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光を求めて  作者: kotupon


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ロイドたち一行

チョウコ村を出発してから十四日目。

朝霧がうっすらと立ち込める街道を抜け、一行はついにモレム街へと到着した。

まだ日が高く昇る前の柔らかな陽射しが、馬車の幌を淡く照らしていた。


ロイド、トーマス、フレッド、リズ、ノエル、そして「氷の刃隊」と「マリア隊」を含む総勢27名は、五台の馬車と十頭の馬に分乗しながら、着実に前進を続けていた。

彼らがチョウコ村を出立したのは、鉄の掟傭兵団が村に到着するちょうど一週間前。


街道沿いの村々や町では、最小限の立ち寄りにとどめ、酒や食材を購入する程度。

個人の実家にも寄らないという判断は、責任者であるロイドの決断だった。


「寄れば、どうしても長居してしまうからね。帰りに立ち寄ればいいさ」と、ロイドは静かに言った。


「ロイドらしいな」

フレッドが笑いながら頷いた。


「トーマスの実家なんか、土産を持って行かねえと、甥っ子姪っ子…それに義理の姉たちに詰められるんじゃねえか?」

フレッドが冗談を飛ばすと、トーマスは苦笑いを浮かべた。


野営が続いたにもかかわらず、誰一人として不平不満を口にしなかった。


ロイドはそのことに内心驚いていた。

「……良かったよ。もっとみんな、愚痴の一つや二つは言うかと思ったけど。ちゃんと指示に従ってくれて」


その言葉に、マリアが小さく笑った。

「そりゃそうよ。あんたたちに逆らう人がいるわけないじゃない」


「そうだね。何だかんだで、信頼されてるんだと思うよ」とユキヒョウが続ける。

そのユキヒョウは、目を輝かせながらテントについて語り出した。


「テントの中は快適だし、食事だって毎度美味しい物が出るし、酒だって欠かさない。正直、こんな快適な旅もそうそうないよ」


マリアも同意を込めて頷いた。

「あのテントは本当にすごいわ。従来のやつよりも三分の一くらいしか場所を取らないんじゃない? 組み立てもあっという間だし」


それは、オスカーが手がけた改良型の組み立て式テントだった。

通常の軍用テントをベースに、耐久性と通気性、そして収納性を大幅に向上させた逸品。

数分もあれば一人で組み立てられる。

内側には断熱性のある二層の布地が張られており、寒暖差の激しい野営地でも快適に過ごせた。


馬車のひとつには、そのオスカー製テントが十張りきちんと梱包されて積まれていた。

予備分を含めた設計で、いざというときの破損や人数増加にも対応できるようになっている。


「君たちと一緒にいると、常識が覆るよ……まさか旅先で、テントをこんなに快適だと思えるとはね」

ユキヒョウがしみじみと呟いた。


こうして一行は、疲労の色も薄く、順調に道を進んでいた。


モレム街を発った一行は、街中で簡単な補給を済ませると、再び馬車を整えて出立した。

街の市場では乾物や塩漬け肉、干し果物のほか、酒も数本だけ買い足したが、あくまで必要最低限。

宿に泊まることもなく、すぐさま進路を南へ向けて取った。


チュキ村も立ち寄らず、そのまま街道を走る。

周囲の景色は緩やかな丘陵地に変わり、時おり小川が横切る。人家もまばらで、旅人の姿はほとんど見かけなかった。


その晩、一行はチュキ村とノーレム街の中間地点あたり、小高い林の開けた平地で野営を張った。

日が傾く頃にはテントが素早く設営され、手慣れた動作で馬たちの手綱が結ばれていく。

焚き火がいくつか焚かれ、その周囲に腰を下ろす者たちの間に温かな明かりと穏やかな空気が流れる。


その日の夕食は質素ながらも工夫されたものだった。

干し肉と野菜を煮込んだ滋養たっぷりのスープには、刻んだ乾燥トマトやハーブが風味を加え、飽きが来ない味わいになっていた。

ノエルが火加減を見守りつつ、リズが器に丁寧に盛りつけていく。

干しパンをちぎり、スープに浸して食べる者の顔には、安堵の色が浮かんでいた。


そして、小さな酒瓶が一人ひとりのカップに回された。

量は少ないが、甘みのある果実酒だった。


焚き火のそばでロイドが、周囲を見回しながら声をかける。

「みんな、疲れていませんか?」


一瞬の沈黙ののち──


「それがよぉ……全然疲れてねえんだよ……」

一人の若い団員が笑う。


「訓練の成果か?」と隣の団員が首を傾げる。


「俺たち、なんかめちゃくちゃ体力ついてね?」


「な? 昔だったら、一日中歩いたらもうへとへとだったよな……」


「チョウコ村にいたの、どれくらいだったっけ。半年……いや、七ヶ月くらいか?」


「たったそんだけで、こんなに変わるもんかねぇ」と別の団員が首をひねった。


すると、フレッドがどこか得意げに顎を上げて言った。

「俺たちのおかげだな。感謝しろよ?」


「……否定できねえが……なんか悔しい!」

団員の一人が肩を落として返し、それにどっと笑いが広がった。


リズが火のそばでスープ鍋の蓋を閉じながら、柔らかく問いかける。

「不平不満は、ないんですか?」


一瞬の間のあと──


「あるわけがねぇ!!」

その答えに、また笑いが起こる。


「俺たちは、お前らに一生ついていくぜ」


「そうそう! こんなに居心地のいい傭兵団、他にねぇよ!」


「……俺はあるぞ」

ひときわ大きな声が上がる。トーマスだった。

「キンキンに冷えたエールが飲めねえ…風呂に入れねえ」


その言葉に、今度は全員が共感の呻き声を上げた。


「それは確かにある!」


「風呂なあ……そろそろ臭いが染みついてきてる気がする……」


「足、かゆくなってきたもんな……」


ユキヒョウが、湯気をたてるスープをひと口すすってふうっと息をつき、遠くを見ながらぽつりと呟いた。

「……僕たちも、贅沢になってきたねえ。もう、昔の生活には戻れないよ」


その言葉に、隣でカップを傾けていたマリアがすぐに乗った。

「ホントそれよ!髪はべたつくし、臭いも気になるし、プリンは食べられないし、冷えたエールも飲めないし……はぁ〜、お風呂が恋しいわ」

彼女は頭に手をやって、軽く髪をかき上げながら本気でため息をつく。


団員たちはその言葉に大いに共感し、あちこちから頷きや同意の声が上がる。


「いやー、ほんとそう考えると、マジで俺たち贅沢な生活してたんだなあ」


「前は、硬いパン、塩辛い燻製肉と冷えた地べたで寝るのが当たり前だったのに」


「シャイン傭兵団から離れるなんて、今さら考えられねえよ……」


と、またひとりが火を見つめながらぼやいた。


その空気をやや砕けた声で壊したのはフレッドだった。

「いっそ、“贅沢傭兵団”に名前を変えるか? しっくりくるだろ」


「だっさいわ!」

マリアが即座に言い返す。顔をしかめながら、さらに提案を続ける。

「それなら“新・大嵐傭兵団”なんてどう?」


「却下!」

「却下だな」

「うん、却下」

「まじでやめてくれ……」

「それだけは、ねえわ」


その瞬間、全員が口をそろえて突っ込んだ。

全一致の速さに、かえって笑いが起こる。


「ひどっ!」とマリアが拗ねたように言うと、ユキヒョウが苦笑いしながらフォローする。

「気持ちは分かるよ。でも、“シャイン”って名前が、もう僕らの居場所になってるんだよね」


焚き火の明かりに照らされた顔々に、静かな笑みが浮かぶ。

誰もが深く頷いた。

その名に込められた意味と、そこに築かれた時間。

便利さや装備、快適さ以上に、彼らは「シャイン傭兵団」という名前に誇りと絆を感じていた。


やがて、誰かが冗談めかして言う。

「じゃあ、“贅沢でも強いシャイン傭兵団”ってことでいいか」


「長ぇよ!」と一斉に突っ込みが入り、再び笑いが夜空に広がった。


星は静かにまたたいていた。

焚き火の炎が、確かにそこに「居場所」があることを照らしていた。



昼下がりのノーレム街は、春の陽気に包まれながらも、どこか気だるげな静けさをまとっていた。

往来を行き交う荷車の音や商人たちの話し声も、冬の余韻を引きずるようにゆったりとしている。


ロイドたちの一行は、陽が真上に差しかかる頃、街の東門から無事に入った。

五台の馬車と十頭の馬、加えて二十七名という団体は、通行人の目を引いたが、それ以上に一糸乱れぬ行動の整然さが、ただの旅人ではないことを示していた。


しばし街道から続く石畳を進み、一行はやがて、街の中央区画にある「モノクローム宿」と書かれた看板の前で足を止めた。

通りから見える範囲だけでもそれなりの規模があることがわかった。


ロイドが先頭に立ち、入り口の重厚な扉を押して中に入る。

続いて、数人が控えめに後に続いた。


カウンターの奥から出てきたのは、五十代ほどの恰幅の良い男で、胸元まで垂れた前掛けを着けていた。

小柄な妻と思われる女性が、その後ろで帳簿を見ていた。

「いらっしゃいませ──……おおう? お客様、大所帯でございますな?」

男が目を丸くしながらも笑顔で出迎える。


ロイドは落ち着いた声で答えた。

「ええ、27名おります。今夜、こちらで泊まらせていただきたいのですが……春先とはいえ、お部屋は空いていますか?」


「はいな、ちょうどよかったです。最近は商人連中も東回りに流れていましてな。お部屋、複数に分かれることになりますが、十分ご用意できますとも」


ロイドが小さく安堵の息を吐きつつ、礼を述べる。男は帳簿を手元に寄せながら、ふと眉をひそめた。

「ところでお客人……お名は?」


「シャイン傭兵団です」


「……シャイン傭兵団……シャイン、シャイン……うむ、どこかで聞いたような……はて……」

男が顎に手を当てて考え込むようにしていると、ロイドが少し笑みを浮かべながら補足した。

「一応、この国ではブランゲル侯爵家が後ろ盾になってくださっています」


その瞬間、男の目がぱっと見開かれた。

「……おおっ!? なんと! お宅ら……もしかして、城塞都市カシウムで、公演なされた傭兵団では?」


「ええ、一度だけ、舞台に立たせてもらいました」


ロイドが頷くと、男は手を叩いて妻の方を振り返りながら叫んだ。

「おい、おい! 覚えとるか!? 奇跡の歌姫が現れたって話題になっとった連中じゃ! あの時、うちに泊まった若い旅芸人たちも噂しとったぞ!それに、それに! 戦の話も耳にしておりますぞ! あれじゃろ? ダグザ連合国とゼルヴァリア軍閥国の……えーっと、なんとかって都市の戦──」


「ヴァンの戦いですか?」

ロイドが答えると、主人は手を打って叫んだ。


「それだ! ヴァン! そうですそうです! あそこで傭兵団がダグザ連合国を追い払ったと……ああっ、これはお恥ずかしい。まさか本物とお会いできるとは!」


「恐縮です。ただの一傭兵団にすぎませんよ」

ロイドは柔らかく応じたが、その背後で聞いていたリズやノエル、フレッド、トーマスたちはくすぐったそうに視線を交わし合った。


「いやいや! お客様方の名は、ささやきのように旅人たちの間を巡っておりますよ。芸も立ち、腕も立ち、人も支える……まことの傭兵団だと!」


男の声に、宿の空気が少し熱を帯びる。

一同は深く礼をして、それぞれの荷をまとめながら、与えられた部屋へと移動していった。

宿の廊下には、清掃の行き届いた静けさが漂い、旅の疲れをほどいてくれそうな安心感があった。

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