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光を求めて  作者: kotupon


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218/453

行くしかないでしょ!

乾いた朝の空気に。

まだ陽が高く昇る前、チョウコ村には、整然と並ぶ馬車二十台と、それを支える三十頭の馬たちの姿があった。

馬車には帆布で覆われたものもあれば、荷台を開け放ち荷物を積み込む最中のものもある。

車輪がわずかに軋む音が、旅立ちの気配を高めていた。


その中央――出発の号令を前にして、堂々と立つのはジトー。

彼の横には、すでに旅支度を整えた面々が揃っていた。

クリフ、ザック、フレッド、ミーナ、ケイト、ドナルド、キーファー――

そして、9家族を代表する者たち。

その中には、ギャラガとその一家の姿もある。


ギャラガの妻アンジュは、明るい色のスカートに身を包み、旅に心を躍らせていた。


傭兵たちはもちろん、家族も混じる一行。

だからこそ、その規模は100名にも及んだ。


そして――

「それじゃあ、気を付けてな」

シマの声が、静かに響いた。

馬車の脇で腕を組みながらも、その目には確かな信頼と責任の色が浮かんでいた。


「アンジュさん、楽しんできてくださいね!」

サーシャが笑顔で手を振りながら声をかけると、アンジュは元気よく「ええ!ありがとう」と返す。


「ブーツに使う革製品は“コンガ商会”から仕入れてね、ミーナ」

エイラが念を押すと、ミーナは荷台の帳簿を片手に小さく笑った。

「昨日も聞いたわよ、エイラ」


「……あら、そうだったわね」

エイラが照れ笑いを浮かべ、周囲からもクスリと笑い声が漏れる。


その時だった。


風が吹く――。

その風を受けて、ジトーが天を指さすように叫んだ。

「シャイン傭兵団、出発!!」


「おおおー!!」


若者たち、古参の傭兵たち、家族連れ――声が重なり、朝空に響き渡る。


そして。

急ごしらえとは思えぬほど立派に仕上がった団旗が、馬車の先頭で高く掲げられる。

鮮やかな紺と金を基調とし、中心には堂々たる意匠――「獅子」の姿。


威厳に満ちたその獅子は、前足を掲げ、咆哮するような姿で描かれている。

牙をむき、鬣をなびかせるそれは、まるで今にも飛び出してくるような迫力を宿していた。


風にはためく旗が朝陽に照らされるたび、獅子の輪郭は煌めきを放ち、進軍する一団を象徴していた。

それは、力強さと誇りの象徴――彼らが「シャイン傭兵団」であることを告げる、ひとつの魂だった。


馬車が軋みながら進み出し、砂を巻き上げてゆく。

旅立ちの音と共に、団旗は堂々と風を裂きながら揺れ続けた。


――チョウコ村の空は晴れ渡り、風が心地よく吹いていた。

作業の休みに入ったシャイン傭兵団の本隊は、広場の一角でちょっとした練習を始めていた。


「団長、早速、練習してみますか?」

馬の手綱を整えながら笑みを浮かべるのは、スーホ。

彼は馬の扱いにも慣れており、どこか誇らしげに声をかけた。


その声に、軽く肩をすくめながらシマは言う。

「……傭兵団の団長が馬に乗れないってのも、格好つかないからな」


その言葉に、周囲から軽い笑いが漏れる。

団員たちは、普段の戦闘ではあまり馬を使わない。

だが、これを機に乗馬を覚えようと、皆が集まっていた。


乗馬訓練、開始――。


広場には5頭の馬が並べられ、団員たちが代わる代わる乗っていく。

最初は誰もがぎこちなく、バランスを取りながら鞍に腰を下ろす。


だが、数分もしないうちに――

「おお、ノエル! うまいじゃねえか!」

「ふふっ、こういうの、好きなのよ」

「エイラ、楽しそうだな」

「これ、けっこう気持ちいいわよ? 風を切って走るの、すごく爽快」

「シマ!見て見て!すっごく楽しい―」

女性陣たちは軽やかに馬を乗りこなし、時折、笑い声まで上げていた。

馬たちも、なぜか彼女たちには従順に歩を進める。


一方、男性陣はというと――。


「……ダメだな。馬がバテちまう」

馬の横で額に汗を浮かべたシマが、肩で息をしながら言った。

全身の筋肉が重さとなって馬にのしかかり、馬ははっきりと疲労の色を見せていた。


「君たちは身体がでかいからねえ……」

ユキヒョウが苦笑しながら言う。

彼も体格はいいが、そもそも馬に乗ろうともしていない。


「俺たちなら、馬に乗らなくても普通に走った方が速えからなあ」

そう言ったのは、トーマス。

「持久力も僕たちの方があるしね」

オスカーも穏やかに続けた。


その言葉に、オズワルドは額に手を当てるようにしてため息をつく。

「……馬より速いって……ハア。お前らにはなれたつもりだが……」


「俺はちょっとやそっとじゃ、もう驚かねえぞ」

なぜかドヤ顔で言い切るのはダグ。


「お前それ……別に威張って言うことじゃねえだろう」

横からすかさず突っ込むデシンス。

周囲はどっと笑いに包まれた。


馬たちはすでに軽く汗をかきはじめ、ヒヒーンと鼻を鳴らしている。

交代しながらの練習だが、筋骨隆々の面々にはさすがに荷が重かったようだ。


馬と風と、笑い声と、草の香りと。

小さな広場は、一時の平和を噛みしめるように、ゆるやかな時間に包まれていた。


チョウコ村、北側。昼下がりの陽射しがやわらかく小高い山を照らす。

空は晴れ渡り、練習を終えた馬たちは穏やかに鼻を鳴らしていた。


シャイン傭兵団の数名は、乗馬に慣れさせるため、馬を引きながら村の北側へ足を伸ばしていた。


サーシャが乗る馬を引くシマ。

サーシャは鞍の上で背筋を伸ばし、落ち着いた表情をしているが、足元はまだややぎこちない。

「ゆっくり進もう。ここ、段差がある」

シマが声をかけ、手綱を軽く引き締める。

彼の歩幅に合わせて馬も自然と速度を落とした。


ノエルの馬を引くのはトーマス。

「慣れてきたな、ノエル」

「ええ、トーマスが引いてくれるから安心できるの」

彼女は穏やかに笑い、風に揺れる金髪が光を反射していた。

トーマスはやや照れ臭そうに、けれど誇らしげに胸を張る。


リズはロイドに導かれて。

リズの馬は少しだけ他の馬より背が高く、歩調がやや速い。

「リズ、少しだけ手綱を締めてみて」

「こう?」

「そう、それでいい。落ち着いてるね」

「……ん。ちょっと緊張してたけど、楽しくなってきた」

ロイドの穏やかな声に、リズがうっすらと微笑む。


メグの馬を引いているのはオスカー。

「風が気持ちいいわねえ、オスカー」

「うん。こういうの、いいよね。たまには」

オスカーは自分のペースで馬を導き、メグの楽しそうな様子に何度も目を向けていた。

ふたりの距離は、歩幅と歩調と共に自然に寄り添っていく。


エイラの馬を引くのはマリア。

「……あなたに引かれるのって、なんだか少し不思議な気分だわ」

「ふふ、たまにはこういうのも悪くないでしょ?」

マリアの歩みは安定しており、エイラはその背中に安心を預けていた。


一行は村の北側へ進み、馬車一台分の丸太橋が架けられている小さな堀を越える。

木々の合間から差し込む陽光の中、橋はきしみながらも問題なく通過できる。


その先には、少し小高い山を越えるとなだらかな丘陵が続いている。

丘を越えると草原地帯が広がっていた。

柔らかな緑が地平線まで続き、ところどころに風になびく白い野花が咲いている。


「……あの向こうがダグザ連合国か」

シマが立ち止まり、遠くを見つめながら呟いた。


「幾つもの部族がいるって話だったな」

「いずれ、どこかしらの部族と交易することになるでしょうね」


シマは足元の草を踏みしめながら辺りを見渡す。

「で……ダグザ連合国の主な産業って、何だ? 知ってる奴いるか?」


「俺がいたところでは酪農が盛んだったな。周りは牧草地でな」

答えたのは、ダグだった。


「おお、それはいい情報……え?……お前がいたところ?」

と、振り返るシマ。


「ああ、言ってなかったか? 俺は元々ダグザ連合国出身でな。もっと正確に言えば、ホルン部族の生まれだ」


その言葉に、周囲がざわめく。

「ダグが……ダグザの……?」

「名前そのままじゃないの……?」


「ダグってのはな、ダグザ連合の中じゃありふれた名前だ。一つの部族に一人はいると言っていい」

と、ダグは笑う。


「『〇×部族のダグ』『〇△部族のダグ』『△□部族のダグ』ってな具合に。どこに行っても『ダグ』がいて、名前だけじゃ呼べねえから、部族名込みで呼ぶんだ」


「それ、ややこしくない?」

メグが首をかしげる。


「まあな。でもその分、どこの出身かを名乗るのが誇りでもある。」


「なるほどな……」

シマは感心したように頷く。


風が草原を滑るように吹き抜け、緩やかな丘の上でシャイン傭兵団の面々は足を止めていた。


その風景を眺めながら、ユキヒョウが何気なく口を開いた。

「ダグ、君の部族って、ここからどれくらいの距離にあるんだい?」


少し黙って風に髪を揺らしながら、ダグが答えた。

「……そうだな、二日、三日くらいじゃねえか。まっすぐ行ければの話だが、今もあるかどうかはわからねえがな。前に戦ったあいつらに、俺のいた部族も、もしかしたら吸収されてんじゃねえか。」


「…スレイニ族? だって言ってたね」

オスカーがそっと補足する。


「ああ、ダミアンがそう言ってた」と、トーマスが頷く。


「でも……あっさりしてるのね」

ノエルが不思議そうにダグの横顔を見る。


ダグは鼻で笑ってから、肩をすくめた。

「俺がいた頃から、あそこは『イケイケドンドン』の気質だったんだよ。とにかく突っ走る、勝ちにいく、強え奴が上に立つ、それが当然。部族の名なんて、強い方に飲まれりゃあコロッと変わる。そんなのザラだ。誰もそれを恥とは思わねえ。」


その口調は軽いが、どこか鋭さがある。

その土地で育った者にしか持ち得ない現実の重みがあった。


ふと、デシンスが尋ねた。

「じゃあ、もしホルン族がスレイニ族に吸収されてたら……お前はなんて名乗るんだ?」


ダグは少しだけ口元を歪めて、乾いた笑みを浮かべた。

「そうなりゃ……『元ホルン族のダグ』って名乗るんだよ。“どこの出だ?”って聞かれたら、それが一番しっくりくる」


「……名前の中に歴史があるのね」

エイラが静かに言った。


「ああ。俺たちにとっては、名前ってのはただの記号じゃなくて、“どこから来たか”を示す足跡みたいなもんだからな。時にはそれが武器にもなるし、重荷にもなるが……」


遠く、草の海がさざめいている。

そこにかつてあったかもしれないホルン部族の名残。

今はもう、風と共に散ったのかもしれない。


けれどその風景を前にして、ダグの立つ姿は微動だにせず、しっかりとその足で大地を踏みしめていた。


彼の名は――ホルン族のダグ。


そう名乗ることで彼は、過去を誇り、未来を歩いているのだった。

遠く風が吹き抜け、草原の先に無数の可能性が見える。

酪農、交易、部族との交渉、未知の文化――。


ダグザ連合国の方角を見やりながら、シマがぽつりと呟く。

「牛や鶏が欲しいな。交渉次第ではいけるか?」


その言葉に、すぐさま隣で立っていたダグが肩をすくめるようにして答えた。

「物によるんじゃねえか? 俺がいた頃は……まあ、普通だな。他の部族よりは恵まれてた方じゃねえか?少なくとも、毎日腹を空かせてた記憶はねえ」


「畜産もしているのかしら?」

興味深そうに尋ねるエイラ。


ダグは頷きながら、遠い記憶をたぐるように言葉を続けた。

「鶏は結構いたな。毎朝コケコッコーとうるさかったぜ。あとは馬も飼ってた。軍馬ってほどじゃねえが、頑丈なやつらだ。」


「チーズ、バター、ミルク、卵……」

サーシャが呟いた瞬間、女性陣たちの目がキラリと光る。

「……欲しいわね」


その一言を皮切りに、明らかに空気が変わった。


「行くしかないでしょ!!」

エイラが拳を握りしめ、まるで戦地へ向かうかのような表情を見せた。


「エイラの言う通りよ!」

メグが即座に同意し、「絶対に行くべきね!」とリズが強い語気で続ける。


「何がなんでもね!」

ノエルまでが意を決した表情で宣言する。


あまりの勢いに、ダグは思わず一歩引いた。

「……ど、どうしたんだ……お前ら……?」

困惑の色を隠せないまま、女性陣の真剣な目線を受け止めきれずにたじろぐ。


そんなダグに、彼女たちが声を揃えて叫ぶ。

「プリンよ!!!!」


突如としてその場の空気が爆発するかのように、一同が圧倒される。


「……え、えっ、プリン……?」


「そうよ、プリン…だってあの味が……もう一度食べられるなら、行くしかないじゃない!」とサーシャ。


「冷やして、とろける甘さ……」

エイラが夢見るように言えば、「あのなめらかな食感……ほんのりと香る卵の匂い……」とリズが陶酔したように語る。


「あれを超えるデザート、私はまだ食べたことがないわ!」とノエル。


「というわけで、ダグさん!頼んだわ!」

メグが強引に頼みこむ。


ダグは呆気に取られたように、ぽかんと口を開いたまま、それ以上何も言えなかった。


一方、男性陣の数人がぽつりと呟いた。

「でも確かに、あれ美味かったもんな……」

「うん、一度食べたら、忘れられないよね…」


そんな中で、ヤコブが顎に手を当てながら独り言のように呟く。

「つまりこの交渉は、プリンを巡る冒険の始まりというわけじゃな……」


草原を渡る風が再び吹き抜ける。

その風の向こうに、まだ見ぬ家畜と交易、そして――

プリンの未来が、待っていた。

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