違い?!
夜も更け、バンガロー内には、蒸気が上がる湯呑みと、炭火のわずかな熱が漂っていた。
10日後に発表される新たな戦力再編成を前に、今夜の議題は「隊の方向性と人員配置」について。
焚き火の奥、静かに座していたシマが、低く落ち着いた声で口を開く。
「編成の発表は10日後に行う。それまでに隊の方向性と構成を固めておく必要がある」
そう言って、シマは目を閉じ、言葉を選ぶように一拍置いた。
「灰の爪隊、氷の刃隊には鍛え上げられた精鋭を揃えるにしても――スリーマンセルのようにバランスよく分けるか、一点集中、攻撃特化、防御特化型にするかは、隊長たちの性格や好みにもよる」
焚き火がパチリと音を立てる。
「……それに、どうしても馬が合わねえ奴らもいるだろうしな。実力があっても戦いたくねえ奴ってのもいるかもしれねえ。そういうのを無理に隊にねじ込んでも、いい結果にはならねえだろう」
場が一瞬静まり返った後、サーシャがふっと息を吐き、柔らかい口調で続ける。
「無理に戦わせる必要はないわね。この村の中でやるべきことは、戦うことだけじゃないもの」
「そうよ」
隣に座っていたケイトが頷く。
「炊事、工芸、物資管理、子供たちの世話、掃除、修繕。戦えなくても、いや、戦わない人がいるからこそ村が回るのよ」
「…誰をどこの隊に入れるか」
エイラが指で湯呑みのふちをなぞりながら言った。
「仲の悪い人たちを無理に組ませても、軋轢を生むだけよ。それに隊の空気って、案外脆いものなの。ちょっとした違和感で、壊れる」
その言葉に、ジトーが腕を組み、低く呟く。
「…隊ごとに特徴を持たせるにしても、全部が突撃部隊じゃ意味ねえぞ。陽動も、支援も、後方警戒も必要だ」
その言葉に、各隊長たちの視線がジトーに向く。
ドナルドが口の端を吊り上げて応じた。
「そりゃあ俺たちだって分かってるさ。突っ込みゃいいってわけじゃないのは、もう身に染みてる」
「この辺の話は、ちゃんと各隊で詰めていくさ」
ユキヒョウが軽く笑みを浮かべる。
「構成、相性、特性――すべて話し合って決めよう。押し付けではなく、納得の上で。それが、僕たちが“シャイン傭兵団”に加わった理由でもある」
「ありがとう」
シマが軽く頷いた。
「…編成案は3案以上出してもらう。編成理由も添えてな。こっちで最終調整はするが、基本は尊重する。全員が使いやすく、納得できる隊に仕上げよう」
その言葉に、隊長たちは真剣な顔つきで頷いた。
この村、この傭兵団の未来を形作るための大仕事――誰もが、少し背筋を伸ばした瞬間だった。
次の課題は生活の根幹に関わる「食」と「物資」の話だった。
「編成が終わったら……今年最後の買い出しだな」
シマが天井の梁を見上げるようにして呟いた。
「まだ大丈夫だよな?」
「雪なあ……ギリギリってとこだな」
ダグが腕を組み、鼻を鳴らすようにして応えた。
「もう北の尾根は真っ白だ。遅れたら馬車が通れねえ」
「そういえば前にシンセの街に行かなかった3家族の団員たち――奥方にせっつかれてるそうだぜ」
デシンスが笑いをこらえるようにして言うと、場がやや和んだ。
「プリン、もっと作れないかって相談もあるのよねぇ」
リズが肩をすくめながら笑った。
「奥方連中だけじゃなく、炊事班からも要望が来てるのよ」
「子供たちにも大人気だものね」
ノエルが頬を緩ませて言うと、場に優しい空気が流れた。
「子供たちだけじゃないよ。僕たちだってもっと食べたいさ」
ユキヒョウが、少年のように笑う。
「だよなあ…」
ギャラガが同調しながら、すっかり馴染んだ団内の甘味談義に身を乗り出す。
「あんな美味しいものが世の中にあるなんて…衝撃的だったわよ」
マリアが、目を見開いて真剣な表情で言い、皆の笑いを誘った。
「毎日80から100個は作ってるけど、すぐになくなっちゃうものね」
ミーナが小さくため息をついた。
「卵もミルクも、いろんな料理に使えるしね」
隣で聞いていたメグが相槌を打つ。
「ホットミルク?だっけ…あれも美味しいよね」
オスカーが思い出したように言うと、
「だよなあ、砂糖やハチミツを入れるとこれがまた美味ぇんだよ」
ギャラガが目を細めて嬉しそうにうなずいた。
そして、ユキヒョウがふと口を開く。
「肉、魚、スープ、パン、野菜、果物、茸、デザート、甘味、酒…どれも捨てがたいけど、僕の一押しは、やっぱりスープかな…僕たちも……いつの間にか贅沢になってきたねえ」
と、言ったあと、自嘲気味に笑う。
「仕方ないわよ、あのスープは本当に美味しいもの」
マリアがため息をつくように呟いた。
そこにいた全員がうなずいた。
一つの鍋から生まれる温もり。冷える夜の中、口にする一杯の幸せ。
命を懸ける戦場の傍らに、そんなささやかな贅沢があってもいい。
この場所で、共に生きる者たちにとって、それは決して「余計なこと」などではなかった。
この冬を越える準備は、物資の調達だけではなく、
皆の「気持ち」にも火を灯す――そんな時間となっていた。
スープやプリンの話題に花が咲き、ほんのり暖かな空気に包まれていたその場に、フレッドの指先が小さく振られる音が冷や水のように差し込む。
「お前ら、まだ甘いぜ…」
フレッドがどこか得意げに、口角を片方だけ上げる。
「極上のスープは、まだこんなもんじゃねえんだよ」
「ククッ……そうだぜ」
今度はザックが笑う。背を椅子にもたせかけ、腕を組みながら、声に含みを持たせた。
「これで満足してるようじゃ、まだまだだな!」
ザックとフレッドの態度に、周囲がざわつき始める。
「……極上のスープ?」
オズワルドが首を傾げ、眉をひそめて問うた。
「それはいったい…?」
答えたのは、意外にもエイラだった。
彼女は静かに頷きながら、まるで遠い昔を懐かしむように言う。
「ブラウンクラウンのことね」
――その名が出た瞬間だった。
「「……!!!」」
ギャラガの表情が凍りつき、ユキヒョウも目を見開く。
「ま、幻のキノコ!?」
騒然とする空気の中、ジトーがあっけらかんと口を開いた。
「俺たちは、深淵の森じゃ毎日のようにアレを食っててな」
「そうそう、あれは……六年間くらいか?」
クリフが軽く数えるように指を折った。
「煮ても焼いてもスープにしても美味しかったね」
ロイドがのどかな笑みを浮かべる。
「……こ、効能とか、効果のことは……し、知ってるのか?」
キーファーが言葉を選ぶように口にした。
「身体能力向上……風邪をひかない、成長促進…だったか?」
トーマスが何でもない風に、杯片手に口にする。
沈黙。
ギャラガが、ザックたちの顔を一人一人ゆっくりと見回す。
その目には明確な驚愕と納得の色があった。
「……6年間、毎日のようにアレを……」
彼はため息混じりに呟いた。
「どうりで、コイツら普通じゃねぇわけだ」
重い事実に、誰もが息をのむ。
「それに加えて、深淵の森っていう特殊な環境で生き抜いてきた結果が――」
デシンスがそこで言葉を切り、じっとシマたちを見る。
しばしの沈黙ののち、少しだけ口元を歪めて呟いた。
「お前たちか」
その声には、感嘆と、そして少しだけ羨望が滲んでいた。
目の前にいる“シャイン傭兵団”の異質な強さ――
それは、偶然ではなく、積み重ねられた日常と、過酷な環境、そして得難いものとの出会いが生んだ必然だったのだ。
それを知った者たちの胸に、言葉のない畏敬が流れた。
「そうそう、それでよ……」
話の流れが落ち着いたところで、トーマスがふと思い出したように口を開いた。
「ちと疑問に思ったことがあるんだよ……ここいら、だけじゃなくてさ、フレッドの村の周りにもいたろ? 狼とか熊とか……あれ、ちっさくね?」
静かに酒を口にしていた面々が、ぽつぽつと顔を上げる。
「生息地によって違うのか?」
ジトーが目を細め、シマに尋ねる。
手のひらを狼の形にしながら。
だが、聞かれたシマは少し首をかしげて笑った。
「いや、俺に聞かれてもなあ…… 獣に詳しいわけじゃねえし」
「どれくらい違うのじゃ?それと他に何か特徴はあるかの?」
ヤコブがぐっと前に身を乗り出してくる。
目を輝かせながら、ノートを取り出す手つきは真剣そのもの。
「あっ!」
ミーナが軽く手を叩いた。
「そういえば私、前に仕留めた狼を二頭担いだ時、そんなに重いって感じなかったわ」
「僕もだね。熊を一頭運んだけど、普通に走れたよ」
ロイドが隣でうんうんと頷く。
「……そういやあ俺もそうだな」
シマも記憶をたどるように目を細める。
「いつも通りの感じだったけど……あれ?そうか、軽い……のか?」
「……お前ら、それはそれで異常なんだぞ。自覚しろよ」
ダグが肩をすくめて、呆れたように言う。
「熊って普通は……ひとりじゃ担げねえだろ、普通は」
「まあ、そうかもしれねえけどよ……」
クリフが酒を一口飲み呟いた。
「深淵の森だとさ、ジトーやトーマスかザックの二人がかりで熊は運んでたろ」
「そうね……大きくても一回り、二回りって感じかしら?」
ケイトが静かに言葉を添える。
「そんな感じじゃない?」
メグがケイトに視線を送りながら頷いた。
ふと、オスカーが口を開く。声には迷いと確信が半々に混じっていた。
「……僕もちょっと思うことがあるんだ。なんか、こっちの狼とか熊だけじゃなくてさ……猪とか鹿も――妙に警戒心が薄いような気がするんだ」
「それは確かにあるわねえ……」
サーシャが頷きながら頬杖をつく。
「あんまり逃げないのよ。簡単に仕留められちゃうもの」
「狼たちの連携も、悪くない?」
メグが目を細めながら言う。
「そうね……役割が曖昧なのよ。斥候も、囮も、群れ全体のために命を投げ出す犠牲心も見られない」
「凶暴さも……どこか足りないのよね」
ノエルが、少し冷静な声で言葉を並べた。
しばし、皆が沈思黙考するように黙った。
やがてリズが口を開いた。まるでまとめるように、静かに。
「改めて意見をまとめると――」
「この辺りの獣たち、深淵の森とは大分違うわね」
その言葉に、皆が小さく頷いた。
一見平穏な自然。だが、その“穏やかさ”こそがどこか不気味に映る――
彼らは今、深淵の森という過酷な場所で身に着けた“勘”によって、この土地の異質さに、ほんのりと気づき始めていた。




