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光を求めて  作者: kotupon


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バスタードソード

キョウカは組んだ腕を解き、顎に手を当てながら目を細める。

「……でも、その話が本当なら……確証が欲しいわね」


静かに、だが鋭く核心を突く言葉だった。

場の空気が一瞬だけ張り詰める。


「確証って言われてもなあ……何かあったか?」

フレッドが後頭部をぽりぽりと掻きながら言う。


「シャイン傭兵団として約束することくらいしか、今のところはできないわね」

リズが静かに言った。


その言葉を聞いた途端、店主であるオヤジの目が見開かれた。

「シャイン傭兵団?!……って言えば……ヴァンの戦いで名をはせた傭兵団じゃねえか!」


「えっ?あなたたちが……そうなの?!」

キョウカも驚きに目を丸くして、ロイドたちの顔を見渡す。


「正真正銘のシャイン傭兵団だぞ」

傍らにいたシオンが胸を張って宣言する。


オヤジが自慢げに手に持っていた弓を掲げる。

「この弓を作ったのも、こいつらの仲間らしいぞ」


「……偏屈なおじいさんって言ってなかった?」

キョウカが疑いの眼差しを向けると、ロイドが少し肩をすくめて答える。

「僕たちにもいろいろ事情があって、内情を話せなかったんです」


「……ふ〜ん、そうなのね」

キョウカは視線を落とし、目の前の弓を指先で撫でながら呟く。

「あなたたちのところに行けば、この弓を作ってる人に会える……ってわけね?」


「そうなるな」

トーマスが頷きながら答える。


だがその瞬間、ノエルが一拍置いて微笑んだ。

「結論を急ぐ必要はないわ。まずは――弓の買い取りを済ませちゃいましょう?」


「あっ、そうだったな!」

オヤジが手を打ち、帳場の裏から革袋を取り出す。


「……1張、2金貨と5銀貨でどうだ?」


「おいおい、3金貨じゃねえのか?」

ロッベンが横から口を挟む。


「それは“定期的に卸してくれたら”って話だ。1本だけなら、その値段だ」

オヤジがすぐさまぴしゃりと言い返す。


「いいんじゃないかしら」

マリアが頷き、穏やかな声で周囲を宥める。

「シンセの街では2金貨なんだから、悪くないわ」


「それでお願いします」

ロイドが手を差し出して取引を了承した。


「よっしゃ! 交渉成立だな!」

オヤジが嬉しそうに叫び、手早く袋をロイドに渡す。


ロイドが受け取った革袋は、ずっしりと重みがある。

袋の口をわずかに開けると、中からきらりと金貨が光る――金貨25枚がきっちり入っていた。


ノエルがそれを確認し、頷いてリズと目配せする。

マリアが小声で「うん、しっかりしてるわね」と呟いた。


店内に静かな達成感が満ちる中、キョウカは改めて弓を手にし、目を細めてつぶやく。

「この精緻さ……ただ者じゃないわね……」

その横顔には、さきほどまでの軽口とは違う、鍛冶職人としての真剣な熱が宿っていた。


「それじゃあ、次は僕の番だね」

ユキヒョウがひとつ肩をまわして言った。

涼しげな口調ながら、その目は静かな熱を帯びている。

「店主、あの剣を見せてくれないか」


「おうよ。お目が高ぇな」

オヤジが背後の壁から、バスタードソードを持ち上げて差し出す。

厚みのある幅広の刃に、重厚な鍔。グリップは麻布を巻いた革製。

見た目からしても、相当な重量があるのが分かる。


だが――


「……ありがとう」

ユキヒョウが両手で受け取った瞬間、刃はまるで軽い竹の枝のようにしなやかに持ち上がった。

重みがあるはずのバスタードソードが、彼の腕に沈む気配はない。

かつてのユキヒョウであれば、その質量に一歩引いていたはずだが、今は違う。


「試し斬りはできるのかい?」


「店の裏にあるぞ」

オヤジが顎で合図する。


「お前らも何か気になったもんがあれば試してみれば?」

フレッドが言い、周囲に目を配る。


「気に入ったんなら遠慮なく買えばいい」

トーマスも肩を竦めて続けた。


「そうだね、シマも“身を守るための武器や防具に関しては金を惜しむな”って言ってるからね」

ロイドが微笑みながら、倉庫の奥を眺める。


「俺はやっと今の槍が手になじんできた感じなんだよなあ……」

シオンが苦笑混じりに言えば


「俺もそうだな。前は重く感じていたが……今はちょうどいいくらいだ」

ロッベンが自分の槍を軽く撫でながら同意する。


「私もそうね。今は自由自在に剣を扱えてる。当分変える気はないな」

マリアが腰の剣を指先で軽く叩いた。


一同がそんな会話を交わす中、ユキヒョウは裏庭へと足を踏み出した。


ユキヒョウはバスタードソードの柄を握り、すらりと抜いた。

その音は低く、そして重く――だが彼の動きに一切の淀みはない。


彼は片手で剣を持ち、素振りを始めた。

ヒュン! ヒュンッ!


重く厚い鉄が、風を斬って鳴く。

空気が圧縮され、まるで弓を放ったかのような音が耳を打つ。


「……あの重いバスタードソードを、軽々と……!」

裏口から出てきたキョウカが目を見開き、思わずつぶやいた。


その目には、単なる筋力だけではない、剣との一体感への驚きがあった。


「これ使ってもいいのか?」

フレッドが落ちていた木片に目をやり、オヤジに尋ねる。


オヤジは無言で頷いた。


「ほい、じゃあ……」

フレッドは三つの木片を拾い、片手で軽く握り締めると、ユキヒョウに向けて矢のような速度で投げ放った。

その軌道は常人であれば視認も難しい、まさに瞬間の閃き。


だが――


ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!


刹那のうちに三つの木片は、それぞれ別の場所で寸分違わず真っ二つになった。

一本目は剣先で。二本目は刃の中ほど。三本目は刃の根元で――。


まるで、最初から狙っていたかのような精密さ。

剣の角度、振りの速さ、軌道――その全てが一糸乱れぬ均衡のもとにあった。


「……!」

キョウカは息を呑むと、静かに唇を引き結んだ。


ユキヒョウは何も言わず、ただ剣を振り払って血も付いていない刃を納めた。

その動きは、まるで水をすくうように自然で、無駄がなかった。


裏庭に静寂が戻る。風がわずかに吹き抜け、木々の葉を揺らした。

試し斬りを終えたユキヒョウは、バスタードソードを納めると、剣の感触を確かめるように軽く柄を撫でていた。


そこへ、ロイドが声をかける。

「ユキヒョウさん、どうですか?」


ユキヒョウは目線を剣に落としたまま、静かに言った。

「……うん、悪くはないよ。でも――」


そこで少し言葉を切り、思い出すように続ける。

「根元で斬ったときに、わずかに引っかかりを感じたね。切断の感触が鈍くなったというか、少しだけだよ」


「……元々、その剣は肉厚だからな」

オヤジがうなずきながら言葉を挟む。

「切っ先と中間は研ぎに特に気をつけてるが、根元は耐久寄りにしてあるんでな……」


「なるほど。でもバランスは僕的にはちょうどいい。重心も安定してるし、振ったときに変な偏りもない。手に持った感触も、握りの革がしっくりきて、違和感がないんだ」

ユキヒョウの声には評価がこもっていた。

確かに細部に調整の余地はあるが、全体としては完成度が高いと認めているようだった。


「と、なると……根元の切れ味が気になるか」

オヤジが短く唸った。

「……よし、打ち直すか?」


「お願いします」

ユキヒョウはすぐに頷いた。迷いはない。


「鞘の方はどうする?何か装飾でもするか?」

と、オヤジが続けて尋ねる。


「……雪を連想させるようなモチーフを」

とユキヒョウは答えた。

そこにははっきりとした美意識が感じられた。


オヤジは目を細め、顎をさすりながらうなずいた。

「雪か……ふむ、白銀の象嵌に、薄青の革巻き、それと……柄の先に小さな雪花の金具を仕込んでやろう。――費用は全部で、4金貨だな」


それを聞いたロイドが、革袋を取り出す。

「これでお願いします」

ロイドはそう言って、平らな石の上に一枚ずつ、丁寧に金貨を置いていった。


コツン、コツンと、小気味いい音が続き、全ての金貨が揃った時、オヤジが満足げに頷いた。

「まいどありだ。期待には応えるぜ。出来上がるまで……そうだな、三日だ」


「楽しみにしてるよ」

ユキヒョウは穏やかな口調で答え、目元にふっと微笑を浮かべた。

それは、戦場で見せる冷ややかで研ぎ澄まされた表情とはまるで違う――

まるで雪解けの瞬間、氷の下に初めて芽吹く若草のような、柔らかな笑みだった。


その穏やかな空気の中で、ロイドが一歩前に出て言った。

「僕たちはちょっと用事があって、次に訪れるのは……多分、2週間後ぐらいになりそうなんですけど」


「おう、それまで預かっといてやる」

オヤジはすぐに返し、店の奥の作業棚の一角を顎で示した。

「完成したら、そこの棚に保管しとく。誰にも触らせねぇよ」


「その時に――キョウカさんの返答を聞くわ」

ノエルがやさしく言葉をかけた。

彼女の口調は、あくまで押しつけがましくなく、どこか余白を残した温かさがあった。


「……ええ、そうね」

キョウカは小さく笑いながら、目を伏せた。

「ちゃんと考えとくわ。あんたたちが夢物語ばかり並べてるわけじゃないってのも、少しは分かってきたしね」


その場が少し和んだ空気に包まれたとき、今度はシオンが少し肩をすくめながら言った。

「俺たちは、この街に残るけどな」


それに続くように、フレッドが口の端をゆるめながら言う。

「俺たちの仲間が買いに来るかもしれねぇ。そん時は……安くしてくれよ?」


「ちっ、ちゃっかりしてんな」

オヤジは笑いながらも、鼻を鳴らした。

「お前らみてぇな連中が使うなら、そりゃ悪いモンは渡せねぇ。――ま、気が向いたら勉強してやらんでもねぇよ」


それを聞いた仲間たちは軽く笑い合った。

空の高いところで鳥の鳴き声がして、日差しが斜めに差し込んでいた。

街の片隅、鍛冶場の裏庭に広がる静かな時間――だがそこには、確かに何かが始まる予感があった。



午後の陽が傾き始める頃、一行は鍛冶屋の隣にある防具屋へと足を運んだ。

軋む扉を開けて店に入ると、中は鉄と革の匂いで満ちていた。

壁には大小さまざまな盾が並び、木製の架台には胴鎧、篭手、脚甲が整然と掛けられている。


ロイドとトーマスは無言で目配せを交わし、まず実用品としての堅牢さと軽さを備えたバックラーを選び始めた。

丸い鉄の芯を持つ皮張りのバックラーは、軽装の仲間にちょうど良いだろう。

「これ、10枚いただけますか?」

ロイドの丁寧な声に、防具屋の中年店主は「おう、在庫ちょうどあるぞ」と返し、奥から包みを用意し始めた。


フレッドとノエルは重装備組に向け、やや大型の木芯の盾を吟味していた。

表面に鉄のリムが施され、中央には拳ほどの鉄の鋲。野営時の防壁としても使える作りだ。

「こっちも10枚、頼むわ」

フレッドが言うと、店主は「まとめ買いは気持ちいいなあ」と笑いながら帳簿を開いた。


帰路、夕暮れに染まる街路を歩きながら、彼らはモノクローム宿へと戻った。


停めてある馬車から余りの食材や酒、鍋、テントなどを背負い袋に詰め込む。

ユキヒョウは手際よく鍋や鉄製の飯盒、調理器具を仕分けし、マリアとノエルは保存食――干し肉、乾パン、塩、スパイスなどを袋詰めにする。

リズは自ら背負う袋に上質な果実酒と小さな木製の酒瓶を丁寧に詰めた。


「これは明日、野営で使う分ね」

ノエルが確認するように言い、フレッドはにやりと笑って酒瓶を肩に担ぐ。

「宴会の準備も抜かりなしってわけだ」


日が完全に落ち、夜が静かに訪れる頃。

モノクローム宿の広間には、大きな丸テーブルが三つ並べられ、その上に夕餉が並び始めていた。


地元のハーブと香草を使った煮込み料理、香ばしく焼かれたパン、羊のチーズ、そしてキノコと根菜のスープが湯気を立てていた。

宿の女将が用意したサラダには季節の果実が添えられ、色とりどりの皿が並ぶ。


団員たちは思い思いの席に着き、笑い声が絶えなかった。


フレッドがジョッキを掲げると「乾杯!」20人以上の声が重なり、夜が一層賑やかさを増した。


ユキヒョウは静かにワインを口にしながら、マリアやノエルたちの会話に耳を傾けていた。

ロイドとトーマスはシオンやロッベンと今後の役割分担について軽く打ち合わせ、リズは宿の壁際で果実酒を片手に、何やら日記帳のようなものに走り書きをしていた。


やがて食事も終わりに差しかかり、食後の酒が回り始めると、誰かが歌いだし合わせて口笛が鳴り、笑い声と冗談が飛び交い始める。


宿の外では風が木々を揺らし、春先の夜の涼しさが漂いはじめていた。

けれどその広間には、仲間と過ごすひとときのあたたかさが、たしかに満ちていた。

明日からの旅路に備えて、それぞれが静かに、しかし確かに心を整えていた。

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