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光を求めて  作者: kotupon


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氷室完成

バンガローの灯が揺れる中、シマがふと呟いた。

「……あっ、そうだ! 氷室を作ればいいのか……何で今まで気が付かなかったんだ……?」


その言葉に、焚き火を囲んでいた面々が一斉に顔を上げる。


「……氷室?」と首を傾げるミーナ。


「雪蔵、あるいは雪中貯蔵庫とでもいえばいいか……」

シマは顎に手を当てながら思案するように言った。

「小屋を作るのもいいな。中に雪を閉じ込めるか、敷き詰めて固めて……」


「ふむ、なるほどのう……」とヤコブがうなずく。

「小屋の中に雪を詰めて遮光と断熱をしっかりすれば、長く冷えが持つかもしれん……」


「でもいずれは溶けるだろうから、排水口も考えた方がいいかな?」

現実的な提案を口にするロイド。


「……地下とまではいかなくても、半地下に掘ってみたらどうかな?」とユキヒョウが提案する。


「その上に小屋を建てればいいってわけか」

クリフが腕を組む。


「中には肉、魚、野菜、果物も保存できるだろう」とシマが続ける。


「酒もな!」

ジトーが嬉しそうに叫ぶ。


「そうすれば、いつでもあの冷えた美味い酒が飲めるってことだな!」

ザックも身を乗り出す。


「いいことづくめじゃない!」

サーシャが笑顔で声を上げた。


「作るしかねえな!」

トーマスが勢いよく拳を突き上げる。


「おお~!!」

その場にいた全員から一斉に歓声があがる。


そして、自然とその視線は一人の少年――オスカーに集まった。

オスカーは少し驚いたように目を瞬かせたあと、にやりと自信たっぷりに笑った。

「任せてよ! 一日で作ってみせるよ!」


その言葉に、周囲がどよめく。


「当然、俺たちも手伝うぜ」

フレッドが豪快に笑う。


「美味い酒が飲めるなら、こんなにやりがいのある仕事もねえな」と意気込むダグ。


「なんだお前、普段は手を抜いてんのか?」

ドナルドが冷やかし、場が笑いに包まれる。


炎の揺れるその夜、仲間たちの士気は最高潮に達し――

新たな共同作業が、氷室作りという名の下で幕を開けようとしていた。


翌朝、空がわずかに白み始める頃には、すでにチョウコ村の西側、雪に覆われた山のふもとで静かに準備が進められていた。


「よし、ここだ」

シマが手を挙げて場所を示すと、シャイン隊や各戦闘隊長たちがぞろぞろと集まりはじめる。

皆一様にいつもより気合いが入っており、すでに立ち回っていた。


「今日は休養日じゃねえのか?」

「何やってんだ団長たち……」

「何か始めるつもりか……?」


そんな声が村のあちこちから上がり、気になった団員たちが次々と現場へ集まってくる。


「ユキヒョウ隊長、何をやってるんですか?」

氷の刃隊の団員が声をかけると、ユキヒョウは振り返りながらにっこりと答えた。


「ん? 雪貯蔵庫小屋を建てるんだよ。氷室ってやつだね」


「おう、お前ら、美味い酒が飲みたいか!」

横から割り込むようにしてデシンスが声を張る。


「そりゃあもちろんですよ!」


「だったら手伝え!」

ギャラガが木槌を肩に担ぎながらニヤリ。

「マジでびっくりするくらい美味くなるんだぜ!」


「……マジっすか?! やるやる! やります!」


その熱に煽られるようにして、次々と手の空いた団員たちが集まり出した。

あっという間に、総勢150名近くの団員が現場へ揃い踏む。


設計の指揮を執るのはもちろんオスカー。

現場の中心に立ち、手際よく指示を出す。


「10メートル四方、深さ1メートルの半地下をまず掘るよ!それから排水溝をこっちに、南東の斜面の方へ流すんだ」


鍬を振るい、雪と土を掘り返していく男たち。

足元が滑る中でも、若い者たちは声をかけ合いながらどんどん進めていく。

やがて底が見えたら、次は雪をどんどん投げ入れ、それを踏み固める――大槌で叩き、圧縮していく。


「塩をまけ! 溶けにくくなるぞ!」

クリフの経験に基づくアドバイスも飛ぶ。


踏み固められた雪は次第に密度を増し、滑らかな氷面へと変わっていく。


一方、チョウコ村からは、夏場に準備しておいた丸太や建材が次々と運び込まれる。

馬や橇が引かれ、丸太を肩に担いだ男たちの列が山道を上がってくる。


その丸太で頑丈な骨組みを組み上げ、壁や屋根を形成。

風雪に耐えるよう、斜めの屋根には厚手の木板を並べ、隙間に麻と泥を詰めて密閉。

内側には蜜蝋を染み込ませた厚布をピンと張る。

防水性と保冷性、両方を高める工夫だ。


「よし、こっちの雪も運ぶわよーっ!」

女性団員たちも雪を運び込む。

雪は小屋の中にも積み上げられ、保存庫の中に巨大な冷却層が形成されていく。


「おい、オスカー、これ次はどうする?」

「その梁、左側をあと10cm下げて、通気口をつける!」


オスカーの指示に誰もが素直に従い、あっという間に現場は統率の取れた大工団のようになる。


チョウコ村の西の斜面に、氷室(雪貯蔵庫小屋)はついに完成の時を迎えた。

静まり返った雪原の中に、ひときわ存在感を放つ木造の建築が堂々と佇んでいた。

10メートル四方、高さ約4メートルの切妻屋根の構造。

木材はすべて夏に切り出された木材と丸太、屋根には防雪のための二重構造が施され、風の通り道を避けた設計になっている。

入口の扉は厚い樫の板製。


扉を開けると、冷気がふわりと流れ出てくる。

内部は驚くほど静かで、外よりもひんやりとしていた。


「おお……まるで冷蔵庫だな……」

シマが思わず声を漏らす。


床の半地下部分には雪がぎっしりと詰められ、踏み固められている。

その上にもう一層、保冷用の雪の層が重ねられ、厚さはおよそ80センチ。

表面には木材を並べて足場が作られている。


雪を断熱層としつつ、左右の壁には収納棚が取り付けられている。

棚の中には、根菜や干し野菜、塩漬けの魚、燻製肉、さらには果実が籠に分けて整然と並んでいた。


「ここが俺たちの“聖域”だな」

ジトーがにやりと笑う棚。

銅製の杯や瓶、樽がきちんと冷やされている。

中には果実酒、エール、馬乳酒まであった。


床の傾斜に沿って南東に細い溝が掘られ、溶けた水が自然に排出される設計。


シマは、オスカーの背中を軽く叩いた。

「見事だ、オスカー。これがあれば本当に冬も夏も、食と酒に困らないな」


「えへへっ、やり甲斐があったよ。みんなの手際が良かったからさ」


ザックがエールの樽をそっと取り出し、昨日のように銅杯を雪に沈める。

「さて…冷えたエールの試飲といこうか」


ゴクリ、と喉を鳴らして見守る皆。


ザックが一口飲むと、ややオーバーに眉を下げ、肩をすくめる。

「くぅ~~っ!!やっぱり、これだよな!!」


拍手と笑いが小屋の中に響き渡る。


「革命どころじゃねぇな」

「これは文化だ。酒文化の誕生だぞ」

「シャイン傭兵団に乾杯だ!!」


かくして、山のふもとに生まれた氷室は、団員たちの誇りと楽しみの象徴として、その日から活躍を始めるのであった──。


雪貯蔵庫小屋、通称「氷室ひむろ」は完成したその日、シマの提案と皆の意見をまとめて「使用と管理のルール」が即座に決められた。


「さて──完成した氷室だが、これは我々全員の財産だ。だからこそ、ルールを設ける。勝手な使用、持ち出しは禁止だ」


皆が真剣な面持ちで頷く。


「まず、氷室は当番制で管理する。最低でも2名が常駐し、記録をつける。保管された品目と数量、誰がいつ何を出し入れしたか、すべて帳簿に残す」


「当番は交代制か?」とジトーが問う。


「ああ。一週間ごとに班を交代する。配置はロイドが決めてくれ」


ロイドが頷いた。


「次に、冷却目的で使う場合──たとえば酒を冷やす、果物を冷やすなどの際は、当番に声をかけてからにすること。直接中に入らず、当番が管理する」


「衛生のためね」とサーシャが呟く。


「そう。中に汗まみれのまま入るなよ? 特にフレッドとザック、お前たちだ」


「うっ……」と肩をすくめる二人。


「最後に、食料や酒の長期保管──これについては、一度に大量を持ち込む際は報告が必要。腐敗や凍結を避けるため、ヤコブとキジュ、メッシが保管計画を立てる。以上だ。ルールを守って、長く使っていこう。これが村と我々をつなぐ“知恵の貯蔵庫”になることを願ってる」


大きな拍手が湧き起こる。


夕暮れ、空が茜に染まり、焚き火の煙が立ち上るころ──

バンガロー前の広場では、氷室完成を祝う小さな宴が始まった。


焚き火の周りには笑顔が集まり、木椀と杯が次々に手渡される。

エールはキリリと冷えて琥珀の輝きを放ち、果実酒は湯気を立てる料理と相まって芳醇な香りを漂わせた。


「それじゃ、乾杯の音頭を…」

ジトーが立ち上がり、静かに杯を掲げる。

「ここに集う家族、仲間たちと、この先の戦と平和、そしてチョウコ村の繁栄に──乾杯!」


「乾杯!!」


──グイッと飲み干し、杯を置く音が一斉に響く。


「ほら見て!エールがちゃんと冷えてる!」

「この果実酒、冷やすとまるで蜜のような香りが立つんだ!」

「わーっ、このリンゴ、シャリシャリで最高だ!」


宴の喧騒の外れ、やや離れた焚き火の輪にて。


炊事班のトッパリとコーチンが串を片手に語り合っていた。

「……なあコーチン、氷室って実際、どう思う?」


「何って……便利でしょ。物が腐らないってすごいことよ。今まで干すしかなかったんだから」


「いや、そりゃそうなんだけどよ……ちょっと感動してる自分がいてビビってんだ」


コーチンはくすりと笑った。

「いいことじゃない。人が知恵を使うって、そういうことよ」


一方その頃、カノウ、コウアン、メイテン。


「……さすがだな、団長たち。皆で同じ釜の飯食って、酒飲んで……これが続くなら、明日も生きてたいって思えるよ」


隣では物静かなコウアンが、ぽつりと呟いた。

「……俺、正直、戦場よりもこういう日が記憶に残ってる。酒の味。焚火の匂い。誰かが笑ってる声──」


「……それでいいんじゃないかな、コウアン、それが生きる理由になってく。氷室ひとつでさえ」


そして、ほろ酔いのザックが中央で踊り始める。

「冷酒で冷やした腹に、温肉をぶち込む〜♪ 胃袋から幸せが溢れ出す〜〜!」


「ザック、いいから歌うな!歌詞が汚ねえ!」

クリフが突っ込むも、全員が笑っていた。


一部の団員たちは氷室の冷気の仕組みに興味津々で

「雪って、詰めるとこんなに長持ちするんだな……」

「塩入れると硬くなるとか、もっと実験してみたいな」

「これ、山でもできるんじゃね?遠征の時に応用できるぞ!」


などと、次なる改良計画を立て始める者もいた。


マークがぼそりと呟いた。

「……俺、この団に入ってよかったかもしれないなあ」


アーベが、空を見上げながら笑った。

「そんなこと、最初から分かってたさ。お前がエール冷やして“ぷっはあ”ってやった瞬間にな」


「マジでシャイン傭兵団、最高だな!…もう一度乾杯だ!」

ズリッグが陽気に高らかに言う。


氷室の夜、焚火の灯に照らされて、動物世話係のスーホ、リットウ、ノーザの三人は少し離れた丸太に腰かけ、静かに杯を傾けていた。


戦えぬ身、矢面に立つこともない彼らだが、家畜を世話し、仲間の生活を支えてきた。

今では「動物たちが健康なのはスーホたちがいてこそ」「ミルクが美味い、卵がとれるのは彼らのおかげ」と言われ、誰も見下す者はいない。


ノーザは照れ笑いで鼻をこすり、リットウは黙って次の酒杯をあけ、スーホはぽつりと「俺らも、ここでは役に立ってんだな」と呟いた。

どこか誇らしく、三人の間に流れる空気は穏やかだった。


あちこちから歓声と驚きの声が飛び交う。


ユキヒョウが周りを見ながら言った。

「……これはもう、文化だね。僕たちが築いた“雪と食と酒の文明”だ」


ギャラガが豪快に笑う。

「この味を知ったら、もうぬるい酒には戻れねぇ!」


サーシャとエイラが楽しそうに乾杯し、シマは皆の笑顔を見て小さく頷いた。

「……こういう日が、もっと増えるといいな」


「増やせばいいさ」とロイドが答える。

「僕たちが作るんだよ。何度でも、何処でも」


そして、夜空には星が瞬き、氷室の誕生を祝うように、冷たい風が穏やかに村を撫でていた──。

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