り、中身に目を走らせた。


文面は丁寧ながら、内容は簡潔だった。

要点は三つ――


一、弓一張につき三金貨の対価を支払うこと。

二、年二回の継続的な取引とすること。

三、キョウカによる検品を条件に、商隊の滞在費・旅費はこちらが全額負担すること。


それを確認し、ロイドは書簡を静かに置いた。


「……悪くないわね。むしろ、良い条件じゃない?」とノエルが言う。

その横でリズが少し目を輝かせる。

「チェスター伯爵様が相手だし、……この対価なら、十分よね」


「どうするんだ?」とフレッドが尋ねる。


ロイドは視線を皆に一度巡らせた後、静かに、だが確かな声で答えた。

「受けよう」

言葉に迷いはなかった。


「シマも、この条件なら喜んで引き受けるはずだわ」

リズが頷きながら微笑む。


ユキヒョウが腕を組み、口元に淡い笑みを浮かべて言った。

「……“希望の弓”か。シャインの名前が、また一つ広がる」


オヤジはそんな彼らを見ながら、湯飲みを手に取り、どこか誇らしげにうなずいた。

「お前らの弓が、誰かの盾にも矢にもなるならな」


トーマスがふと眉をひそめて口を開いた。

「……だが、この条件だと、オヤジさんとこの儲けがねえんじゃねえか?」


湯飲みに手をかけたオヤジは、少しだけ目を細め、顔に深い皺を刻み笑う。

「チェスター伯爵様とは長い付き合いだからな。それに――街の防衛力が上がるんなら、それに越したことはねえさ」

語る声は飾り気なく、しかし確かな重みがあった。

街と人を思う、職人としての矜持がにじんでいた。


その言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ