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光を求めて  作者: kotupon


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団旗

秋が深まり、山の景色は赤や黄に色づき始めていた。

だが今日は朝から冷たい雨がしとしとと降り続き、木々の枝を濡らし、地面を柔らかく変えていた。

屋根を打つ雨音が一定のリズムを刻み、作業の中止を静かに告げている。


村のあちこちでは煙がくゆり、暖を取るために囲炉裏の火がゆらめいていた。

今朝も作業中止の合図が早々に出され、人々は家々の中で静かな時間を過ごしていた。


一昨日も雨、そして五日前は急激な天候の変化によって雷雨に見舞われた。

天の機嫌に振り回されながらも、村は確かに前進していた。


現在、バンガローは12棟が完成。

個人宅は20棟、うち12棟は妻子持ちの者たちが使用している。

ヤコブにも1棟が与えられ、彼の生活と研究の場となっていた。

また、村の外れにはもう1棟、ヤコブ、ノエル専用の小屋があり、薬草の乾燥、調合、そして麻酔薬の製造に使われている。

ほかの空き家も無駄にはせず、燻製小屋や倉庫、保管庫として転用されていた。


どの家も共通して、3部屋に分かれた間取りと調理場、囲炉裏、小さな窯を備えていた。


厩舎もすでに出来上がり、そこでは元なめし作業に従事していた者たちが今は干し草の束を積み、飼い葉を準備して馬たちの世話をしていた。

なめし作業は今は必要最低限の2人に縮小され、処理すべき毛皮の数も減っていた。


窯は15基が稼働しており、パンや干物、簡易陶器などの製造に使われている。

堀も全体の7割方は完成していたが、切り出した木材を村内に運び込む作業が残っており、完全な防衛線の構築には至っていなかった。


そんな中、雨に濡れることのないバンガローの一角――シャイン傭兵団の中核メンバーと隊長格たちが、囲炉裏を囲んで集まり、静かに話し合いを行っていた。


壁際には手書きの地図や建築進捗の書類、木材や資材の記録が並べられており、火のぬくもりの中で湯気を立てる茶碗が、場にわずかな温かみを添えていた。


「ここの搬入ルートがまだ甘いな」「堀の出口、再検討しないと通れなくなるぞ」「窯の増設も視野に入れていいかもな」――

雨音の合間に、実務的でありながらもどこか穏やかな声が重なっていた。

外の作業は止まっていても、村づくりの歯車は静かに、それでも確かに、進んでいた。


“逃走経路の確保”――。


「万一に備えて、ルナイ川を使った舟での脱出手段を確保しておきたいな」

シマの言葉に一同は頷く。

ルナイ川は村の南西を流れ、ノルダラン連邦共和国、ハドラマウト自治区やズライ自治区方面へと通じる。

船を使えば、山を越えるより遥かに早く、安全に脱出できる可能性があった。


だが問題は――舟を作れる者がいないということだった。


「俺が教えれば、オスカーなら確実に形にできる。だが……」

シマが言葉を切ると、サーシャが頷いた。

「オスカーは、今はただでさえ首が回らない状態だものね」


晴れた日には家屋の建築に従事し、並行して工房、倉庫、牛舎、鶏舎の計画も進めている。

雨の日は弓矢作りや小道具の補修に追われ、舟造りに割く余裕はない。

結果として、舟造りは後回しとせざるを得なかった。


抜け道の整備も同様だった。

ルナイ川以外にも、東南方のダーリウ自治区方面、西南西方のギザ自治区方面へ通じる細道の整備を進めたいが、人手が足りず、こちらも優先度は低くされた。


「万が一、村が落ちるか、散り散りになった場合……集合地点を決めておくべきだ」

そう言ってシマは、3つの街の名をあげた。


シンセの街、ラドウの街、ランザンの街。

いずれもそれなりに規模があり、連絡の取りやすい場所。


同時に、シマは各団員の適正と希望を探る作業を続けていた。

個別面談で、何がしたいか、どんな技術に興味があるかを問い、少しずつ人材配置を固めていく。


その中でも――はっきりと自らの意思を伝えた者たちがいた。


■ ヤコブの弟子志願者


キジュ(20代半ばの青年。几帳面で観察眼に優れる)

メッシ(10代後半、やや粗削りだが、熱意と吸収力がある)

二人はヤコブの指導のもと、薬草の知識、調合、書き物、理論に基づいた学問的思考を学び始めている。


■ 解体・なめし作業志願者


マーク(キーファー隊所属、物腰柔らかく粘り強い)

アーベ(灰の爪隊所属、手際と力仕事に自信あり)

ズリッグ(ドナルド隊所属、手際が良く、作業に集中できる)

毛皮の処理と保存、獣の解体からなめしまで一連の技術を習得中。

将来的には製革加工にも手を広げたい意向。


■ 建築・ものづくり志願者


ガディ(元氷の刃傭兵団、建築、木工に興味を持つ)

バナイ(元氷の刃傭兵団、手先が器用で、石組みや土壁の整形が得意)

現在はバンガローや倉庫建築の補助についており、将来的に工房建築や家具づくりも視野に入れる。


■ 料理・炊事班志願者(元氷の刃傭兵団)


トッパリ(元氷の刃傭兵団、食いしん坊で味の記憶力に優れる)

コーチン(元氷の刃傭兵団関係者、女性的な細やかさと段取りの良さを持つ)

今は炊事班の見習いとして野菜の下処理や食器管理を担当し、将来的には保存食や創作料理などにも挑戦したいと話す。


■ 馬の世話志願者(元氷の刃傭兵団)


スーホ(元氷の刃傭兵団、馬との接し方を熟知)

リットウ(元氷の刃傭兵団、小柄ながらも世話に熱心)

ノーザ(元氷の刃傭兵団、無口だが動物には優しい)

馬房の掃除、餌やり、蹄の手入れ、簡単な調教まで日常的にこなしている。


■ 泥レンガ・窯・木炭作り志願者


カノウ(元氷の刃傭兵団、火の扱いと窯の温度管理に興味)

コウアン(元氷の刃傭兵団、練り土と型取りにハマる)

メイテン(元氷の刃傭兵団、炭の魅力、可能性に興味を持つ)

3人は土を練る作業から始め、現在は窯焼きと木炭の生成にも従事している。

将来的には耐熱レンガや製陶にも挑戦予定。



小雨の音が木の庇をやさしく叩く午後。

バンガローの一角、囲炉裏を囲んで集まった面々は、それぞれ湯呑を手に談笑していた。

薪がぱちりと弾け、湿気を含んだ空気の中に、微かに炭の匂いが漂っている。


「……こうして聞くと、元『氷の刃傭兵団』、結構多いな」

トーマスがぽつりとつぶやく。


「まあ、僕たちの団はね。もともと荒事とか戦とか、そもそも興味のない人たちが集まってたんだよ」

ユキヒョウが笑みを浮かべる。肩をすくめながらも、どこか懐かしさの滲む声音。


「それでも生きていくには……」

デシンスがつぶやく。

「ユキヒョウさんがいなけりゃ、俺たち今頃のたれ死んでたかもしれねぇな」


「でも、他にも仕事っていくらでもあったんじゃないですか?」

問いかけたのはオスカー。穏やかながらも真剣なまなざしを向ける。


ユキヒョウは、湯呑を回しながらぽつりと言う。

「……あの国の気質を、考えてみてよ」


その言葉に、一瞬、場の空気が変わる。


「ああ……」

「確かに」

「なんか特攻精神とかさ……」

「イケイケなところね」


そんな風に口々に漏れる声。

思い出すように、「……ハハ…」

苦笑を浮かべるのはギャラガ、ダグ、ドナルド、キーファー、マリア、オズワルド。


そしてその空気を変えようと、キーファーが声を上げた。

「まあ、その話はそれくらいにして……あの“木炭”ってやつ、あれはいいな!」


「おお、あれな!匂いがとれるし、部屋の空気もこう……なんていうか」

ダグが言葉を探しながら続ける。


「澄んでるっていうか、体にまとわりつかない感じがあるよね」


「お水もさ、美味しくなったような気がしない?」

メグが目を輝かせて言う。


「それ、私も思ったわ」とケイトが頷く。


「料理も、前より美味しくなった気がするわよね」

ノエルが嬉しそうに言い、皆が一斉に「うんうん」と頷く。


「良いことずくめじゃのう」

ヤコブが頷き、炭の塊を手に取り、じっくりと眺めている。


そしてふと、話題が変わった。

「ちょっとよ、話は変わるがよ……」

ギャラガが身を乗り出す。「団旗って作らねぇのか?」


「……必要か?」

と、シマが振り返る。


「必要だろ!」

即答したのはギャラガ。

そしてその言葉に、周囲の面々も一斉に乗っかる。


「そりゃあった方がいいぜ」

「誇りってやつだ」

「揃いの旗があると締まるもんな」

「戦うときだけじゃない、平和の象徴にもなるぜ」


「ふふ……そうよ見栄えも大事よね」とマリアが笑い

「傭兵団は目立ってなんぼだぜ、目印にもなるしな!」とドナルドが言う。


「そうそう!あのノロ旗(※旧団の旗)を片づけるなら、ちゃんとこっちのを立てようや!」

「“シャイン傭兵団”の印!って感じのやつな!」


皆の勢いに、シマは少し面食らったように目を細めていたが、やがて静かに笑った。

「……なら、誰か考えてくれ。」

無造作に言い放つ。


その瞬間、誰よりも早く反応したのはザックだった。

「俺に任せろ!」


腰を浮かせ、拳を握りしめて宣言する。

「槍を持って堂々と立つ男!……くぅ~!良くねえか!」


「おっ、いいじゃねえか!」

ギャラガが反応する。

「槍使いとしては、その案に一票だ!」


だが、負けじとフレッドが身を乗り出した。

「いやいや、それより俺の『グラディウス』をこう……交差させてさ、二本の刃が重なる構図とか!カッコよくね?」


「交差するのはちょっとくどいかもしれないけど、剣を描くってのはいいアイデアだね」

ユキヒョウが静かにうなずく。


「弓もいいわよ」

ミーナがさらりと口を挟む。


「盾も……いいかもな」とトーマスが呟く。


「じゃ、全部入れるか?」

クリフが真顔で言い、即座に、「なんかごちゃごちゃしてそうね」とエイラが肩をすくめる。


そこへ、椅子にふんぞり返っていたヤコブが、ふふんと鼻を鳴らしながら言った。

「ほっほ、ここはワシの出番じゃな……森の賢者と呼ばれておる梟をモチーフにしてみてはどうじゃ?知恵と洞察の象徴じゃぞい」


その提案に、マリアが即答する。

「なんか弱そうね」


「力強さがなあ……」とキーファーが苦笑し、「舐められそうだな」とオズワルドも頷いた。


「バラなんかどう? ほら見て!」

ケイトが得意げに腰の鞘を引き寄せる。

「私とクリフの鞘、お揃いなのよ!」


「……それ、自慢してぇだけじゃねえの?」

ジトーが鋭く突っ込む。


すると、マリアが背筋を正し、高らかに言い出す。

「仕方がない、私が率いていた“大嵐傭兵団”の団旗を参考に――」


「却下!」

デシンスが鋭く遮る。


「縁起が悪いにもほどがあるだろ」

とフレッドが言い、「なぁ、壊滅した傭兵団の団旗なんか使えねえだろ……」とザックが追い討ちをかける。


わいわい、がやがや――

あーでもない、こーでもないと、議論は熱を帯びながら一向にまとまらない。


そんな中――

囲炉裏の傍で湯呑を片手に座っていたシマは、一言も発せず、一切関与せず、遠巻きにその喧騒を眺めていた。

(……何でもいいから早く決めてくれ)


心の声が漏れそうになるのを抑えながら、静かに湯呑を口に運ぶ。

ため息が胸の奥でくすぶっていた。

そのとき――

ふと目に入ったのは、オスカーの武器が目に入った「ファルシオン」


打ち鍛えられた鉄の柄には、精緻に彫り込まれた「獅子」の紋。

誇り高く、力強く、まさに団を象徴するにふさわしい意匠だった。


獅子は咆哮せずとも威を放ち、雄々しさの中に静けさを宿す。

その姿が、団の在り方と重なって見えた。


シマは静かに立ち上がり、皆の視線を一身に集めた。

「――団長権限で決める」


どよめきが走る。


「シャイン傭兵団の団旗は……オスカーの武器、柄に彫り込まれている『力強い獅子』に決定だ」


一瞬の沈黙。

そして――


「……おおっ!それは……!」

「かっけぇじゃねぇか!」

「文句ねぇな!」

「それなら異議なしだ!」


まるで口火を切ったように、全員が納得し、拍手混じりの歓声が上がる。


オスカーは少し驚いた顔で照れくさそうに頭をかいた。

「いや……そんな、僕のなんて……」


「お前のじゃねぇよ」

ジトーが笑う。「今や、団のみんなのもんだ」


「うん、似合ってるよ」

メグが優しく言い、皆の視線がその獅子の彫刻に注がれた。


こうして、シャイン傭兵団の団旗は――

誇りと力を象徴する「獅子」を掲げることに決まった。

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