野盗?!
一人の男が近づいてきた。
「ダルソン、交代だ」
「了解です、副長」そう言ってダルソンは馬車の右側に移動した。
彼は前方にいる護衛と何か話している。
なるほど、飽きが来ないように護衛をローテーションで回しているのかとシマは感心する。
副長と呼ばれていた男は「ライアン」と名乗った。
鋭い目つき、ぶれない体幹、一見して只者ではないとわかる佇まいだった。
一方でライアンもシマたちを見て驚いていた。
大男二人のがっしりとした体格、服の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体。
シマとロイドにも目を向けると、背は高くはないがこちらも服の上からでも鍛えられた体が見て取れた。
何よりも自分たちと同じようにさり気なく周囲を警戒していること、そして歩いている際に足音がほとんどしないことが彼を驚かせた。
これは深淵の森での生活の中で自然と身につけたシマたちの習性だった。
(…こいつらはただ者じゃねえな……)ライアンはそう直感し、奇しくもシマたちも同じことを感じていた。
そんな思いを表に出さず、シマはにこやかに「お世話になります」とライアンに声をかける。
ライアンも微笑み、「ああ」と答え、シマとしっかりと握手を交わした。
「ノーレム街には何を売りに行くんだ?」
ライアンが尋ねる。
シマは「薬草類や弓などですね。」と答えた。
「ほう、後で見せてもらってもいいか?」
「ええ、もちろんです」――そんなやり取りが交わされる中、日が傾き、夕方の空が深みを増していく。
「もうすぐで野営地に着くぞ。」
ライアンが告げると、皆の足取りに少し安堵が見え始めた。
野営地に到着すると、シマたちは商人アレンや『鉄の掟』の団員たちと顔を合わせることとなった。
「やあ、アレンだ。しがない商人をやっている」
その声は穏やかで、20代後半から30歳くらいの青年に見える。
「ノーレム街に売りに行く商品を見せてもらってもいいかい?」
「ええ、構いません。」
シマたちが披露したのは、ブラウンクラウンやジャム、ジャガイモ以外の品々――チャノキ、甘草、ドクダミといった薬草類、止血や消毒作用を持つ草、解熱効果のある薬草、肉や魚の臭み消しに使える森ミント、そしてオスカー作の弓。
ライアンの目が鋭く光を放つ。
「シマ、この弓、手に取ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
シマは一歩下がりつつ差し出す。
ライアンはじっくりと弓を見つめ、細部まで確認すると「……これはすげぇな……いい弓だ」と感嘆した。
「試し撃ちさせてもらっていいか?」との願いにも、シマは「もちろんです。試しください」と穏やかに応じる。
「デリー!」ライアンが呼ぶと、一人の男が笑いながら近づいてきた。
「なんだい?副長」
「この弓で撃ってみろ」
デリーは弓を手に取り、一目でその完成度を察して「…ほう、こりゃあいい弓だ!」と口元を緩める。
そして自前の矢を番えて放った。
「……いいじゃねえかこれ!気に入った!まあ、少々弦の張りがかてえがな。並の奴じゃ引くこともできねえだろう。俺様だからこそ引けるんだ、ガハハハッ!」
その豪快な笑い声に、シマたちは顔を見合わせる。
(それ……実は弦を緩めているんだけどな……)
ライアンが「で、この弓はいくらで売ってくれるんだ?」と尋ねると、すかさずアレンが間に入った。
「ライアンさん、困りますよ。私を差し置いて直接交渉なんて」
「こういうのは早い者勝ちだろう?」とライアンが笑う。
「いえいえ、あなた方は護衛が仕事です。交渉は私の役目ですよ」
「わかってるさ。アレンさんの身と物資は何があっても俺たちが守る。だが、それとこれとは別の話だろう?契約でも、商品購入の独占権までは取り決めてないはずだ」
「……確かに、そこまでは交わしていませんでしたね。しかし、商人が目の前の商機を逃すわけにはいきません」
二人の笑顔はどこか張り詰めていて、目が笑っていなかった。
見かねたシマが間に入る。
「お二人にそれぞれ二張ずつお譲りしますよ。もちろん、金額次第ですが」
「いくらだ?」と二人が同時に問いかける。
シマは少し考える。
(確か武器屋で見た弓の価格は4銀貨から1金貨くらいだったな……二人の様子からしても欲しがっているのは間違いない。よし、少し吹っ掛けてみる)
「1張、2金貨でどうでしょう?」
「1金貨と1銀貨!」とライアン。「私も同じく」とアレン。
「いやいや、この弓は村の偏屈な爺さんに頼み込んでやっと作ってもらった逸品ですよ。1金貨と9銀貨」
「1金貨と2銀貨!」
「1金貨と8銀貨!」
そんな攻防の末、「1金貨と5銀貨」で交渉が成立した。
合計6金貨を得ることができた。
さらに、チャノキ(お茶)、甘草、森ミントも売れ、こちらは合わせて2銀貨。
良い取引となり、シマたちはほっと一息ついたのだった。
夜になると車座で焚火に当たる。
シマたちは見張りには立たなくてもいいといわれた。
「シマ、やったな。これで街に入れる。」
「まさか、こんな大金になるとは思わなかったぜ。」
「お前にこんな交渉術があるとはな…ダミアンとの交渉もそうだったが。」
ロイド、トーマス、ジトーが言う。
「そうだろう、そうだろう。お前ら俺をもっと褒めてもいいんだぜ、ダハハハ。」
調子に乗るシマ。
「オスカーあってのことだろう。」
「おっと、そうだな。あいつには感謝しかねえな。」
そんなやり取りをひそひそと話すシマたち。
漆黒の闇に包まれた夜空に、時折雲間から月が顔をのぞかせる。
冷たい風が吹き抜け、シマたちは防寒着をしっかりと着込んでいた。
そんな姿を目ざとく見つけたのはアレンだった。
「へえ~、君たちいいものを着てるね。ちょっと見せてもらえないかな?」
さすが商人、抜け目がない。
シマは少し笑いながらも、「残念ですが、これは売り物ではないんですよ、…見せるだけですよ」
アレンは手に取った防寒着を触りながら、「これは暖かそうだね。金を出せば譲ってくれるかと思ったんだけどな」と惜しそうに言う。
その時、一陣の冷たい風が草原を吹き抜けた。
シマはふと鼻をしかめる。「……くせぇ」
それは獣臭ではなかった。
何十日も水浴びをしていない人間特有の体臭だった。
ライアンたち傭兵団のものではない。
シマはすぐにジトーたちに目を向ける。3人は同時に同じ方向を指さしていた。
距離にして約300メートル先、小高い丘の向こう側——。
そこに潜んでいる者たちがいるはずだ。
ライアンたち傭兵団を見ると…まだ気づいていないようだった。
先ずはジトーたちとひそひそと話す。
「どうするんだ?。」
「さて、どうしたものか。」
「このまま見殺しにするのは寝覚めが悪いね。」
「最初っから答えは決まってんだろうシマ。」
ジトー、シマ、ロイド、トーマスの言。
シマはライアンに近づき言う。
「ライアンさん驚かないでください。」
何だ何だとアレンや団員たちも注目する。
「いいですかもう一度言いますよ。決して驚かないでください。」
少し口調を強くして言うシマ。
シマから何かを感じ取ったライアンは、低い声で静かにしろと団員たちに言う。
「首を動かさないで目だけを動かしてください…あそこ、少し小高い丘の向こう側に野盗がいます。」
「…なぜわかる?」
鋭い目つきで言うライアン。
「自分たち普段から山の中を駆けずり回っているんです。においや音には敏感なんですよ。まあ、そうしなければ生き残れない環境でしたので。」
ライアンはある程度納得し、シマの目を見て話す。
「獣の可能性は…ねえな、馬鹿なことを言った許せ…野盗が潜んでいる仮定で動こう…俺たちは普段なら盾持ちが依頼人、物資、馬を守る役目をする。射手は馬車を盾に遠距離攻撃、サポート、その他は応戦だ。」
アレンが焦った様子で言う。
「今すぐに逃げるという手は…」
頭を振るライアン。
「アレンさん、それは愚策だ。この暗闇の中、右も左もわからないまま何処へ?。」
「ですよねーハハ、ちょっと焦っていたようです面目ない。」
ライアンはシマを見据え。
「…シマ、お前らただのガキじゃねえだろ、そろそろ本性を現したらどうなんだ?。」
アレンや団員たちは、え?という顔をする。
ニヤリと笑うシマ。「普段の話し方でも?」
ああと了承するライアン。
シマは首をコキッ、ゴキッと鳴らして「ありがてえ、首が凝ってしょうがなかったぜ」
「それがお前の本来の姿か…で、お前ならこの状況をどうする」
「野盗が何人いるのか、わからなきゃ話にならないな、先ずは偵察だな、それによって戦術は変わってくる。」
「ふむ、…もっともだな、だが今、俺たちの中で偵察できる奴がいねえ」
「ああ、それなら俺がちょっくら見てくるよ。あんたらは臨戦態勢で待っててくれ。」
告げると暗闇へと消えていったーー。




