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光を求めて  作者: kotupon


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弱者の戦い方

雪がしんしんと降り積もるチョウコ村の広場。


白い息を吐きながら、シマとクリフの前に集まっているのは、戦えぬ者たち、気の弱い者たち、臆病な者たち——炊事班、仕立て仕事、荷運び、窯作り、木炭作り、動物たちの世話係、雑用を担う若者や女たち。

皆、不安そうな目をして立っていた。


シマは彼らをゆっくりと見渡す。

その視線には、厳しさよりも静かな決意と、深い慈しみが込められていた。


「お前らは、戦えない。けどな、それが悪いってことじゃねぇ。戦えない奴がいるから、俺たちが剣を握る意味があるんだ」


シマの言葉に、一人、また一人とうつむいていた顔が上がっていく。


「だからこそ、生き延びろ。一人で行動するな。逃げることは、恥じゃねぇ。生き残れば勝ちだ。命を繋ぐこと、それが一番大事な戦い方だ」


彼は一歩前に出ると、雪の上に膝をついた。


「もし、街中で襲われそうになったら、大声で叫べ。『人殺しぃー!』『賞金首に殺されるー!』ってな。そう叫んで、人ごみに紛れろ。叫んで、騒げ。恥ずかしがるな。お前たちの命の方が大事だ」


「賞金首って言やぁ、腕に覚えのある奴がすっ飛んでくる。なぁに、うちの団員が近くにいりゃ、そいつが片付けるさ」

クリフが横から肩をすくめるように言って、少し場の空気が緩んだ。


そのとき、メイテンが恐る恐る手を挙げる。

「……あ、あの……それでも、逃げきれなかったら、どうすれば……?」


沈黙が降りる中、シマは彼に目を向けた。

「短剣は持ってるな?」


「……は、はい……」


「ためらうな。切れ。刺せ。それが生きるってことだ」

彼の小さな手が震えるのを見て、クリフが優しく語りかける。

「ポケットに、小石や砂、釘、何でもいい、ちょっと入れておけ。そいつを相手の顔に思いっきりぶん投げろ。目を狙え。怯んだ隙に走れ」


「……でも、それで相手が……死んだら……」


その言葉に対し、シマの声が強くなる。

「それで相手が死んだとしても、咎も罪もねぇ。お前らに非はない。俺が——俺たちが何とかする。守ってやる。俺はシャイン傭兵団団長シマとして、ここに誓う!」


彼の声は、雪空の中に響いた。


「生きろ。それだけでいい」

クリフも口を開いた。

「牛や馬の世話中に獣や野盗に襲われたら、すぐに逃げろ。スーホ隊、リットウ隊、ノーザ隊にもちゃんと伝えとけ。牛や馬よりお前たちの方が遥かに大事だ。欲しけりゃくれてやれ。俺たちが、必ず取り返す。だからな、お前たちは、無事で戻ってくることだけ考えろ。それが一番の務めだ。忘れんなよ」


クリフの言葉に、皆が黙って頷いた。

冷たい雪が頬に当たる。それでも、胸の内には温かいものが灯っていた。


弱者にとっての戦い。それは、臆さず逃げること。叫ぶこと。生き延びること。

そして、その命を、傭兵団全体で守るという、確かな「約束」がそこにあった。


沈黙のなか、今度は細身で神経質そうな青年、カノウがためらいがちに手をあげる。

肩を少しすぼめるようにしながら、口を開いた。

「……そ、それでも……どうしても戦わなくちゃいけない、逃げられないって時は……どうすれば……?」


その問いに、一瞬だけ空気が止まる。

そして、クリフが腕を組みながら、低く、だが優しく答えた。

「……そうだな。たとえば……大事な女が近くにいた時。子供たちがそばにいた時——逃げることすら許されねぇ時ってのは、ある」


カノウはゴクリと唾を飲み込む。

緊張が、その場の空気を張りつめさせた。


すると、シマが少し歩み出て、雪の上に立ち止まりながら語り始めた。

「その時は——時間を稼げ。相手が人間なら、大抵は物か金が目当てだ。なら、くれてやればいい。命と引き換えになるくらいなら、迷わずに渡せ」


彼は右手を後ろに回し、まるで何かを投げる動作をしてみせた。


「だがな、ここが肝心だ。物や金を渡す時でも——絶対に相手から目を逸らすな。目線を切るな」

彼の声は鋭く、聞く者の胸に深く突き刺さった。

「間合いを詰めさせるな。掴まれるな。囲まれるな。」


シマは足元に落ちていた小石を拾い、それを放物線を描いて放り投げる。


「金や物は、相手の後方に投げろ。相手がそれに気を取られた隙に、すぐに逃げろ。それだけで、助かる可能性は何倍にもなる」


その言葉に、多くの者が小さく頷き始めた。


だが、クリフが続けるように口を開いた。

「……だがな、それでも……足がすくんで動けねぇ時ってのは、ある。体が凍りついたみてぇに動かねぇ、心臓の音が耳をふさぐ、涙が出てくる……」


彼の目が、遠い過去を見つめるように鋭く細められた。


「そういう時は……もう、腹を括って戦うしかねぇ。だが安心しろ、そんな時のために今から教える。戦えねえ者が、どうすればいいか。どうすれば、ほんの一瞬でも時間を稼げるか。弱者のための戦い方をな」

クリフは腰から短剣を抜き、地面に突き立てた。

「切りつけろ、刺せ、殴れ、投げろ——何でもいい、相手が痛がればそれでいい。怯んだ一瞬を逃すな。それが命の分かれ道になる」


シマが続ける。

「攻撃は一撃に集中しろ。喉、目、股間、膝……人間が反射的に守ろうとする場所を狙え。場所がわからなくても、とにかく“叫びながら全力で”やれ。声を出すだけでも自分を奮い立たせられる」


クリフはもう一度周囲を見渡し、目の前に立つカノウに近づいた。

「いいか、カノウ。大事なのは、最初の一歩を自分で決めることだ。逃げるのか、戦うのか。どっちにしろ——決めたら迷うな。生きるために、やれ」


カノウは震える唇を噛みしめ、深く頷いた。


その場にいた者たちも、誰一人として笑わなかった。

皆、これがただの訓練じゃないことを肌で感じ取っていた。


この村で学ぶのは剣の技ではない。

力なき者が、生き抜くための「知恵と覚悟」だ。

雪の中で、静かに、確かに、一つの教えが染み渡っていった。


訓練場の端に、古布を詰めた麻袋が並べられ、簡易的な的となっていた。

傍には砂利や小石、そして釘や木片を詰めた小袋が積まれている。

凍えそうな空気の中、シマとクリフの声だけが、はっきりと響いていた。


「まずは投擲だ。お前らの手元にあるのは“殺すための武器”じゃない。逃げるための時間を稼ぐ道具だ。躊躇するな。相手の目、顔、喉——迷わず狙え」


クリフが見本として、小石を軽く握り、的に向かって放る。

小石は風を裂き、的の目元を正確に打ち抜いた。


「こうだ。体をひねる。腕だけじゃなく、腰から回して投げる。できるだけ“速く”“痛く”“的確に”だ。石でも砂でも釘でも、当たれば怯む。そしたらすぐ逃げろ」


団員たちは交代で前に立ち、それぞれの手に小石や砂を握りしめ、的へと投げる。

最初は腰が引けていたが、何度も繰り返すうちに、目つきが変わってきた。


「次、叫びの練習だ!」シマの声が張られる。

「恥ずかしいと思うかもしれねぇが——命がかかってる時にカッコつけてる余裕なんかねぇ。叫べ。人殺し~!”助けて~!殺される~!ってな。声が出るってのは、それだけで周囲を動かす力になる」


誰かが口ごもった瞬間、シマが大声を張り上げた。

「人殺しー!!! ここに賞金首がいるぞー!!!」


その声に、数人がびくりと肩をすくめたが、すぐにその意図を察し、小さくうなずいて後に続いた。

叫び声の輪が広がる。誰もが最初は照れながらも、段々と本気の声に変わっていく。


次は短剣。訓練用の刃のない木製ナイフが配られる。


クリフが言う。

「剣の扱いなんか知らなくていい。ただ切りつけるだけだ。狙うのは急所。腕、足、喉、目。『振りかぶって振る』。できるだけ“鋭く”“早く”“躊躇なく”やるんだ」


クリフ自身が見本となって、棒を構えた訓練用の人形に向かって突進し、喉元に突き出すように短剣を振る。

喉元に打撃が入ると同時に、脇腹を切り裂くような二撃目が入る。


「いいか、これを“脅し”に使うなよ。お前らが武器を向けた時点で、相手は“殺される”って思う。こっちだって“殺される”って思え。だからこそ、“ためらわずに”振れ!」


団員たちが一本ずつ短剣を構え、藁人形へと切りつけていく。

中には手が震えて力が入らない者もいたが、仲間の声に背中を押されながら、一人また一人と振り下ろしていった。


そして、最終段階。


「……ここからは実戦だ」シマが静かに言う。


訓練用の木剣を手に、シマとクリフがそれぞれ場に立つ。


「今から、お前らには“人に刃を向ける”ってのをやってもらう」


場が、凍りついたように静かになる。


「俺たちに向かって、全力で切りつけろ。これを乗り越えないと、いざという時、身体は動かない」


「安心しろ」クリフが笑う。

「痛くも痒くもねえ訓練用の刃だ。だけど、本気でやれ。でなきゃ意味がねえ」


一番手はメイテンだった。細身の体を震わせながら、木剣を手に前に出る。


「……俺に向かってこい」とシマが静かに構える。


「こっ、こうですか……?」


「違う。今、俺が“お前の友達を殺そうとしてる”と思え」

シマが一歩踏み出した。

その瞬間、メイテンの表情が変わった。

恐怖と覚悟が入り混じったその顔で、彼は叫びながら、真正面からシマに向かって切りかかる。


シマはその剣をさらりと受け流すが、その眼差しは真剣だった。


次々と団員たちが前に出る。皆、最初は震えていた。

だが、叫びながら斬りつけるその一太刀に、ひとつ、ひとつ、覚悟が宿っていった。


最後の一人が切りかかり終えたとき、雪が風に舞った。


シマは全員を見渡し、深く息を吐いた。

「……これでお前たちは、“弱者”じゃねぇ。“生き延びる覚悟”を持った戦士だ。誰がなんと言おうと、俺はそう誇って言える」


クリフも頷きながら言った。

「忘れんな。戦うためじゃねえ。生き抜くために学んでるんだってことをな」


誰かが、そっと涙をぬぐった。

その日、雪の訓練場で教えられたのは、戦いの技術ではなく——生への意志そのものだった。

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