好みの一杯
朝の澄んだ空気の中、吐く息が白く広がる。
まだ静まり返ったバンガローの並ぶ通りを歩いていた。
隣を歩くのはオズワルド。
二人は手に湯気の立つポットと、薬の包みをいくつか持っている。
「おーい、大丈夫かー」
最初のバンガローの扉をノックしながらシマが声をかける。
中から軋むような声が返る。「…あ痛つつ……」
扉を開けると、グーリスが毛布にくるまって床に転がっていた。
「着いて早々にすまねぇ…」
「薬、飲んだか?」
シマが尋ねると、グーリスは弱々しくうなずきながら、枕元の水差しを指さした。
隣のバンガローでは、ライアンとマルクが二人してうずくまっていた。
マルクは眉間を押さえ、「ついつい飲みすぎた…酒が、うますぎるんだよ…い痛て……」と唸る。
ライアンは片腕で頭を抱え、「二日酔い、甘く見てた…」と呻くように言った。
さらに隣ではデリーが「…もう俺は金輪際、酒は飲まねえ…」と宣言しているのを、ルーカスが「ワハハ……あ痛たた、笑わせるんじゃねえよ…頭に響く…」と苦しそうに笑いながらたしなめている。
「お前ら静かにしろよ……」
マックスの呟きが、痛みに満ちた共感の空気を広げる。
「……良くなるまで、ゆっくり休んでろ」
「……ああ、分かった……」
皆がほぼ同時に呻く。
その足で、シマとオズワルドは女性陣が宿泊する別のバンガローに向かった。
軽くノックして、「……入るぞ」と声をかけてから中へ入る。
扉を開けた途端、鼻をつく芳醇な酒の匂い。思わずシマは心の中で(酒臭ッ!)と呟いた。
中ではナミが顔を真っ赤にして布に包まりながら、「ごめんなさいね……迷惑かけちゃって……」と申し訳なさそうに言う。
シャロンは肩をすくめて、「ちょっと、はっちゃけすぎたわね……」と苦笑い。
別の奥方は「しょうがないわよ、あんなに美味しい料理にお酒、それに……プリン」と言い、隣の奥方が「ホント、そうよ!あい痛たた……」とこめかみをさすりながら続ける。
「大声を出さない方がいいわよ」
シャロンがやさしく窘めると、部屋に静けさが戻った。
「まあ……ゆっくり休んでてくれ」とシマが優しく声をかけると、シャロンが「お言葉に甘えさせてもらうわ……」と笑みを返した。
シマはオズワルドと顔を見合わせ、ほっとしたように息をつきながらバンガローを後にした。
村には、まだ昨夜の熱気と香りの残り香が、ゆっくりと溶けていた。
シマとオズワルドは見回りを終えて村の広場を見渡していた。
「……子供たちの面倒を見る者たちも増やした方がいいな」
シマがぽつりと呟く。
オズワルドは頷きつつ、「今はドウガクたち4人が面倒を見ているな……今回増えて、子供は33人になった」と報告する。
シマは指で地面に小さく数字を書きながら考え込んだ。
「……少し年配の人たちもいたな。鉄の掟団員たちの家族か、誰かの親かな?」
「だろうな」とオズワルド。
「背中の曲がった人もいたし、見るからに戦いには向かねぇが、器用そうな手つきだったぜ」
シマは頷くと「今日は無理だろうけど、いずれは炊事班、裁縫仕事、子供たちの見守り隊に編入していこう。それでも人手が足りねえか…?10人規模にするか」
「それがいいだろう。目を離すと、子供ってのはどこに行くかわからねえからな」
オズワルドは遠くで走り回る子供の姿に目を細めながら言う。
遊ぶ子供たちの笑い声が静かに重なり、村に小さな希望の灯がともっていくようだった。
村全体に活気が満ちていく中、シマは建築班の集まる作業小屋へと足を運んだ。
木材やレンガが整然と積まれ、新しい設計図が広げられた作業台の周囲には、ガディやバナイをはじめとする10名の建築班員が顔を揃えていた。
しかし彼らの表情はやや硬く、自信なさげに目を伏せる者もいる。
「個人宅用の家を建て始めてくれ。まずは2棟、様子を見ながらな」
シマが指示を出すと、班員たちは返事をしながらも不安げに頷いた。
「……オスカーがいないと、やっぱ不安が残るんです」
バナイがぽつりと漏らすと、ガディも無言で頷く。
シマは腕を組みながら彼らを見渡し、穏やかな声で言った。
「これまで一緒にやってきた経験やノウハウを試してみろ。失敗してもいい。俺たちは最初から完璧を求めてるわけじゃない。失敗は次に活かせばいいだけだ」
その言葉にガディの眉がわずかに上がり、バナイも口元に小さく笑みを浮かべた。
班員たちは少しずつ表情を緩め、互いに目を合わせては静かにうなずきあう。
「よし、やってみるか」「とにかく手を動かしてみよう」と前向きな声があがり、10人の建築班が動き始めた。
朝の風が爽やかに吹き抜ける中、シマとオズワルドは村の端にある研究小屋へと足を運んだ。
小屋は質素だが、よく手入れされており、木の香りと発酵のほのかな匂いが混ざり合って漂っていた。
戸を開けると、すでにヤコブとキジュ、メッシが中で待っていた。
「ちょうどいいところにきたのう。今朝、温度と香りを確認したばかりじゃ」
ヤコブが振り向き、目を輝かせた。
彼は手慣れた動作で棚の奥から一本の瓶を取り出した。
淡く琥珀色に輝く液体が、瓶の中で揺れる。
「これはショウチュウの試作品じゃ、蒸留してからちょうど4ヶ月と5日。寝かせているうちに角が取れて、香りもまろやかになってきているはずじゃぞ」
小さな陶器の試飲カップに注がれた焼酎は、土のような深みと、どこか甘さを含んだ独特の香りを立ちのぼらせた。
シマはカップを手に取り、軽く鼻を近づけて香りを確かめる。
「……ふむ、悪くない匂いだな」
呟いたシマは、手にしたカップをくるりとオズワルドの方へ向け、「ちょっと飲んでみてくれ」と差し出した。
オズワルドは眉を上げつつも受け取り、一気に口へ含む。…が、
「……ゴクッ……ゴホッ、ゴホッ……ケホッ!!」
喉を焼くような強烈なアルコールに咳き込みながら、顔をしかめて肩を震わせた。
「これはまた……強烈だな……!」
「ああ、悪い! 焼酎はそのまま飲むもんじゃない。水かお湯で薄めて、自分好みにするんだ」
シマが苦笑しつつ説明する。
「……それを先に言ってくれよ……」
目を潤ませながら文句を言うオズワルド。
その様子にヤコブ、キジュ、メッシも思わず吹き出し、肩を揺らしながら苦笑い。
「お前らも試してくれ」
シマは残りの仲間たちにも声をかけた。
ヤコブが慎重に手を挙げ、「どのくらい薄めればいいのじゃ?」と尋ねる。
「……わからん」とシマが正直に答えると、ヤコブは「ああ、そうじゃった。お主は酒は飲まんのだったのう」と苦笑し、湯沸かし器に目を向ける。
「どれ、ワシはお湯で薄めてみようかのう……昔、薬酒もこんなふうに試したことがあったわ」と言って、湯を注ぐ手元は、やけに楽しげだった。
小屋には和やかな空気が流れ、酒を囲んだ小さな実験と笑い声が続いていった。
「お茶で割ったり、果実を絞ったり……いろんな飲み方があるそうだぞ」
シマが言いながら、試飲カップを湯の入った器に傾けた。
「ほうほう、それはいいのう!」
ヤコブが目を輝かせる。
「ワシ好みの酒を作ろうかのう。リンゴでも絞ってみるか、いや、干し柿も合うやも……ふむふむ」
すでに思考は実験室のように走り始めていた。
その傍ら、キジュが湯で薄めた焼酎を一口飲み、「……ケホッ、まだキツイなあ」と顔をしかめ、胸をさする。
「どれ、俺にも飲ませてくれ」
オズワルドが手を伸ばし、キジュの湯割りをぐいと口に含む。
「……ゴク……ぷはっ! これ、いいじゃねえか!」と目を見開き、「いかにも“酒”って感じでよ! ガツンと来るな」と豪快に笑った。
「さすがだのう、お主は」
ヤコブが苦笑いしながら、自分ももう一口。
「……ううむ、ワシには……ちとキツイのう……この喉の熱さ、昔の薬草酒を思い出すわ」
と、肩をすくめた。
「俺もこれはねえな……さすがに無理だわ」
メッシが渋い顔で呟き、カップを卓に戻す。
卓の上には湯気の立つ湯飲み、果実の断片、茶葉、そしてミルクの入った瓶まで並べられ、焼酎の様々な割り方が試されていた。
「まずはお湯割りからじゃな」と言ったヤコブは、焼酎と湯を1対2の割合で混ぜた。湯気と共に立ち上る香りは、芋の土っぽい風味がやわらぎ、口当たりもまろやかになる。
「これは……うむ、じんわり身体が温まるわい」と満足そうに頷く。
キジュは果実に目を向け、「イチゴ、レモン、リンゴ、ブドウ……贅沢だな」と呟きつつ、レモンの果汁を数滴たらして焼酎1に果汁1/5ほどで割ってみる。
すっと爽やかな香りが鼻を抜け、口の中にキリリとした酸味が広がった。
「おっ、これはいいかも!」
メッシは続いてイチゴを潰し、焼酎に果汁1に対して焼酎1.5の甘めの比率で混ぜる。
「……見た目はちょっと可愛いが、味は……うん、イチゴの甘さが焼酎の角を取ってるな」
オズワルドは試しにリンゴ果汁をたっぷり使い焼酎1に対して果汁2のややジュース寄りにして飲むと、「ああ、これは……女性や子供でも飲めそうな味だな。いや、子供はダメだが」
笑いながら感想を述べる。
ブドウ果汁は少し癖があり、焼酎1に果汁1ではやや渋みが残った。
「これは寝かせてからの方がよくなるかもの」とヤコブがメモを取る。
一方、茶で割る試みでは、チャノキの煎茶を使ったものが最もスタンダードに仕上がった。
焼酎1に茶2の比率で、すっきりとした口当たりが好評だった。
カモミール茶は焼酎1に対して1.5で試すと、花の香りが立ち、やや甘く穏やかな印象。
「夜にちびちび飲むのに向いとるな」とヤコブ。
甘草茶は意外にも焼酎との相性がよく、焼酎1に甘草茶1で飲むと、舌の上にほのかな甘みが残り「薬っぽいが、クセになる味じゃのう」と一部で好評。
ドクダミ茶は独特の青臭さが残り、焼酎1にドクダミ1.5で薄めても「……これは好き嫌い分かれるな」とメッシが顔をしかめた。
最後に誰かが冗談半分に持ち込んだミルク。
「……これも割るのかよ」とオズワルドが半笑いで混ぜ、焼酎1にミルク2で口に運ぶと、「……お? 意外といける? いや、やっぱ変だな……でもスイーツっぽい気もするな」と首をかしげる。
「やはりこのあたりは“冒険”じゃのう」と笑うヤコブ。
小屋の中は、焼酎の新たな可能性に目を輝かせる面々で賑わい、それぞれの好みに合った割り方を試しながら、感想を交換し合う。
試行錯誤の末に、それぞれの「好みの一杯」が静かに育ちつつあった。
それぞれの反応に、小屋にはまた小さな笑いが起こる。
強いが個性的な焼酎の味に、皆が己の嗜好と向き合っていた。
だがその試行錯誤すらも、彼らにとっては楽しい日常の一幕だった。




