表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を求めて  作者: kotupon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

256/454

深淵の森から出てこれた?!

深淵の森を抜ける帰路は、行きとは異なる静けさに包まれていた。

湿った木の匂い、ざわめく枝葉、遠くで鳥が羽ばたく音――全てが森の息遣いだったが、今回はどこか穏やかに感じられる。

最大の理由は、途中で一度も狼や熊と出くわさなかったことだった。


もっとも、それも“ただの幸運”ではなかった。


一行は静かに前進していたが、突然、ノエルが足を止めた。

「……来てるわね」

彼女の瞳が鋭く細まり、背中の超強弓に手をかける。


二人の弓手が息を合わせるように矢をつがえると――「今……!」


ノエルの放った矢がひとつ、枝の上を滑空する鳥の翼を正確に貫いた。

直後、リズの矢が別の鳥の首を射抜く。

ふたつの影がバサッと地面に落ちる。

辺りに羽毛が舞い、鉄のような生臭い匂いが漂い始めた。


フレッドがすぐに駆け寄る。

鳥の喉を裂き、血を皮袋に受けると、すばやく周囲の木肌や草地にその血を塗り始めた。


「これで嗅覚のいい奴らも混乱するはずだ」

フレッドは手際よく、倒木や岩の陰、獣道の分岐点に血を撒いていく。

濃い匂いが風に乗り、広範囲に広がっていく。


「リズ、ノエル。こっちの枝道に足跡だけ残してくれ。あっちは迂回ルートに使う」


「了解」とリズが小さく頷き、足元の湿った土にわざと足跡を刻む。

ノエルも同様に、木の幹に薄く触れて匂いを残す。

「痕跡の拡散、完了」とノエルが報告した。


フレッドは満足げに頷いた。

「これで奴らも、何がどこにいるのかわかんなくなる。俺たちは裏手から抜ける。余計な戦闘はなしだ」


鳥の死骸は一部をそのまま残し、一部は持ち帰るためにリズが素早く処理を進める。残った内臓や羽は、意図的に別方向へと引きずっていき、痕跡を分散させる。


「……よし、撤収だ。しばらくは追ってこられねえ」


全ての準備が整うと、一行は再び静かに移動を始めた。


森に潜む捕食者たちが惑わされ、血と痕跡の錯綜に困惑していた。

嗅覚の優れた狼も、匂いを辿れば辿るほど道が絡まり、やがては他の獣と争う始末。

熊に至っては、血の臭いを警戒し、自ら進路を変えた。



ユキヒョウとマリアは、熟睡することこそ叶わなかったが、緊張の質が明らかに行きとは異なっていた。

――彼らがいる限り、自分たちは簡単には死なない。

そんな安心感が、目を閉じても襲ってこなかった恐怖を薄らがせていた。


(ありがとう、フレッド……)

(本当に、感謝してる……)

声に出すことはなかったが、ユキヒョウとマリアは心の中で何度もその名を唱えた。


そして二日目の午後、森を抜けると、急に眩しい光が彼らを包み込んだ。

木々の密度が一気に薄れ、視界が開けた。草の香り、虫の声、空の青さ――命の感触が身体に満ちる。


「……生きて出てこれた……!」

マリアがぽつりと呟いた。

涙こそ見せなかったが、その声には全てが込められていた。


「……ふぅ~……陽射しが……眩しい……」

ユキヒョウも肩の力を抜き、陽光を浴びながら目を細めた。

目の下に残るわずかな隈は、長く張り詰めていた緊張の証だった。


「野営地に着いたら、ユキヒョウさんとマリアさんは見張りに出なくていいですからね。ゆっくり休んでください」

ロイドの優しい声に、ユキヒョウが小さく会釈する。

「……すまない。お言葉に甘えさせてもらう」


「助かるわ……本当に」

マリアもまた、素直にその言葉を受け取った。


一行はそのまま、ノーレム街へと続く街道を歩き出した。

行きよりも足取りは軽く、空気は明るい。

森を抜けた開放感が皆を包み込んでいた。


とりわけユキヒョウとマリアは、妙にテンションが高かった。


「マリア、ご機嫌ね」

ノエルが笑って声をかける。


「そりゃあそうよ! 深淵の森の奥深くまで行って、帰ってこれただけでも偉業よ! これ、誇っていいわよ。ほんとに!」

大きな声で言い切るマリアに、後ろで肩をすくめたユキヒョウが苦笑い。

「……まあ、そうは言ってもロイドたち、特にフレッドには頭が上がらないけどね」


するとすかさずフレッドが口を開く。

「そう思うんなら……娼館をおごってくれてもいいんだぞ?」


「……一回分くらいならおごってもいいよ」


「マジか?! ……言ってみるもんだなあ!」

フレッドが嬉しそうに笑うと、周囲からも笑いが漏れた。


そんな中、ユキヒョウがふと、にやりと笑みを浮かべて口を開いた。

「それに、ノーレム街に着いたら……僕の武器が――ふふっ……楽しみだよ」


その言葉にマリアが少し眉をひそめる。

「……そう言えば武具って、自腹じゃないのね? 団が出してくれるの?」


「基本的にはそうね」と答えたのはノエルだった。

「でも、例外もあるわよ…とっかえひっかえされたんじゃお金がいくらあっても足りないわ。…さて、キョウカさんがどう答えを出したのかしらね……」


森を抜けたばかりの陽射しの下、シャイン傭兵団の一行は、次なる目的地へと意気揚々と進んでいった。



野営地の中央に、テントが次々と立ち上がる。

薄く、それでいてしっかりと張られた布地は、深い緑の森に溶け込みながらも、明らかに旧来のものとは異なる存在感を放っていた。


「テントも、あっと……いう間に設営完了っと」

腰に手を当てて満足げに頷くユキヒョウが、周囲を見回しながら呟く。

「これは画期的だねぇ。骨組みがすでに組み込まれてるとは……軽くて強い。数がそろったところで売りに出すんだろう?」


「ええ、もちろんよ」リズが頷きながら、手にしたフライパンを火にかける。

「バカ売れ間違いなしね。あの材質、そしてこの構造。従来のテントの三分の一しか場所を取らないし、雨が降っても濡れない、染みこまない……誰もが欲しがるわ」


「……旅人に限らず、軍隊や商人も必須になりそう」

マリアがテントの内側を撫でながら言う。

「寝具や荷物を濡らさないで済むって、地味に一番助かるのよね」


「これも、シマの知識とオスカーがいてこそ、出来た代物ね」

ノエルが鍋の蓋を開けながら続ける。

「さあ、食事を済ましちゃいましょう。今夜は雨が降るわよ」


マリアがピクリと反応して振り返る。「……え? 本当に?」


「ふふっ、信じられない? でも私たちが嘘をついたこと、あった?」とノエルは涼しげに笑う。


トーマスが薪をくべながら口を挟む。

「俺たちが噓をついたことはねえだろう」


風が、わずかに湿気を帯びて吹き抜ける。

頭上の梢がざわめき、雲の切れ間から空をのぞけば、遠くに濃い灰色の筋がゆっくりとこちらに近づいていた。


「ロイド、明日はどうするんだ?」

フレッドが焚き火越しに訊ねる。


ロイドは椅子代わりの丸太に座りながら、軽く頷いた。

「雨が止むまで、ここで待機するよ。無理して移動することもないだろうし。」


「よかったな、お前ら。明日は一日中寝てられんぞ」

フレッドがにやりと笑い、マリアとユキヒョウの背を軽く叩く。

「やったぁ!」マリアが両手を挙げて小さく跳ねる。

「森から出たばっかりだもの、身体が休みを求めてるわ」


「寝られるうちに寝るに限るさ」

ユキヒョウも微笑む。

「夢の中で次の戦いに備えよう」


その頃には、焚き火の上でスープがぐつぐつと音を立てていた。

リズが鍋をかき混ぜながら言う。

「スープ、多めに作っておいたわ。明日も温めればすぐ食べられるから」


立ちのぼる湯気には、ブラウンクラウンの実を煮込んだ甘く香ばしい香り、刻まれた香草の緑の香り、そして獲ったばかりの野鳥の出汁の深みがあった。


夜の帳が降りはじめ、空に最初の雨粒がぽつりと落ちる。

しかし一行はそれすらも予測していたかのように、すでにテントの中へと移り、焚き火のそばには小さな屋根が掛けられていた。


雨脚は、夜半を過ぎてから一層強まった。

葉を打ち、地を叩く水音が森全体にこだまする。

しかしその音は、恐怖でも不安でもなく、むしろ穏やかな子守歌のように、旅人たちを包み込んでいた。


設営されたテントは三つ。

新型の簡易式テントは、従来のものとは比べ物にならない防水性と気密性を備える。

中には大人三人がゆったりと横になれる広さが確保されていた。


もっとも、トーマスだけは例外だった。


彼の体格は群を抜いていた。

肩幅は一抱えあり、身長は軽く2メートルを超える。


「……おいトーマス、頼むからはじっこに行って寝ろって……」

「……悪い、寝ぼけてた」

「……デカすぎんだよお前は……」


とはいえ、雨音が彼らの会話をやわらかく包み込み、やがてフレッドも再びまどろみに落ちていった。


別のテントでは、ノエル、リズ、マリアの三人が眠っていた。

女性陣のテントは、香草を編み込んだ小袋を吊るし、焚きしめた香りが残る落ち着いた空間になっていた。


マリアは先に、まるで石のように沈み込むように眠ってしまった。

深淵の森での緊張と疲労が一気に解けたのだろう。雨音にすら意識を持っていかれることなく、彼女は静かに呼吸を続けている。


ユキヒョウはロイドと同じテントにいた。

夜の間、ユキヒョウは何度か目を覚ましかけたが、ロイドの整った寝息を聞くたびに「……まあいいか」と言って再び目を閉じた。

雨は一向に止む気配がなかったが、彼にとっては、それがむしろ良い休養になった。


「……生きてるって、こういうことか……」

そんな独り言を最後に、ユキヒョウも眠りへと沈んでいった。


翌朝も雨。野営地は濃密な湿気に包まれていた。

木々の葉には水滴がびっしりとつき、地面には薄い水たまりが広がっている。


ノエルが鍋の蓋を開けると、昨日の残りのスープがすでに温められていた。

リズが火を起こしておいたのだ。

そこへ、香ばしく焼けた燻製肉を添えて、小さな食卓が完成する。


パンはまだ柔らかく、ほのかに小麦の香りを残していた。

冷たい雨の朝には、何よりの贅沢だった。


ロイドは焚き火のそばでマントを暖めながら言う。

「今日はこのまま待機だね。」


「……ユキヒョウさんは?」

とノエルが振り返ると、「ぐーすか寝てる」とフレッドが笑う。


ユキヒョウとマリアは、朝食にも起きてこなかった。

完全に身体のスイッチを切ったかのように、深い眠りに落ちている。


「無理もないさ」

とロイドが言った。

「この雨が、逆にいい休養になってる」


ようやくマリアが寝ぼけ眼でテントの端から顔を出す。

「……おはよう……まだ降ってるのね……」


「ええ、でもご安心を」

リズが湯気の立つスープ椀を手渡す。

「パンもまだ柔らかいわ。どうぞ、温まって」


「……ありがとう……私、食べたらもうちょっと……寝るわ」

スープを手に持ったまま、マリアはテントへ戻っていった。

ユキヒョウも同じように、遅れて起きてきて、スープを飲むとまた静かに横になった。


野営地では、そうしてゆったりと流れていく。

雨音が地を叩き、焚き火がぱちりと音を立て、誰もが何も急がない、静かで濃密な時間が続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ