会議からの酒盛り
長い会議もいよいよ終盤に差し掛かっていたが、その熱気は衰える気配を見せなかった。
幹部たちが座る卓の中心で、シマは静かに見渡して口を開いた。
「スレイニ族との交易隊には、サーシャ、エイラ、オスカー、メグ、灰の爪隊、ダグ隊、ドナルド隊に行ってもらう」
その言葉に応じるように、名を挙げられた面々が軽く頷き、視線を交わす。
「責任者はサーシャ。こっちも贈答品は大丈夫だな?」
シマの問いに、即座に立ち上がったのはエイラだった。軽やかな声で答える。
「勿論よ。売るもの、仕入れてくるもの、すべてリストアップしてるわ。ご心配なく」
彼女の言葉には商会会頭としての揺るぎない自信がにじんでいた。
「スーホ、負担にならないか?」
シマがそう問いかけると、穏やかな笑みを浮かべたスーホが真っ直ぐに立ち上がり、胸に手を当てて答えた。
「大丈夫です!しっかりとエイラ会頭たちとは話し合いました。牛十頭に、鶏百羽が増えるのですよね」
その横でメグが目を丸くしながらも、嬉しそうに付け加えた。
「うわぁ、それはにぎやかになりそう!」
と同時に、サーシャがスーホに優しく言葉をかける。
「負担になるようなら、ちゃんと言ってね? 無理は禁物よ」
「問題ありません。しっかり管理します」
リットウが毅然とした声で言い切った。
彼の若々しい表情には、誇りと責任感が宿っていた。
「……よし!」
シマが短く頷いたあと、今度はオスカーに目を向けて言う。
「オスカー、ハンに会ったら、あいつだけの弓を作ってくれ」
その言葉に、オスカーは目を輝かせて嬉々として返す。
「任せて! ハンていう人に合わせた最高の弓を、僕が作ってみせるよ!」
モノ作りとしての誇りが言葉に満ちていた。
しばし沈黙が流れた後、シマは少し口調を変えて続ける。
「……この交易隊には、ジーグを連れていけ」
幾人かが驚いた表情で顔を上げた。
だがシマは語り続ける。
「先日な、ジーグが俺にこう言ったんだ――『僕をシャイン傭兵団に入れてください。強くなります。家族を、大切な人たちを守りたいんです!』とな。一点の曇りもない目でな」
その場に、一瞬の静寂が広がる。
全員が想像する、少年の真っ直ぐなまなざし。シマは重みのある視線をギャラガに向ける。
「前向きに検討すると言ったが……ギャラガ、お前の“父親”としての意見は?」
少しうつむいたままギャラガは肩を揺らし、それから不意に苦笑して呟いた。
「……ハハ……ガキだガキだと思っていたが……いっぱしに言うようになりやがって……」
そして顔を上げ、静かな声で、しかしはっきりと答えた。
「あいつが、そんなことを……言ったか。……そうか。なら、俺からも頼む。この通りだ!」
そう言うや、ギャラガはすっと立ち上がり、頭を深々と下げた。
その背中から、父としての誇りと決意がにじんでいた。
「……おいおい、いいのかよ? 頭のできだって悪くねえんだろ?」
オズワルドが思わず声を上げる。
「何も、傭兵にならなくてもいいんじゃねえか?」
ドナルドも苦笑混じりに口を挟む。
「うむ。ジーグは、よう勉学に励んでおるぞ」
ヤコブが穏やかに補足する。
だが、ギャラガはゆっくりと首を振った。
「……いや、あいつが決めたことだ。なら、背中を押しやるのも、父親の務めだろ」
静かな言葉に、場にいる誰もが納得していた。
「じゃあ俺がジーグを鍛えてやろうか!」
ザックがにやりと笑って肩を鳴らすと――
「マジでやめろ!!」
即座にツッコミを入れるギャラガの一喝に、場が爆発したように笑いに包まれる。
「ったく……お前に預けたら、命がいくつあっても足りねえ……」
ジーグは、ダグ隊に預けるとシマが続ける。
「オヤジと一緒のところじゃ、何かと遠慮するだろうしな。やりづらい部分もあるだろう」
ギャラガは少し寂しげな、だが納得したような笑みで頷いた。
ジーグの同行についての話題も笑いのうちに落ち着いた頃だった。
軽く伸びをしながら、ケイトがぽつりと、しかし鋭く言った。
「……それよりさ、アンジュさんを説得させる方が、よほど大変じゃない?」
その言葉に一瞬、空気が凍る。
次の瞬間、フレッドが吹き出して、テーブルに手を叩きながら叫んだ。
「マジそれな! あの人絶対ブチギレるって! “子どもを戦場に出すなんて正気じゃない”とかって、雷落とすぞ~!」
彼の大げさな身振りと、アンジュの怒ったときの表情を真似た顔に、数人が苦笑いを浮かべる。
だが、その中心にいたギャラガは、どんよりとした雲が背後に立ちこめたような表情で顔を覆い、ぐっと天を仰いだ。
「……今から憂鬱な気分にさせんでくれ……」
その声はまさしく、妻の怒りの予兆を感じ取った男の、深い深いため息だった。
クリフが苦笑しながら、ギャラガの背中をぽんと叩く。
「まあ……がんばれ、父ちゃん」
「お前ら……他人事だと思って気楽に……」
ギャラガの呻きは誰の耳にも本音としか聞こえず、あちこちからくすくすと笑い声が上がる。
その中で、サーシャが腕を組みながら呟いた。
「ギャラガさん、今夜のうちに言っといた方がいいわよ。あとで言ったら、遅かった時の怒り倍増コース入るから」
フレッドが追い打ちのようにニヤニヤと付け加える。
「傭兵団会議より、奥さん会議の方が怖いってことだな。名言だわ~」
「うるせえ!!」
ついにギャラガがテーブルに拳をドンと叩くが、その怒鳴り声にもどこか哀愁と情けなさが混じっていたため、返って皆の笑いは止まらなかった。
そうして会議には再び笑いと団結の気配が満ち、誰もが心のどこかで、家族のようなこの傭兵団の空気に救われていた。
会議は進む。だが、その場に集った者たちは皆――たとえどんな境遇であれ、それぞれが誰かを想い、未来を築こうとしているのだと、改めて胸に刻んでいた。
会議も終盤、静かに立ち上がったシマが、皆を見渡しながら言った。
「……残る俺たちは、鉄の掟傭兵団を迎える準備をしておく」
その一言に、何人かが軽く頷いたあと、オズワルドが思い出したように言葉を挟む。
「そういやぁ、あいつらも合流するんだったな。あの連中、こっちの変わりよう見て驚くぞ、きっと」
「フフッ。チョウコ村の今の姿を見たら、さぞかし仰天するだろうね」
ユキヒョウが口元に笑みを浮かべる。
かつては何もなかった辺境の村が、今では交易も宿も風呂も整った、活気ある拠点となっている。
「プリンを食べさせたら間違いなく腰を抜かすわよ!」
マリアが胸を張ってそう言うと、皆がどっと笑った。
「それを言ったら……やっぱ酒だろ!」
ザックが力強く叫ぶと、そこにジトーが乗ってきた。
「キンキンに冷えたエール! 風呂上がりの一杯……あれはもう……最高だよな!」
「それだ!」
とギャラガがバンと手を叩く。
「シマ、頼む……果実酒を氷室から出していいか? アンジュも果実酒好きだからよ……」
その名が出た瞬間、先ほどの会話がフラッシュバックした数人が苦笑いしたが、リズがからかうように笑って言った。
「ふふっ。アンジュさん、果実酒ならご機嫌になるもんねぇ〜」
「いいんじゃねえか」
シマが軽く頷くと、その瞬間、女性陣の目が輝いた。
「私も飲みたいわ!」
「私もー!」
「今夜は果実酒パーティーかしら?」
女性たちが歓声をあげれば、当然、黙っていないのが男性陣だ。
「それなら俺たちだって!」
「エール! 馬乳酒!」
「つまみに魚の燻製が欲しいな!」
「いや肉だろ! 脂ののったやつ!」
「そうだ! シマ!」
ザックが身を乗り出すようにして叫んだ。
「揚げ物つくってくれよ! カリッとジューシーなやつな!」
「……おいおい、お前らもう酒盛りに入ってるじゃねぇか……」
シマが呆れたように言いながらも、口元には微笑が浮かんでいた。
ワッと歓声が上がり、空気が一気に明るくなる。
誰かが用意していた酒瓶を手にし、どこからともなく果物の香りが漂い始める。
誰かが薪を割りに行き、誰かが燻製庫の魚を確認し、誰かが鍋と油を用意し始める。
かつて深淵の森で野営地で硬いパンと薄いスープを分け合っていた彼らは今、果実酒と香ばしい揚げ物、冷えたエールを傾けながら、明日へと続く道を、それぞれの心に照らし合わせていた。
夜も更け、ランタンの灯りがあちこちにゆらめくなか、宴は最高潮に達していた。
笑い声、杯を打ち合わせる音、肉を焼く匂い、果実酒の甘やかな香り……。
そんな騒ぎの渦を少し離れ、シマは焚き火の輪の外で一息つくと、ふと小さく独りごちた。
「さて……風呂にでも入ってくるか」
肩の力を抜きつつ腰を上げると、通りすがりのティアに声をかける。
「ティア、風呂に入ったら足をちゃんとマッサージするんだぞ」
「えっ、団長……また兄さんみたいなこと言ってる」
ティアは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに微笑む。
「兄さんからも口を酸っぱくするほど言われてるんだから、ほんと」
「……俺はお前のことを思ってだなあ」
後ろから現れたデシンスが真顔で言う。
が、ティアは肩をすくめて、「ハイハイ、わかってるわよ」
あっさり流された兄はやれやれとため息をつきながら、それでも微かに口元を緩めた。
そんなやり取りを背に、メイテンが声をかけてくる。
「団長、相変わらず酒はダメですか?」
「ああ、どうにも体質的に合わねえみてえだ。頭がすぐにグラングランするし、喉の奥が火ぃ吹きそうになる。ジュースの方が美味いよ、俺には」
「稀にそういう人もいるそうですしねえ」
カノウが落ち着いた調子で言うと、デシンスが笑いながら言葉を継ぐ。
「まあ、無理してまで飲むもんじゃねえしな。楽しくやれりゃそれでいいさ」
「そういうことだ」
シマは軽く手を振って言う。
「俺のことは気にしなくていいぞ。気兼ねなく飲んでくれ。……っと、ジュースを忘れちゃいけねえな」
そう言って、テーブルに並んだ隅から冷えた果実ジュースを取り上げ、バンガローを出ようとする。
すると、ちょうど入り口ですれ違ったフレッドが目ざとくそれを見つけて言った。
「ん? なんだお前、ジュースなんか持ってどこ行くんだ?」
「風呂だよ」
シマが振り返って当然のように言う。
「雪景色を見ながら湯に浸かって、冷えたジュースを飲む……最高じゃねえか」
その言葉に、フレッドの目がカッと見開かれる。
「お……お前、それって……っ!!」
まるで雷に打たれたように衝撃を受けた顔で叫ぶ。
「キンキンに冷えたエールで、や、やっちゃってもいいのか?! 風呂に持ち込んでもいいのかっ?!」
「別にいいんじゃね」
シマは素っ気なく返すが、その一言が引き金だった。
「……おいっ、酒と食い物を持って風呂に行くぞーーーっ!!」
「おうっ!!」
「肉持ってけ! 燻製もだ!」
「風呂酒だーーっ!!」
とたんに宴の流れが変わった。
数名が酒瓶を片手に走り出し、誰かが串焼きを持ち、誰かが甕に氷を詰め始める。
「おいおい、ちょっと待てって! 一度に風呂に入れる人数には限りがあるだろうが!」
誰かが正論を叫んでも、もう聞く耳を持つ者はいない。
「順番だ順番! 飲みながら待てばいいだろ!」
その混乱の中で、シマが叫ぶ。
「そうだ! ギャラガ、お前は早く嫁さんを説得してこい!」
「うるせえっ! 明日でもいいだろうがッ!!」
ギャラガが顔を真っ赤にして怒鳴り返すも、周囲はそれを肴にしてまた爆笑の渦に包まれる。
こうして、宴は風呂場へと続き、屋外の雪見風呂は静かな湯けむりと喧騒で賑わった。
湯に浸かりながら語らい、笑い、時に鼻歌が聞こえる。
冷えた飲み物と温かい湯の取り合わせは、シャイン傭兵団の戦士たちにとって至福の時間であった。
今宵もまた、チョウコ村は平和だった。
シャイン傭兵団という、騒がしくも温かな家族に包まれて。




