風呂に入りたい?!
ザック、フレッド、ジトー、ドナルド、キーファーの五人は、広場の一角に集められた紅イモの山を前に、焼酎造りの初挑戦に挑んでいた。
蒸し器代わりに仕立てた大鍋に水を張り、薪をくべて火を起こすと、手早くイモを投入していく。
「焦がすなよ! 焦げたら全部やり直しだ!」とジトーが叫べば、「大丈夫だって、目は離してない!」とフレッドが返す。
皮を剥く工程では、キーファーが手元を誤って指をちょっと切ってしまい、ドナルドが「おいおい、指ごと漬ける気か!」とツッコミを入れて場が和む。
一方でザックは、蒸しあがったイモを木の臼に移し、フレッドと交代で杵を振るう。
粉々になるまで潰していく。
その様子を興味深そうに見ていた団員たちや、カノウ、コウアン、メイテンの三人が様子を見に来る。
最初は遠巻きにしていたが、やがて「これは良い経験だ」とカノウが真顔で参加を申し出、手際よく潰し作業に加わる。
メイテンは木樽の中身をかき混ぜる役を買って出るも、少しでも目を離すと飛び散って顔にイモが付く。「ひゃっ、熱っ!」と跳ね退く姿に、場は爆笑の渦となる。
そして最初の発酵試験では、思ったより泡立ちが少なく「おい、これ本当に発酵?してんのか…?」と不安が広がるも、そこへヤコブが気になって見に来る。
「まあまあ、時間はかかるけど間違ってはいないのう」と太鼓判を押す。
それを聞いた一同はホッとし、「失敗しても次があるさ」とザックが言えば、皆うなずいて再び作業に向かっていった。
笑いと汗と失敗が交錯する、村の一角は、まるで一つの大きな学び舎のようになっていた。
オスカーとオズワルドが作業を始めて間もなく、周囲に十数名の団員たちが集まってきた。
キジュ、メッシ、ガディ、バナイといった面々も揃い、手には工具や木材、ロープ、さらには先ほど運ばれた銅板や鉄板もある。
かつてない規模の共同作業に、皆がどこかそわそわとした高揚感を抱いていた。
「本当にできるのか、十数人入れる風呂なんてよ」と呟くバナイに、「やれるさ、オスカーがいればな」とキジュが笑う。
オスカーは少し照れたように顔を上げ、「…試作で終わらせる気はないよ」と静かに宣言した。
シマの言葉通り、まずは一人用の小型浴槽を木板で組み上げ、継ぎ目に水が漏れないようヤニや獣脂を混ぜた天然パテで密閉する。
オズワルドとメッシが木板を切り出し、ガディとバナイが力仕事を担って組み立てを進めていく。
「いいぞ、次の板!」とキジュの声が響く。
完成した一人用浴槽に、試しに水を張ってみると、じわじわと底から水が滲み出す。
「…やっぱり甘かったか」とオスカーが眉をひそめ、接合部の角度を数度単位で修正するよう指示を出す。
オズワルドが「こいつぁ繊細な戦いだな」と汗をぬぐいながら笑う。
さらに漏れ防止のため、銅板を内張りとして使用する案が浮上する。
オスカーは薄く加工した銅板を慎重に木枠の内側に沿わせ、溶接の代わりに釘で固定。
水をもう一度入れてみると…「止まった! 漏れてねぇ!」と歓声が上がる。
オスカーは底部に施す“加熱機構”の設置に取りかかった。
彼が目指したのは、「五右衛門風呂」のような構造――つまり、浴槽の底を直接加熱することで効率的に湯を温める仕組みだ。
「木製の浴槽に直接火を入れたら燃えるだろ」と不安げに尋ねるバナイに、オスカーは静かに頷いた。「だから、鉄板と銅板の二重底にするんだ。火と水を隔てつつ、熱をしっかり伝えるようにするんだ」
まずは浴槽の底部を丸くくり抜き、そこに厚みのある鉄板を据える。
その鉄板を火に耐えられる石組みの台座で支え、その下に焚き口を設ける構造。
鉄板の上にはやや薄い銅板を重ね、水と触れる部分には錆びにくく熱伝導の高い銅を使うことで、湯がすばやく温まるよう工夫されている。
「この鉄板が炎を受け止めて熱を溜め、銅板がその熱を浴槽の湯に均等に伝える。これで木が焦げることもない」と、オスカーは丁寧に説明する。
オズワルドとガディが慎重に石を積み上げ、焚き口と煙の抜け道を確保する。
キジュとメッシは鉄板の周囲に粘土を詰め込み、隙間から熱気が漏れないようにしていた。
そして、焚き口に薪がくべられ、火が灯されると、鉄板の下からじわじわと浴槽が温まり始めた。
最初の湯は少しずつ、けれど確かに温度を上げていく。
「……おお、湯気が出てる!」
誰かが叫ぶと、皆が拍手で応じた。
オスカーは満足そうに頷きながら、「まだ調整は必要だけど、これならいける」と静かに呟いた。
こうして、チョウコ村に前例のない“風呂文化”が、今まさに生まれようとしていた。
朝の霞が残るルナイ川沿い、北東の林の中に、斧の音と男たちの掛け声が響き渡っていた。
「――よし、一本倒れたよ!」
ロイドが大木を切り倒すと、すかさずトーマスとデシンスが枝を払い、ギャラガが測量棒を使って敷地の区画を確認する。
ユキヒョウは斜面の傾きと土の硬さを確かめながら、道の方向を示す杭を打ち込んでいた。
クリフは手慣れた様子で獣除け柵の柱穴を掘り、少し離れた場所でシマは、大きなスコップを振るい、黙々と地面を均していた。
その姿は明らかに“本気”だった。汗だくになりながらも、目の奥は妙に輝いていた。
「……なんで俺はこんなにも風呂にこだわってんだろうな」
シマは土をならしながら、ふと首を傾げた。
「前世で風呂好きだったのか……それとも湯に浸かったあの“気持ち良さ”が、身体に染みついてるんだろうか……」
脳裏によぎるのは、疲れきった身体を包み込むような温かさ、肩の力がふっと抜けて、全身の筋肉がとろけていくような、あの至福の感覚――。
それを思い出すだけで、自然とスコップの動きに力が入る。
「……あいつ、やる気すごくねえか」
苦笑いを浮かべながらクリフが言うと、トーマスも同意するように笑った。
「風呂ってそんなにすげえもんなのか?」
その時だった。後方の林を抜けて、どっと人影が現れる。
「うわ、何人来たんだ……」とデシンスが目を見開くほど、シャイン傭兵団の団員たちが次々にやってきたのだ。
「何をやってるんですか?」「俺たちも手伝いますよ!」と声が飛び交う。
「お前ら……今日は作業休みだと言ったはずだが?」
ギャラガが眉をひそめると、マークが笑いながら答えた。
「いやあ、団長たちがこんなに働いてるのに、寝てられませんよ。なあ?」
「まあ、確かに……」とロイドが呟き、シマは一度スコップを置いた。
「……配慮が足りなかったな。トップが働いてちゃ、気が休まらねえよな。すまねえ」
一拍置いて、シマは笑顔で手を差し伸べる。
「ちと手伝ってくれねえか。風呂作りに、お前らの力が要る」
「そう来なくっちゃ!」
団員たちは満面の笑みで応え、工具を手に取りながら、現場は一気に活気づいた。
ここに、笑いと汗が混じる“シャイン式共同作業”が始まったのだった。
昼時、シマは現場を回りながらそれぞれの進捗を確認していった。
まずは風呂場予定地。すでに道は拓かれ、整地はほぼ完了しつつある。
土を均し、地面の傾きを調整する作業も順調だ。
「今日中には終わりそうだな」
シマが額の汗を拭いながら呟く。
ギャラガやロイド、トーマス、デシンス、それに集まってきた約50名の団員たちが黙々と動いており、作業の流れができていた。
「これだけ人手があれば、午後のうちに柵も仕上がるだろうな」
クリフが言い、皆が頷いた。
次に、オスカーとオズワルドたちの浴槽製作現場。
こちらでは木材の加工音が響き、オスカーがノミとカンナを手に細かい調整を行っていた。
既に一人用と二人用の浴槽は完成しつつあり、水漏れを防ぐために継ぎ目には布と樹脂、鉄の留め具を使って補強されていた。
底部には鉄板を敷き、さらに銅板をかぶせ、五右衛門風呂式の加熱構造を組み込んである。
「大人数用の浴槽はさすがに時間がかかるし、ここじゃ場所が足りないから整地が終わったら、明日から本格的に始めるつもりだよ」とオスカーが言えば、シマは力強く頷く。
「オスカーに任せる。」
最後に、ザック、フレッド、ジトー、ドナルド、キーファーらが囲んでいるのは、大きな甕と樽。
中からはほんのり甘く、青臭い香りが漂っていた。
「第一段階は終わりそうだぜ」
ジトーが鼻の頭に汗を浮かべて言った。
シマは甕の前で腕を組み、皆の視線を受けながら少し戸惑ったように口を開いた。
「まずは紅イモをよく洗って、蒸して潰す。これを一次原料として、麹と混ぜて寝かせるんだ」
周囲がうなずく中、彼は眉間に皺を寄せる。
「その後は…温度管理?が大事だったような…。で、酵母を加えて一次発酵。4〜5日くらい…たぶん」
甕からは泡が立ち、プツプツという発酵音が響く。
「今がその一次発酵の終盤だ。次は二次仕込みで水と新しいサツマイモを加えて、さらに発酵させる…一週間以上かかったはず…とりあえずはやってみてくれ」
甕の中を覗き込んでいたフレッドがふと顔を上げ、周囲を見回してからシマに小声で囁いた。
「だけどよ、なんでお前そんなに詳しいんだ?酒は飲まねえだろ」
シマは少し困ったように笑いながら肩を竦めた。
「前世の記憶で読んだラノベ……いや、小説だ。そういう話がちょくちょく出てくるんだよ。芋焼酎の造り方とか、発酵とか」
「はあ……」とフレッドが唸る。
「深淵の森でパンを作った時もそうだった。酵母の話も小説で知ったんだ。……変な話だよな、けど妙に頭に残ってるんだよ」
そんなふうに話すシマの横顔に、フレッドはほんの少し敬意を込めた視線を向けた。
「……しかし一週間以上か気が遠くなるな」
フレッドが肩をすくめた。
皆がそれぞれの持ち場で最善を尽くしていた。
団の力が、今、新たな生活の礎を築き上げようとしているのを感じていた。
昼時の村の広場には、陽光が穏やかに差し込み、女性たちの笑い声が風に乗って流れていた。
簡素な木のテーブルを囲み、布を敷いた上に持ち寄った野菜の煮物や芋、黒パンなどが並べられている。手にした木の器から立ち上る湯気に、昼の賑わいが映えていた。
「今朝の卵は全部プリンに回したのよ~」
嬉しそうに話すサーシャ。
「明日が楽しみだわ!」「子供たちにも食べさせてあげたいわ」と周囲も頷く。
「アンジュさんたちにも届けてあげようかしら」と誰かが言えば、皆が賛同し、優しい笑みが広がった。
その一角では、ヤコブとノエルが二日酔いの薬の調合を終えたばかりで、どちらも少し疲れた様子だ。
「ふう、今日はなんだかもう疲れたわ」
ノエルが額の汗を拭きながら言い、「午後は果実酒でも飲んで、のんびりするわ」と笑った。
そこへ、スレイニ族の兵士を数人連れたダグとスタインウェイが広場へと現れる。
彼らの顔色は朝よりずっと良くなっており、薬が効いたことが一目でわかった。
「いやあ~、面目ない。すっかり手間をかけちまって…」
スタインウェイが頭を掻きながら笑い、
「残り物でいいから、ウチの兵士たちにも飯を分けてくれんか?」と頼んだ。
それを聞いた炊事班のトッパリが、笑顔で手を振る。
「残り物だなんて、水くさいこと言わないでくださいよ!ちゃんと用意してありますから!」
兵士たちの顔にも自然と笑みが広がり、昼の広場にはまたひとつ、あたたかな空気が流れた。




