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光を求めて  作者: kotupon


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214/451

何とかする男?!

昼食時――。


大きな布を広げただけの簡素な野外食卓には、温かな煮豆と干し肉のスープ、薄く焼いた穀物のパンが並べられていた。

皆が思い思いの場所に腰を下ろし、湯気の立つ器を囲むなか、ノエルがそっと立ち上がり、シマの側へと近づいた。


彼女は腰をかがめ、周囲に聞こえぬように小さな声でささやく。

「シマ、少し気になることがあるの。炊事班にいた……デシンスさんの妹、ティアさん……足を引きずってる。かなり酷いわ。もしかしたら――腱が切れてるんじゃないかしら」


スープの器を持っていたシマは、手を止め、静かに目を伏せる。

「……そうか。よく見てくれていたな、ノエル」


「気になって、ずっと。……でも、本人は隠そうとしてるみたいで」


そこへ、別方向からやってきたのはオスカーだった。

彼もまた、スープを片手にしながらシマに耳打ちする。

「シマ。こっちも一つお願い。梁の固定と屋根の仕上げ作業、今の人手じゃ時間がかかりすぎるし危ない。今日中に何とか仕上げておきたいんだけど」


「わかった」シマは即答した。

立ち上がり、声を少し張る。

「ジトー、トーマス、ロイド、クリフ」


四人が振り返る。

「屋根の作業、手伝ってやってくれ。オスカーの指示に従ってくれ」


「了解!」

「任せとけ!」


シマは続いて、ギャラガへ視線を向けた。

陽光の下、黙々と飯をかきこむ槍使いの男。

「ギャラガ」


「ん?」


「堀の作業、少し遅れる。俺が行くまでは、お前が指揮を執ってくれ」


ギャラガは眉一つ動かさず、あっさりと頷いた。

「了解だ。飯を食ってからな」


「頼む」

シマはゆっくりと立ち上がり、歩いていく。

「ヤコブ、ノエル、デシンス、ティア――話がある。」


その言葉に、一瞬空気が凍ったように周囲の視線が動いた。

一斉に集まる目線。訝しむ者、驚く者。


デシンスが眉をひそめ、ティアは少し戸惑った表情でうつむいた。


そして一同がシマの前に立つと、彼はみなの前で、あえてはっきりと告げた。

「隠しても仕方がないことだ。割り切って言うぞ」


言葉を切り、視線をティアに向ける。

「ティアの左足――引きずっているな。その足、もしかしたら――治せるかもしれん」


ざわり、と小さなどよめきが起こる。

周囲にいた者たちは思わず顔を見合わせ、ティアは驚いてシマを見上げた。


「……え?」

彼女の声はかすれていた。


「完全にとは言えん。だが、腱の損傷なら施術次第で改善する可能性がある。今のまま放置していれば、いずれ歩くことも困難になる。だからこそ、早めに判断せねばならん」


沈黙の中、ティアの兄であるデシンスが口を開いた。

「……それは、本当なのか?」


「ヤコブの知識とノエルの手、そして俺の判断。三人で確かめたい。できる限りのことはする」


そんな中、場を切り裂くように低い声が響いた。

「……治るだろう。俺と同じ様な傷が原因ならな」

声の主はオズワルド。


彼は黙って右肩の衣を掴むと、ためらうことなく脱ぎ下ろした。

露わになる右の肩口――そこには、深々と袈裟に斬り裂かれた傷跡が走っていた。

肌をえぐるようなその痕跡は、血で肉が裂けた日々の凄絶さを物語っている。


「先の戦で負った傷だ。知ってる奴もいるだろうが……俺の右腕は、全く動かなくなった」


重々しく落とされた言葉に、静寂が広がる。

そこにこだまするように、オズワルドはゆっくりと右腕を持ち上げ、軽く握って見せた。


「――が、今ではご覧の通りさ」


逞しい腕が、しっかりと力を宿して動く。

指先も、拳も、まるで何事もなかったかのように。


「……シマと、ヤコブと、ノエルの手によって、ここまで戻った」


誰かが息を飲む音が聞こえた。

ティアも驚いたように目を見開き、肩を小さく震わせている。


だが、そこにまた別の声が割って入った。

低く、静かに、確かな調子で――ユキヒョウ。


「……ティアは足に、矢を受けた。たしか……一年ほど前だったか」


その隣から、やや躊躇いがちに口を開く一人の若者――元・氷の刃傭兵団の団員。

「ああ。あれは……俺たちがバルムート公国に向けて物資を売りに行った時だ。買い付けも兼ねてたんだけど、途中で……野盗どもが襲ってきてさ。あいつは……ティアは、その時……」


「矢を受けたのは、左足の後ろだった」

今度はデシンスが続ける。

妹をかばうように前に出た彼は、ぎゅっと拳を握りしめながら言った。

「俺が引き抜いた……急いで。止血も、布を巻いただけだった。傷口は深かったが、骨には届いていなかったと思う。ただ……」


「その後、どう処置した?」

シマの声が落ち着いて響く。


「……きちんとした消毒、処置なんて出来なかった。その後は膿んだこともあった。だが、命に関わると思って……薬草で熱だけは下げた」


シマは頷き、何も責めずに言う。

「それで十分だ。その場で生かすための判断としては正しい」


ヤコブが、木箱から帳面と小筆を取り出して記録しながら問う。

「足を引きずるようになったのはいつからじゃ?」


「……傷が癒えたあと……力が入らなくて、歩き方が変になって、足首が曲がりづらくなった。今では、まっすぐに足を上げることができないの」


傍で聞いていたシマが言う。

「まだこれからだ。まずは患部を見せてもらうが、施術を行うかどうかは診た後に判断する。無理はさせない。だが、希望があるなら、それを掴む覚悟も必要だ」


ティアは震える手で自分の足に触れ、小さく、でも確かに頷いた。

「……お願いします」


その声に、周囲の誰もが黙って頷いた。

再び希望が灯った場所に、午後の陽光が優しく降り注いでいた――。



バンガローの中は静まり返り、外の喧噪がまるで嘘のように遠ざかっていた。

ティアは緊張した面持ちで床に腰を下ろす。

ノエルがそっと寄り添い、ズボンの裾をまくり上げた。

左足のかかとのすぐ上――そこに、不自然にうねるような傷跡が見えた。

かつて矢が深々と刺さったことを物語る古傷。

だが、その傷跡以上に異様なのは、足首からふくらはぎへと続くラインに、通常なら浮き出るはずの筋――アキレス腱――がまったく確認できないことだった。


「……アキレス腱が断裂してるな」

膝をつき、指先で丁寧に触れながらシマが言う。

声は冷静で、どこか祈るような静けさを含んでいた。

「本来ここには、張った弓のように硬い筋が浮き上がっている。だが、切れてしまってる場合は、それが消えているんだ」


ヤコブとノエル、デシンス、ティアも真剣な面持ちで頷く。

バンガローの空気は、まるで重い水の中に沈んでいるようだった。


沈黙が長く続いたあと、ヤコブが口を開いた。

「時間が経ちすぎているのう。けれど……不可能ではないのじゃな?」

年老いた学者の声は柔らかくも、確認するようにシマの方を見据えていた。


シマは静かに頷き、ティアの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

「……不可能ではない。だが――当然、リスクはあるぞ」


その言葉に、すぐさま声を上げたのはデシンスだった。

妹を庇うように、ひときわ強く。

「……リスクとは?」


代わってノエルが、静かに、しかしはっきりと答えた。

「命を落とす危険があるということです」


重い言葉だった。

その瞬間、空気が凍りつくような沈黙が部屋を支配した。

デシンスの拳がゆっくりと握られる。兄としての想いが、彼の言葉を押し出す。


「……それなら、今のままでもいいんじゃないか? 生きていけるじゃないか……」

それは、愛情から来る本音だった。失いたくない。ただそれだけの、切実な願い。


しかしその静寂を破ったのは、ティアだった。震える声で、彼女は口を開いた。

「……こんなこと言うのはおこがましいけど……私は、みんなを守りたかった。助けたかったの」


涙が一粒、頬を伝って落ちる。

「でも……それが逆に、みんなの足を引っ張るなんて……悔しくて、情けなくて……」


声が詰まりながらも、彼女は言葉をつむぐ。

「それでも、団のために出来ることは何でもやった。やってきた……けど……」


唇を震わせ、彼女はついに心の奥底に隠していた本音を吐き出した。

「……でもね……もどかしかったの。苦しかった……心の底から、笑えなくなったの」


静かに、けれど確かに涙が頬を伝い続ける。

顔を伏せたティアが、必死に涙をぬぐいながら頭を上げる。

「だから――シマ団長、ヤコブさん、ノエルさん……お願いします」


その瞳には、かすかな迷いもなかった。

痛みも、恐れも、すべてを越えた意志の光が、そこにあった。


ティアの言葉が静かに空間に染み込んでいく中、デシンスは拳を震わせていた。

己の無力さが胸に刺さる。

気を配ったつもりだった、寄り添ってきたつもりだった。

けれど――妹の心は、何一つ救えていなかった。

涙を流し、想いを吐露するその姿に、ただただ打ちのめされる。

唇を噛み締めながら、デシンスは深く頭を下げた。


「団長、ヤコブさん、ノエル……俺からも、頼む。どうか……ティアを、助けてくれ」

その声には、兄としての悔いと願いが滲んでいた。



真昼の陽光が斜めに差し込む堀を作る作業場。

乾いた土と汗の匂いが立ち込める中、鍬を振るう手を止めてダグがぼそりと呟いた。

「……これでティアの足を治してしまったらよ……」


その声に、隣で手を動かしていたマリアが顔を上げる。

「あいつが嘘をついてるとでも言うの? オズワルドの腕がまた動くようになったの、見たでしょ。シマたちのおかげよ」


「い、いや……そういうわけじゃねえんだけどよ」

目をそらしつつ言い訳をするダグの声は、どこか戸惑いを含んでいた。


「……規格外だからな。シマたちは…何とかしちまうのかもしれねえな」

少し離れた場所で土をならしていたギャラガが、低い声でそう言った。


その噂は作業の手を止めぬまま、各地へと静かに広がっていった。


木材集め作業場では、丸太を運んでいた男が仲間に声をかける。

「なあ、あの子の足……ホントに治せるのか?」


「さあな。でもあの団長がやるってんなら、もしかしてって思っちまうよな」と返す相棒。

手を動かしながらも、その表情には微かな希望が浮かぶ。


炊事班では、鍋をかき混ぜていた女たちが調味料の棚の前で立ち話している。


「聞いた? ティアちゃん、施術するんだって」


「怖くないのかしらね……でも、ノエルがついてるならきっと大丈夫よ」


なめし作業場ではサーシャが黙々と皮を叩いていたが、近くで手を動かす青年がぽつり。

「俺たちが手も出せなかった傷を、あの人たちは治そうとしてる……すごいよな」


その言葉に、サーシャの手が一瞬止まる。

「なんて言ったって、私たちの団長だし……」


呟くように続けた後、ぽつりと加える。

「……私の……彼氏だし」


言った途端、顔が真っ赤になり、慌てて口を押さえる。

「キャー! 何を言わせんのよ!」

叫びながら、青年の背中を勢いよくバシィンッ!

「うおっ!?」

という声と共に、青年は吹っ飛び、作業場のすぐ側を流れるルナイ川へ――バチャン!

飛び散る水しぶき。


川面から顔を出した青年が唖然とする中、サーシャは顔を真っ赤にして、身体をくねらせていた。


針仕事場では、一緒に作業をしている婦人たちにリズが言った。

「シマに任せとけば大丈夫ですよ。本当に…何とかしちゃうんだもの」


窯作り場では子どもたちの声が遠くに響く中、保護者の一人がぽつりと。

「先生たち、ホントに何でもできるんですね……あの足も、きっと……」


蜜蝋塗り作業場では、エイラが一人が囁いた。

「奇跡じゃない。積み重ねよね。きっと、ティアさんのことも、そうやって……」


陽射しが斜めに差し込む建築作業場。

土と木材の匂いが混じる中、柱を組み上げながら、ユキヒョウがぽつりと呟いた。

「動かなくなった手や足が、元通りに動くようになるなんて……本当にあるんだろうか?」


その言葉に、一瞬だけ手を止めたロイドが笑みを浮かべて言う。

「それをなんとかしちゃうのが僕たちの団長さ」


ドン、と槌音を重ねてジトーが続く。

「まあ、たとえ上手くいかなかったとしても……あいつのことだから、きっと何か考えるだろうよ」


オスカーが木材の長さを測りながら、「補助器具とかね。」と静かに言う。


皆の手は止まらない。

話しながらも作業を進める姿に、そこに確かな信頼と希望があった。

シマという男の背中を、皆が見ていた。


どの場所でも同じだった。

重たい過去と不安を背負いつつ、けれどどこか胸の奥に灯る微かな光。

その名は「希望」。

それを、シャイン傭兵団が確かに村にもたらしていた。

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