隊分け
陽が山影に沈み、薪にくべた火が宵の宴を照らす頃、チョウコ村は笑いと歓声に包まれていた。
後発隊の合流を祝い、集まった皆が腕を振るった料理と酒が簡易のテーブルにずらりと並ぶ。
椅子代わりの切り株、あるいは地べたに腰を下ろして、誰もが陽気に笑い合う。
森の奥、誰にも咎められることのないこの村では、どれほど騒ごうが苦情ひとつ入らない。
焼き肉の香ばしい煙が上がり、干した魚の炙りやスパイスの利いた煮込みが振る舞われる。
木椀がぶつかり合い、酒が注がれ、笑い声がこだまする。
そこへ、リズがふいに中央へ出る。
白いスカーフを翻し、軽やかなステップで踊り始めると、自然と人垣ができた。
澄んだ歌声が夜気に溶け、手を鳴らす者、足で拍子を取る者が次第に増えていく。
「レディに礼儀を」とばかりに、ロイドが片膝をついてリズに手を差し出した。
彼女が優雅にその手を取ると、二人は見事な調和でステップを踏む。
リズが宙を舞い、ロイドがそれを受け止めるたび、拍手と喝采が沸き起こった。
その様子に当てられたのか、団員たちも妻や子を引き寄せ踊り出す。
ギャラガは「ガラじゃねぇんだがな」とぼやきながらも、アンジュの手を取り、意外なほど軽やかな足取りで舞い始めた。
子供たちも手をつなぎ、くるくると回りながら声を上げて笑う。
音楽のない音楽、テーブルや椀、木の枝を打ち鳴らす即興の囃子に、宴は一段と熱を帯びていった。
「シマ!シマ!」
サーシャとエイラが両腕を取り、強引に中央へ引きずり出す。
「ちょ、待て!俺は踊りなんて──」
「ダメ!あなたも踊るの!」
逃げ場はない。
渋々ながらもシマがステップを踏むと、どっと笑いと拍手が起こった。
ジトーとミーナ、クリフとケイト、トーマスとノエル、オスカーとメグ──
それぞれが楽しげにステップを刻むたび、歓声が夜空に舞い上がる。
その輪の外、酒を片手に木にもたれていたザックがふっと鼻で笑った。
「チッ、リア充…?ってやつばっかだな……」
その声を聞きつけたマリアがくるりと振り返り、片眉を上げる。
「私が踊り相手になってあげてもいいわよ?」
「……特攻ねーちゃんか……パス」
ザックが肩をすくめた瞬間、マリアの手がザックの胸倉をつかんだ。
「テメエ!この私が“踊ってやる”って言ってんだよ!!」
「お、おい!やめっ……引きずんなって、マジで!?ちょ──!?」
周囲から歓声と爆笑が巻き起こる中、マリアに引きずられるようにしてザックも輪の中へと放り込まれた。
誰もが笑い、誰もが楽しみ、夜はいつまでも明けそうになかった。
朝の冷たい風が、澄んだ空気を震わせる。
朝霧がまだ村の端に残るなか、鉄の掟傭兵団の10名とグーリスが荷を背に出立の準備を整えていた。
「来年の四月には、うちから百名以上が家族連れで来る。そん時は、頼むぜ」
そう言ってグーリスがシマとがっちりと手を握り合う。
屈強な体躯に似合わず、笑みにどこか名残惜しさがにじんでいた。
「俺の妻も息子も、楽しみにしてる。ライアンの奴も奥さんが相当気が強いらしいがな…お前のとこなら安心だろう」
見送るシャイン傭兵団の面々の背に、グーリスたちは軽く手を振って出立していった。
彼らの姿が見えなくなると、シマは振り返り、場を引き締めるように声を上げる。
「──皆、集まってくれ」
広場の一角に、傭兵団員たちが次々と集まってくる。
宴の余韻を残した顔にも、次第に緊張の色が戻っていく。
シマは前に出て、手を組んで皆を見渡した。
「今回の移住計画と、このチョウコ村での拠点化を踏まえて、いくつか体制を伝える。今後、俺たちは大きな動きを見据えて組織を整えていく必要がある」
ざわめきが生まれる中、誰もが耳を傾けた。
「現時点では仮の編成になるが、各部隊ごとに隊長を任命し、以下の形で分ける」
声が静かに、けれどはっきりと響く。
「まず、灰の爪隊。隊長はギャラガ、団員20名。次に、ダグ隊。隊長はダグ、団員20名。ドナルド隊、隊長ドナルド、20名。キーファー隊、隊長キーファー、同じく20名。氷の刃隊。隊長はユキヒョウ、20名。デシンス隊、同じく20名。そして、ザック隊、隊長ザック。フレッド隊、隊長フレッド。どちらもそれぞれ20名」
シマの口からその言葉が発せられた瞬間、広場の一角でザックとフレッドが顔を見合わせた。
「……俺、聞いてねえぞ?」
「……俺も、だな」
ザックが目を細めて呟くと、フレッドが腕を組みながら口をへの字に曲げた。
どちらも、気の置けない仲間との小隊ならともかく、“隊長”という肩書には、明らかに困惑の色を隠せていなかった。
「おいおい、冗談じゃねえ。なんで俺なんだよ」
「こっちが聞きてえよ」
ザックは額を押さえ、フレッドは空を見上げた。
数日前まで酒と軽口を交わしていた連中を、今度はまとめる立場になるなど、どうにも現実味がなかった。
「お前、こういうの向いてねえだろう?」とザックが言えば、「お前もな」とフレッドが返す。
それでも、シマが自分たちを選んだ理由を、彼らは本能でわかっていた。
信頼されている。
だからこそ、顔には不安を残しつつも、誰も否定の言葉を口には出さなかった。
「……はあ、マジかよ。やるしかねえのか…」
「ま、やるさ。やるしかねえだろ…。アイツの…団長の言葉だ」
二人は同時に、ぼそりと呟いた。
小さくため息をつきながらも、その瞳の奥にはすでに、覚悟の光が宿りつつあった。
シマが続ける。
「だが、これはあくまで仮の編成だ。将来的には、10人一組の小隊制度を導入するつもりだ。適正を見極め、任務の柔軟性を上げるためでもある」
皆の視線が真っすぐシマに向く。
「今後数日、全団員に面談を行う。戦闘の適性、生活面での希望、やりたいこと──それを聞いた上で、新たな部隊編成を行う。お前たち一人ひとりの声を聞いて決める」
その言葉に、多くの顔が安堵と希望を浮かべた。
自分たちが「駒」ではなく、「仲間」として扱われていることへの信頼がそこにあった。
「俺は命令を下す立場にあるが、お前たちの人生を預かる以上、その声を無視するつもりはない…さて、今日の予定を伝える」
いつもの低く落ち着いた声に、場が引き締まる。
「木の切り出しと運搬には、ザック隊とフレッド隊。斧を振るってくれ、まだまだ木材が足りねえ。連携して山に入れ。怪我には注意しろよ」
ザックとフレッドが小さくうなずき、互いに目を合わせる。
「建築作業には、オスカーを責任者とする。氷の刃隊とデシンス隊を頼む。バンガローをあと6棟。倉庫と作業小屋もな。現場の判断はオスカーに一任する」
「了解」
オスカーが一歩前に出て応える。氷の刃の団員たちも無言で頷く。
「堀の整備作業は、灰の爪隊、ダグ隊、ドナルド隊、キーファー隊。それに俺とジトー、トーマス、クリフ、ロイド、マリアも加わる。これは村の守りの要だ。時間はかかるが、一歩ずつ確実にやるぞ」
ギャラガが頷き、他の隊長たちも静かに気合を入れ直した。
「針仕事──テント、マント、ブーツ、背負い袋、服。すべて手作りになる。責任者はリズだ。器用な者はそっちに入ってくれ。」
「任せて!」
リズが力強く言うと、周囲に柔らかい空気が広がった。
「炊事はノエルが取り仕切る。人数はどんどん増えてる。手伝える者はしっかりサポートしろ。」
ノエルが微笑みながら頷く。
「泥レンガ作り、窯の構築、木炭作り、なめし作業、蜜蝋塗り──この辺りの管理はサーシャ、エイラ、ミーナ、ヤコブに任せる。多岐にわたる作業だが、どれも欠かせない。戦えない者、女、子供──合わせて約七十名、上手く調整してくれ、子供たちの保護者役も必要になる。危険な作業場からは離してやってな。オズワルド、お前は補助に回れ。まだ腕には負担かけるなよ…無理するな」
「働けるだけで幸せだぜ」
オズワルドが笑って応える。
「ケイト、メグ──すまんが、矢を作ってくれ。手持ちが心もとなくなってきた。狩りでも戦闘でも必要だ。質の良いものを頼む」
ケイトは軽く頷き、メグも真面目な顔で応じる。
最後に、シマがわずかに口元を緩めて言った。
「今日も一日、よろしく頼む。皆の力で、村を一歩前に進めよう」
その言葉に、広場に集まった二百余名が、力強く頷いた。
小さな村の一日は、こうして確かに動き出した。
朝の陽光が斜めに差し込む中、シマたちは予定の作業地点に姿を現した。
地面にはすでに目印となる杭が打たれ、縄で長さと幅が示されている。
「まずは一区間だけ作ってみるか。堀の深さ2メートル、幅は3メートル。出た土で土塁を形成する。高さは1.5メートルを目安にしてみよう」
そう言ってスコップを手にしたシマは、合図もなくいきなり土を掘りはじめた。
ガツン、ガツンと鋭い音を立てて地面が削られていく。
すぐ後に続いたのはジトー、トーマス、クリフ、ロイド。
誰もが黙々とスコップを振るい、地を抉っていく。
その様子はまさに人間重機そのもの。
土は面白いように掘り返され、五人が一直線に並ぶと、まるで耕運機が通った後のように、地面が瞬く間に凹んでいく。
その光景を目の当たりにした後発隊のドナルドやキーファー、マリアたちは、ぽかんと口を開けて目を丸くする。
「……は? なんでそんなに簡単そうに掘れるのよ……」
マリアが思わず呟く。
その後ろから現れたギャラガ。
「お前ら、何ボケッとしてんだ?」
「……ああ、そっかぁ。初めて団長たちの作業を見るのか」
今度はダグが両手を腰に当てて肩をすくめた。
「いちいち驚いてたんじゃ、身が持たねぇぞ。あの人らが動き出すと、常識が崩れるからな。……早く慣れとけ」
一方で、掘り返された土は周囲の団員たちによって大袋に詰められ、すぐさま土塁として積み上げられていく。
袋を担ぐたびに歓声が上がり、それを見たギャラガたちが靴で踏み固めていく。
「ジトー、そろそろ壁が崩れやすくなるんじゃないか?」
ロイドが言うと、ジトーが頷きながら答える。
「杭でも打ち込んで補強しておくか? 地面が乾いて崩れる前にな」
「土塁の方も同じように杭入れといた方がよくね?」とクリフが加わる。
「そうだな」
シマが短く返し、すぐさま作業は次段階へと移っていった。
作業はまるでひとつの巨大な生き物が動いているかのような整然さとスピードで進んでいく。
誰かが声を上げれば、それに応じて次の手が自動的に動き、音もなく全体が次の段階へ滑り込む。
手馴れたシマたちの動きに、新人たちは言葉もなく圧倒されつつも、少しずつそのリズムに足を合わせはじめていた。




